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第1章 日本
09. 君が僕を知った ~安心できる場所~
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「俺、ずっとお前のこと馬鹿でポンコツだと思ってたけど、なんか最近ホントはすげぇ頭良いんじゃねぇかって思えて来たんだよな。」
え・・・困る。
授業終わり、隣の席の彼は唐突にそんなことを言ってきた。
はっきり言って僕はそんな大層な人間じゃない。
「きっと灯雪はそういうところを最初から見抜いてたんだな。そうだろ!?」
うんうんと頷きながらしみじみと話していた彼が、振り返って雪ちゃんに同意を求める。
「あぁ?知らねーよそんなの。猛は猛だろ?それより次、移動教室だぞ。さっさと行こうぜ。」
存外興味なさそうな雪ちゃん。
少し寂しい。
クラスのみんなは、すでに大半が移動していた。
僕たちもそろそろ行かないと休み時間が終わってしまう。
「猛・・・。お前、次理科だぜ?何で国語の教科書持ってんだよ。」
「あっ!!」
教室を出て数歩のところで雪ちゃんに指摘され、初めてそのことに気付く。
前の授業の教科書を、何も考えずそのまま持って来てしまっていた。
「ははははっ・・・・!前言撤回、やっぱり猛は猛だな!」
どうやらホントは頭良いんじゃねぇ説は、わずか数分で覆されたらしい。
「どんくせぇな、早くしろよ。」と言いながらも、しっかり待っていてくれる彼は、前に僕を虐めていたリーダー格の一人だ。
新学期が始まって3ヶ月。
小学4年生となった僕は、当初想像していた未来とは全く違う学校生活を送っていた。
「あれ?雪ちゃんは?」
「先行った。」
「えぇ??」
そんな、薄情な。
まぁ・・・僕が悪いんだけどね。
「腹減ったんだとよ。」
「あぁそうなんだ・・・。」
仲良くなって初めて知ったのだけど、雪ちゃんの体は相当燃費が悪いようだ。
あんなにすらっとしているのに、かなりの大食らい。
最初それを目の当たりにした時はあまりの量に驚いたけれど、気持ちのいいほどの食べっぷりは見ていて爽快だった。
おばあちゃんが孫に次から次へ食べ物を出すように、もっともっととたくさん与えたくなってしまう。
テレビでフードファイターが流行るのは、そういった心理があるのだろうか?
雪ちゃんはお腹がすくと、バッテリーが無くなったようにストンと力が入らなくなると言う。
まるでアンパ○マンのような体質・・・あれ??カバ○くんの方だっけ?。
よく分からないが、学校からは特別な許可が降りていて、お腹が空いたら校長室か用務室へ行き、そこでこっそりお弁当を食べているんだとか。
「ほら、行くぞ。」
「雪ちゃん間に合うのかな?」
「大丈夫だろ、あいつなんだかんだで要領いいから。」
そう言いながらもちょっと心配気な彼と僕は連れだって歩いて行った。
いかにもガキ大将といった風体の彼の名前は雄大。
こんな感じで気安く肩を並べて歩く姿なんて、一年前の僕だったら考えられない光景だ。
修了式から、僕らは雪ちゃんを通じて度々遊ぶようになった。
最初はかなりつっけんどんな雄大くんだったけど、今は想像以上の僕のどんくささに手をあげたのか、呆れながらも笑っている。
雪ちゃんは不思議な人で、本人がそうと意図せずとも、自然と周りに人が集まる。
それも老若男女問わず。
特に園芸を愛するおじちゃんおばちゃんには慕われていた。
道を歩いているとよくお茶に誘われて、その都度僕たちもお相伴していたから街に知り合いがたくさん出来てしまった。
よくお礼に庭仕事をお手伝いするのだけど、大したことしてないのに、みんないつも立派に育った野菜や花束を帰り際に持たせてくれる。
お母さんは大喜びだけど、僕はなんだか申し訳なく思う。
雪ちゃんは、毎回両手いっぱいに手土産を抱えて帰っていく。
そこんとこ、結構遠慮が無い。
おじちゃんおばちゃんは、雪ちゃんに手伝ってもらってから植物がよく育つようになったと言うけど。
人のみに留まらず植物にまで好かれるなんて、ここまで来るともはや人間業とは思えないよ・・・。
「て言うか前から思ってたけどさ、お前なんで灯雪のこと雪ちゃんって呼んでんだよ。」
「えぇ~、いいじゃん。雪ちゃんが良いって言ったんだから。」
「なんか腹たつんだよなぁ~それ。」
どんなに不機嫌でも、もう昔のように手は出されない。
何があったのか知らないけど、雄大くんは今ではほとんど暴力を振るわなくなった。
それに彼は意外と友達思いらしい。
まぁ、どうでもいいけど。
そんなことより僕は、雪ちゃんと同じクラスになれた事に今までにない幸福を感じていた。
知らず鼻歌を口ずさむ僕は、呆れ顔の雄大くんと一緒に急ぎ足で理科室へと向かったのだった。
「あの子よ、あの子・・・ほら赤築財閥の・・・・」
新しいRPGゲームを買った友達の家へ遊びに行った帰り道。
側で井戸端会議をしていたおばさんたちが、通り過ぎる雪ちゃんを視線で追いながら囁いている。
「クソババァが・・・聞こえてるっつうの」
ギロリと睨みつけながら横切る雄大くん。
良い意味でも悪い意味でも目立ってしまう雪ちゃんは、おばさんたちの格好の餌食だ。
心ない大人は、名門私立学校に入学した弟と比べて、大財閥の息子なのに公立に通っている雪ちゃんはよっぽど出来が悪いのだろうとか、養子だから差別されている、本当は妾の子だ、なんて根も葉もない噂話をしている。
一度でも雪ちゃんと接している人なら、そんな誤解はしないと思うけどな。
雪ちゃんて、かなりマイペースでやる気があるのか無いのか分かんないとこあるけど、なんだかんだ勉強もスポーツも良く出来てしまう。
そんなんだから嫉妬だって受けそうなところだけど、あまりに飾らない人柄と素直な性格で、結局みんな絆されてしまうんだ。
「なぁ、猛が着てるそのTシャツだけどさ・・・」
「Tシャツ?」
ほら、そもそも本人が気にしてないし。
ほんとマイペースだなぁ、雪ちゃんは。
「それ、後ろ前逆じゃね?首んとこのタグが前に来てるけど、わざとか?」
「え?・・・・ホントだ!僕ずっとこっちが前だと思ってたっ・・・。」
狼のイラストが真ん中に大きく描かれているTシャツ。
なんとなくイラストが描かれている方が正面だとずっと思い込んでいた。
「バカだなぁ、着心地でなんとなくワカンねぇのか?」
そう言って、盛大にため息をつく雄大くん。
いい加減、僕に慣れてほしい。
「わぁ~、これもう2年くらい着てるけど全然気づかなかったや。」
「おいおいマジかよ・・・信じらんねぇ。」
呆れた雄大くんが、げんなりとした顔で見ている。
「大袈裟だなぁ。そんなのどっちでも良いじゃん。俺もしょっちゅう裏表逆に着てるぞ。服なんて着てればいいだろ。」
雪ちゃんは意外とガサツだ。
そういえば土まみれになっている時も、気にしている様子はなかったっけ。
「いやいや、流石にそれはないだろ!せめて裏表は合わせろよっ。」
「お前ってほんと細かい事気にするな。色々口うるさいし。」
「お前が雑すぎるんだよっ。」
筋肉質でがっちりとした体型の雄大くんは、荒っぽい言動に反して繊細な一面があるらしい。
「じゃあな、また明日。」
「うん、気をつけてね。」
「またな。」
途中、雄大くんが別れて行った。
僕と雪ちゃんは方向が同じなので、最近は毎日雪ちゃんと登下校している。
朝、雪ちゃんの家に寄って一緒に学校へ行くのが日課だ。
おかげで遅刻を全くしなくなった。
雪ちゃんと過ごす時間は、1秒でも無駄にしたくない。
「猛、見ろよ。真っ赤だ。」
「わぁ~、ほんとだぁ。」
高台から見下ろす街並み。
夕焼けが、街を一色に染め上げていた。
「雪ちゃんの顔も真っ赤だよ。」
「お前もな。」
そう言って笑い、先を行く雪ちゃん。
黄昏が伸ばした雪ちゃんの影に、僕はそっと自分の影を重ねてみた。
訳も分からず寂しさが込み上げてきて、今が永遠だったら良いのにと思う。
雪ちゃんと出会って毎日幸せを感じていた僕なのに、何故だか時折こうして無性に切なくなる。
「雪ちゃんっ。」
「うん?」
僕は一抹の不安を振り払うように、前を歩く雪ちゃんに駆け足で並んだ。
「僕たちお爺さんになっても、こうして一緒にお喋りしていると良いね。」
こんな願い、一体誰が約束できるのだろう。
僕たちはまだ子供。
この先、何が待ち構えているかなんて想像もつかない。
僕の拙い願望に、子供騙しでいいから応えて欲しいと、そう思ってしまう。
「爺さんて・・・また随分先の話だな、猛が爺さんになった姿なんて想像できねぇよ。」
「あはは・・、雪ちゃんはお爺さんになってもきっとカッコイイよ。」
「どうだかな。まぁ猛は猛のまんまって感じもするけど・・・おっ!カレーの匂い。ウチからかなぁ、違ったらがっかりだな。」
雪ちゃんが感傷的な僕の気持ちをぶち壊してくれる。
「いや、絶対ウチからだ。やり~、食いたいと思ってたんだよな~。」
家の前に着き、鼻をスンスンさせる雪ちゃん。
もう脳内はカレーのことで一杯だろう。
「猛も食ってくか?好きだろ?カレー。」
でも、こんな雪ちゃんも好きなんだよな~。
「ううん、お母さんが夕飯用意してるから。」
「そっか、じゃまた明日な。」
「うん、また明日。」
雪ちゃんが顔認証の門を開けて敷地内に入って行く。
別れ際はいつも寂しいけれど、朝になればまた会えると自分に言い聞かせて歩き出す。
背中に当たる日差しが、僕を慰めるように暖かい。
「猛。」
突然呼ばれた声に驚いて振り返ると、門の前に雪ちゃんが立っていた。
どうしたんだろう?
何か言い忘れたことでもあったのだろうか?
首をかしげる僕に、雪ちゃんはいつものように話す。
「俺たち爺さんになっても一緒だ。俺はそう思う。」
あまりに予想外のことを言われて、すぐには言葉が出てこなかった。
呆けている僕に雪ちゃんが聞いてきた。
「お前もだろ?」
そう言う雪ちゃんに僕は湧き上がる喜びを隠すことが出来ない。
ただ気持ちのままに叫んでいた。
「うん!!」
雪ちゃんはそれを聞くと、にっこりと笑った。
夕日が雪ちゃんを照らしている。
それはまるで後光が射した神聖な何かのようで、僕はあまりの美しさに呆然と立ち尽くしていた。
「じゃあな」と言ってウキウキと家へ入る雪ちゃんは、よっぽどカレーが楽しみなのだろう。
まるで夢を見ているような気持ちで僕は微動だにせず、しばらくその場に佇んでいた。
どっぷりと暮れた夜空に星が瞬くころ、ただいまと機嫌よく帰った僕を迎えたのは、烈火のごとく怒ったお母さんだった。
それから僕は、遅い帰りを心配したお母さんに、長い長い説教を食らう羽目となる。
奇跡的にもその日の夕飯はカレーで、僕は嬉しさのあまり『さすがお母さん!」と言って満面の笑みでカレーを頬張った。
それを見るお母さんは、「この子ちっとも反省してない」と呆れた様子で笑っていた。
え・・・困る。
授業終わり、隣の席の彼は唐突にそんなことを言ってきた。
はっきり言って僕はそんな大層な人間じゃない。
「きっと灯雪はそういうところを最初から見抜いてたんだな。そうだろ!?」
うんうんと頷きながらしみじみと話していた彼が、振り返って雪ちゃんに同意を求める。
「あぁ?知らねーよそんなの。猛は猛だろ?それより次、移動教室だぞ。さっさと行こうぜ。」
存外興味なさそうな雪ちゃん。
少し寂しい。
クラスのみんなは、すでに大半が移動していた。
僕たちもそろそろ行かないと休み時間が終わってしまう。
「猛・・・。お前、次理科だぜ?何で国語の教科書持ってんだよ。」
「あっ!!」
教室を出て数歩のところで雪ちゃんに指摘され、初めてそのことに気付く。
前の授業の教科書を、何も考えずそのまま持って来てしまっていた。
「ははははっ・・・・!前言撤回、やっぱり猛は猛だな!」
どうやらホントは頭良いんじゃねぇ説は、わずか数分で覆されたらしい。
「どんくせぇな、早くしろよ。」と言いながらも、しっかり待っていてくれる彼は、前に僕を虐めていたリーダー格の一人だ。
新学期が始まって3ヶ月。
小学4年生となった僕は、当初想像していた未来とは全く違う学校生活を送っていた。
「あれ?雪ちゃんは?」
「先行った。」
「えぇ??」
そんな、薄情な。
まぁ・・・僕が悪いんだけどね。
「腹減ったんだとよ。」
「あぁそうなんだ・・・。」
仲良くなって初めて知ったのだけど、雪ちゃんの体は相当燃費が悪いようだ。
あんなにすらっとしているのに、かなりの大食らい。
最初それを目の当たりにした時はあまりの量に驚いたけれど、気持ちのいいほどの食べっぷりは見ていて爽快だった。
おばあちゃんが孫に次から次へ食べ物を出すように、もっともっととたくさん与えたくなってしまう。
テレビでフードファイターが流行るのは、そういった心理があるのだろうか?
雪ちゃんはお腹がすくと、バッテリーが無くなったようにストンと力が入らなくなると言う。
まるでアンパ○マンのような体質・・・あれ??カバ○くんの方だっけ?。
よく分からないが、学校からは特別な許可が降りていて、お腹が空いたら校長室か用務室へ行き、そこでこっそりお弁当を食べているんだとか。
「ほら、行くぞ。」
「雪ちゃん間に合うのかな?」
「大丈夫だろ、あいつなんだかんだで要領いいから。」
そう言いながらもちょっと心配気な彼と僕は連れだって歩いて行った。
いかにもガキ大将といった風体の彼の名前は雄大。
こんな感じで気安く肩を並べて歩く姿なんて、一年前の僕だったら考えられない光景だ。
修了式から、僕らは雪ちゃんを通じて度々遊ぶようになった。
最初はかなりつっけんどんな雄大くんだったけど、今は想像以上の僕のどんくささに手をあげたのか、呆れながらも笑っている。
雪ちゃんは不思議な人で、本人がそうと意図せずとも、自然と周りに人が集まる。
それも老若男女問わず。
特に園芸を愛するおじちゃんおばちゃんには慕われていた。
道を歩いているとよくお茶に誘われて、その都度僕たちもお相伴していたから街に知り合いがたくさん出来てしまった。
よくお礼に庭仕事をお手伝いするのだけど、大したことしてないのに、みんないつも立派に育った野菜や花束を帰り際に持たせてくれる。
お母さんは大喜びだけど、僕はなんだか申し訳なく思う。
雪ちゃんは、毎回両手いっぱいに手土産を抱えて帰っていく。
そこんとこ、結構遠慮が無い。
おじちゃんおばちゃんは、雪ちゃんに手伝ってもらってから植物がよく育つようになったと言うけど。
人のみに留まらず植物にまで好かれるなんて、ここまで来るともはや人間業とは思えないよ・・・。
「て言うか前から思ってたけどさ、お前なんで灯雪のこと雪ちゃんって呼んでんだよ。」
「えぇ~、いいじゃん。雪ちゃんが良いって言ったんだから。」
「なんか腹たつんだよなぁ~それ。」
どんなに不機嫌でも、もう昔のように手は出されない。
何があったのか知らないけど、雄大くんは今ではほとんど暴力を振るわなくなった。
それに彼は意外と友達思いらしい。
まぁ、どうでもいいけど。
そんなことより僕は、雪ちゃんと同じクラスになれた事に今までにない幸福を感じていた。
知らず鼻歌を口ずさむ僕は、呆れ顔の雄大くんと一緒に急ぎ足で理科室へと向かったのだった。
「あの子よ、あの子・・・ほら赤築財閥の・・・・」
新しいRPGゲームを買った友達の家へ遊びに行った帰り道。
側で井戸端会議をしていたおばさんたちが、通り過ぎる雪ちゃんを視線で追いながら囁いている。
「クソババァが・・・聞こえてるっつうの」
ギロリと睨みつけながら横切る雄大くん。
良い意味でも悪い意味でも目立ってしまう雪ちゃんは、おばさんたちの格好の餌食だ。
心ない大人は、名門私立学校に入学した弟と比べて、大財閥の息子なのに公立に通っている雪ちゃんはよっぽど出来が悪いのだろうとか、養子だから差別されている、本当は妾の子だ、なんて根も葉もない噂話をしている。
一度でも雪ちゃんと接している人なら、そんな誤解はしないと思うけどな。
雪ちゃんて、かなりマイペースでやる気があるのか無いのか分かんないとこあるけど、なんだかんだ勉強もスポーツも良く出来てしまう。
そんなんだから嫉妬だって受けそうなところだけど、あまりに飾らない人柄と素直な性格で、結局みんな絆されてしまうんだ。
「なぁ、猛が着てるそのTシャツだけどさ・・・」
「Tシャツ?」
ほら、そもそも本人が気にしてないし。
ほんとマイペースだなぁ、雪ちゃんは。
「それ、後ろ前逆じゃね?首んとこのタグが前に来てるけど、わざとか?」
「え?・・・・ホントだ!僕ずっとこっちが前だと思ってたっ・・・。」
狼のイラストが真ん中に大きく描かれているTシャツ。
なんとなくイラストが描かれている方が正面だとずっと思い込んでいた。
「バカだなぁ、着心地でなんとなくワカンねぇのか?」
そう言って、盛大にため息をつく雄大くん。
いい加減、僕に慣れてほしい。
「わぁ~、これもう2年くらい着てるけど全然気づかなかったや。」
「おいおいマジかよ・・・信じらんねぇ。」
呆れた雄大くんが、げんなりとした顔で見ている。
「大袈裟だなぁ。そんなのどっちでも良いじゃん。俺もしょっちゅう裏表逆に着てるぞ。服なんて着てればいいだろ。」
雪ちゃんは意外とガサツだ。
そういえば土まみれになっている時も、気にしている様子はなかったっけ。
「いやいや、流石にそれはないだろ!せめて裏表は合わせろよっ。」
「お前ってほんと細かい事気にするな。色々口うるさいし。」
「お前が雑すぎるんだよっ。」
筋肉質でがっちりとした体型の雄大くんは、荒っぽい言動に反して繊細な一面があるらしい。
「じゃあな、また明日。」
「うん、気をつけてね。」
「またな。」
途中、雄大くんが別れて行った。
僕と雪ちゃんは方向が同じなので、最近は毎日雪ちゃんと登下校している。
朝、雪ちゃんの家に寄って一緒に学校へ行くのが日課だ。
おかげで遅刻を全くしなくなった。
雪ちゃんと過ごす時間は、1秒でも無駄にしたくない。
「猛、見ろよ。真っ赤だ。」
「わぁ~、ほんとだぁ。」
高台から見下ろす街並み。
夕焼けが、街を一色に染め上げていた。
「雪ちゃんの顔も真っ赤だよ。」
「お前もな。」
そう言って笑い、先を行く雪ちゃん。
黄昏が伸ばした雪ちゃんの影に、僕はそっと自分の影を重ねてみた。
訳も分からず寂しさが込み上げてきて、今が永遠だったら良いのにと思う。
雪ちゃんと出会って毎日幸せを感じていた僕なのに、何故だか時折こうして無性に切なくなる。
「雪ちゃんっ。」
「うん?」
僕は一抹の不安を振り払うように、前を歩く雪ちゃんに駆け足で並んだ。
「僕たちお爺さんになっても、こうして一緒にお喋りしていると良いね。」
こんな願い、一体誰が約束できるのだろう。
僕たちはまだ子供。
この先、何が待ち構えているかなんて想像もつかない。
僕の拙い願望に、子供騙しでいいから応えて欲しいと、そう思ってしまう。
「爺さんて・・・また随分先の話だな、猛が爺さんになった姿なんて想像できねぇよ。」
「あはは・・、雪ちゃんはお爺さんになってもきっとカッコイイよ。」
「どうだかな。まぁ猛は猛のまんまって感じもするけど・・・おっ!カレーの匂い。ウチからかなぁ、違ったらがっかりだな。」
雪ちゃんが感傷的な僕の気持ちをぶち壊してくれる。
「いや、絶対ウチからだ。やり~、食いたいと思ってたんだよな~。」
家の前に着き、鼻をスンスンさせる雪ちゃん。
もう脳内はカレーのことで一杯だろう。
「猛も食ってくか?好きだろ?カレー。」
でも、こんな雪ちゃんも好きなんだよな~。
「ううん、お母さんが夕飯用意してるから。」
「そっか、じゃまた明日な。」
「うん、また明日。」
雪ちゃんが顔認証の門を開けて敷地内に入って行く。
別れ際はいつも寂しいけれど、朝になればまた会えると自分に言い聞かせて歩き出す。
背中に当たる日差しが、僕を慰めるように暖かい。
「猛。」
突然呼ばれた声に驚いて振り返ると、門の前に雪ちゃんが立っていた。
どうしたんだろう?
何か言い忘れたことでもあったのだろうか?
首をかしげる僕に、雪ちゃんはいつものように話す。
「俺たち爺さんになっても一緒だ。俺はそう思う。」
あまりに予想外のことを言われて、すぐには言葉が出てこなかった。
呆けている僕に雪ちゃんが聞いてきた。
「お前もだろ?」
そう言う雪ちゃんに僕は湧き上がる喜びを隠すことが出来ない。
ただ気持ちのままに叫んでいた。
「うん!!」
雪ちゃんはそれを聞くと、にっこりと笑った。
夕日が雪ちゃんを照らしている。
それはまるで後光が射した神聖な何かのようで、僕はあまりの美しさに呆然と立ち尽くしていた。
「じゃあな」と言ってウキウキと家へ入る雪ちゃんは、よっぽどカレーが楽しみなのだろう。
まるで夢を見ているような気持ちで僕は微動だにせず、しばらくその場に佇んでいた。
どっぷりと暮れた夜空に星が瞬くころ、ただいまと機嫌よく帰った僕を迎えたのは、烈火のごとく怒ったお母さんだった。
それから僕は、遅い帰りを心配したお母さんに、長い長い説教を食らう羽目となる。
奇跡的にもその日の夕飯はカレーで、僕は嬉しさのあまり『さすがお母さん!」と言って満面の笑みでカレーを頬張った。
それを見るお母さんは、「この子ちっとも反省してない」と呆れた様子で笑っていた。
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