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第1章 日本
12. それはほんの数秒の出来事
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家に着き、源さんは裏庭の手入れに、トメさんはおやつのアップルパイを用意してくれるとのことで2人は持ち場へと別れて行った。
「あぁ、流石に腹が減ったな・・・。」
もうすぐ17時になる。
夕飯前におやつを食べると叱られるという話を、灯雪は友人から何度となく聞いたことがある。
しかし生憎、融通の利かない灯雪の身体は、そんな悠長なことを言っていられないのだった。
腹の減りは我慢しようと思えば我慢できるのだが、その分、体力にダイレクトに影響してくる。
食べたものがすぐにエネルギーになる訳ではないらしいが、灯雪の場合まるで食べた側から消費されているような感覚すらあった。
気を紛らわそうと、お茶の準備が整うまで庭を散歩することにする。
家からは微かにバイオリンの音色が聞こえてくる。
弟の幸希がレッスンを受けているのだろう。
綺麗に生え揃った芝生の上には大量の落ち葉が散らばっていた。
源さんは裏庭でこれと格闘しているのだろうか、そう思いちょっと覗きに行こうと足を進めたところで、後ろから声を掛けられる。
「すみません。赤築さんのお宅でしょうか?」
振り返ると、門の外から30代ぐらいの壮年の男が顔だけ覗かせ立っていた。
「・・・どちらさんですか?」
灯雪がそう聞くと、男は愛想よく手に持った小包を掲げてみせる。
「荷物をお届けに参りました。サインかハンコ貰えますか?」
人手が多いこの家で荷物が届くことは珍しくない。
灯雪は荷物を受け取るため、内側から門の施錠を解いた。
「どうも~、ありがとうございました~。」
サインを受け取り、荷物を渡した配送業者のお兄さんは軽快に駆けて行く。
手元の箱には、趙さん宛の伝票が貼られていた。
見た所、調理器具のようだ。
「また趙さん買ったんだ。トメさんに怒られないといいけど・・・。」
彼は調理器具マニアだった。
「ねぇ、ここって赤築財閥の家なの?」
灯雪が門前で突っ立っていると、突然見知らぬ男が話し掛けてきた。
悪気があるのか無いのか分からない不躾な質問に無闇に答える事も出来ず、参ったなと沈黙する灯雪。
それに全く構う事無く、男は勝手に話し出す。
「へぇ~、どうりでね。やたらとこの辺、防犯カメラの数が多いと思ったんだ。ほら、半年ぐらい前に脅迫状投げ込んで捕まった奴いただろ?こりゃ捕まるよ。バカだよなぁ、そいつも。」
一方的に話し続けるその男。
もはや赤築財閥というのは確定しているようだ。
「ていうことは、君、養子の子?」
ズケズケと個人的な事を聞く男に面食らう灯雪は、改めてその男を見る。
近所に住んでいるのか、男は手ぶらでジャケットのポケットに両手を突っ込んでいた。
若干肉付きの良い筋肉質な体型をしていて、見た所40代ぐらいの立派な成人男性だが、どうも社会通念には欠けているようだ。
「噂では聞いたことあるけど、ホントに綺麗だね。やっぱり顔が綺麗だと、貰われる先も違うわけか。」
ゆっくりと近付いて来た男がジッと灯雪の顔を見つめる。
「決めた、君にするよ。」
そう言って頷くと、男はおもむろにポケットから突っ込んでいた手をゆっくりと出した。
灯雪は眉を顰める。
男の手には折り畳まれたバタフライナイフが握られていた。
「かわいそうに。お金で買われたんだね。でも大丈夫、君が死んでも代わりはいるから。」
男はそう言って不適に笑うと、手慣れた様子でナイフの刃をカチャリと出し、流れる様な動作で灯雪の腹に向かってそれを刺した。
灯雪は咄嗟に持っている小包で防御しながら横に避けたが、空腹の体は思うように動かず腕をナイフがかすめていった。
持ち前の瞬発力で何とか致命傷を逃れた灯雪は、前につんのめった男に足を掛ける。
ドサリと無様に顔面から倒れた男だったが、思いのほか機敏で瞬時に振り返り握っているナイフを灯雪に向けた。
「ははは・・・、予想外に強いんだね、君。これじゃあ、脅迫状の奴みたいに殺る前に捕まっちゃうじゃないか。それはやだなぁ・・・。」
鼻血を出しながらヘラヘラと笑う狂気じみた男を見ながら、灯雪はどうやってこの男からナイフを奪うかを考えていた。
今向かってもナイフを振り回されるだけだ。
だったらこの男が起き上がろうとした時がチャンスだろう。
灯雪は様子を伺っていた。
するとタイミング悪く玄関から出てきた幸希が、こちらに向かって声をかける。
「兄さん、ここにいたんだ。お茶の準備が・・・・。」
ちょうど草木の影になっていたその場所が、尻をつく男を上手く隠していた。
遠目に兄の姿を確認した幸希が笑顔で近付く。
しかしすぐに目の前でナイフを構える男が転がっている事に気付き、目を見張った。
男は横目で佇む幸希を確認すると、いやらしく口角を上げる。
「幸希っ!逃げろっ!!」
咄嗟に叫んだ灯雪と男が全力で駈け抜けるのは同時であった。
背中を向けて必死で走る幸希の肩を鷲掴みにした男は、力任せに小さな体を地面に叩きつける。
走って追いかける灯雪の目に振りかざされたナイフの刃が光った。
「やめろーーーーーーーーっ!!!!」
「あぁ、流石に腹が減ったな・・・。」
もうすぐ17時になる。
夕飯前におやつを食べると叱られるという話を、灯雪は友人から何度となく聞いたことがある。
しかし生憎、融通の利かない灯雪の身体は、そんな悠長なことを言っていられないのだった。
腹の減りは我慢しようと思えば我慢できるのだが、その分、体力にダイレクトに影響してくる。
食べたものがすぐにエネルギーになる訳ではないらしいが、灯雪の場合まるで食べた側から消費されているような感覚すらあった。
気を紛らわそうと、お茶の準備が整うまで庭を散歩することにする。
家からは微かにバイオリンの音色が聞こえてくる。
弟の幸希がレッスンを受けているのだろう。
綺麗に生え揃った芝生の上には大量の落ち葉が散らばっていた。
源さんは裏庭でこれと格闘しているのだろうか、そう思いちょっと覗きに行こうと足を進めたところで、後ろから声を掛けられる。
「すみません。赤築さんのお宅でしょうか?」
振り返ると、門の外から30代ぐらいの壮年の男が顔だけ覗かせ立っていた。
「・・・どちらさんですか?」
灯雪がそう聞くと、男は愛想よく手に持った小包を掲げてみせる。
「荷物をお届けに参りました。サインかハンコ貰えますか?」
人手が多いこの家で荷物が届くことは珍しくない。
灯雪は荷物を受け取るため、内側から門の施錠を解いた。
「どうも~、ありがとうございました~。」
サインを受け取り、荷物を渡した配送業者のお兄さんは軽快に駆けて行く。
手元の箱には、趙さん宛の伝票が貼られていた。
見た所、調理器具のようだ。
「また趙さん買ったんだ。トメさんに怒られないといいけど・・・。」
彼は調理器具マニアだった。
「ねぇ、ここって赤築財閥の家なの?」
灯雪が門前で突っ立っていると、突然見知らぬ男が話し掛けてきた。
悪気があるのか無いのか分からない不躾な質問に無闇に答える事も出来ず、参ったなと沈黙する灯雪。
それに全く構う事無く、男は勝手に話し出す。
「へぇ~、どうりでね。やたらとこの辺、防犯カメラの数が多いと思ったんだ。ほら、半年ぐらい前に脅迫状投げ込んで捕まった奴いただろ?こりゃ捕まるよ。バカだよなぁ、そいつも。」
一方的に話し続けるその男。
もはや赤築財閥というのは確定しているようだ。
「ていうことは、君、養子の子?」
ズケズケと個人的な事を聞く男に面食らう灯雪は、改めてその男を見る。
近所に住んでいるのか、男は手ぶらでジャケットのポケットに両手を突っ込んでいた。
若干肉付きの良い筋肉質な体型をしていて、見た所40代ぐらいの立派な成人男性だが、どうも社会通念には欠けているようだ。
「噂では聞いたことあるけど、ホントに綺麗だね。やっぱり顔が綺麗だと、貰われる先も違うわけか。」
ゆっくりと近付いて来た男がジッと灯雪の顔を見つめる。
「決めた、君にするよ。」
そう言って頷くと、男はおもむろにポケットから突っ込んでいた手をゆっくりと出した。
灯雪は眉を顰める。
男の手には折り畳まれたバタフライナイフが握られていた。
「かわいそうに。お金で買われたんだね。でも大丈夫、君が死んでも代わりはいるから。」
男はそう言って不適に笑うと、手慣れた様子でナイフの刃をカチャリと出し、流れる様な動作で灯雪の腹に向かってそれを刺した。
灯雪は咄嗟に持っている小包で防御しながら横に避けたが、空腹の体は思うように動かず腕をナイフがかすめていった。
持ち前の瞬発力で何とか致命傷を逃れた灯雪は、前につんのめった男に足を掛ける。
ドサリと無様に顔面から倒れた男だったが、思いのほか機敏で瞬時に振り返り握っているナイフを灯雪に向けた。
「ははは・・・、予想外に強いんだね、君。これじゃあ、脅迫状の奴みたいに殺る前に捕まっちゃうじゃないか。それはやだなぁ・・・。」
鼻血を出しながらヘラヘラと笑う狂気じみた男を見ながら、灯雪はどうやってこの男からナイフを奪うかを考えていた。
今向かってもナイフを振り回されるだけだ。
だったらこの男が起き上がろうとした時がチャンスだろう。
灯雪は様子を伺っていた。
するとタイミング悪く玄関から出てきた幸希が、こちらに向かって声をかける。
「兄さん、ここにいたんだ。お茶の準備が・・・・。」
ちょうど草木の影になっていたその場所が、尻をつく男を上手く隠していた。
遠目に兄の姿を確認した幸希が笑顔で近付く。
しかしすぐに目の前でナイフを構える男が転がっている事に気付き、目を見張った。
男は横目で佇む幸希を確認すると、いやらしく口角を上げる。
「幸希っ!逃げろっ!!」
咄嗟に叫んだ灯雪と男が全力で駈け抜けるのは同時であった。
背中を向けて必死で走る幸希の肩を鷲掴みにした男は、力任せに小さな体を地面に叩きつける。
走って追いかける灯雪の目に振りかざされたナイフの刃が光った。
「やめろーーーーーーーーっ!!!!」
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