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第2章 異世界(トゥートゥート)

06. 地獄の荒馬、再び

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 混み合う時間をずらしたつもりだったが、食堂は多くの人で賑わっていた。
 飾り気のない店内と、安くてボリューミーな食事は、昼時になると特に肉体労働をする男達に好まれて利用されている。
 案の定、広い店内には、接客をする従業員を除いて見渡す限り男しかいない。
 しかし今日は少し様子が違う。
 80席はある客席の三分の一以上が、黒い騎士服を着た男達で占められていたからだ。

 「あら、第一部隊の方達ですね。」
 「第一部隊・・・。」

 へぇ~、あれが。
 間近で見たのは初めてかもしれない。

 トゥートゥート王国 王立騎士団 第一部隊。
 この国には、貴族の子息を中心とした近衛隊と、貴族と平民から成る第一から第五部隊までの騎士団がある。  
 それぞれの部隊は制服のデザインや色によって素人でも簡単に見分けがつくらしいが、俺は正直よく知らない。
 だが、第一部隊と言えば騎士団の中でも有力な先鋭を集めた、実質、騎士団一の実力と謳われる部隊なんだと聞いた事があった。

 「さすがですねぇ~、いい体をしています。」

 マーガレットがしみじみと言う。
 恋愛小説が好きという彼女だが、こういう時の反応は意外と冷めている。
 普通、第一部隊を見た子女たちはキャーキャーと歓声をあげるのではないだろうか?
 ただでさえ騎士はモテるんだ。
 第一部隊なら尚更だろう。

 「席ありますかね?」

 マーガレットが辺りを見回す。
 見た所、1、2席はちらほら空いている様子だが、テーブルは全て埋まっていた。

 「私は別に相席でもいいわよ。」

 食えるなら何でもいい。
 マーガレットはちょっと・・・いやかなり嫌そうな顔をしている。
 そうだよな、彼女も独身の若い娘だ。
 こんな男だらけの相席は不安だろう。
 うぅ・・・頼むから帰るなんて言わないで欲しい・・・、俺が必ずマーガレットの盾になるから・・・。
 ヒヤヒヤしながらマーガレットの反応を伺っていると、「無自覚だからなぁ、めんどくさい事にならなきゃいいけど」と独り言を呟きながら、席を求めて歩き出した。
 何の事か知らんが、どうやら帰るつもりはないらしい。
 ありがたい。
 持つべきものはマーガレット様だな!
 心の中で合掌する。
 俺も後に続いて良さそうな席を探す。
 足元のチャタはゲンナリとした様子でトボトボとついてくる。
 彼はこういうガヤガヤした場所が嫌いだ。
 もっと静かで雰囲気のあるところで、お茶とケーキにしたいんだと。
 俺はどっちも好きだけど、今日は食堂の気分なんだ。
 悪いな。

 ワイワイと喋りながら食事をする騎士たちの横を通りながら、食堂の奥を目指す。
 流石に第一部隊このなかに入れてもらう勇気はない。
 さっきから男たちの視線をチラチラと感じる。
 この店に若い娘が来るのは珍しいからな。
 それとも、赤毛が珍しいのか?
 まぁ、いつものことだから気にしないが。
 ちょうど奥の壁際に4人掛けテーブルで、1人で食事をとる若い男がいた。
 あそこなら、俺が男の前に座ればマーガレットも、それ程気にならないだろう。
 そう思い、マーガレットの背中に話しかけた。

 「マーガレっ・・・と?」

 呼びかけるやいなや、突然誰かに腕をギュッと掴まれる。
 ん?なんだ?
 振り返ると、カウンター席に座る騎士服の男が、俺の腕を掴んだまま、じっとこちらを見つめていた。

 「・・・・・。」

 ?
 どうした?
 なんでか無言で見つめ合う形になっているが・・・、用があるならさっさと言って欲しい。
 席が埋まったらどうしてくれるんだ。
 急に引き止めてマジマジと人の顔を見る知らない男に、空腹の助けもありだんだんイライラしてくる。

 「・・・ここ、空いてるぞ。」
 「え?」
 「席を探してるんだろ?カウンターだが、俺の隣なら3席空いてる。そこのお嬢さんと一緒にここに座ったらいいだろ。」

 なんだ、親切な人だった。

 「隊長・・・こんなところでナンパですか?」
 「うるせぇっ、お前は黙ってろ。」
 「ぅす・・・・。」

 隣にいる同じ第一部隊の男と、2人は何やらコソコソと話している。
 俺はさっき見当をつけていた4人掛けテーブルを見て、がっかりと肩を落とす。
 あ~、ダメか。
 いつのまにか1人だった若い男のテーブルは、知り合いらしき2人の男となにやら興奮した様子で話をしていた。
 となると残りはこの騎士の隣。
 俺がこいつの隣になれば、マーガレットの横は1席空くから・・・大丈夫だよな?
 よし!ここにしよう!

 「マーガレット、こちらの親切な騎士様が席を勧めてくれたの。お言葉に甘えましょう。」

 何が何でも食いたい俺は、若干強引に事を進めてしまった。
 そろそろ空腹も限界に近い。
 マーガレットが、ギョッとした顔をしている。
 ごめん、マーガレット。
 でも大丈夫、何があっても俺が守るから。
 俺は男にエスコートされるがまま、隣の席に腰を降ろした。

 「ありがとう。」

 そう言って愛想よく笑うと、男は目を見開いたままフリーズしている。
 あ?どうした?
 また礼儀知らずな事をしたのだろうか?
 まぁいい、庶民街の食堂で細かい礼儀作法まで考えてられるか。
 俺は構わず、注文しようと店員を探した。

 「なんだこれ・・・ヤベェ・・たまんねぇな。」

 隣で男がぼそりと呟いた言葉に、何故だかいやに既視感を覚える。
 ん?
 気のせいか・・・?

 マーガレットが心配そうな表情でこっちを見て席に座った。
 俺はそんな彼女を安心させようと、大丈夫、任せろ!とにっこりと笑ってみせたのだが、それを見た彼女は、「あ゛ぁ・・絶対分かってないっ」と言いながら、何故か頭を抱えて唸りはじめてしまった。
 そんなにこの席が嫌だったのか?
 一応お国を守る騎士様の隣だ。
 危ないことは無いと思うんだが・・・。
 
 「おやまぁ!!!スノウじゃないか!さっき、ジャックから街で会ったとは聞いてたけど、ほんとに来てくれたのかい?嬉しいねぇ~。」

 カウンターの向こう側から、ジャックの母親である食堂の女将さんが、とびきりの笑顔で恰幅の良い体を揺らしながらやって来た。

 「ご無沙汰してます、ヘレンさん。相変わらず忙しそうですね。」
 「おかげさまでね。今日は特別忙しいんだよ。なんせあの第一部隊の騎士様たちが来てくれたんでね。普段この時間は客足が途絶えてたから、ありがたいよ。でも珍しいね。なんかあったのかい隊長さん。」

 そう言って、女将さんは目の前の男を見る。
 どうやら俺を引き止めた男は第一部隊の隊長だったらしい。
 そう言えば、隣の騎士に比べ制服が少し華やかだ。
 胸には勲章が輝いている。
 すげぇな~。

 「あぁ、今朝は王立騎士団の若手だけで模擬戦をやったんだ。そん中でこいつらも、なかなか良い戦いをしてたんでな、昼飯に好きなもん奢ってやるって言ったら、ここが良いって言うもんでな。」
 「へぇ~、あんた達良い隊長さんを持ったねぇ。」

 女将さんが騎士達にそう言うと、彼らは皆かしこまった顔をして「うすっ!」と男らしく答えた。
 ・・・騎士団というより、なんだか舎弟のようだな。
 あん?
 まただ、またあの変な感じがする。
 なんか、前にもこんな事があったような・・・。

 「スノウ、いつもの感じでドンドン出してって良いかい?」

 女将さんは俺の大食いを承知している。
 いつもランダムに色んな料理を出してくれていた。

 「隣のお嬢さんは?なんにする?」
 「あっ、私はビーフシチューを頂きます。」
 「ビーフシチューね、あいよ。あぁチャタ、あんたにも、ちゃんとパウンドケーキ用意するからね。じゃっ、すぐ作るからちょっと待ってておくれ。」

 そう言って女将さんは、厨房へ指示を飛ばしにスタスタと去って行った。

 「よかったね、チャタ。作ってくれるって。」

 さぞ喜んでいるだろうと、チャタの顔を見るが、彼はなんだか戸惑った様子で首を傾げていた。 
 ん?
 チャタがスイーツの事で喜ばないなんて・・・おかしい。
 具合でも悪いのか?
 さっきまで元気だったチャタを不思議に思っていると、早速一品目の料理が届いた。
 俺は一気にチャタの懸念を忘れる。
 ここはファストフード並みに早い、そのうえ旨い。
 マーガレットの元にも、ビーフシチューとパンが届けられた。
 俺にはトマトソースのかかった、フルフルのチーズ入りオムレツが出されていた。
 早速フォークを構えると、前世の習慣で心の中で『いただきます』と呟き、オムレツに手を伸ばす。
 おそらく今の顔は、だらしなく緩みきっている事だろう。
 またマーガレットに叱られそうだ。
 そう思っていると、隣で頬杖をついてニヤニヤしながらこっちを見ていた隊長が、ボソリと言葉を漏らした。

 「クッソ可愛いな・・・くっちまいてぇ。」

 あれ?その言葉、どっかで・・・?
 そう思った瞬間、脳内で記憶がフラッシュバックする。
 俺は思わずフォークを床に落とした。

 知ってる・・・。
 これ、前にも全く同じこと言われた。
 確かあれは、前世でスナックを経営する友達の母親に、手料理を振る舞ってもらった時だ。
 アイツは普段からしょっちゅう、そんなような言葉を呟いていた。
 生粋の女たらしだ。
 いや・・・でも偶然だろう。
 そう何人も前世の知り合いと会うことなんてないはずだ。
 俺はまさかな、という気持ちでチャタを見た。
 だが予想に反して彼は神妙な顔をしている。
 チャタは俺の中に浮かんだ、小さな疑惑を肯定するように、ゆっくりと頷いた。

 てことは・・・やっぱり晶馬ショウマだ!
 チャタは前世で晶馬と何度も会っているし、個人の魂の色と形を判別できる。
 転生して見た目が変わっても、魂の色と形はそのままずっと変わることは無いらしい。
 おそらく間違いないのだろう。
 マジか・・・。
 俺は改めて、隊長の顔を見た。
 緩くウェーブのかかった、肩まで伸びる艶やかな黒髪は無造作に見えるのに不思議と品良く感じる。
 額に落ちたほつれ毛の間から覗く、目尻の下がった色気のある目は意識すると、やはり晶馬の面影がうかがえた。
 前世の記憶にある晶馬は年下で、まだ中学生ながらに何処と無く色気のある男前だったが、今世の騎士隊長は更に磨きのかかった大人の色気とワイルドさに溢れかえっている。
 すげぇ色男だな。
 なんでこう、前世の知り合いがホイホイ現れるのだろうか。
 転生っていろんな時代のいろんな世界で行われるんじゃなかったのか!?

 「どうした?人の顔見てボーッとして、俺に見惚れたか?」

 は?
 何を言ってるんだこいつは。
 仮にも、たまたま隣に座った初対面の娘だぞ。
 そう言えば前世むかしから我が道を行くタイプだったな。

 「フッ・・・キョトンとしやがって。」

 そう言って面白そうに笑う隊長は、俺の耳元まで顔を寄せると色気のある低音ボイスで囁いた。

 「今の顔、すげぇ可愛い。」

 あ、これも知ってる・・・。
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