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第1章 日本
10. 増殖する春の知らせ
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スノードロップの花言葉 『希望』『慰め』。
「本当に可愛らしい。坊ちゃんにぴったりのお花ですね。」
2月、日差しを受け木漏れ日を落とす落葉樹の下には、一面のスノードロップの花で埋め尽くされていた。
自宅の裏庭に広がるその景色は、ちょっとした森の様だ。
「なんか年々増えていってないか?」
「ええ、旦那様の要望で毎年分球して数を増やしているんですよ。」
そう言って愛おしそうに花を愛でるのは、赤築家専属のベテラン庭師である源さん。
日に焼けた肌に真っ白な髪の、温厚で博識な御年72歳になる老紳士だ。
「もうすぐ坊ちゃんのお誕生日ですね。トメが張り切っておりましたよ。」
スノードロップは、灯雪の名前の由来となった花だ。
毎年誕生日には屋敷中にスノードロップを飾り、豪華なご馳走と共に華やかに宴を演出する。
「いつも通りで良いって言ったんだけどなぁ。」
「それではトメも張り合いがありませんよ。年寄りから楽しみを奪わないでやってください。」
そう言って微笑む源さんに、灯雪は首をかしげる。
「そういうもんか?いつも十分過ぎるほど良くしてくれるから、俺としてはもう少し休んで貰いたいのだけど。」
「坊ちゃんはお優しいですねぇ。でも、この屋敷の使用人は大勢いますし、旦那様の取り計らいで休みもお給金もたくさん頂いております。各分野専門のシェフも揃っておりますし、力仕事は若い者が率先して引き受けてくれるのでトメは好き勝手やりたい様にやっておりますよ。」
基本的に気に入らない者は、この家の主人がその日のうちにクビにしている。
それぞれの仕事は本人の裁量に任せていたので、主人が口出しすることはほとんどなかった。
「あっ、いけませんよ。スノードロップの球根には毒がありますからね。」
気がつくと、プン太が灯雪の足元まで来ていた。
「大丈夫だよ。こいつ、スイーツ以外は絶対口にしないから。」
「はぁ・・、そうでしたねぇ。本当に不思議な犬で・・・犬なのでしょうか?」
源さんはさも奇怪と言った様子で、灯雪が抱き上げたプン太を覗き込んで見ていた。
プン太の肉球がじっとりと湿る。
「どうした?腹が減ったのか?ん?」
そう言って、プン太と見つめ合いながら高い高いをしていると、灯雪のお腹が盛大に鳴った。
「ははは・・・、お腹が空いているのは坊ちゃんの様ですね。」
「バレたか。」
相変わらずな灯雪は、2時間前に大量の昼飯を完食したというのに、早くも腹の虫が催促していた。
「トメがオヤツを用意している頃でしょう。確か今日はアップルパイを作るとか言っていましたね。」
「へぇ~、そりゃ良いや。良かったなプン太!」
嬉しそうに屋敷へ戻っていく1人と1匹を、穏やかな気持ちで見送る源さんの頬を、冷たい風がひやりと撫でる。
春を告げるというスノードロップの花だが、まだまだ草の上で心地良く居眠りする陽気には程遠いようだ。
一際強い風に植物たちが騒ぎだす。
舞い散る木の葉を見ながら少し熊手で掃いておくかと踵を返すと、何処からともなく飛んで来た、しわくちゃの紙が胸元にベタリと貼り付く。
何かと手に取り広げた源さんは、その目を大きく見開いた。
「なんとっ!?これはいけない、すぐに知らせなくては!」
「本当に可愛らしい。坊ちゃんにぴったりのお花ですね。」
2月、日差しを受け木漏れ日を落とす落葉樹の下には、一面のスノードロップの花で埋め尽くされていた。
自宅の裏庭に広がるその景色は、ちょっとした森の様だ。
「なんか年々増えていってないか?」
「ええ、旦那様の要望で毎年分球して数を増やしているんですよ。」
そう言って愛おしそうに花を愛でるのは、赤築家専属のベテラン庭師である源さん。
日に焼けた肌に真っ白な髪の、温厚で博識な御年72歳になる老紳士だ。
「もうすぐ坊ちゃんのお誕生日ですね。トメが張り切っておりましたよ。」
スノードロップは、灯雪の名前の由来となった花だ。
毎年誕生日には屋敷中にスノードロップを飾り、豪華なご馳走と共に華やかに宴を演出する。
「いつも通りで良いって言ったんだけどなぁ。」
「それではトメも張り合いがありませんよ。年寄りから楽しみを奪わないでやってください。」
そう言って微笑む源さんに、灯雪は首をかしげる。
「そういうもんか?いつも十分過ぎるほど良くしてくれるから、俺としてはもう少し休んで貰いたいのだけど。」
「坊ちゃんはお優しいですねぇ。でも、この屋敷の使用人は大勢いますし、旦那様の取り計らいで休みもお給金もたくさん頂いております。各分野専門のシェフも揃っておりますし、力仕事は若い者が率先して引き受けてくれるのでトメは好き勝手やりたい様にやっておりますよ。」
基本的に気に入らない者は、この家の主人がその日のうちにクビにしている。
それぞれの仕事は本人の裁量に任せていたので、主人が口出しすることはほとんどなかった。
「あっ、いけませんよ。スノードロップの球根には毒がありますからね。」
気がつくと、プン太が灯雪の足元まで来ていた。
「大丈夫だよ。こいつ、スイーツ以外は絶対口にしないから。」
「はぁ・・、そうでしたねぇ。本当に不思議な犬で・・・犬なのでしょうか?」
源さんはさも奇怪と言った様子で、灯雪が抱き上げたプン太を覗き込んで見ていた。
プン太の肉球がじっとりと湿る。
「どうした?腹が減ったのか?ん?」
そう言って、プン太と見つめ合いながら高い高いをしていると、灯雪のお腹が盛大に鳴った。
「ははは・・・、お腹が空いているのは坊ちゃんの様ですね。」
「バレたか。」
相変わらずな灯雪は、2時間前に大量の昼飯を完食したというのに、早くも腹の虫が催促していた。
「トメがオヤツを用意している頃でしょう。確か今日はアップルパイを作るとか言っていましたね。」
「へぇ~、そりゃ良いや。良かったなプン太!」
嬉しそうに屋敷へ戻っていく1人と1匹を、穏やかな気持ちで見送る源さんの頬を、冷たい風がひやりと撫でる。
春を告げるというスノードロップの花だが、まだまだ草の上で心地良く居眠りする陽気には程遠いようだ。
一際強い風に植物たちが騒ぎだす。
舞い散る木の葉を見ながら少し熊手で掃いておくかと踵を返すと、何処からともなく飛んで来た、しわくちゃの紙が胸元にベタリと貼り付く。
何かと手に取り広げた源さんは、その目を大きく見開いた。
「なんとっ!?これはいけない、すぐに知らせなくては!」
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