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case3 異国日本からの転移者
追放された少女。
しおりを挟む「奏、待てよ!」
奏が必要最低限の荷物を纏めて立ち上がると、直哉は肩を持って引き留めた。直哉は、怒っていた。当たり前だ、良く分からない世界にいきなり連れてこられてのこの仕打ち。怒って当然だった。
彼女の後ろ姿は凄く切なげだった。
「あはは、いいよ直哉君。奏、戦うとか出来そうにないから。国王様から最低限の資金は貰ってるから、適当にその辺の宿屋を探すね。だから後は頑張って」
「ふざけんな! やっぱり国王に文句を言いに行ってやる。奏は何も悪くない、『恩恵』が無かったのもなにか理由があるはずだ! だから……俺の元からいなくならないでくれ」
奏の答えは変わらなかった。無能だと言われたなら、精々邪魔にならない様に生きていこう。『恩恵』が無くてもバイトの真似事くらい出来るだろう。いざとなったら身体を売るしかないだろうか、でも生きる為には仕方ない。
「じゃあね。直哉君」
いつかは、こんな未来も訪れると思っていた。寄生虫の様に誰の後ろで相槌を打つ人生に女神様はきっと呆れたのだ。奏は現実を受け止めた。
王宮の巨大な門を潜り外に出る。
ここからは奏を知る人間はいない、完全なる異国の地。
文字も読めない、言葉も分からない。
でも、生きるしかない。
奏は日が暮れる方向へ歩み始めた。
□■□
「くそ……なんでこんなことに」
「う……うぅ、奏ぇ」
クラスはすっかりお通夜ムードだった。
性格も良く、容姿も端麗、男の中には彼女に恋する人も多かった。それでも、彼女と行動を共にする事で世界に置いて行かれるのが嫌だった。寸前で、身体が動かなかった。
「なんで奏なんだよ、他にいるだろ、追放されていい奴は! おい、奥山。お前が代わりに出て行け。それで奏を連れて戻してこい」
「な、なんで僕? ふざけんなって」
「お前みたいな陰キャのせいで、奏が巻き添え喰らったんだろが。何がこの展開知ってるだよ、お前があんな事言わなきゃこんな羽目にならなくて済んだかもしれないだろうが」
「そうだそうだ、追放、ついほ~!」
クラスの空気はある種の凶器である。
陽キャ、陰キャという目に見えない線引きによる上下関係。陰キャに理不尽を押し付けて、自分こそこのクラスの王様であると威張る陽キャ。そして陰キャは、空気に呑まれる。
「追放、ついほ~!!」
「剣崎お前、調子乗んなよッ、ちょっといい『恩恵』出たからって、すぐに王様気取りしやがって。僕が本気出したらお前なんて一瞬で!」
壁に掛けてあった飾り剣を直哉が手にした。手の甲に特殊な紋様が顕現し、閃光が迸る。『恩恵』が作用した結果だろう。
クラスの皆が制止する暇もなく、直哉は奥山に突き進んだ。人を切る程の力を無くとも鈍器として十分な性能を発揮した。脇腹当たりに剣を振るうと、奥山の体は反対側の壁まで吹き飛んだ。
「本気出したら、何だって? 調子のんな」
「お、奥山氏。大丈夫でござるか!?」
「お、奥山氏~!」
「お前らも、俺に反抗したらこう、だから。分かったな」
直哉の中の何かが壊れた。人より優れているという生来から経験していた優越感が正常な思考を阻害し、簡単に人を見下してしまう様になった。だが、誰も今の直哉に反抗する気になれなかった。反抗すれば、今度こそ追放させられてしまうと。
「凄い音がしたが大丈夫か!?」
騎士長であるエイハムが扉を開けた。クラスが集められていた客室は散々たる様子だった。寛ぐ為のソファは横転し、壁は酷く凹んでいる。見ると、奥山は頭から血を流して倒れていた。
加害者は無論、飾り剣を持ったままの直哉だ。
「もう、『恩恵』を使いこなしているのか」
「エイハムさん、目的が達成されたら全員教室に戻してくれるって話だったよな、何からやりゃあいい、俺達は早くこんな世界とおさらばしてぇんだ」
「……」
エイハムは、国王より命令を賜っていた。まずは彼らのお目付け役。正しく『恩恵』を使える様に訓練を施す事、そして反抗心を持たせない事。最後に……。
戦争の為の道具として、可能な限り調教する事。
国王ははなから彼らを元の世界に返すつもりは無かった。
「分かった。だが時期に日も暮れる。訓練は明日からだ」
狂犬を飼うには、手懐け方が重要だ。
エイハムは隠れて、はぁとため息を零した。
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