25 / 43
第3章 冒険者ギルド
第25話 王子と王女の愛の証。
しおりを挟む俺の意識は、深層にあった。
どことない浮遊感に包まれながら、その身を預けた。
失われた記憶が蘇る。
ここはどこか……何やら森林のようだが。
見覚えのある森だ。禍々しい魔力がべったりと肌に付き纏う感覚。獰猛な魔物が常に鋭い視線を送り、一時の平穏さえ許されない地獄に似たその場所に記憶上の『俺』はいた。
「大丈夫かい、お嬢さん」
『俺』らしい誰かは、一人の幼女に声をかけた。
『俺』はボロボロの外套を纏っていた。幾度となく危機を乗り越えて来た歴戦の猛者たる風貌、これは『俺』であって俺ではないのだろうと直感的に気が付いた。
「貴方は、だれ」
「『俺』は、ただの人族の冒険者さ」
□■□
「はっ……」
「ようやくお目覚めですか、冒険者さん?」
暗い洞窟で目が覚めた。身体の節々が悲鳴を上げている。
起き上がろうとすると、鋭い痛みが全身を襲った。
「ここは……!」
「急に動かないでください。傷に障ります」
俺の横には一人の少女がいた。白い布を縛って腕に巻き付けてくれていた。
薄暗いながらも、徐々に闇に順応した目は、その少女を捉えた。
「(ラケナリア……!?)」
思わず出そうになった声を何とか堪えた。
確かに見た目はよく似ているが、別人だ。
小柄で華奢な体つき。髪は赤色で長く、編み込んで背中に垂らしていた。目はルビーのように赤く爛々と煌めき、好奇心や勇気が溢れている。ただ、ラケナリアにはない知的さと冷静さを兼ねそろえ、落ち着いた表情をしている。肌は白く、洞窟の暗闇に映える。服は革製のベストとズボンで、動きやすそうだった。見た所、装備は腰に差した短剣くらいだろうか。
「お前は、魔族なのか?」
「凄いですね、冒険者さん。偽装をしているのに見破られてしまいました」
「知り合いによく似た奴がいてな。たまたまだ」
諦めて角やしっぽを顕現させた。
ぴたん、ぴたんと水滴が滴り落ちる。身長を遥かに超える土砂に囲まれていた。見ると遥か上が空洞になっていて、どうやら俺はここに落ちてしまったらしい。
「助けてくれてありがとう。俺はグラジオラス」
「私はカトレア。当然の事をしたまでです」
すくりと彼女は立ち上がる。
「どこへ行くんだ」
「魔物を狩りに行きます。この階層では戦闘をせずに五分以上の休憩は許されません。お兄さんはそこで休んでいてください」
「一人では危険だ、俺も……」
「足を痛めています。その身体では文字通り足手纏いになりますよ」
少しも遠慮を感じない、鋭い物言いだった。
だが、事実らしい。足を動かそうとすると、びりびりと痺れて声が漏れる。辛うじて骨は折れていない。昔仕込まれた受け身のおかげで大怪我を防いでいた。
剣戟の音が聞こえる。俺は微かに聞こえる戦闘音を聞きながら目を伏せた。
冷えた洞窟の岸壁に身体を委ね、回復に努めた。暫くすると音が消える。コツコツと小さな歩幅で歩み寄る音。カトレアが戻って来ていた。
「どうですか調子は」
「ああ、少しはましになった」
「そうですか、それは良かったです」
淡々と答えるカトレア。だが、彼女本来の優しさは隠しきれていなかった。俺を見つけてすぐに看病してくれたり、魔物を代わりに倒してくれたり。少なくとも敵意は感じられない。
「ここはどこか知っているか」
「あるアーティストが納められていた古代遺跡のようですよ」
アーティスト。そうだ、俺はふと思い出す。
「それは、指輪型のアーティストなのか?」
「ええ、そのようですが……」
そこまで言って、彼女は俺の指に嵌まった淡く青に発光するその指輪の存在に気が付いた。表情一つ崩さなかった彼女の顔に僅かな驚きが見られた。顔を顰めると、次の瞬間手を差し出した。
「ついてきてください。見せたい物があります」
俺は、カトレアの肩を借りながらゆっくりと歩く。彼女はただ華奢な女の子とばかり思っていたが、身体は至る所が鍛えられ、殊近接戦闘に限ってみれば、相当な実力者だと伺える。
「カトレアはどうしてここに」
「私も、ここに囚われているのです。地上は巧妙に扮していますが、実際にここは迷路のように道を張り巡らせた地下ダンジョンです。上に上がる為の道も、そのヒントさえ分かっていません。幸いにして食料や水は手に入れられていますが」
食料……? と思って俺は近くの道に目を向けると巨大な蟹が颯爽と過ぎ去っていった。
「あれ見た事あるな」
前にラケナリアが巨大な蟹の爪を家に持ち込んだ事があった。
かに酢で食べると美味しいとかくだらないアドバイスをしたっけか。
この子もあれを食べているのか。
「古代遺跡だと言ったな。それもこの指輪を納めていたかもしれないという」
「はい。ここには多少なりと文明の痕が見受けられました」
確かにさっきから道が石煉瓦で舗装されていたり、部屋らしきオブジェクトがちらちらと見える。あまりにも古く朽ちてしまっているが、昔はドアもあったのかもしれない。
「ここです」
古代文字だろうか。何かが部屋前に書かれている。
「『資料室』」
「読めるのか?」
「古代文字は、今の魔族語の起源とも言われています。私には姉がいるのですが、昔姉に無理やり勉強させられた結果、少しは読めるようになりました」
懐かしそうに、頬を緩ませた。
その姉と仲が良かったのかもしれない。
資料室の中にはずらりと書物が並んでいる。資料室というだけあって、かなりの数がある。埃が被っていたり損耗して掠れていたりで判別しにくい。少なくとも俺は手を出せない。
カトレアはそこから一冊の本を取り出した。
「絵本?」
彼女が取り出したそれは、人族で言う童話を綴った絵本のようだ。タイトルも同じく古代文字で書かれていて詠む事が出来ない。目線で訴えると、カトレアは少し息を吐いてこう口にした。
「『王子と王女の愛の証』」
「それがタイトルか?」
こくんと頷く。続きを読む。
「『人族の王子と魔族の王女は、禁断の恋に落ちてしまった。これは人族と魔族が争いを始めた起源を綴る伝承である』」
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~
月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』
恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。
戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。
だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】
導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。
「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」
「誰も本当の私なんて見てくれない」
「私の力は……人を傷つけるだけ」
「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」
傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。
しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。
――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。
「君たちを、大陸最強にプロデュースする」
「「「「……はぁ!?」」」」
落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。
俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。
◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~
たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。
たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。
薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。
仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。
剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。
ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
