5 / 29
第1章 日本
04. 不穏な登校日
しおりを挟む
「あれ?兄さんも、今日登校日?」
玄関で、運転手が車を出してくるのを待っていた幸希は、ワイシャツに黒のスラックスという制服姿で階段から降りて来た兄を見てそう聞く。
「や・・、登校日っていうか、そろそろ草むしりに行かないとヤバいらしいんだよな。」
弟の曲がった蝶ネクタイを直しながら、灯雪は怠そうに答える。
名門私立学校へ通うブレザー姿の幸希。
10歳になり、ハーフパンツは履かなくなったが、まだあどけない美少年に、蝶ネクタイがよく似合う。
「美化委員の仕事?そんなの他の奴にやらせればいいじゃん。熱中症になったら大変だよ。」
まるで、他の奴はどうなってもいいような言い分。
幸希の言葉に、間違いなくあの両親の子だと、変な既視感を覚え若干頭が痛くなった灯雪は、弟の頭を撫でながら情操教育とはなんぞやと、柄にもないことを考えてみる。
「一応委員長だからな、やらない訳にはいかんだろ。手伝ってくれる奴もいるみたいだし、みんなでやればそう時間もかからないから。」
全く納得していない様子の幸希がまだ何か言う前に、灯雪は玄関先の気配を察して素早く動いた。
「おう、早かったな。ちゃんと朝飯食ってきたか?」
灯雪が玄関扉を開けながら、馴染みの男を迎え入れる。
「あっ、雪ちゃんおはよ~。いやぁ~、実は寝坊しちゃって、まだ食べてないんだぁ。雪ちゃんに先に行かれちゃったらどうしようかと思って。」
なんとも頼りなさげなこの男、名前を猛と言う。
身長こそ15歳にして178センチという長身だが、体は華奢で、風が吹けば飛んでいきそうな程薄っぺらい。
柔らかそうな黒髪の短髪に、下がり眉と糸のように細い目は、愛嬌のある顔と言えるが、完全に名前負けしている。
「はぁ・・・、だから言っただろ。お前は委員でもなんでもねぇんだから、ゆっくり来りゃいいんだよ。」
「駄目だよ、そんなの。小学校の時から、雪ちゃんと登校するのは僕の特権なんだから。」
何が特権なんだかよく分からないが、いつもヘラヘラしているくせに変な所で頑なな性格の猛。
これ以上何か言っても無意味と早々に見切りを付けた灯雪は、鞄から取り出した竹皮の包みを、ほらよと猛に渡す。
「さっきトメさんに握り飯作ってもらったから学校で食えよ。そんなんじゃバテんぞ。」
「わぁ~っ、ありがとう雪ちゃん!僕、トメさんの手料理大好きなんだよね。」
キラキラした目で、包みを見つめる猛。
「ていうかお前、ボタン掛け違えてるぞ。靴もちぐはぐだし・・・どんだけ急いで来たんだ・・」
猛のワイシャツのボタンは、ひとつずつズレている。
靴に至っては、ライトグリーンのスニーカーとオレンジのスニーカーを左右それぞれに履き、強烈なコントラストを生んでいた。
「あ、ホントだ。間違えて弟のやつ履いて来ちゃったぁ。」
アハハと照れ笑いをしながらポリポリと頭を掻いている彼に、灯雪は呆れながらも安らぎを感じていた。
おにぎりを抱える猛に代わり、灯雪は猛のボタンを掛け直してやる。
すると気のせいか夏だというのに、背後から底冷えするようなどんよりと重い冷気が漂ってきた。
「邪魔なんだけど。」
いつもより幾分トーンの低い声の幸希が、まるで能面のような無表情で言う。
「お、ワリィ。車来てたな。」
急に機嫌の悪くなった弟に、灯雪はなんてことなく通路を開ける。
幼い頃より、家族からの全力の情念を一身に受けて来た灯雪。
父、母をはじめとする家族に対しての認識は、『感情豊かで情熱的な性格』というまるでタンゴでも踊り出しそうな様相だが、世間一般の感覚とはいちじるしく乖離していた。
「でくの坊が、調子に乗るなよ。」
「おい、幸希・・・」
通り過ぎざまに、幸希が猛に呟いた言葉を、灯雪が咎める。
「すまん猛、気にすんなよ。」
「ははは、幸希くんは本当に雪ちゃんの事が好きだなぁ~」
そう事も無げに言う猛。
こういう猛の大らかさに、いつも灯雪は救われていると感じていた。
「お前のそういう所、俺は好きだぜ。」
なんの気概なく、すんなりと言った灯雪の言葉に、猛は絶句し、ほんのりと頬を染める。
「そういう事、雪ちゃんは簡単に言わないほうがいいよ・・・」
どこか恥ずかしげに言う猛に、素直な感想を述べただけの灯雪は、その意味がよく分からずいつも通りに聞き流していた。
そんな彼は、灯雪の言葉に驚愕し、憎しみの目で猛を睨み付けていた、車中の幸希には全く気付かずにいたのだった。
玄関で、運転手が車を出してくるのを待っていた幸希は、ワイシャツに黒のスラックスという制服姿で階段から降りて来た兄を見てそう聞く。
「や・・、登校日っていうか、そろそろ草むしりに行かないとヤバいらしいんだよな。」
弟の曲がった蝶ネクタイを直しながら、灯雪は怠そうに答える。
名門私立学校へ通うブレザー姿の幸希。
10歳になり、ハーフパンツは履かなくなったが、まだあどけない美少年に、蝶ネクタイがよく似合う。
「美化委員の仕事?そんなの他の奴にやらせればいいじゃん。熱中症になったら大変だよ。」
まるで、他の奴はどうなってもいいような言い分。
幸希の言葉に、間違いなくあの両親の子だと、変な既視感を覚え若干頭が痛くなった灯雪は、弟の頭を撫でながら情操教育とはなんぞやと、柄にもないことを考えてみる。
「一応委員長だからな、やらない訳にはいかんだろ。手伝ってくれる奴もいるみたいだし、みんなでやればそう時間もかからないから。」
全く納得していない様子の幸希がまだ何か言う前に、灯雪は玄関先の気配を察して素早く動いた。
「おう、早かったな。ちゃんと朝飯食ってきたか?」
灯雪が玄関扉を開けながら、馴染みの男を迎え入れる。
「あっ、雪ちゃんおはよ~。いやぁ~、実は寝坊しちゃって、まだ食べてないんだぁ。雪ちゃんに先に行かれちゃったらどうしようかと思って。」
なんとも頼りなさげなこの男、名前を猛と言う。
身長こそ15歳にして178センチという長身だが、体は華奢で、風が吹けば飛んでいきそうな程薄っぺらい。
柔らかそうな黒髪の短髪に、下がり眉と糸のように細い目は、愛嬌のある顔と言えるが、完全に名前負けしている。
「はぁ・・・、だから言っただろ。お前は委員でもなんでもねぇんだから、ゆっくり来りゃいいんだよ。」
「駄目だよ、そんなの。小学校の時から、雪ちゃんと登校するのは僕の特権なんだから。」
何が特権なんだかよく分からないが、いつもヘラヘラしているくせに変な所で頑なな性格の猛。
これ以上何か言っても無意味と早々に見切りを付けた灯雪は、鞄から取り出した竹皮の包みを、ほらよと猛に渡す。
「さっきトメさんに握り飯作ってもらったから学校で食えよ。そんなんじゃバテんぞ。」
「わぁ~っ、ありがとう雪ちゃん!僕、トメさんの手料理大好きなんだよね。」
キラキラした目で、包みを見つめる猛。
「ていうかお前、ボタン掛け違えてるぞ。靴もちぐはぐだし・・・どんだけ急いで来たんだ・・」
猛のワイシャツのボタンは、ひとつずつズレている。
靴に至っては、ライトグリーンのスニーカーとオレンジのスニーカーを左右それぞれに履き、強烈なコントラストを生んでいた。
「あ、ホントだ。間違えて弟のやつ履いて来ちゃったぁ。」
アハハと照れ笑いをしながらポリポリと頭を掻いている彼に、灯雪は呆れながらも安らぎを感じていた。
おにぎりを抱える猛に代わり、灯雪は猛のボタンを掛け直してやる。
すると気のせいか夏だというのに、背後から底冷えするようなどんよりと重い冷気が漂ってきた。
「邪魔なんだけど。」
いつもより幾分トーンの低い声の幸希が、まるで能面のような無表情で言う。
「お、ワリィ。車来てたな。」
急に機嫌の悪くなった弟に、灯雪はなんてことなく通路を開ける。
幼い頃より、家族からの全力の情念を一身に受けて来た灯雪。
父、母をはじめとする家族に対しての認識は、『感情豊かで情熱的な性格』というまるでタンゴでも踊り出しそうな様相だが、世間一般の感覚とはいちじるしく乖離していた。
「でくの坊が、調子に乗るなよ。」
「おい、幸希・・・」
通り過ぎざまに、幸希が猛に呟いた言葉を、灯雪が咎める。
「すまん猛、気にすんなよ。」
「ははは、幸希くんは本当に雪ちゃんの事が好きだなぁ~」
そう事も無げに言う猛。
こういう猛の大らかさに、いつも灯雪は救われていると感じていた。
「お前のそういう所、俺は好きだぜ。」
なんの気概なく、すんなりと言った灯雪の言葉に、猛は絶句し、ほんのりと頬を染める。
「そういう事、雪ちゃんは簡単に言わないほうがいいよ・・・」
どこか恥ずかしげに言う猛に、素直な感想を述べただけの灯雪は、その意味がよく分からずいつも通りに聞き流していた。
そんな彼は、灯雪の言葉に驚愕し、憎しみの目で猛を睨み付けていた、車中の幸希には全く気付かずにいたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる