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case3 異国日本からの転移者
新たなる来訪者。
しおりを挟む「ひぐ、ううっ……悠里」
こうなるだろうと予想していた。
俺の過去は正直、かなり心にくる話ばかりだ。
三年前の話を今まで引きずっている訳ではない。
それだけの月日が経てば、誰だって人は変わる。今の俺は、昔ほど情報に執着していないし、人を物のように見る事はなくなった。
アルド、ベイタ、ガルムの傭兵三人は今じゃ俺の立派な仲間だ。
「泣くなって……今は幸せだからさ」
「幸せって、悠里。彼女さんとか出来たの……ああ、そっか。さっき悠里の隣に座ってた受付嬢のお姉さん、かなり美人さんだったもんね。三年も経てば仕方ないか」
「いやいや。話すようになったのも随分最近の話で、奏が思ってるような関係じゃない。それに最近は仕事の方がかなり忙しくてそれどころじゃないんだ」
俺が制服の裾をくいっと引っ張ると、奏は俺が今何をやっているかを理解した様だ。生前のゲーム経験やライトノベルの知識が役に立ったのだろう。
「前にって言っても、結構昔だけど、色々貸してくれてたから知ってる。冒険者ギルドって言うんでしょ、そういうの。悠里は直接戦ったりしないの?」
「俺は、冒険者のサポートをしているのが性に合ってるみたいだ」
「ふぅん……。受付嬢さんと一緒に居たいから?」
「ね、根に持ちすぎだろ。関係ないって」
妙な勘繰りをされてしまった。確かにアイシャは、この世界の女性の中ではかなり仲のいい部類に入る。それは、一生懸命な生き方が、俺には眩しく見えて俺の知らない世界だと思えたからだ。関わっているのは一種の教養の為、のはずだ。
下心は多分、ない。
「怪しいなぁ、まあいいや」
奏は何とか引き下がってくれた。
顔を見つめてくすくすと笑っている。ここに来る前の落ち込んだ表情が嘘の様だ。そんな事を思っていると、ようやく疑問が湧いてきた。
「ってか、奏はここで何してんの」
「あーそれ聞いちゃう。実は奏ね」
「はあ? 追放された!?」
「そうなんだ。異世界転移させられたはいいんだけど、奏が弱っちいせいで国王様に無能の烙印を押されちゃった」
「なら早く言ってくれ。今度のざまぁ対象は国王の野郎に決定だ」
「ちょ、ちょ、ちょ待って待って。早い早い、展開が早すぎ!」
俺は待つつもり等なかった。
勝手に召喚して、用なし宣言。これを黙って見ておく方がおかしい。ざまぁをするに十分すぎる動機だ。奏が止めても俺は国相手に喧嘩を始めるだろう。
「まあ、でも確かに変ではあるな。奏の『恩恵』だけがその《鑑定機》とやらで見れなかったのには、何か理由があるはずだ。折角だし、俺の『鑑定』で見てみるか」
俺は女神に貰った特別な『目』で奏を眺めた。
「『恩恵』発動、『鑑定』ッ!!!」
結果は。
バチンッ!
強烈な音と共に俺の『鑑定』が弾かれた。
覗こうとしても、見えない障壁にぶつかったみたいだ。
「俺の『鑑定』でも見られない……?」
「やっぱり、奏にはないのかな」
「いや、違う。正確にはあるのに見る事が出来ないんだ。だが、これが最大のヒントでもある。奏の『恩恵』は『恩恵』を無効化する『恩恵』なんだ」
俺は試しに、『水球』を作り出した。数ある『恩恵』の中でも比較的簡単な物だ。掌に乗っけたそれを奏の頭から被せて見る。奏は、んっと目を瞑ったが、ひんやりとした水気も、滴る水滴すら現れなかった。奏の体表に触れる前に水が霧散したのだ。
「やはりか。『恩恵』で作り出した物質は奏に触れる事すら出来ない。この世界の対人戦じゃ無双する事間違いなしなのに、馬鹿な奴だな国王は」
「そうなの」
この世界に来たばかりの奏はいまいちその強さがピンと来ていないらしい。俺は一番分かりやすい例えを考えて説明する。
「例えば、この世界の防具は『錬金』によって作られた金属を元に生成されている。だが、奏がぽんと一度触れただけできっとその防具は消失するはずだ。だって防具は実質『恩恵』で作られているのだから」
「ああ、言われてみれば……確かに」
「他にもこの世界の殆どは『恩恵』の力を借りて生活している。だから、奏という存在そのものがこの世界にとってのバランスブレイカーなんだ」
きっと公に情報が広まれば、引っ張りだこになる事間違いない。どこぞの解体業者なんかには、建物の破壊に重宝するだろうか。
「とはいえ、『恩恵』を自在に操れる様になるまではここから出ない方がいいだろうな。ちなみに昨晩は何してたんだ?」
「宿に泊まった。言葉が伝わらなかったから、身振り手振りを交えてね。宿主さんが親切な方で助かったよ、でもお風呂昨日から入れてなくて」
「仕方ないな。今日は俺の家に泊めてやる」
「ほんとっ、悠里大好き~!」
女性にとってお風呂は死活問題だ。冒険者ギルドの仮眠室でおとなしくしとけと言われても至難の業だろう。ならば、簡単に解決策を提示してやる方がいい。
三年ぶりとは言え、家の風呂を貸すのには慣れている。
「とと、結構話込んじゃったな。そろそろ仕事に戻るけど」
「奏は、悠里の働きぶりを見てる。あ、今はベリアルって名乗ってるんだっけ。えっへへ、格好いいよねべリアル。どうせウルト〇マンが元ネタでしょ」
「バレたか。じゃ、大人しくしとけよ」
「はあい」
一気に騒がしくなった。
それと同時に、何かが変わった。
今まででも十分だった生活に確かな色が添えられた。元の日常が帰ってきたような、本当の平穏を手に入れられたような、そんな感覚だった。
だから、今日からどんな生活が始まるのだろう、と少し楽しみにしていた。夜が待ち遠しい、まだ話していない事が沢山ある。三年もの月日を語り終わるにはまだ早い。
「あ、ベリアルさん。依頼者がお見えになっていますよ」
立て続けの来訪者とは勘弁してほしい。
とはいえ、仕事は仕事、メリハリは付けるべきだ。
俺はパンと頬を叩いて営業へと戻る。
「僕は、追放された。何とかしてくれ」
追放処理の方か。
俺はふと後ろを見る。奏が驚愕してその男を見ていた。
「お、奥山君……?」
その男は、奏の同級生だった。
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