ベスティエン ――強面巨漢×美少女の〝美女と野獣〟な青春恋愛物語

熒閂

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#02: Gravitated two apples

The apples roll, round and round.

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 私立荒菱館コーリョーカン高等学校は、校舎に入ってすぐに開けたエントランスホールを擁す。エントランスホールは幅の広い大きな階段に面し、大階段は一階から三階までつながり、校内で生徒の往来の多い場所のひとつだ。

 放課後。
 教室を出て帰路に就こうとしたレイは、大階段に差し掛かったところで幸島コージマから声をかけられた。足を停めてふたりで何気ない日常会話を交わすうちに、禮はハッと或ることを思い出した。

「あの人、保健室に連れてってくれてアリガト。ウチじゃ運べへんかったから」

 あの人――――学活の授業中に教室で、禮に完全にノックダウンされた大鰐オーワニを、保健室まで担いで運んだのは、幸島だった。彼は長身で体格もガッシリしており、外観に見合う腕力も当然持ち合わせているから、全長170センチ程度の中肉中背の大鰐を運ぶくらいは難は無い。そして、見るからに華奢な禮に、お前がやったのだからお前が運べと強要するほど薄情者でもなかった。

「ああ、べつにあれくらい気にせんでええで。オマエじゃ人ひとり運ぶのは無理やもんな」

「うん。ちょっとキツイ……かも。ほんまおおきに」

 禮はバツが悪そうに苦笑した。自分のしでかした尻拭いをさせってしまった気がして、幸島に対して申し訳なかった。

「オマエ、何であんな強いんや」

 幸島は自分の顎をちょんちょんと指差した。

「格闘技か何かやってんねやろ。アレは女の護身術っちゅうレベルちゃう」

「そんな大したモンちゃうよ。ウチより強い人なんかなんぼでもいてるし――……」

 禮は幸島とお喋りをしながら、ふと階下によく見知った顔を見つけた。
 高校生男児の平均身長を遥かに上回る巨躯――――近江オーミ。彼の隣には、目立つ金髪の美作ミマサカもいるのに、近江のほうが先に目に留まった。見落とすわけがなかった。みな同じ制服を着ているのに、探さなくても、意識しなくても、見つけてしまう。勝手に脳と視力が捉えてしまう。
 次の瞬間には近江も禮の存在に気づき、ふたりは、はたと目が合った。近江は足を停めたが、何事もなかったかのように、何も見なかったかのように、無表情で目を逸らした。

(ほんまに他人なんや……)

 ズキッ。――禮は一瞬、胸の痛みで呼吸が停まった。
 目を逸らされたとき、彼の視界から存在を消された気分になった。邪魔なものとして、不要なものとして、彼の世界から取り除かれた気がした。
 彼の世界に勝手に足を踏み入れたのは、自分だ。彼は優しいから、何をしても許される気がした。排除されるなんて考えてもみなかった。
 ――近くに行きたかったし、傍にいたかったのに。わたしは何の為にここにきたんだっけ。




「禮」

 幸島から名前を呼ばれ、禮はハッとした。ごめん、何だっけ、と彼のほうへ顔を引き戻し、作り笑いを見せた。

「家どこやねん。送ったる」

「べつにええよ」

「最近引っ越したばっかり言うてたやろ。道に迷うたら困るやろ」

「迷わへんよ。ガッコ来るときはひとりで来たんやから」

「迷子になって入学式に間に合わへんかったクセに」

「うー……」

 禮は拗ねたようにやや口を尖らせた。勿論、入学式当日だって迷うつもりなど一切無かったのだから、それを言われると弱い。

「察しろや。俺が送りたいだけやって」

 禮はフイッと幸島から顔を逸らした。彼の言葉は聞こえない振りをした。禮は空気を読むセンサーが鈍いほうだが、流石に親切心以外の意図があることは察知した。

「ウチ、ほんまひとりで帰れるし。ほなまた明日」

 パシッ、と幸島が禮の二の腕を捕まえた。
 禮はやや困った表情になり、上目遣いに幸島を見た。

「放して」

「悪い。放したない」

 禮は手を振り払おうとブンブンッと腕を振ってみたが、幸島の手は一向に剥がれなかった。
 幸島はその仕草を見てフッと笑った。こうしていたら何処からどう見てもただの可愛い女子校生だ。教室で大の男を一蹴した本人とは思えなかった。

「ほんまに嫌なんやったら俺も蹴り倒してみたらどうや」

「ウチそんなにポンポン人蹴ったりせえへんよ」

「ほな、俺のこと心底嫌っちゅうわけちゃうんやろ」

「そーゆー意味やなくて」

 禮は今一度、先ほどよりも力強く腕を振った。しかし、やはり幸島は手を離してくれなかった。

「もーほんま困るから……」

 近江と美作は、二階の廊下に立ち止まって禮たちを見上げていた。
 見ず知らずの男が、無遠慮に禮を捕まえている光景。本来なら近江には許容しがたいものであるはずだ。相手の男のところへ飛んで行ってぶん殴ってもおかしくはない。

「学校では他人て言うてはりましたけどー、あれ、放っておいてええんでっか」

 美作は、この暴君がよく我慢しているものだと苦笑を浮かべる。

「禮ちゃんカワイイさかい、この男だらけのガッコにいてる以上、ああやって男に絡まれることなんかしょっちゅうですやろな」

「…………」

 近江は美作の挑発に近い発言に対して何も応えなかった。
 校内では禮と無関係に徹すると決めたのは自分だ。禮の為にはそうしたほうがよいという考えに揺るぎはない。しかし、思考と感情は別物だ。自分でも知らず知らずの内に握りこんだ拳が、ミシッと音を立てた。





「あーーーーッ!」

 突然、エントランスホールに大声が響き渡った。
 禮と幸島は声のほうを振り返った。幸島が保健室に預けたはずの大鰐が、禮を指差してズカズカと大股で近づいてくる。

「見つけたで、こッのクソ女ァ! さっきはようやってくれたなコラァッ」

 大鰐の顎は赤く腫れ上がり、禮から強烈な一撃を喰らった痕跡を濃く残している。それだけの大声を上げられるなら、禮から受けたダメージは保健室でぐっすり眠って回復したと見える。
 幸島は禮の腕から手を離し、背中に庇ってやるようにスッと禮の前に立った。

「もうやめとけや。女相手にムキになんな」

「オドレ誰やねん。退けコラ」

「幸島や」

「お? ああ、フーン……。オマエがあの幸島か。どっちにしろ今はオマエに用ないねん。すっこんどけ」

 大鰐は幸島の横を通り抜けようとしたが、幸島は片手を広げて大鰐の行く手を阻んだ。

「女相手に殴りかかって、しかも油断して反対にやられてもうて、仕返ししたろうなんかみっともないで」

 幸島が冷静に淡々と放言した言葉が、大鰐の癇に障った。彼の眉尻はピクッピクッと痙攣し、額には青筋が浮いた。

「……ホオー。つまりオドレは、このクソ女の味方するっちゅうわけやな」

 そうや、と幸島は短く、確言した。
 これは紛れもなく、争いも辞さないという合図だった。此処は暴君が統べる、強者の論理が罷り通る世界だ。争いとは即ち、暴力で決する。
 大鰐はジリッと爪先を幸島へと向けた。

「上等や! オドレもクソ女もまとめて泣かしたらァッ」

 大鰐が幸島に殴りかかり、幸島も拳を握って応戦する態勢に入った。

「こんなとこであかんって」

 禮は大鰐と幸島を停めようと必死だった。大鰐がこのように激昂した発端は自分であり、その所為でケンカになるなど知らぬ顔はできない。しかし如何せん、高校生男子と女子ではウエイト差や体格差が否めない。幸島より短躯の大鰐さえ、禮の腕力では引き留めることもできない。ましてや、大の男ふたりともとなると如何ともしがたい。
 ドンッ。――どちらかの腕が禮に当たった。
 男の腕に押されて華奢な身体は容易くふらついた。階段の縁近くにあった足がズルッと段差を踏み外し、身体の軸のバランスを崩した。

「あ」

 宙に投げ出された浮遊感。咄嗟に掴めるものがなくてマズイと思った。禮の視界では、虚空に伸ばした手がゆっくりと宙を掻いた。
 硬い階段に叩きつけられることは免れない。禮が受け身を取らねばと身構えた瞬間――、
 ドンッと硬くて、しかし想像よりもずっと柔らかいものにぶつかった。
 近江が、落下した禮を受け止めていた。

「いつの間に⁉ 早ッ」

 美作はバッと自分の隣を見た。先ほどまでそこにあったはずの巨体が忽然と消えていた。

 ガタガタガタッ――近江は禮を腕の中にしっかりと抱きこんだまま、頭部と言わず肩と言わず全身を、一段、また一段と、階段にしたたかに打ちつけられながら転がり落ちた。
 ふたりの身体は絡まり合ったまま、勢いよく階段を転落してゆく。強烈な重力を伴う加速度のなかで、近江は片腕を階段の欄干の柱に伸ばした。ガシッとスチール製の柱を強引に掴み取り、ふたり分の遠心力と重力がのし掛かった肩がミシミシッと鳴った。

 ふたりの落下は、階段の中腹あたりで停止した。
 あいたた……、とレイがか細い声を漏らし、近江オーミは腕の中に目を落とした。大きな手で禮の顔を掴んで上を向かせ、半ば強引にクリックリッとあっちこっちに向きを変えさせ、さまざまな角度から禮の顔面を念入りに確認する。

「禮、カオ。カオ見せえ。傷やら付いてへんやろな」

「う、うん。顔は打ってへん。だいじょぶ……」

 禮は階段の落下と近江が現れた驚きとで、辿々しく言葉にした。

「ハッちゃんはケガ――」

 近江は禮が言い終わる前に、顔を上げて階上をギロッと睨んだ。自分の負傷やダメージなど取るに足らない。禮を危険に晒した憤怒が頭から噴き出しそうだった。

「このクソジャリ共がァアッ! 俺の禮に何すんねんコラァッ‼」

 近江は禮を階段の中腹に残し、怒号を上げながら猛然と階段を駆け上がった。
 大鰐オーワニ幸島コージマは、近江の野獣のような眼光と咆哮に射竦められ、その場から動けなかった。怒り狂った暴君には、腕っ節に自信があり場慣れしているはずの彼らさえも封殺する迫力があった。
 近江は大鰐の胸座むなぐらを捕まえて拳を振りかぶった。
 ガッキィンッ‼
 顔面に硬い鉄板がヒットしたかのような激しい衝撃。脳が揺さぶられ膝から力が抜ける。

「ブハァッ グアッ、カッ……⁉」

 大鰐は暴君の一撃で昏倒し、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
 幸島は険しい表情でバッと近江を見た。

(パンチが恐ろしく迅いだけちゃう! 目の前で見てんのに、足が動けへんかった……ッ)

 次に、近江の標的は幸島へと移り変わった。彼は禮を庇う立場だったが、そのようなことはどうでもよい。莫迦共の愚行の所為で禮が階段から落下した、その事実だけで制裁を加えるに値する罪だ。
 ドボオッ ――近江は幸島の腹部に前蹴りをめり込ませた。

「グハッ」

 幸島は大鰐よりも随分時間的余裕があったはずだが、暴君への畏縮と凄まじいパンチへの驚愕で、碌にガードすることもできなかった。
 腹部を押さえて片膝を突いた体勢で、目の前に立つ近江をまじまじと凝視する。彼は、この街最強と目され、この学園に絶対的に君臨する帝王の風貌を知っていた。眼前の野獣のような目をした男がその人であると、疑いなく直感した。

「《荒菱館コーリョーカンの近江》、さん……⁉」

「オウ。せやったら何や、クソジャリがァ。俺のオンナにコナかけくさって、ブチ殺すッ」

 近江は幸島の胸座を掴んで力任せに引っ張り上げた。
 再び拳を握った近江の腕に、禮が飛びついてしがみついた。

「ハッちゃんやめてーっ」

 近江はチッと舌打ちし、幸島から手を離した。
 禮がホッと安堵して腕にしがみつく力を緩めた隙に、近江は禮の手を捕まえた。グインッと引っ張られた禮は、訳が分からず途惑って為すがまま、近江から手を引かれて連れ去られた。
 幸島は近江と渋撥の背中を愕然として見送るしかできなかった。大鰐は床に大の字になり完全に意識はなかった。

「俺の、オンナ……⁉」

 美作ミマサカはポケットに両手を突っこみ、ハハッと乾いた笑みを漏らした。

「まー。こうなりそうな気はしとったけどな」




 近江に引っ張られて辿り着いたのは、使われていない教室だった。無施錠だが人の気配は一切ない。薄暗く少しひんやりした埃っぽい空間。
 音が遠くに聞こえる。校外の道路を走る自動車の音や、何処からともなく校舎に響き渡る談笑、時たま近くを通過する足音。たった一枚の扉で外界と切り離されているだけなのに、そのような騒音や外界の空気とはまるで無縁のようだった。この室内は外界とは完璧に遮断されている。この室内にはふたりの気配しか無い。
 近江は禮から手を離して机にドサッと腰を落とした。
 禮から少し離れるとその全身が視界に入り、彼女の丸い膝が赤く腫れているのを見つけた。確かに昨日まではそのようなものはなかったはずだ。

「オマエ、足」

「あ、うん。階段から落ちたときぶつけたみたい」

「あのジャリ、やっぱ殺す💢」

 近江は途端に眉間を険しくして拳を握った。
 禮は、今にも殴りに引き返しそうな近江の腕に再びしがみついて制止した。

「もうええもうええ! ハッちゃんふたりとも殴ったやんっ。幸島くんのほうはウチを庇ってくれてたのに――」

「…………」

 禮は近江の視線がジッと自分に固定されていることに気づいて「……なに?」と尋ねた。近江の視線の意図が読めなかった。

「幸島君、なァ……」

 近江は禮が口走った男の名前を確認するように反復した。
 反吐が出そうな不快感を伴う、チリチリと胸が焼ける感覚。禮はもうよいではないかと言うが、一発喰らわせた程度で晴れるものではない。もっと粉々に、もっとバラバラに、もっとグチャグチャにしてやらなければ、気が済まない。
 禮は近江が不快そうに目を細めたことに気づいた。自分が掴まっている所為だと思い、近江の腕を解放してパッと両手を挙げた。
 それから、数十秒黙って近江の顔色を窺った。しなくてはならない話がある。それをどうやって切り出そうかと思って。
 今朝は、とりつく島もなかった。驚きが勝って何も言えなかった。しかし、この先ずっと陰鬱に過ごすなんて耐えられない。

「……ハッちゃん、やっぱりほんまは……ウチが同じ学校にしたん嫌? もしガッコでカノジョやってバレたら、ウチと別れ、る……?」

 禮がそのようなことを言い出したのは、近江には寝耳に水だった。それくらいのことを言った自覚はなかった。眉根を寄せて「ハアッ?」とハッキリと聞き返した。

「アホか。別れる気なんかこれっぽっちもあれへん」

「ほな何で他人とか言うの」

 絶対に禮には意図が伝わっていないという美作の言が、的を射ていたことが証明され、近江はチッと舌打ちをした。意図が伝わっていないどころか、別れるつもりなのではないかと勘違いされるなど、思ってもみなかった。
 否、自分が考えが及ばなかっただけで、禮は自分の何倍もグルグル考えて傷ついたのだろう。身も心も守ってやりたいと思っても、巧いやり方が分からない。

「禮はまだよう分かってへんねん。俺のオンナっちゅうことがどーゆーことか」

 近江は禮から顔を逸らし、愚痴のように吐露した。

「ここじゃ何もせんでも俺と一緒におるだけで目立つ。俺とおればクソ教師にも目ェ付けられる。他にも面倒事はぎょうさんあるやろ。俺はソレが嫌や。禮は何も悪ないのに、俺の所為で損するのが嫌やねん」

 言い訳がましいと、思った。恰好悪くて情けないとも思った。こんな自分は自分ではないとさえも思った。
 しかしながら、これが取り繕いようのない本音だ。本音を告げてしまえば、在りたい自分でいられない。ただの男に成り下がる。目の前の少女に恋をする唯ひとりの男に成り下がる。

「そんなんどうでもええよ!」

 禮は声を大きくし、近江は顔を上げた。

「ハッちゃんはウチのこと、何も分かってない子どもやと思うてるかもしらんけど、ハッちゃんかてウチのこと全然分かってへんやん。この学校に入ることはウチが自分で決めたことやし、何があってもハッちゃんの所為なんか思わへん。どんなことがあったかて、ハッちゃんに無視されることのほうがイヤ」

 禮の瞳には涙が浮いていた。ぷるぷると小刻みに震えて堪える様を、近江は阿呆のように茫然と見詰めていた。完全に虚を突かれた。情けないと鼻で笑われたり、莫迦と罵られたりする覚悟はあったが、泣かれるとは思っていなかった。

「他人なんか言わんといて……お願い……」

 禮はポロポロと落ちる玉のような涙をセーラー服の袖で涙を拭った。拭っても拭っても次から次から溢れてくる。一度堰を切った感情は、自分の意思では留めることはできなかった。
 近江は机から立ち上がり、吸い寄せられるように禮に近寄った。手を伸ばし、指先で頬に触れ、手の平で頬を撫で、涙に濡れて、微かに長い睫毛に触れ、額に触れた。見ているだけで愛しい。声を聞くだけで愛しい。そこにいるだけで愛しい。触れれば尚更、欲しいと感じるのを禁じ得ない。
 ――何度泣かせたら、もう二度と泣かさないほど賢くなれるのだろうか。

「……初めから、目の前におんのに他人の振りするなんか、俺のほうが無理な話やったな」

 近江は禮の額から手を離し、背中へと腕を回し、撫でるように滑り降り、禮の細腰に腕を回した。残りの手を小さな肩へと回してゆっくりと抱き締めた。
 こうしているだけでひどく満たされる。この温度や感触や匂い、他にふたつとない宝物だと分かっているから、壊さないようにゆっくりとしっかりと抱き締める。
 禮は近江の胸板に頭を預け、ズズッと鼻を啜った。

「もう他人のフリするとか言わへん?」

「オウ」

 近江は前言撤回するというのにやたら歯切れよく応えた。
 禮はひたすらホッと安堵して、近江を責める言葉など浮かばなかった。

「禮の横に男がいてるだけで我慢でけへん。殺したくなる……」

 おそらくは無意識に近江の抱きしめる力が強まり、禮はウッと漏らしそうになったのを呑みこんだ。
 自分の両手が届く狭いサークル内に、自分だけしか姿を見ることのできない絶対領域内に、いつ何時でも四六時中、この恋しい少女を捕まえていられたら――――。
 馬鹿げた妄想だと分かっている。自分勝手な欲望だと分かっている。しかし、血迷うくらい凶暴に恋い焦がれる。

「好きや、禮」

 禮は、囁かれた耳許からカーッと熱を生じたのが自分でも分かった。近江に抱き締められた体勢で、可動が許された範囲で近江の学生服をきゅうっと握った。

「ウ、ウチも……好き」

「俺以外の男と一緒におるな。俺以外の男と喋るな。俺以外の男は全部シカトせえ」

 禮はギョッとして、え、と零した。

「そ、それはちょっと無理、かもっ……?」

「あァッ?」

「だ、だって同じクラスの人とは話すやん。話さへんと友だちでけへんやん。ウチぼっちになってしまうんイヤやもん」

「チッ」

 近江は舌打ちし、口を真一文字に結んで不服そうにブスッとした。
 禮は近江の胸板に預けていた頭を持ち上げ、彼の顔を見上げた。彼の目を見詰めて小首を傾げ、唇を横に引いてニッコリと微笑んだ。

「誰と一緒におっても、誰と話してても……一番好きなのはハッちゃんやから、許して?」

「――――……」

 仄かに赤みがかった頬が愛らしく、本当に花が開くようなあえかな微笑。
 近江はこの満面の笑みが露骨なご機嫌取りだと見抜いたが、目を離せなかった。その狡ささえも愛おしい。自分の腕の中で咲く花だから。
 ――お前が得も言われぬほど可愛らしかったから、俺は、何があっても許してしまうのだろう。

 近江は禮の腰に腕を回して身体の向きを90度転回させた。グイッと腰を引き寄せて禮の背中を反らせた。

「え? え? え? なになに?」

 軸のバランスを崩された禮は、訳も分からない内に、あれよあれよと机の上にゴロッと横たえられた。近江は禮を横たえた机に手を突いて覆い被さった。
 近江の大きな影が自分の上に降りかかってきて、禮は嫌な予感がした。最早本当に何も知らない少女ではないから、近江が何をしようとしているかなんとなく予見できた。

「禮がカワイイ顔するさかいムラッときた」

 禮は必死に近江の身体を押し返そうとするが、近江は難なく禮を押し潰してその白い鎖骨に顔を埋めた。

「ここ教室やよっ」

「べつにどこでヤッたって同じやろ」

「絶対ヤダ! ほんまヤダ! ヤダってば~~!」

「ッえええええー‼」

 バターンッ。――驚愕の絶叫と共に、教室のドアが開け放たれた。
 そこには、何故かショックを受けた表情の美作が立っていた。

「近江さんついに禮ちゃんに手ェ出しはったんでっかー⁉」

「ええとこで邪魔すんなこのボケエッ💢」

「あっ。スンマセン! ビックリしすぎてつい」

 美作は反射的に頭を下げた。

「純ちゃん助けて~~!」

 禮は涙目で美作に助けを求めた。




熒閂の最新話はクロスフォリオにて先行公開( https://xfolio.jp/portfolio/ke1sen/series/1023833 )
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