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第3章 異世界王国編
第56話 お兄さん……素敵です。
しおりを挟む「お兄さん、冷静ですね。今から殺されるというのに」
意外そうに目を丸めたユエ。驚くべきは、俺に対する態度の変化、それから病弱を装うユエの演技力だと思うが、当の本人は俺が殺される寸前でも声すら上げない様子に疑問を覚えているようだった。
「知ってたよ」
「……?」
俺は大袈裟にため息をつく。
「信じるかは分からないけど、俺はどれだけ巧妙に隠された殺意でも感じ取ってしまう」
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「寧ろ問題はいつ仕掛けてくるかって事だった」
「だからわざと隙を晒して寝たフリを装ったと」
俺は無言で頷く。
手足は『重力球』に支配されている。明かりの消えた部屋にゆらゆらと漂う魔法の球体。
ちょうどニルと同じ『闇魔法』の産物だ。
「……ふぅん、なのに無抵抗で捕まるなんて」
はて、彼女は何を勘違いをしているのだろう。
首筋に剣がくい込んでいく。しかし、その瞬間。
「この感触、『人類種』じゃな───」
「残念、気付くのが遅れたな?」
後ろから手首を掴み、ベッドへと押し倒す。
ギシギシとベッドが軋みを上げた。
「いやっ、離して」
「殺そうとした奴を解放、無理な相談だ」
力を込めて、細枝のような腕を押さえ付ける。
ユエは涙目になって俺に訴えかけてきた。
「俺がお前を初めて見た時から、俺に対して……いや、周囲の奴ら全員に殺意を覚えていたのは知っていた。俺がお前を購入すると決めてから、少しずつ計画は進めていた」
簡単なマジックだ。
「土魔法で作った『木偶』と、
本体をすり替えた。お前がここに来る前から、布団の中に偽物の俺を隠し、入ってきたタイミングで入れ替わった。EXスキル《気配遮断》を使えば、例え見られていようと簡単な事だった」
通常EXは物理法則を大きく捻じ曲げる。ただのスキルでは、対抗出来ない程の強力な効果を放つのだ。
例えば《処世術》なら、いくら交渉に長けた相手でも必ず俺の思うままへと誘導される。物事が上手く進む。
そこに疑問を抱く余地は無い。
ただ圧倒され、言葉を失う。
《気配遮断》は俺の姿をまるで感知出来なくなる。対抗するには、五感以外の感知方法───例えばシンシアの魔法『魔力浸透波』で魔力波形を掴むとか。
効果時間等の制限もあるが、ユエに俺を捉えられる道理はなかった。加えて電気を消した暗闇の中、布団に入って視界が制限された状態で本物と見分ける方法は無いに等しい。
俺が時間を込めて練り上げた『木偶』は感触を含めて再現性を高めてある。
他にも『光魔法』を応用すれば、映像を屈折させて目を欺く、なんて芸当も造作もなかった。
騙されているとも知らず、彼女はのこのこと俺の罠を見抜けずに俺のベッドに潜り込んできたのだ。
「一度押えられたからってこの程度ではッ!!」
『重力球』が妖しい光を発する。ドクンッと一度脈動し、重力が強力な斥力を与えた。
「させると思うか? 【魅力支配】……ッ」
キィィィンンンン!!!
強制発情の力が、羽交い締めになったユエの目に襲いかかる。全身がぶわっと発汗し、ユエは唇を噛んで身を捩る。
『重力球』は途端に霧散した。
「な、なにを……!?」
「やはりな。重力魔法は魔法の中でもかなりの集中力を必要とする。発情した状態で『重力球』を維持するのは、いくら『黒精霊』でも難しいか」
「はつ、じょう……!?」
衣服が胸に擦れ、「あぁっ……」と悲鳴を上げる。
好感度は-20になった。
あの時よりマイナス値は抑えられたか。
「……もういいです。好きにしてください」
ユエは力を抜いた。
諦めた表情でだらりと魅力溢れる肢体をベッドへと放り出す。ユエの表情は弱々しい物となっていた。
首元に自分で手をかけると、胸元のボタンを外していく。先程買ったばかりの下着がチラリと顔を覗かせていた。
「ん?」
「わたしは性奴隷、主様を慰める事こそわたしの役目。媚薬のおかげで下はいい感じに濡れています。だから……」
「え?」
その瞬間、俺の脳が凍り付いた。
ユエは抵抗する気力すらなく、俺に身体を委ねている。
えーと。
「いや……別にセッ〇スする訳じゃないよ?」
ぱち、ぱち。
ユエが目を瞬きする。
その瞬間!
精緻な西洋人形のような整った顔が、「あわわ……っ!?」と途端に赤らんでいく。先程まで余裕そうな表情だっただけに、凄まじい取り乱しようだった。
「す、す、すみません……お見苦しいものを」
胸元のボタンを慌ててつけていく。
だが慌て過ぎてボタンを掛け違っていた。
「いや……それはいいんだけど」
この子。暗殺者という割にはドジっ子気質かもしれない。その分愛嬌もあって年相応の可愛らしさが感じられた。
いつの間にか、好感度も0に戻っていた。
人の大半は無関心だ。プラスから0になるのも一瞬だが、マイナスから0になるのも一瞬。ユエの俺に対する敵意は、これで無くなった。
「俺の話、聞いて貰ってもいい?」
「は、はいどうぞ。寧ろ聞かせてください」
ちょこんと正座して姿勢を糺すユエ。
そこまで畏まらなくても。
「じゃあ───」
□■□
「なるほど。《神級精霊》と【死霊術師】……二人を倒してルナという少女を連れ戻せと」
「やっぱり無理だってお前も思うか?」
「いいえ、そう考えるのは早計でしょう」
ユエは薄らと嗤った。
それは、辛うじて分かる程度の一瞬の出来事。
「わたしは暗殺者です。例え相手がいかに強かろうと殺せば勝ちですから。問題は近づく為の作戦です」
俺が一度は絶望した事実にまるで表情を変えず、ユエは勝ち筋を模索する為に思考を巡らせているようだった。
下唇を下からつくように指を押し当てて、虚空を眺めている。彼女なりに作戦を練ってくれているのだろう。
本当にいい買い物をしたな。
彼女は『騙す』事を生業としている。
今の彼女すら、"本当"なのか分からない。
でもその怪しさすら、今は頼もしく思えた。
「実は俺の方で作戦は既に考えてあるんだ。その為の人員も集めている。ちなみに実行は明日の予定だ」
「お兄さん……素敵です」
「ほう、ユエも分かってきたようだな」
ルナよりも物分りがいいじゃないか!
どこかでいじけているルナが幻視される。
ゴミを見る目だ。
それから暫く作戦を伝えていく。
無理があるプランはユエが冷静に指摘した。
暗殺者だからか、彼女は夜に強いらしい。
お泊まり会を敢行する女子高生のようにテンションは終始高めで、俺と色々言い合った。
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「今日はもう遅いです。明日に備えて休んでください」
そろそろいい時間だ。
火照った身体をベッドへと預ける。
俺の意識はその瞬間から微睡んでいった。
ユエはそんな俺の様子を優しく眺めていた。
その表情には、まるで殺意は感じられない。寧ろ生きる場所を見つけた、そんな希望に満ちた双眸をしていた。
俺が僅かに目を覚ましたのは、それから暫くの事だ。
隣で眠っているはずのユエがベッドの中で何やらもぞもぞと動いているので起きてしまったのだ。
ユエは何をやって……
「んっ……はぁ……はぁっ」
!?!?!?
艶かしい声を、何とか殺すユエ。
寝静まる夜更け、己を慰める彼女を眺めていた俺は。
「(まじか。俺の【魅力支配】ってそんなに強力なのか……)」
媚薬効果がまだ残っていたらしいユエが、必死に性欲を消化するのを眺めながら再び目を閉じたのだった。
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