天使の慈悲 〜家族みんなで転生しました〜

きぬた

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第2章 異世界(トゥートゥート)

13. 野獣はワインがお好き

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 「アル・・・どうしてここに??」

 見ればアルが隣で俺を見下ろして立っていた。
 前回会った時と同じ、黒い騎士服を着たアル。
 全く気付かないなんて、俺はよっぽど考えに熱中していたらしい。 
  
 「タオルが欲しんだろ?さっきミドリのドレス着たお嬢ちゃんが給仕に頼んでたんで、俺が代わりに持ってきた。」

 そう言って掲げたタオルはフワッフワッで、顔を埋めたら気持ち良いだろうなという上等品だった。
 これ幾らぐらいするんだ・・・。
 ついつい下世話な事を考えてしまう。
 長年培った庶民の感覚は抜けそうにない。

 「そうだったんですね。わざわざありがとうございます。」

 礼を言って受け取ろうと手を伸ばすと、アルはタオルをバサリと広げスッポリと俺の頭に被せてしまう。
 すると慣れた仕草でごく自然に隣に腰を下ろし、俺の頭を丁寧に拭い始めた。

 「え?あの・・・あとは自分でやりますから大丈夫ですよ?」
 「自分じゃ見えずらいところもあるだろ。俺がやるから任せとけ。」

 隊長様にこんなことやらせて良いのだろうか?
 そう思ったが、存外心地よかったので、言うに任せる事にした。
 ガサツに見えて意外と繊細なアルは、髪や化粧を崩さないように気を使って拭いてくれているようだ。
 弟か妹でもいるのだろうか?
 結構な世話好きだよな。
 だから第一部隊の騎士にも慕われているんだろう。
 そんなことをぼーっと考えていたら「ほら、もっとこっち向け」と、自分の方へ顔を向けさせられた。
 
 「また派手にやられたなぁ。大方、バカな貴族にやっかまれたんだろ。タクッ、呆れんな。」
 「・・・まぁ、そんなところです。」

 はは・・・、いや、あのお嬢さんにはビックリしたよ。 
 二度と自分の前に現れるなと言っていたが、そこだけは共感できる。
 俺だってあんなおっかないお嬢さんには、もうお目にかかりたくないもんだ。

 「そういえば、アルも舞踏会に参加していたのですか?」

 ホールでは見かけなかったが、俺も隅にいたし、メインとなる王族席の側には行かないようにしてたから、いてもなかなか気付けなかったと思う。
 誰かのエスコートをしていたのだろうか?
 アルは相当モテるだろうし、今世でも女誑しは健在そうだからな。

 「いや・・・そうじゃねぇが・・・。」

 タオルで俺の顔を拭いていたアルが、どこか不服そうに眉をひそめる。
 ん?
 女誑しと思ったのがバレたか?
 異論はないだろ。

 「なぁ、その余所余所しい話し方やめてくんねぇか?」

 予想外のことを指摘された。
 余所余所しい?
 そんなつもりはさらさら無いが、敬語を使っているのがそう聞こえたのだろうか?
 いや、でも1度会った程度の一介の小娘が、騎士団の隊長にタメ口きくのはオカシイだろ。

 「余所余所しいですか?自分ではそんなつもり・・・」
 「ほら、その喋り方だよ。スノウに敬語使われると、なんか気持ち悪いんだよな。違和感があるっていうか・・・。」

 気持ち悪いとは、失礼な奴だな。
 でも実際のところ、俺も違和感はあった。
 前世では年下だったからだろうか?
 第一部隊の隊長で、俺よりずっと年上のはずなんだが、最初から結構気安く感じていたんだ。
 アルが、甘える猫のように下から覗き込んで「なぁ、頼むよ。」と懇願してくる。
 そんな可愛い顔は卑怯だ。
 思わず聞き入れてしまいそうじゃないか。

 「でなきゃ、このままキスするぞ。」

 そうだった・・・そういう奴だった。
 太々しいだけで、全く可愛くなかったわ。 
 からかう様に笑ってはいるが、どことなく挑発的な視線はマジっぽくて引いてしまう。
 このまま拒絶してもロクなことにならなそうだし、凄く面倒くさそうなのでここは潔く折れることにした。
 まぁ、本人がそれで良いと言ってるんだ、俺の知ったこっちゃない。

 「分かった。・・・これで良い?」

 そう聞くと「上出来だ。」と言った奴は、機嫌良さげに俺を引き寄せて唇にチュッと軽くキスをしてきやがった。
 おいっ。
 話が違うじゃねぇか!

 「そんな、可愛い顔すんなよ。食っちまいたくなるだろ?今のなんてキスのうちに入んねぇよ。」

 そうのたまっては、ニヤニヤと色気を孕んだ目で俺を見てくる。
 無駄に色気を振りまく男だな。
 だが確かに言われてみれば、この程度のキスなら家族にも散々されていた。
 まぁ、挨拶程度か。
 騒ぐほどの事じゃなかったと納得していると、何故か言った当の本人が苦虫を噛み潰した様な顔をしている。

 「・・・・あんま素直だと、心配でたまんねぇんだけど。お前、大丈夫かよ・・・変な男に騙されてねぇだろうな。」

 あ?
 何のことだ?
 拭っていたタオルを離し、両手で俺の頬を包み込んできたアルは、どこか困った様な顔をして俺を見つめる。

 「なぁスノウ、お前いっそ俺と一緒にならないか?」
 「え?」

 は?
 一緒??
 一緒ってどういう意味だ?

 「俺なら好都合だぜ?貴族でもねぇし、くだらない価値観に縛られることも無いしな。もしお前がこの煩わしい環境から逃げ出したいって言うなら、いっそ違う国に行ったって良いんだ。もっと生きやすい、別の生活があるかもしれないだろ?なぁ、悪いことは言わない、俺にしとけよ。」

 そうどこか切なげに笑うアルの目は真剣味を帯びている。
 ん?
 違う国?
 別の生活?
 俺となんかやりたい事でもあんのか?
 新しいビジネスでも始めるつもりか?
 具体的に言ってくれないと、こっちも検討のしようがないだろう。
 面白そうな話なら考えるぞ!
 最近ちょっと退屈してたんだ。

 「おい待て・・・その顔は全く分かってないだろう。生涯の告白を受けたにしては、なんか妙なやる気を出してるし。タクっ、ホントに鈍いな。」

 それよく言われるが、さっぱり意味がわからん。
 俺が、不可解そうな顔をして悩んでいると、俺の一世一代の告白を無にしやがってと恨めしそうに睨まれた。
 解せない。

 「あぁ、もう良いよ!焦った俺が悪かった。確かに会って2回目は急ぎ過ぎた。」

 がっくしと項垂れる彼を励ましたいところだが、なんとなく藪蛇な気がする。
 何も触れないのが、得策だろう。

 「なんか堪んないんだよなぁ、知らないうちに、誰かに持っていかれそうでよ。」

 ハァとため息をついたアルは、チラリとこっちを見るとクスリと笑う。
 なんだ、その哀愁漂う大人の男は。
 カッコイイじゃないか、チクショウ。

 「こんな余裕ないの初めてだよ。」

 余裕ないって・・・金の事か?
 お前こそ大丈夫かよ・・・。
 騎士ってそんなに給料低かったっけ?
 いや、そんなはずねぇよな・・・結構な高給取りって聞いてるぞ?
 あっ、お前女だろ!
 違いない、これは女に貢いでるな。

 「しょうがねぇな、相手がお前だもんな・・・まぁ、これからじっくり分からせてやるからよ。」

 おもむろに俺の顔に手を伸ばしたアルは、息がかかるくらい近くに顔を寄せると耳元で「覚悟しろよ」と囁いて、そのまま耳朶を軽く噛んだ。
 
 「ひゃっ。」

 その感覚に俺は肩を竦めて身を固めてしまう。
 いきなり何すんだよ!

 「なんだ、耳が弱いのか・・・。」

 うわっ、笑いながら耳元で話すな!
 息が掛かる!
 噛むなっ、舐めるなっ!
 くすぐったい!!
 背筋にゾクリとしたものを感じ、俺は慌ててアルの胸を押し返した。

 「・・・っ、もうっ、いい加減にしてっ。」
 「フッ、感じやすいんだな。」

 俺の反応を見て調子付いたアルが、背中に腕を回し抱きしめると、首筋から鎖骨へと口付けをどんどん広げていく。
 悔しいことに俺の抵抗などものともしないようだ。
 やんわりと押さえ込まれただけだというのにびくともしない!

 「やっめってっ・・、アルっ・・・、離しなさいっ・・・て、あっ・・・!!」

 下へ下へと侵食していった口付けは、やがて開いたデコルテの胸の膨らみにまで辿り着き、コルセットにより寄せて上げられた豊かな柔肉を、カプリと口に含むと舌全体でベロリと舐め取った。
 おいっ!!
 それは俺の夢だった行為だぞ!!
 前世であれ程恋い焦がれたオッパイにお前はいとも簡単に触れやがって!
 しかも舐めやがったな!!
 コンニャロ~!!
 これだからプレイボーイは・・・っ!!
 俺はなんだかよく分からない嫉妬にかられて、アルを思いきり睨みつけた。

 「・・・・ッ!・・・お前、・・・その目はどう見ても誘ってるぞ・・・っ。」

 なんでか自分の思惑とは違う捉え方をされた視線は、アルを更に興奮させたらしい。
 いや!
 違う!!そうじゃない!
 だから、舐めるな!噛むな!
 なんか体がゾクゾクするんだよ!!
 俺は力の限り抵抗を試みるが、ただジタバタしているだけで、相手に少しもダメージを与えられていない。
 なんて動きにくい服なんだ!!
 アルが胸の谷間に顔を埋め、まるでそこに潜り込もうかとするようにグリグリと鼻先を押し付けてくる。
 やめろってのー!!
 そこはお前の巣穴じゃないんだぞ!!

 「もっ・・・ふざけるのも大概に・・・んっ!」

 谷間の奥がチリリと痛んだ。
 そう思えばまたベロリと胸を舐められ、顔を離したアルが満足そうにそこを見つめた。

 「ワインの味だな。」

 お前・・・、ワイン好きな。
 確か食堂でも飲んでたよな。
 俺はもはや抵抗する体力も無くなり、火照った体を持て余しながら、ぐったりとした虚ろな目でアルを見上げた。
 2人の間で視線が重なった瞬間、ハッとしたように息を飲んだアルが、眉間にしわを寄せ何かに耐えるようにググッと唸る。

 「・・・・今、自分がどんな顔してるか分かってないだろ・・・。」

 いや、そんなことは分かっているさっ。
 気の抜けた、間抜けな顔だ。
 俺は確信を持ってそう言える。
 ひどい顔だと笑いたければ、笑えばいいさ!
 しかし獰猛な顔を隠そうともしないアルは、ギリリと奥歯を噛み締めると「もう我慢できるかっ」と言って、せきを切ったように俺にのし掛かってきた。

 「・・・・・うわっ!!」

 カウチに仰向けに倒された俺は、アルの逞しい体に押さえつけられ全く身動きを取ることが出来ない。
 おっ・・重てー!!
 なんなんだよ急に!!
 どけって!このヤロウ!!
 チクショウ!
 良い体しやがって!!
 っじゃない!!
 クソー!!
 軽く息を上げて、興奮した様子のアルが飢えた獣のようにギラギラした目で俺のことを見ている。
 その視線が俺の唇に辿り着くと、口を開いた獣が勢いよくかぶりつこうと体ごと覆いかぶさってきた。
 うわっ、ヤバイっ!!
 喰われる!!!
 身の危険を感じた俺は、咄嗟に両手で自分の口を塞いだ。
 ぶつかるように俺の手の甲に唇が当たり行く手を阻まれたアルは、そのまま俺を睨みつけると、まるでグルルと唸るように言った。

 「手ぇ、離せよ・・・。」

 いやいや!!
 お前、目がヤバイんだよ!!
 俺は今、生命の危機すら感じているぞ!
 捕食される仔ウサギの気分だ!
 絶対離してたまるかっ!と必死に首をブンブンと振る。

 「チッ・・・。」

 イラついた様子のアルが、俺の指の間を舌先でグリグリと舐め始める。
 うわぁ・・・っ。
 ヤメロっ。
 くすぐったいんだよっ!

 「んン・・・ンッ・・・」

 なんか変な声出ちゃったじゃねぇーか!
 ぜってー離さねーからなっ!!
 俺は固い意志で自分の唇を死守する。
 ペロペロと念入りに舐める男が、時折俺に目を合わせては睨みつけてくる。
 もういい加減諦めろよっ!

 「食堂の代金・・・。」

 しつこい男と攻防を続けていると、ふと動きを止めたアルが唐突に呟いた。
 は?
 食堂??
 急になんの話だ。

 「この前、お前が食った食堂の代金、俺が立て替えといてやったんだけど。」

 何だと!?
 なんでか余裕を取り戻したらしいアルが、とぼけた顔して言い放つ。

 「お前、よく食べるからな。店にとっちゃ上客だろ?1人でしかも短時間であれだけの量を食ったんだ。そこそこの儲けになっただろうなぁ。」

 おいっ・・・、それはつまり結構な金額を払ったと言いたいのか??
 俺のせいで、女に回す金が減ったと!?
 そんな遠回しな言い方しなくてもちゃんと返すわ!
 悪かったな!
 金欠なのにな!

 「あぁ気にすんな。俺が好きでした事だ。俺の奢りでいい。それはいいんだ。」

 いや、それは幾ら何でも悪いだろ・・・。
 お前の言う通り俺はよく食うし、女に貢ぐ金だって必要なんだろ?

 「でも、礼くらいは欲しいなぁ。」

 アルが至近距離で、舌舐めずりをした。
 礼?
 何だか嫌な予感がする。
 まさか・・・。

 「なぁ・・・、キスさせろよ。」

 マーガレットーー!!!
 お前があの時戻るの渋るから、オレっ、お前の大嫌いな男に脅されてるんですけどーーーっ!!!
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