イレブン

九十九光

文字の大きさ
上 下
208 / 214

♯19ー13

しおりを挟む
きて、会場内は一瞬のざわめきを残して静まり返る。その後、山本博一を含めた何人かの男子がグランドピアノを舞台袖から壇上中心まで押し出し、マイクのセットを開始した。

 松田本人が出てきたのは、それらのセッティングがすべて終わったあとだった。彼女は赤いフカーフが特徴的な学校既定の冬服姿。ピアノとセットになっている座椅子に腰掛ける前に一礼したことからも、本格的な発表会というスタンスで演奏するらしかった。

 鍵盤に向かって腰掛けた彼女の口元には一本のマイクが伸びており、実際に音を出す内部部品にもマイクが向けられている。松田は歌もピアノもすべて一人でこなした。

 卒業ソングの代表でもあり、のちに宮城県のイルミネーションイベントのテーマ曲にもなるこの曲は、タイトル通り彼女と同じ年の人物が自分の悩みと葛藤する様を描いた曲だった。切なさと力強さが同時ににじみ出ているピアノがその歌詞を引き立てているように聴こえ、下に行けば目頭に涙をためている人を見つけられるかもしれなかった。

 気がつくと演奏は館内から消えてなくなり、高級なアイスクリームのような余韻だけを残していった。松田が座椅子から立ち上がり、観客に向かって一礼すると、石井の時と同じような拍手が巻き起こった。それは彼女が舞台袖へと消え、ピアノを片づけるために一度壇上の照明を暗転させるまで続いた。

「まだまだ終わらないよ、東中ライブ! お次は三津島宏ほか八名がプレゼンツ! 関ジャニ∞の『無責任ヒーロー』!」

 もはや意図してここに組み込んだとしか思えないような曲が流れ、再び会場が耳を裂くような歓声に包まれた。

 こうした歓声と感動の波状攻撃を繰り返しながら、東中学校のサプライズライブは、午後六時を少し過ぎるまで続いた。SMAPの『BANG!BANG!バカンス!』、嵐の『Love so sweet』、TOKIOの『宙船』、mihimaru GTの『かけがえのない詩』など、観客がリクエストした本来の予定になかったものも含めて、最終的に全八十三曲が流れた。
しおりを挟む

処理中です...