21 / 43
第2章 神隠し事件
第21話 二人で帰宅。
しおりを挟む「ラケナリア……どこだよ」
おい、と強く呼びかけても返事はない。いつからだろうか当たり前の日常と化していた同居生活。実際には7日も経っていない。人族ではない魔族の彼女に俺は想定以上に心を許していた。だからこそ、その温もりが失われた時、初めてラケナリアという存在を認識するのだ。
しん、と静まり返った部屋。今思えば一人で住むには広すぎたのだろうか。心なしか綺麗なっている部屋の隅々まで見渡して、ふと床には俺が寝ていたカーペットがあった。いつ帰ってきてもいいように温かい毛布が敷かれている。ほんの数日で彼女にかけた負担は如何ほどだっただろうか。
胸が引き裂かれるような痛みに襲われながらも、俺は決して心を乱さなかった。俺には、まだすべき事があるのだ。ラケナリアが失踪したという謎を解かなくてはいけない。
彼女が今どこで、何をしているのか。俺はカーペットに腰掛け推理を始める。
まず、家の鍵は掛かっていた。ラケナリアが預けてあった家の合鍵を使って戸締りをしたのだろう。この時点でラケナリアが寝込みを襲われ攫われたという線は消え、ラケナリアが自分の意志で部屋を出た事がわかる。
「では……ラケナリアはなんの為に外出をしたか、だな」
誰もいないはずの部屋の中で一人声を出す。俺に言い聞かせる様に訥々と言葉を紡ぐ。
既に夜遅い時刻。多くの店は仕舞い始め、人の気もなくなる。そんな中で彼女が行くべき場所はどこか。
その疑問を解消する為には視点を変えて、なぜ外出したかを考えた方が早い。
まずは、誰かに呼び出されたか。あるいは───。
ラケナリアと最後に言葉を交わしたのはあの時だったか。
俺は思い返すように指に嵌めた指輪を見る。 この指輪での通信を試みる。いや、慎重になれ。
拳をギリっと強く握りしめる。
もし戦闘中だったら。もし通信があと一度きりなら。
今連絡を取るべきじゃない。
出来り限り彼女の行動を追う事が先決だ。
考えは纏まった。俺は急いで身を翻し玄関から飛び出す。
夜道は寒かった。先程までパーティーメンバーと和気藹々と談笑していたのが嘘みたいに今の俺の心は冷たく冷え切っている。
はやる気持ちを抑え、ひたむきに走る。息が上がって肺が苦しい。それでも、と前に行く。
『お前はどうして焦っている』
───冷静で理知的な俺が問う。
「ラケナリアが心配だからだ」
『馬鹿を言うな。奴は居候であってお前が心配に思う義理がどこにある』
「ラケナリアはもう他人なんかじゃない。心配に思うのは俺の意志だ」
『魔族を信じるのか? 奴らは人族の敵だ』
「違う、ラケナリアは敵じゃない」
『なら、お前は人族の敵になるのか』
「それも違う。俺はもう、気づいたんだ。冒険者の……人の温かさを」
『では、なんだというのだ。お前が魔族を信じる理由は』
俺は、と一呼吸置いて言い放つ。
「魔族を信じているんじゃない、俺は……ラケナリアを───」
「グラス?」
ラケナリアがいた。手に紙袋を持っている。
争った形跡もない。単に外出をしていた、だけ?
途端、俺は崩れ落ちるようにぐったりとする。
「グラス……!? 怪我をしているのねっ」
嗚呼。良かった。
否定する気が起きない位安心した。
もしかしたら、誰かに襲われたんだって心配した。
「どこ、見せて!? ほら早く」
「道端で俺の服を脱がそうとするな。平気だ」
「強がりね……そう、そっちがそのつもりなら」
「こらっ、ちょお前やめろっ。押し倒そうとするな!」
遂にラケナリアの遠慮が無くなった。
魔族の屈強な筋力を生かし、俺を拘束する。
手首を縛られ動けない俺を他所に、腕やお腹。足、そして胸に至るまでありとあらゆる所をぺたぺたと触りまくる。
「おかしいわ……怪我がない」
「だから言っただろ。俺はなんともない」
「ならどうして。涙が……」
「それは、そのあれだ。なんでもない」
「だめ。言って」
「うっ、嫌だ」
「グラス寂しいわ。今日で最後のお外ね」
「待て待て、ナチュラルに監禁しようとするなっ。言うから、言う事を聞くから一回離せぇぇぇぇ!!」
懐かしい、この感覚。
無駄な掛け合いが心底楽しくて、愛おしい。
「心配だったんだ。お前の事が」
「はぁ。それは……どうも?」
「なんだよ、その淡泊な感想は」
「えぇ? もっと凄いのを期待してたから」
「例えば」
「これでお別れだ、とか。お前と住めない、とか」
「───だから監禁しようとしていたのか」
なるほど、ラケナリア的には人族の冒険者とクエストを受けた帰りの俺を案じていたのだろう。同じ人族とこうも話し、触れ合ったのは久々だ。だからこそ、その影響に感化され、ラケナリアと過ごすこの日々に疑念を抱いたのでは、と思った。
安心しろ。それは杞憂だ、俺は軽く笑う。
「何がおかしいのよっ」
「ふふっ、いや。この生活について全く考えなかった訳じゃない。でもそれ以上に俺はお前を信じていた。魔族がどうとかは関係がなかった。俺はお前を信頼しているんだ、ラケナリア」
ここ数日で纏まった答えを吐き出す。
「もし良かったら、一緒に家で過ごそう」
「……えぇ、勿論そうするわ。だってあの家は半分は私の物だからよ。既に家具の配置も私好みになっているもの!」
「ふふっ、そうか。掃除してくれてたんだな。サンキュー」
「ふふんっ、当然だわ。家庭的なリアちゃんだから」
座り込んだ俺に、ラケナリアは手を差し出す。
その時、ガサリと紙袋が音を立てた。
「ああ、これ。きっと驚くわぁ~、実はね。これは」
「───コロッケ、だろ?」
「ええっ、まさかの『透視』。いや、『読心術』のスキルを既に会得していると言うの!?」
「違う。たった今思い出したんだ。通信した時、誰かと何かを料理している音が聞こえたんだ。それで、どうせ行くならコロッケを売るあの屋台だと思ってな。なるほど、この時間までバイトをしていたのか。家を開けているのも当然だな」
「……本当はサプライズのつもりだったのよ? でも仕方ないわね。はいこれ、冷めないうちに召し上がれ」
まだほんのりと温かい。
外はサクサク、中はトロトロのコロッケだ。
噛み締めるとジューシーな味わいが口内に広がる。
何故か懐かしくて、幸せな味だ。
「うん、美味い」
「でしょ~ふふん、さすがリアちゃん」
「ああ、さすがだ。リア」
「もっと褒めてくれても……って今───」
俺はグラスの手を取って立ち上がる。
そして帰り道を歩き出した。
「早くしないと置いていくぞ、リア」
「……ッ、えぇ。今行くわ、グラスっ!!」
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~
月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』
恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。
戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。
だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】
導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。
「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」
「誰も本当の私なんて見てくれない」
「私の力は……人を傷つけるだけ」
「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」
傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。
しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。
――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。
「君たちを、大陸最強にプロデュースする」
「「「「……はぁ!?」」」」
落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。
俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。
◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~
たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。
たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。
薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。
仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。
剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。
ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる