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第1章 異世界準備編

第4話 オヤコドン。

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 試験採用が始まって数日。
 冒険を始めるにも、最初にそれなりの資金は必要だ。

 俺はレシピ制作の為に、調味料の調達、使えそうな食材の選定などに勤しんでいた。食べ物と寝る場所に困らなくなったこの環境を守る為にも、出来る限りの事をしたい。

「店長。使えそうな食材はどこにある?」
「暗室に置いてあるぞ。最近暑くなってきたからな、野菜も少し傷んでいるかもしれない。しっかり見極めてくれ」

 冷蔵庫が無いのは不便だな。保管も一苦労か。

 あるのは見た事ない野菜ばかり。サラダには出来そうだが、インパクトが薄い。もっと客を呼び込むには、分かり易さに加えて驚きも欲しい。

 暗室に並べられた食材を一つ一つ確かめる。

「『洞察眼』」

 は使えないか。
 あれは、動物に対してのみ有効。
 植物や、物に対しても有効なスキルが欲しい。

 それならば、もっと汎用性があるのだが。

「ん?」
「どした」

 俺は、とある食材に目を付けた。

「店長、この肉は……」
「ああ、それは───」

 □■□

「美味い、この料理を作ったシェフを呼んでくれ!」

 シェフって大袈裟な。
 好感度メーターが爆上がりして11まで来てしまった。

 ───スキル『観察眼』を獲得しました。
 ───スキル『礼儀作法』を獲得しました。

【システムメッセージ】
 スキル『洞察眼』とスキル『観察眼』を獲得している為、スキル『鑑定眼』への進化権が得られます。実行しますか? Y/N

 YES。

 ───スキル『鑑定眼』を獲得しました。

 ・『鑑定眼』
 あらゆる物に対して【ステータス】を確認できる。
 熟練度に応じて、閲覧情報が増加する。

 ・『礼儀作法』
 貴族の作法、テーブルマナー等を習得できる。
 熟練度に応じて、動きが洗練される。

「はい、作ったのは俺ですけど」

 店にいたのは少々小太りなオッサンだ。身に纏う風格は高貴な貴族を思わせるが、所詮庶民料理の域を出ないこの料理のどこをそこまで気に入ったのだろう。

「この肉は『翼竜種ワイバーン』だな。通常は長持ちする兵糧食として固い干し肉にする所をあえて通常の食事に用いた。竹串で刺しながら丁寧に身を解し、下味を漬け込んでから同じく『翼竜種ワイバーン』の卵で閉じている。下にあるのはマイ豆か。東大陸から輸入し、近年品種改良を続けている事は聞き及んでいたが、まさかここまで絶妙にマッチするとは」

 饒舌な人だ。
 俺は左から右に聞き流していた。

「して、この料理の名は!?」
「親子丼ですね」
「オヤコドン……! 素晴らしい、すぐに商会に言って話を広めなければ。君の名前を聞いても良いかな?」
「レイです。お気に召した様で何よりです」

 おいおい、予想外の反響だな。

 ここにも米(ここではマイ豆というらしい)があって良かった。温暖気候っぽいし、雨さえ降れば米くらいあってもおかしくないと考えていた。食した感じは、パサパサと味気なく、ジャポニカ米というかタイ米に近い味だったが、食い慣れない現地民には絶賛に値する味だった。

 どうやら米の本場は東大陸とかいう別の地域の食物らしいが、魔法学による品種改良で、アルテミシアの現地生産が既に始まっていたとか。

 あとは有り合わせにサラダを作って完成。この物語はレストラン経営ではなく俺の華麗なる異世界無双劇なので、詳しい経緯は割愛するとしよう。とにかく、新メニューは上手くいった。

「美食家のアレンさんがそこまで言うなんて……すみません、自分もそのオヤコドンを下さい!」
「私も私も!」

 それから更に数日後。

「こんにちはー、ってレイ。やっぱり貴方だったのね」
「いらっしゃいませ……って、シンシアさん」

 今日も麗しき姫のご到着だ。
 俺は席へと案内する。

「すまない、出来ればテーブル席を」

 なんだ、今日は連れがいるのか。
 随分とイケメンな事だ、嘆かわしい。

 まだ歳若い金髪のイケメン騎士。シンシアの周囲を護衛する傍付き剣士といった振る舞いだが、彼が一度俺を見るや否や、きゅっと眉を寄せた。


「すみません、変でしたか?」
「いや、この辺りでは珍しくてな。つい反応してしまった。なに、気にする事はないさ」

 良かった。どうやら迫害の対象という訳では無さそうだ。

「レイはここで働く事にしたのね」
「ええ。少し事情もありまして」
「噂になってるわ、レイの事。何でも絶品の料理を作るとか。是非ともその新メニューを食べてみたいわね」

 ハードルを無意識に上げる鬼畜姫。
 可愛いからって何でも許されると思うなよ!

「お願いできる? だめ、かな」
「はーい、少々お待ちくださーーい!」

 うーん、何でも出しちゃう。
 ひと皿でもふた皿でも食べてってくれ。

「お待ちどうさま。親子丼です」
「お、親子丼だと!?」

 例の騎士がまた俺を見て鋭く反応する。
 まるで親子丼を知っているようなそんな反応だ。

「比較的安価で大量に入る『翼竜種ワイバーン』の肉と卵をかき混ぜ、米の上に乗せる。間違いない、親子丼だ」

 これを米と呼ぶか。なるほど。
 こちらも事情を把握した。

「スキル『鑑定眼』」

【ステータス】
 名前:イレイス・マキアージュ
 ギルド名:《王国要塞ロイヤルフォート

 名前は、日本名じゃない。
 つまりは転生者……?

 俺とはどうも事情が違うみたいだ。無論、この男が地球出身でかつ、日本以外の場所から来た可能性もあるのだが。

「ふむ、美味いな。特にだし醤油の再現が……」

 あ、日本人か。

「イレイス。この料理を知っているの?」
「ええ、俺が産まれた故郷の味で」
「貴方、アルテミシアの出身じゃなかったっけ?」
「───のような気がしたんですよ。郷愁感ノスタルジックといいますか」
「のすたる?」
「なんでも無いです」

 こいつも苦労してるんだな。
 この男の気苦労が少し伝わった気がした。

 この世界に箸という概念は無いので、スプーンに似た平たい器具で器用に口に運んでいたけれど、イレイスだけは少しやりにくげだった。


「店長。いい人材を見つけましたね」
「ふん。まだまだこれからだ」

 俺を扱き使う予定らしい。
 是非とも御遠慮願いたいところだ。

「また来るわ。レイ」
「ええ、お待ちしてます」

 シンシアをお見送りした後、まだ部屋の中にいたイレイスが神妙な面持ちで俺の肩をちょいと叩いた。


「……レイ。少しいいか」
  
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