追放された冒険者を案内する『追放処理班』のギルド職員、裏で『ざまぁ代行屋』と呼ばれていた件。〜お望みのざまぁプランはこちらですか?〜

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case3 異国日本からの転移者

決意と選択。

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「アイシャが連れ去られた」

 連れ去られた、とアンネは表現した。
 言葉通りに受け取るなら、『アイシャの意志に反して』という文言が文頭に付く。そしてその主犯が奥山である事も容易に想像がついた。

 俺がある程度考えていなければ、動揺を隠せなかっただろう。

「奥山だな。あいつは何を狙っている」

「……知ってたの?」

 かすかに息遣いが聞こえた。

「いや。アンネこそ知らさせていなかったんだな」

「うん……アンネのせいで、アイシャはっ」

 ぼろぽろと彼女の大きな瞳から涙が零れる。
 うぅぅ、そんな呻き声が聞こえてくる。

 アンネは一ヶ月もの間、奥山と行動を共にしてきた。
 だから彼の本心を心のどこかで理解していたのだ。

 だがひとつ聞き捨てならない言葉を吐いた。

 ───アンネのせい。

「どういう意味だ。アンネが何に関わっている」

「しのぶはアンネからご主人様を本気で奪うつもり。本当のご主人様は貴方だけなのに……っ」

 瞳に浮かばせる涙は、まるで小さな湖のよう。
 留まりを知らず、滝の如く地面へと落ちていく。



 アンネは腕で涙を拭いながら必死に訴えた。
 目が充血していた。

「アイシャは囮。ご主人様を呼び込む為の罠だよ」

 何故、アイシャなのか。
 その理由をアンネに訊いた所で、満足のいく答えは帰ってこないだろう。寧ろ俺自身の方が分かっている。

「奥山はアンネに心酔していたんだな。俺が想像していた以上に……人が持ちうる倫理観を超越する程に」

 奏はかつて言っていた。
 奥山は、ストーカーだったと。

 我が物にしたい。
 そんな支配欲はいつしか、彼自身を暴走させるに至った。

 日本では、人の目がある。法律という絶対的制約がある。
 でも今はどうだ。奥山の周りにいるのは、奥山を肯定するしか選択肢がない奴隷だけだ。奥山が言う事に、寧ろ快く賛同しただろう。

 奏という標的がアンネへと移った。
 奥山はアンネを完全に支配するつもりだ。

 そして俺にとって無視出来ない存在。
 囮として最も有効なのは……

「昨日から計画は始まってた。邪魔者を排除する計画……

 だんだんと、声量が小さくなる。
 ここは冒険者ギルドだ。暗殺という言葉が会話に入り込む時点で人前で話すべき内容ではない。

「……」

 俺はここからどうするべきだ?

 アンネ一人の証言で、ギルドが本腰を入れては動かない。
 やはり俺が、直接出向く以外に方法は無いのか。

「アンネはどうしてここに?」

「逃げて来た」

「向こうは追いかけて来なかったのか?」

「うん。どうせ戻ってくるからって」

 そうだな、アイシャが向こうの手にある以上、俺はアンネを連れて潜伏場所に行く必要がある。そこで俺を倒せば正真正銘アンネは奥山の物、か。

 俺は人の心というものを舐めていた。
 同郷だからと考えを甘えすぎた。

 奏との再会で俺の今日中に蔓延っていた何かが消えた。
 生への執念、強くありたいという渇望。

 奏は悪くない、俺が色々と弱くなったのだ。

 奏と出会って救われた気がした。
 でもそれは単なる幻想に過ぎなかった。


 本当の戦いは、今……この瞬間から始まるのだ。


「え……と、あの~、すみません。何の話を?」

 ギルド職員の同僚達は困惑していた。
 彼らを巻き込めない。俺自身の手で、だ。

 すぅぅ、と肺に息を空気を溜める。
 あらゆる決意や覚悟を心へと刻む。

「アンネ。今度は四人でご飯を食べよう」

 俺は慰めるように、アンネの頭に手を置いた。
 くしゃくしゃと桃色の髪を撫でる。

 うぅんとくすぐったそうな声を上げた。
 純新無垢な双眸が上目遣いで俺を捉えた。

 俺は何も言わず、首を縦に振った。    

 今日の終わりには、何事もなかったように家に帰るんだ。

 だから、皆無事に帰ろう。
 誰一人欠ける事無く、幸せな未来を願って。 

「アンネもいれば、もっと賑やかになるはずだ」

「うんっ」

「よし。なら……行こうか」

 ギルドの制服を脱いだ。
 バサッと椅子の背もたれに置く。

「ベリアルさん。正直話の内容は全然分からなかったんですけど……アイシャを助けに行くんですよね」

「はい、ちょっと迎えに行ってきます」

 数瞬あって、

「あーー、ベリアルさん! 腹痛が酷そうですねっ、念の為今日は大事をとって休んでくださいな。欠けた穴は私らがバッチリ埋めときますんで!」

 大袈裟な演技でアイシャの同僚は言った。
 そして、胸の前で小さくサムズアップする。

「(行ってください。アイシャを頼みます)」

 嗚呼、この人は本当にアイシャの事が好きなんだ。

 たった数回言葉を交わしただけで彼女の性格が伝わって来る。アイシャがどれだけ愛されているのか。

 愛嬌ある笑顔に何度も救われた。
 冒険者へ真摯に向き合う姿に、俺にはない優しさが篭っていた。

 冒険者の為に尽くす。人の為に全力になれる女性。



 俺は───




「悠里……? なんの、騒ぎ……」

 俺はアンネの手を握って出口へと向かった。
 もう、迷う事はないだろう───。

 その固い決意が一瞬緩んだ。
 奏がああっ……と手を伸ばした。

「待って……行かないでっ」

 また、奏を置いていく。
 罪悪感に心が締め付けられた。

 ごめんと、心の中で何度も謝って。

「奏。俺、行ってくるから」

「そんな……っ、あぁぁ……」

 奏が変わりに泣き崩れた。
 慰めに行ってやれない。俺はもう決めた。

「もう誰も奪わせはしないから」

 非情だと謗られても構わない。
 手で掬った水が漏れていくように、俺の器は有限だ。

 最愛を守る為に命を賭す事を、誰が止められようか。

 剣を担いだ。
 戦闘着バトルクロスを羽織った。


 さあ、行こう。囚われた姫を救い出す為に。
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