ベスティエン ――強面巨漢×美少女の〝美女と野獣〟な青春恋愛物語

熒閂

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#02: Gravitated two apples

Fresh men

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 翌朝。レイのマンション。
 音楽もテレビの音声もない静かな朝。カーテンの隙間から朝の白い光が射しこみ、ベッドに横たわる禮の上に光の一線を描いていた。
 ♪♪♪♪~~♪♪♪♪~~――スマートフォンのアラームの振動。
 ベッドで目を覚ました禮は、ほぼ無意識で自分の枕元に手を伸ばした。指先がスマートフォンに触れ、ろくすっぽ目も開けないままアラームを停めた。
 そこまでの動作を夢見心地で完了し、一拍遅れて脳が覚醒し、ベッドの中で寝返りを打って自分の背後を確認した。
 大きな背中がベッドに腰かけていた。ボコボコと隆起した筋肉質な背中。近江オーミのものに間違いなかった。

「……おはよ」

 禮が気持ち小声で話しかけると、半裸でベッドに座していた近江はゆっくりと振り返って「……起きたか」と零した。
 禮は、自分自身ですらまだ慣れない、独り暮らしのベッドルームの風景に近江がいることが急に恥ずかしくなり、掛け布団を顔の辺りまで引き上げた。
 近江は上半身を捻りながらベッドに座り直し、枕に頭を置く禮へと手を伸ばした。大きくて硬い手の平で、禮の頭を撫でた。

「痛かったんやろ。すまんかったな」

「うん……」

 禮は近江からかけられた言葉の意味を咀嚼し、カーッと顔を真っ赤にした。
 いつかはくると思っていた日が、その瞬間が、思いがけずやって来て、自分のものとは思えない激情に突き動かされ、然らぬ痛みを乗り越えた。あのときの感情は自分のものではなかったのかもしれない。しかし、最早自分のものだ。それまで知らなかった感情と痛みを得て、少なくとも、昨日までの全き少女とは異なる存在となった。
 ――恥ずかしいけれど嫌じゃない。あなただから。




「禮。ガッコにいてる間は、俺に話しかけんな」

 青天の霹靂――――。突然、近江からそう言われ、禮は胸の真ん中を鉛玉でズドンッと打ち抜かれた感じがした。
 一瞬聞き違いかと思った。思ってもみなかったことを言われた禮は、弾かれたように上半身を起こした。近江が禮から目を逸らしてベッドから立ち上がり、禮が伸ばした手は虚しく宙を掻いた。

「な、何で?」

「何でもや」

「ガッコの人には、ウチがハッちゃんのカノジョやってバレたらあかんて、こと?」

「あかんに決もとるやろ」

 近江は、昨夜そのへんの床に放ったTシャツや学生服を拾い上げながら淡々と応えた。禮に背中を向け、衣服に袖を通してゆく。
 決まっているだろうと言われても、禮には何も分からなかった。分からないけれど、動揺と困惑が大きすぎて、どうして、嫌だと、近江を問い詰める言葉が喉から出なかった。

「ガッコでは、俺と禮は他人や。分かったな」

 近江は命令だけ言い置き、禮の部屋から出て行った。
 人ひとり分の熱が消えただけなのに、室温をやたらと冷たく感じた。禮はひとり残されたベッドの上で、ズキリと下腹部に痛みを感じた。昨夜、近江に純潔を捧げたのは幻ではないと、その痛みだけが証左だった。




  § § §




 私立荒菱館コーリョーカン高等学校・3年B組教室。

「ガッコにいてる間は俺と禮は他人で通す。オマエも禮に構うな」

「え? え? え? 何でそんなことに?」

 教壇では教師が絶賛授業中。しかし、美作ミマサカはそのようなことは気にも留めず近江に堂々と聞き返した。
 美作は荒菱館の№2。彼が騒ぐと周囲の注目を集めるのは必定。
 近江は周囲に聞き耳を立てられて奇異の目を向けられ、気分がよろしくなかった。ジロリと一睨みを利かせ、集まった目線は散り散りバラバラとなった。
 近江の席はベランダ側の最後列、美作の席はその隣。美作は近江のほうへ身体ごと近づけた。

「むしろ全力で〝コレは俺のやー〟てアピらんと、あんなカワイイ子、男が寄ってきてしゃあないでっせ」

 近江が何も応えないでいると、美作はしばしひとりで考え事をし、ポンッと手を打った。

「分かった。他人てことにしといたほうが浮気するのに都合ええからでっか?」

「この世に禮よりカワイイ女いてへんのに浮気する意味あるか?」

「あ。ハイ」

 近江が真顔で断言し、美作はスンと冗談を言うのを已めた。軽くジョークを飛ばしたら真剣に返球されてしまった。

「せやったら何で他人のフリしはるんでっか。他に理由思いつけへんでっせ」

「禮が俺のオンナやて知れたら悪目立ちする」

「禮ちゃん単品でも充分目立ちますケド」

 美作の至極真っ当な反論を、近江はジロッと一瞥して黙らせた。

「それでもや。ガッコでは俺と無関係のほうが、禮が無駄に嫌な思いせんで済む」

 近江は見るともなしに前方の黒板へと顔を向けた。視界に入ってはいても、授業の内容などまったく聞いてはいなかった。
 これほど自分の立場を疎ましく感じたのは久方振りだ。自分ひとりなら目立とうと敵が増えようと、どうでもよい。難しい思考など必要ない。この太い腕を振るだけで何事も解決する。しかし、大切なものを傷ひとつなく守ろうとしたら、きっとこの腕だけでは不足だ。
 嫌な思いかー……、と美作は独り言を零した。

「ソレ、その近江さんの考え、禮ちゃんもちゃんと解っとるんでっか」

「さァな。イチイチ言わなあかんことか」

 近江はぶっきらぼうに答えた。自分なりに無い頭を捻って最適と思われる方法を絞り出した。これ以上何かを考えるのはひどく億劫だった。
 美作は、教室前方を眺める近江の横顔を見て、惘れた嘆息を漏らした。近江の考えも、禮に対する態度も、最善策とは思えなかった。

「禮ちゃん絶対ワケ分かれへんでっせ。あの性格やと、他人言われるほうが傷つきそうな気ィが……」

 近江がチッと舌打ちした。
 美作は暴君の不興を敏感に感じ取り、シャンと背筋を伸ばした。

「ハイ。分かりました。近江さんの言うとおり、ガッコでは禮ちゃんと他人のフリします」




  § § §




 荒菱館高校・1年B組教室。
 学活の時間。
 新入生同士の交流を深めることを目的とした授業であるが、生徒が押し並べて友好的であるかというと、必ずしもそうとは言えない。毎年必ずといってよいほど、いずれかの教室で騒動が起きる。担任教諭にとってはひたすら迷惑な慣例のひとつだ。
 しかしながら、一年B組はそのような気配は一向になかった。その理由は、早くも学校随一の美少女と目される女子生徒に、クラス全員の意識が集中しているからだ。
 教壇に立つ担当教諭は、クラス中の男子生徒たちから発せられる秋波を察知して長い溜息を吐いた。

(去年はダントツの問題児・近江のクラスを受け持ち、今年は女子生徒のいるクラスを押しつけられ……もしかして俺、イジメられてんのかな。女子のいるクラスなんか、絶対トラブるに決まってんじゃん、問題の宝庫じゃん。オオカミの群れにヒツジじゃん!)

 担当クラスの女子生徒は幸いにも素直な性格のようだが、如何にその生徒自身が品行方正だろうと、オオカミとヒツジという関係性に変わりはない。この学校では女子生徒というだけで或る種の問題児だ。問題の発生源だ。頭痛のタネだ。

「それじゃあ、学活の時間は好き勝手に自己紹介でもして仲よくするよーに。ボクは教官室にいるから何かあったら呼んでください。極力何もないように過ごしなさいよ」

 教師は覇気なくそう言い置き、そそくさと教室から出ていった。
 荒菱館高校では乱闘騒ぎなど日常茶飯事。生徒同士の小競り合いに巻きこまれて怪我をこさえるなんて、とんだ貧乏クジだ。無限の体力を持つ生徒たちに逐一付き合っていたのでは身が持たない。大人はとっとと教官室に引き隠ってしまうが吉だ。

 ――「ガッコでは、俺と禮は他人や」――
 ボーッと机に頬杖を突く禮の脳裏を、今朝の近江の言葉が巡った。
 入学式の翌日、本来なら友だちができるか、クラスに溶けこめるかなど、ドキドキしているはずなのに、禮は心此処に在らずの状態だった。朝から何度も何度も近江の言葉を反芻する。

(どういう意味なんやろ、あれ。昨日は好きやって言うてくれたし、朝も気にしてくれてた……よね。嫌われたわけちゃうとしたら、何で急に他人なんて……。う~~~~ん。男の人って分からへん~~)

 近江の思考を見透かすことなど、恋人である禮にだってできない。恋人だからこそ、愛情を確認し合った翌朝に突き放されるなんて、意味が分からない。
 言葉を反芻してひとりでグルグル考え、最悪の想像が生まれては消えてゆく。それの繰り返し。自分では正解を導き出せないと悟っていながら、考えずにはいられない。

(ウチが同じ学校にしたこと、ハッちゃんやっぱ嫌なんかなー……)

 禮ひとりでは解決できない問題だが、入学したばかりの慣れない男だらけの環境で、相談できる相手などいるはずがなかった。

 ねえねえ、と禮の前の席の斎藤川原サイトーガワラ君がクルッと振り返った。

「覚えてくれた? 俺の名前」

「うん、覚えたよ。サイトーガワラシノグ君やんね」

「そうそう、俺シノグ君♪ なあ、禮ちゃんて呼んでええ?」

「ええよ」

 フレンドリーな斎藤川原は、先陣を切って早々に愛称で呼ぶことを許され、にんまりと得意気な顔になった。

「禮ちゃんは最近何にハマってる? 何かおもろいモンあるか?」

「急におもろいもの聞かれても」

「仲良くなる為の初歩的な質問、みたいな? ほら、センセーも仲良うせえ言うてたやん」

「えー。最近何が好きかなあ。う~ん……」

 禮が天井を仰いで考えこむとほぼ同時に、ガタッ、ガタガタッと教室の幾つかの席が動いた音がした。すると、あれよあれよと言う間に数人の男子生徒が禮を取り囲んだ。




「オイ。アイツらってもしかして……」

「アレ、士幌シホロ由仁ユニ遠別エンベツだよ」

「ゲ。マジでか。アイツら三人揃って荒菱館コーリョーカン受かったのかよ」

「あの子とは仲よくしたいけど、あんな連中と張り合うのはカンベンだな」

「うわっ。他にも見たことあるヤツいるぜ。このクラス一体どうなってんだよ」

 レイを取り囲むのは、誰も彼も中学では喧嘩が強いと名が通っていた有名人ばかり。近づきがたいクラスメイトたちは、彼らを遠巻きに観察することしかできなかった。

 禮は椅子に座ったまま彼らの顔を見上げてキョトンとした。世情に疎い禮は、無論、彼らが何者であるか知る由もない。

「俺、遠別エンベツ脩一シューイチ。席も近いし、これから仲良くしてよ」

「俺は大鰐オーワニや。オマエ、名前何ていうんや」

 ダークブラウンの長髪の男・脩一が、いの一番に禮に自己紹介した。その直後に、吊り目がちで目付きの鋭い黒髪の少年・大鰐が、割りこむように名乗った。
 脩一は少々ムッとして大鰐に鋭い目付きを向ける。

「オイ。オマエでしゃばんなよ。いま俺が話してんだろ」

「そっちこそ邪魔すんなロン毛ェ」

 脩一と大鰐は、口を一直線に噤んで互いに一歩ずつ近づき、至近距離で相手を睨みつける。その場の空気が一気にピリピリと張り詰める。
 脩一と大鰐が睨み合いを始めた隙に、髪の毛をツンツンに逆立てた男が、禮の視界に滑りこんだ。

「いやー、キミめちゃめちゃカワイイなー🩷 名前、禮ちゃんって言うん? 名前もカワイ🩷」

「俺、俺、由仁ユニ大樹タイジュ。ヨロシクッ」

 前髪を立てて額を全開にしたやや小柄な少年・由仁が、ツンツン男を押し退けて前に出てきて、爽やかにニカッと白い歯を見せた。

「退いてぇ、大樹。いま俺が話してんねん」

「俺も話してるやん。今まさに話してる最中やん」

「大樹が一方的に喋っとるだけでこの子は何も返事してへんやん。大樹の一方通行やん。キャッチボールちゃうのは話してるとは言いマセンー。独り言デスー」

虎徹コテツ君かて返事されてへんやろッ」

「返事する前に大樹が割りこんできたんやろがッ」

 禮は、男子高生の活きのよさに圧倒されてパチパチとまじろぎをした。

(賑やかな人らやなあ。ハッちゃんも鶴ちゃんと感じちゃうけど、男のコってフツーこんな感じなんかな。ウチずっと女子校やったさかいよお分からへん)

「そんなアホどもの相手せんでええで」

 またひとつ声が増え、虎徹と由仁は弾かれたように顔を上げた。

「アホちゃうわッ」

 禮も、虎徹と由仁に吊られて顔を引き上げた。長身で背筋がピンと伸びた、体格のよい男が立っていた。

幸島コージマや。ヨロシクな」

「あっ。えっと……ウチ、相模サガミレイ、デス。ヨロシク」

 自己紹介を捲し立てる周囲の勢いに圧倒されていた禮は、ここでようやく言葉を発した。

「禮か。ええ名前やな。中学はどこやった?」

「ウチ、中学校までずっと石楠セキナンで」

 禮は、名前を褒められたのが素直に嬉しく、ニコニコして答えた。

「セキナンて、石楠セキナン女学院ジョガクインか?」

 禮の返答を聞いた斎藤川原が、幸島の背後からひょこっと顔を出した。
 体格のよい幸島に視界を塞がれて大変邪魔だが、どう見ても自分より腕っ節が強そうなのでハッキリと文句は言えなかった。

「石楠のお嬢ッ⁉」

 虎徹に由仁、大鰐と脩一も啀み合うのを已め、全員の目が禮に集まった。

「ほな、かなりなお嬢様やな」

「ほんまモンのお嬢なんて、俺こんな近くで初めて見るで✨」

「カ、カレシは! カレシいてるッ?」

「訊くの早いわ」

 禮の机に齧りつくように前のめりになって問い詰めた由仁の頭を、虎徹がパーンッと叩いた。
 唐突に彼氏の有無を問われた禮は、咄嗟に口篭もった。学校では他人のフリをしろと命令されて、何と答えるのが正解なのか分からなかった。
 禮が確答しないのをよいことに、全員が自分に都合よく〝いない〟と解釈した。

「好きなタイプ訊いてもええッ?」

 由仁はまた前のめりで禮に質問した。初対面で不躾な質問をポンポンとぶつけるが、彼の溌剌とした笑顔は禮を不快にさせなかった。
 好きなタイプ……、と禮は呟いて机の上に目を落とした。
 他人のフリを強要されたのに、嫌われたかもしれないのに、莫迦正直にも脳裏にはたったひとりしか思い浮かばなかった。

「背が高くて、体が大きくて……」

 禮の回答をここまで聞いて、由仁は明らかにガーンとショックを受けた表情になった。彼はおそらく、禮よりも身長が低い。

「力持ちで、無口で、滅多に笑わへんくて……正直な人……かなあ」

 好きな人の話をしているのに、心がちっとも浮かれなかった。禮は俯き加減で、誰にも気づかれない程度の嘆息を漏らした。

(ああ……そや。ハッちゃん嘘言わへんからたぶん、〝他人〟っちゅうのも本気なんやろなあ)

 この先ずっと学校ではこのような気分で過ごさなければならないなんて、夢にも思わなかった。
 由仁と虎徹は、不思議そうに眉をひん曲げた。禮の回答は、彼らが想定した一般的な女子高生の挙げそうな条件から、懸け離れていたからだ。

「……滅多に笑わない人が、ええんか?」

 由仁が確認の意味で問い返すと、禮は俯き加減でコクンと頷いた。
 虎徹と由仁はクルッと禮に背中を向けて相談を始める。

「どうする? 滅多に笑わん男がええて」

「虎徹君、生まれついてのニヤケ面やもんな」

「やかましい。オマエもニヤケ面にしたろかッ」

「ひゃめろや~!」

 虎徹は由仁の両の頬を抓んでグニグニと容赦なく引っ張った。由仁は手をバタバタさせて抵抗するもリーチの差があるから届かない。虎徹はギャハハハッと声を上げて笑った。
 脩一は、騒々しい虎徹と由仁に非難の目を向け、決まりが悪そうにチッと舌打ちした。

「アイツら、はしゃぎやがって」

「なかなかおもろいツレやな。見せ物に丁度ええやん」

 それは明らかに侮蔑の意味。遠別はムッとして大鰐の肩を掴んだ。

「何だって。も一遍言ってみろよ」

「なにマジなっとんねん。見た目よりマジメか、ロン毛ェ」

 大鰐は脩一の手を振り払いもせずに、フフンッと鼻で笑った。それがまた脩一の神経を逆撫でした。

「ナメてんのかテメー」

「脩一。やめとけ。せっかく女のコと仲良うなれるチャンスやのに」

 虎徹とはしゃいでいたはずの由仁の一声が、脩一を制止した。
 脩一はチッと舌打ちし、投げ捨てるように大鰐から手を放した。

「ヘタレが」

 大鰐の罵倒が癇に障った。脩一はジロリと大鰐を睨んだ。今にも殴りかかりそうな脩一の肩を、今度は虎徹が捕まえて制止した。
 大鰐は脩一にしっかりと視線を合わせ、挑発的にクックックッと肩を揺らした。

「何や、ちぃっと聞いたことある名前やからどんなモンかと思ったら、ケンカのひとつもでけへんビビリか。期待して損したわ」

「テメーはッ……」

「あかん」

 ギギギギッ。――脩一が大鰐の挑発に乗ろうとした瞬間、禮が椅子を引いて立ち上がった。

「ケンカはあかんよ」

 禮は机と机との間の通路に一歩出て、大鰐と脩一との仲裁に入った。

「危ねーよ」

「男のケンカに割って入るなんか度胸あるなァ、お嬢さま。邪魔じゃ、退いとけ」

 脩一も大鰐も、禮のほうに顔を向けず、互いに目線を固定したまま。ふたりとも退く気は無かった。中学時代は腕っ節で名を馳せた者同士、此処で退くことは降伏と同義だ。

「ウチはお嬢さまちゃうよ。もしもお嬢さまでも、あかん思たらとめるけど」

 禮の毅然とした表情や口振りが、大鰐の神経を逆撫でした。

「オマエがとめるって? 何ができんねん、女のクセに。ちいっとカワイイからて、ちやほやされていい気になんなよ」

「オイ。その辺にしとけよ」

「女のコに当たんなや」

 禮にまで険難を振りまく大鰐に、由仁と虎徹も緊張を高める。
 大鰐は望むところと言わんばかりにニヤリと笑った。

「じゃかしぃんじゃ。文句あるならかかってこいや」

「文句、あるよ」

 禮が反抗の意志をハッキリと言葉にし、大鰐の眉がピクッと撥ねた。女子校出身のお嬢さまが、威嚇されてまだ食い下がるとは思っていなかった。

「高校生にもなって、やたらめったら人ォ挑発してケンカするなんて良うないよ」

「ハアッ? 誰に向かってンなナメた口きいとんねん」

「知らんよ」

 禮は大鰐を真っ直ぐに見据えた。

「アンタがなんぼ有名でも、ウチはアンタのことなんて知らん」

「ナメくさって!」

 大鰐は激昂して禮に殴りかかった。
 禮は後方にタンタンッと数歩下がって距離を取った。自分の有利な地点に陣取り、悠然と大鰐を待ち構えた。それが禮の意図した間合いだとは、誰も気づかなかった。

「黙らしたるァッ」

 周囲が停めに入るのも間に合わず、大鰐は怒声を張り上げて禮に迫った。
 禮は身構えることもなく、ただ大鰐を視界の真ん中に据えた。大鰐が見詰める禮の瞳は、気味が悪いほど静まり返っていた。

(コイツ、女のクセに全然ビビれへん)

 ヒュオッ、と風を切る音。大鰐の脳内に考え事が過り、気が逸れた刹那、視界の外で何かが動いた。
 ガッキィインッ‼
 禮は大鰐の顎を真下から高く蹴り上げた。

「なッ⁉ ガハッ……」

 大鰐は天頂が激しく上下に揺さぶられ、天地の方向を見失った。足が床に着いているのか宙に浮いているのかも分からず、ただ本能的に闇雲に重力を探そうとするが感知できない。
 次にやってくるのは暗転。急に目の前が真っ暗になり、途端に一度は失った重力が全身にのし掛かった。
 どさんっ。――大鰐は一旦両膝を床に突き、その場に崩れ落ちた。
 禮は小さな息をひとつ吐き、床に俯せになった大鰐を見下ろす。
 禮の所業に、その場にいた全員が驚愕して声を失した。中学時代から喧嘩で鳴らした男を、見るからに可憐な少女が事もなげに一蹴した。目の前の光景をにわかには信じられなかった。

「スゴ……」

 脩一が感嘆を零した次の瞬間、禮はハッと我に返って頭を抱えた。

「あかーん! やってしもたーっ💦」

 大の男を一蹴した須臾が白昼夢のように、その愛らしい見かけにそぐう少女らしい声を上げた。まるでジキルとハイドだ。男たちは何が本当なのか、何が起きたのか分からず、ポカンとしてしまった。
 禮はクルリと振り返り、手を合わせてペコペコと頭を下げた。

「お願い! このこと先生には黙っといて~っ💦💦」




 学活の時間、終了時刻。
 担任教諭は教室にのこのこと姿を現し、すこぶる安堵した様子でへらへらと笑った。

「いやあ~、今年の新入生は優秀だなー。モメ事を起こさず済んだのうちのクラスだけかもしんない」

 禮はギクッとして、姿勢を低くして前の席の斎藤川原君の陰に身を隠した。

「アレ? あそこの席、今日休みだったっけ?」

 担任教諭は大鰐の席を指差し、はてと首を傾げた。
 禮はますますドキドキしてセーラー服の袖口で口を押さえた。
 クラスメイトは一様に口を一文字に噤み、教室内はシーンと静かだった。

「ま、いっか。どうせサボりだろ」

 担任教諭が細かいことを気にしない性分で幸いした。大鰐の席が無人であることに対してそれ以上の追及はなかった。
 こうして一年B組の学活は、クラスメイトの協力のもと、何事もなかったとして無事終了した。禮が、クラスメイトの記憶に色濃く残る鮮烈デビューを果たしたのは、言うまでもない。




熒閂の最新話はクロスフォリオにて先行公開( https://xfolio.jp/portfolio/ke1sen/series/1023833 )
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