帝国妖異対策局

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帝国妖異対策局

第1話 鬼の娘、帝都に向かう

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 帝都から遥か遠く、峻険な山脈に囲まれた中越村は、近くを通る国道からアスファルトで舗装された道路が1本通っているだけのド田舎だ。

 郵便や宅配荷物の集配、日用品や食糧品などの販売は、村の入り口近くにある役場で行われている。手紙や新聞を各世帯に届けるのは、以前は役場の若手が行っていた。

 その中越村から、さらに山奥へ分け入ったところにある不破寺神社。人間の参拝者はここ数十年訪れていないにも関わらず、境内は綺麗に清掃されている。神社の隣に建てられた家屋の扉が開き、中から角を生やした少女が飛び出してきた。

「配達に行ってきますん!」
「気を付けてなー」

 肩まで伸びた黒髪をたなびかせながら、少女は山の急な斜面を駆け下りていく。袖を落とし、丈を短くした着物は赤く染められ、その胸元はサラシを巻いているにも関わらずその大きさを隠し切れていない。

 少女の背中には身長と変わらないほど長い太刀が吊られていた。木々の隙間を走り抜けるとき刀が引っ掛からないよう、体躯をひねって器用に身を躱していた。

「真ちゃん、おはよー」
 畑仕事をしていたおじいさんが少女に声をかける。

「おはよーですん! すぐに新聞持っていきますよん!」
「ほーい。たのんだでー」

 村の役場に到着して荷物と手紙を受け取ると、そのまま取って返して少女は村の家々へ配達に向かった。

 一通りの配達が終わって役場に戻ると、女性の職員が少女に茶色い封筒を手渡してきた。封筒には『不破寺 真九郎様』と書かれている。

「不破寺さん、いつもご苦労さま。これ今月のバイト代」
「わーい! ありがとうございますん!」
「さっき販売車で買い物したけど、いつも不破寺さんが読んでる雑誌あったわよ」
「ほんとうですかん! 楽しみにしてたのですん!」
  
 真九郎は女性にお礼を言うと、そのまま小走りで生活雑貨の販売車へと向かった。
 
「叔父さん! 帝都Walker来てますかん!」
「はいよ。最新できたてほやほやのを持ってきたよ」
「わーい! ありがとなのですん!」
 
 雑誌の他に家に必要な雑貨を購入した真九郎は、そのまま駆け足で山へと戻っていった。途中、日当たりの大きな良い岩の上に腰かけて、真九郎は一心不乱に雑誌を読み始める。

 真九郎にとっては麓の村役場も十分に開けた場所だった。以前、真九郎は村のイベントの手伝いで市役所のある中央東町に連れていってもらったことがある。

 町には大きなスーパーと小さな商店がいくつかあるだけだったが、それでも真九郎にとってそこは欲しいもの全てが手に入る魅惑の都会に分類された。

「いよいよですん。楽しみで仕方ないのですよん。本当に、本当に」

 来月から不破寺真九郎は帝都へ出て新しい生活を始めることになっている。

「楽しみなのですんー!」

 高ぶる気持ちを抑えきれず、この時に発した真九郎の絶叫は麓までこだました。



~ 帝都 徳沢病院 ~ 

 どしゃぶりの雨が帝都を打ち付ける。

 多数の妖異が侵入した帝立病院内では、生存者を救出するために突入したSATが先程まで激しい銃撃戦を繰り広げていたが、今はそれも収まりつつあった。

 陣頭指揮に当たっていた警視は、これまでの現場経験からこの事件自体が終了に向かいつつあることを感じ取っている。

「嬢ちゃん! もう終わりだよ。雨ん中で立ってねぇで車ん中に戻りな!」

 パトカーの前では傘を差した少女が病院の入り口を黙って見つめて立っていた。およそ銃撃戦の現場に相応しくないツインテールの少女は、帝国妖異対策局の局長だ。

 彼女はいま、病院内で危険に身をさらして任務を果たしている部下の安否を気遣っているのだ。警視はそれ以上は声を掛けることをせず自分の仕事に戻った。

 ドゴーン!

 突然、地鳴りのような振動と共にガラスの割れる音が響く。その場にいた全員が頬にビリビリとした空気の震えを感じる。

「なんだ!? 何事だ!」

 警視が無線に向かって叫ぶ。銃撃の閃光が散発的に繰り替えされる度、隊員の悲鳴が聞こえてきた。

 ドゴーン!

 再び大きな音が地面を揺らしたとき、警視は病院の1Fフロアに降り立った巨大なを見た。だが警視はその影の正体を知っているのにも関わらず、認知することができなかった。理解することができなかった。

「熊?」

 永遠にも感じられた2秒間で警視の脳が出した結論が熊だった。しかし、熊には人間の顔はついていない。それに警視の知る限り、熊は人間の頭を集めて首飾りにするような趣味は持っていないはずだ。

 人面の獣が警視の方を向く。目が合った瞬間、警視は恐怖で悲鳴を上げ、ズボンの中を濡らしてしまった。熊はニヤリと笑うと病院の玄関のガラスを打ち破って警視の方に向って一気に走り出す。

 気絶する前に警視が見たのは、獣と自分の間に立ち塞がるツインテールの少女の背中だった。警視からは彼女の背中しか見えなかったが、仁王立ちで獣に向き合っている少女の顔はきっと笑っているんだろうと何故かそう感じた。

 突然、自分と獲物の間に割り込んできた少女に獣は一瞬動きを止める。

 ドンッ!

 背後から爆発音が聞こえたものの、獣にとっては目の前の獲物への執着が勝り、そのまま少女に向かって突進を始める。
 
「局長! お願いします!」
 
 獣の背後から女性の叫ぶ声が響く。ツインテールの少女が印を組んだ左手を獣に向けると、手袋に描かれた瞳入りの五芒星が青白い光を放つ。

「這いつくばれ化け物! 水龍之鉄槌!」

 高く掲げた右手の拳をそのまま振り下ろすと、巨大な水の塊が現れて獣の上に落ちる。大きな衝撃音がして水がはじけると、獣が地面に突っ伏して倒れていた。

「ハチ!」

 少女が叫ぶと、ハチと呼ばれた銀髪の女性は獣の背中に飛び乗って、青白く光る右手で獣を貫く。銃弾をものともしなかった分厚い皮膚をまるで豆腐に箸でも指すかのようにその手が沈んでいく。

 そしてハチの右手が獣の体内にある核体に触れて握りつぶすと、獣は大きな咆哮をあげてそのまま永遠に沈黙した。

「よくやったわ! うげっ!? なんて趣味の悪い妖異なの……」 

 獣の首には犠牲となった人たちの頭がロープで結び付けられていた。ハチはナイフを使ってロープを切り、そのひとつひとつを丁寧に外していく。

 生き残ったSATの隊長が二人の方へやってきて声をかける。

「撫子型がこんなに戦えるなんて知らなかったぜ。助かったよ」
「ご無事でなによりです」と落ち着いた声でハチが隊長に答える。
 
「うちのハチは特別なのよ! そこらのアンドロイドと一緒にはしないことね」
「へいへい了解。しかしこの化け物、ほんとひでぇことしやがって……」

 獣の死体を確認していたハチの手が止まる。

「局長……確認しました。この女の子で間違いありません」
 
 局長がハッと息を飲む。SATの隊長は彼らの事情について何も知らなかったが、今は二人をこの場から離れさせるのが良いと判断した。

「すまないが現場を荒らされるのは困るんだ。ここはこのままにして取り合えず警視のところへ報告に行ってくれ」
「そうね。ハチ、行きましょう」
「……はい」

 いつの間にか雨は止んでいた。

 帝国妖異対策局に戻る車の中、局長は隣に座っているハチを見ながら、自分のふとももを軽く叩く。

「ほらハチ、膝枕」
「はい」

 ハチは素直に体を横たえて局長のふとももに頭を預ける。

「今日は……つらかったね」

 局長がハチの銀髪をやさしくなで続ける。その毛先の方は赤と黄色で染められており、それはハチが帝国に所属するアンドロイドであることを示していた。

「わたしは大丈夫です。アンドロイドですから……」
「そうね」

 妖異と戦い続けているからには、無残な遺体を見る機会は多い。今では心を切り離す術も身についている。しかし、犠牲者が多少なりとでも見知ってしまった顔となればどうしようもない。

 局長自身は今回犠牲となった女の子とは面識がなかったが、ハチはそうではない。彼女が女の子の母親の病室まで手を引いていったのは今朝方のはずだ。

 ハチはアンドロイド。そもそも人のように傷つく心はない……はず……

 でも――

「そうだね」

 局長は銀色の髪を撫でるのを止めることができなかった。



~ 帝国妖異対策局 ~
 
 二人が帝国妖異対策局まで戻ると、玄関には唐草模様の大きな風呂敷包みが置かれていた。

「これって!?」
「局長、新しい局員が本日配属に……」

 ハチが言い終えないうちに、大きな風呂敷包みがもこっと空中へ浮かぶ。

「「!?」」

 風呂敷が回転すると、それを背負っていた少女と二人が対面する。角を生やした少女は満面の笑みを浮かべると二人にペコリと頭を下げて、

「不破寺真九郎ですん! 本日からここでお世話になりますですん!」
「真九郎! やっと着いたのね! ハチ、この娘が例の新人よ」
「不破寺様、帝国妖異対策局へようこそ」

 これが後に妖異から恐れられる帝国妖異対策局三人の邂逅となる。

 いつの間にか空はすっかりと晴れ上がっていた。


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