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第228話 呑み処きもをた
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北西区にある南橋を渡って歩くこと20分。建設中のソープランド周辺では、深夜でも営業している飲食店や出店をチラホラと見ることができます。
そのほとんどは、カザン王国各地の郷土料理を出しており、店構えも王国住人にとってなじみのあるレストランや酒場でした。
そうしたお店が並ぶ通りから、少し引っ込んだところにある噴水広場に、毎晩やってくる屋台がありました。
屋台は木造の小さな作りで、簡易的な屋根が取り付けられており、小さな提灯が辺りをぼんやりと照らしています。
他にもある屋台と違うのは、その屋根から暖簾が下がっていて、外からは中の様子があまり見えないようになっているところでした。
紺の暖簾には白文字で「呑み処きもをた」と帝国の言葉が描かれていました。なので、地元の人にとっては妖しい紋様にしか見えません。
屋台の暖簾をくぐると、カウンターがあり正面に4席、角と奥に向って3席分の丸椅子が配置されています。カウンター奥の天井からメニューが書かれた木札がいくつか吊り下げられていました。
奥の棚には、キモヲタがナイトショップラバーの「店長のやらかし誤発注」で仕入れたお酒や缶詰が並んでいました。
メニューには、日本酒やウィスキー、ワイン、焼き鳥や牛肉、貝類などが並んでいます。値段は、南橋での飲食店の相場よりも3倍以上の高い値段が設定されていました。
それでも、王宮でも飲めないと評判のお酒やおつまみが揃っていることから、出店が始まって以降、カウンター席が空になることは、ほとんどなかったのでした。
この屋台を出すことを決めたのはキモヲタで、それはカガリビから受けた相談が切っ掛けでした。
『えっ!? 夜も働きたいでござるか?』
『そうです。皆さんが寝ている間、暇で仕方がありません。何かお仕事ありませんか?』
働いたら負け教の熱心な信徒であるキモヲタからすると、カガリビの発言は驚天動地のものでした。しかし、話を聞いてみるとある程度は納得することができました。
その本体が粘液生物であるカガリビの睡眠や休息は、人間のそれと違っていたのです。人間のようにまとまった時間を取る必要はなく、活動休止状態を細かく入れていくことで、人間から見るとほぼ24時間活動できるということでした。
『……』
『つまり、ときどきカガリビたんが静かにしてるときって、我輩たちが眠っているのと同じ状況であると』
『……』
『……』
『……』
『えっと、カガリビたん?』
『はい。今、少し眠ってました。カガリビの頭も体もすっきりです。ところで何かお話していたようですが、もう一度お願いできますか?』
『なるほど把握したでござるよ』
そこから二人が話し合った結果、
① カガリビが働くことができ
② 捜している姉の情報収集にも貢献でき
③ キモヲタが儲かって
④ なんなら美味しいもの食べられて
⑤ 美人のお姉さんとの出会いがあったら最高
という、ほぼキモヲタがおいしいだけの居酒屋屋台が決定したのでした。
出店に当たって、カガリビはキモヲタ邸の老執事とメイドから給仕や接客についてのマナーを徹底的に叩き込まれました。
料理自体は、缶詰を開けて中身をお皿に盛りつけるだけなので、調理技術の習得はほぼ不要。お酒の取り扱いについては、エレナが馴染みのバーテンダーを雇って、カガリビの講師にしました。
店を出してから最初の二週間は、カガリビと一緒にエレナやエルミアナ、シモン、ときにはキモヲタもカウンターに入って、お客にお酒やおつまみを提供していました。
出店当初から満員御礼で大賑わいだった「呑み処きもをた」。
最初のうちは、荒くれ者の客も多く、なかには酔って暴れるものも少なくありませんでした。
あるとき、酒癖が悪いことで有名な男が隣の客と喧嘩を始めました。
ゴリラのようなガタイのその男は激昂するあまり、太い腕でカウンターの板を叩き折ってしまいます。
その瞬間、ゴリラ男の身体は近くの建物の壁に叩きつけられていました。
突然の出来事に幾分か正気を取り戻した男が見たのは、口から長い触手を伸ばしたカガリビが自分に近づいてくる姿でした。
カガリビ(の触手)は、ゴリラ男の身体を巻き上げると、何度も何度も壁に叩きつけました。そのとき、なじみ客になりつつあったトード爺さんが止めなければ、ゴリラ男は死んでいたかもしれません。
その日以降、エールやワインでワイワイガヤガヤ騒げる場所だった「呑み処きもをた」は、静かにお酒を嗜む大人のバーへと変わっていきました。
またキモヲタが店を出したということを紅蝶会が聞きつけて、幹部クラスの人間が出店を訪れるようになったこともあり、酔って騒動を起こすのは完全に御法度という空気も出来上がっていたのでした。
そんな「呑み処きもをた」に最近、日付が変わる頃の時間になると、毎晩のように訪れる客がありました。
「カガリビ、今日も来ましたよ~♪ どん底エルフがカガリビたんに愚痴を聞いてもらいに来ましたよ~っと♪」
グラスを磨いていたカガリビが、酒が廻って完全に出来上がっているその客に、口角を上げて迎えました。
「いらっしゃいませ。エルミアナさん」
そのほとんどは、カザン王国各地の郷土料理を出しており、店構えも王国住人にとってなじみのあるレストランや酒場でした。
そうしたお店が並ぶ通りから、少し引っ込んだところにある噴水広場に、毎晩やってくる屋台がありました。
屋台は木造の小さな作りで、簡易的な屋根が取り付けられており、小さな提灯が辺りをぼんやりと照らしています。
他にもある屋台と違うのは、その屋根から暖簾が下がっていて、外からは中の様子があまり見えないようになっているところでした。
紺の暖簾には白文字で「呑み処きもをた」と帝国の言葉が描かれていました。なので、地元の人にとっては妖しい紋様にしか見えません。
屋台の暖簾をくぐると、カウンターがあり正面に4席、角と奥に向って3席分の丸椅子が配置されています。カウンター奥の天井からメニューが書かれた木札がいくつか吊り下げられていました。
奥の棚には、キモヲタがナイトショップラバーの「店長のやらかし誤発注」で仕入れたお酒や缶詰が並んでいました。
メニューには、日本酒やウィスキー、ワイン、焼き鳥や牛肉、貝類などが並んでいます。値段は、南橋での飲食店の相場よりも3倍以上の高い値段が設定されていました。
それでも、王宮でも飲めないと評判のお酒やおつまみが揃っていることから、出店が始まって以降、カウンター席が空になることは、ほとんどなかったのでした。
この屋台を出すことを決めたのはキモヲタで、それはカガリビから受けた相談が切っ掛けでした。
『えっ!? 夜も働きたいでござるか?』
『そうです。皆さんが寝ている間、暇で仕方がありません。何かお仕事ありませんか?』
働いたら負け教の熱心な信徒であるキモヲタからすると、カガリビの発言は驚天動地のものでした。しかし、話を聞いてみるとある程度は納得することができました。
その本体が粘液生物であるカガリビの睡眠や休息は、人間のそれと違っていたのです。人間のようにまとまった時間を取る必要はなく、活動休止状態を細かく入れていくことで、人間から見るとほぼ24時間活動できるということでした。
『……』
『つまり、ときどきカガリビたんが静かにしてるときって、我輩たちが眠っているのと同じ状況であると』
『……』
『……』
『……』
『えっと、カガリビたん?』
『はい。今、少し眠ってました。カガリビの頭も体もすっきりです。ところで何かお話していたようですが、もう一度お願いできますか?』
『なるほど把握したでござるよ』
そこから二人が話し合った結果、
① カガリビが働くことができ
② 捜している姉の情報収集にも貢献でき
③ キモヲタが儲かって
④ なんなら美味しいもの食べられて
⑤ 美人のお姉さんとの出会いがあったら最高
という、ほぼキモヲタがおいしいだけの居酒屋屋台が決定したのでした。
出店に当たって、カガリビはキモヲタ邸の老執事とメイドから給仕や接客についてのマナーを徹底的に叩き込まれました。
料理自体は、缶詰を開けて中身をお皿に盛りつけるだけなので、調理技術の習得はほぼ不要。お酒の取り扱いについては、エレナが馴染みのバーテンダーを雇って、カガリビの講師にしました。
店を出してから最初の二週間は、カガリビと一緒にエレナやエルミアナ、シモン、ときにはキモヲタもカウンターに入って、お客にお酒やおつまみを提供していました。
出店当初から満員御礼で大賑わいだった「呑み処きもをた」。
最初のうちは、荒くれ者の客も多く、なかには酔って暴れるものも少なくありませんでした。
あるとき、酒癖が悪いことで有名な男が隣の客と喧嘩を始めました。
ゴリラのようなガタイのその男は激昂するあまり、太い腕でカウンターの板を叩き折ってしまいます。
その瞬間、ゴリラ男の身体は近くの建物の壁に叩きつけられていました。
突然の出来事に幾分か正気を取り戻した男が見たのは、口から長い触手を伸ばしたカガリビが自分に近づいてくる姿でした。
カガリビ(の触手)は、ゴリラ男の身体を巻き上げると、何度も何度も壁に叩きつけました。そのとき、なじみ客になりつつあったトード爺さんが止めなければ、ゴリラ男は死んでいたかもしれません。
その日以降、エールやワインでワイワイガヤガヤ騒げる場所だった「呑み処きもをた」は、静かにお酒を嗜む大人のバーへと変わっていきました。
またキモヲタが店を出したということを紅蝶会が聞きつけて、幹部クラスの人間が出店を訪れるようになったこともあり、酔って騒動を起こすのは完全に御法度という空気も出来上がっていたのでした。
そんな「呑み処きもをた」に最近、日付が変わる頃の時間になると、毎晩のように訪れる客がありました。
「カガリビ、今日も来ましたよ~♪ どん底エルフがカガリビたんに愚痴を聞いてもらいに来ましたよ~っと♪」
グラスを磨いていたカガリビが、酒が廻って完全に出来上がっているその客に、口角を上げて迎えました。
「いらっしゃいませ。エルミアナさん」
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