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■本編 (ヒロイン視点)
レッスン2 理性と羞恥の味 -3-
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構うなと言われたからそうするしかない。男性の体の神秘について、実際のところを琴香は知らない。
だから、精いっぱい気にしていない風を装って、鳴瀬に背を向けた。
「はい! では! 次は! 次ページの……このコマです、キッチンで、後ろからっていうのを……再現したいんですが……あの、鳴瀬さん?」
キッチンのワークスペースにタブレットを置いて、問題のコマを拡大する。指の震えが彼に見られてないといい。
「逃げようとするヒロインを、こう、上から押さえ込む感じでお願いします」
「リョウカイ。キッチン、ウシロカラ」
ふざけたノリの鳴瀬も琴香の肩越しにネームを覗き込んで、シーンを忠実に再現しようとしてくれる。
「先生、少し、脚を開いてください。それで、上半身は前ぎみに……」
鳴瀬の手が、琴香の背や腰に軽く触れる。これくらいでいちいちドキドキしていられない。早く慣れなくては。
「……どうでしょう、先生。こんな体勢になりますが」
「は、はい! 思ったより苦しいですね……あと、ヒーローの表情がヒロインからは全く見えないってところが盲点でした。声は聞こえるのに、感情が読めない感じ」
「なるほど。それはすれ違いの演出にいいかもしれませんね」
「メモします!」
鳴瀬がふせんを貼って、琴香がそれにメモをする。
【顔が見えない、気持ちのすれ違い】
「……、……先生。もしこのシーンを描くなら、ヒロインの服装はタイトスカートか、マキシ丈のものが映えそうですね」
「は、はい。あの、それもメモを……」
たしかに衣装は大事な演出だ。ヒロインがくたびれた姿じゃ読者は萌えないだろう。
ヒロインは美人であれ巨乳であれ。
ヒーローはイケメンであれ巨根であれ。
エチプチ編集部に掲げられている標語のことを、このタイミングで思い出してしまった。
(きょ、巨根って……どのくらいのことを言うのだろ……)
さすがにそれを鳴瀬には聞けない。まだ背後に彼のアレの気配がある今は、特に。
「……ああ、でも」
鳴瀬の手が、琴香の腰をそっと撫でた。
「先生のルームウェアみたいなものをじっくり上から脱がせるのも、いやらしいかもしれませんね。現実味があって」
「えっ」
「大丈夫、フリです」
後ろから抱きしめられているのでは、鳴瀬の表情は見えない。
彼の手はまだ、琴香のズボンの腰元にある。
肌に触れそうで触れないところ。服の隙間から、今にも指が侵入してきそうなところ。
「あ、あの、メモ、を……」
ドッドッと心臓が大きく跳ねはじめる。
「先生、……耳真っ赤ですよ」
吐息が耳に吹きかかる。それに、声が。声音が、いつもと違う気がして。
「本当に初めてなんすね」
「そ、そうですよっ。処女ですって……最初に、言ったじゃないですか……」
「ああ、いや、疑っていたというわけではなくて……」
首筋に吐息。そして無言。
「鳴瀬、さん……?」
「これは……ちょっと、なんというか……」
囁きは低くて、吐息が妙に艶っぽい。男の色気が脳にダイレクトに届く。ネームにはないセリフ。鳴瀬のアドリブだ。
「ひえっ」
ぐいと押し付けられたものに身体をかたくする。
「っ、すみません、つい」
「つ、ついー!? い、いえ! だだだ大丈夫です! 勉強! 勉強ですから!」
「そう、すね……。じゃあ、次のコマにいっても?」
「はいっよろこんでー!」
こうなったら早くに終わらせるのがよさそうだ。琴香は急いでタブレットをスワイプする。後ろから鳴瀬が覗き込んで、小さく呟いた。
「ああ、これか……ヒーローがヒロインを煽るように、胸に触れる場面」
「あっ、ちょっと待って……!」
胸を、布越しにふわりと掴まれ琴香は息をのんだ。
「あ、え? ……先生、もしかして下着」
「すみませんすみませんっ肩が凝るから作業中にブラはしない主義でっ、他意は、他意はないんですうっ」
「て、天然……? まじすか……」
「本当にごめんなさいっ」
鳴瀬の指は、胸を包むように、ただ添えられているだけ。
(でも、その方がかえって……!)
琴香は唇を噛んだ。じゃないと漏れてしまう。呼吸と一緒に、声が。
「っ、ぁ」
だから、精いっぱい気にしていない風を装って、鳴瀬に背を向けた。
「はい! では! 次は! 次ページの……このコマです、キッチンで、後ろからっていうのを……再現したいんですが……あの、鳴瀬さん?」
キッチンのワークスペースにタブレットを置いて、問題のコマを拡大する。指の震えが彼に見られてないといい。
「逃げようとするヒロインを、こう、上から押さえ込む感じでお願いします」
「リョウカイ。キッチン、ウシロカラ」
ふざけたノリの鳴瀬も琴香の肩越しにネームを覗き込んで、シーンを忠実に再現しようとしてくれる。
「先生、少し、脚を開いてください。それで、上半身は前ぎみに……」
鳴瀬の手が、琴香の背や腰に軽く触れる。これくらいでいちいちドキドキしていられない。早く慣れなくては。
「……どうでしょう、先生。こんな体勢になりますが」
「は、はい! 思ったより苦しいですね……あと、ヒーローの表情がヒロインからは全く見えないってところが盲点でした。声は聞こえるのに、感情が読めない感じ」
「なるほど。それはすれ違いの演出にいいかもしれませんね」
「メモします!」
鳴瀬がふせんを貼って、琴香がそれにメモをする。
【顔が見えない、気持ちのすれ違い】
「……、……先生。もしこのシーンを描くなら、ヒロインの服装はタイトスカートか、マキシ丈のものが映えそうですね」
「は、はい。あの、それもメモを……」
たしかに衣装は大事な演出だ。ヒロインがくたびれた姿じゃ読者は萌えないだろう。
ヒロインは美人であれ巨乳であれ。
ヒーローはイケメンであれ巨根であれ。
エチプチ編集部に掲げられている標語のことを、このタイミングで思い出してしまった。
(きょ、巨根って……どのくらいのことを言うのだろ……)
さすがにそれを鳴瀬には聞けない。まだ背後に彼のアレの気配がある今は、特に。
「……ああ、でも」
鳴瀬の手が、琴香の腰をそっと撫でた。
「先生のルームウェアみたいなものをじっくり上から脱がせるのも、いやらしいかもしれませんね。現実味があって」
「えっ」
「大丈夫、フリです」
後ろから抱きしめられているのでは、鳴瀬の表情は見えない。
彼の手はまだ、琴香のズボンの腰元にある。
肌に触れそうで触れないところ。服の隙間から、今にも指が侵入してきそうなところ。
「あ、あの、メモ、を……」
ドッドッと心臓が大きく跳ねはじめる。
「先生、……耳真っ赤ですよ」
吐息が耳に吹きかかる。それに、声が。声音が、いつもと違う気がして。
「本当に初めてなんすね」
「そ、そうですよっ。処女ですって……最初に、言ったじゃないですか……」
「ああ、いや、疑っていたというわけではなくて……」
首筋に吐息。そして無言。
「鳴瀬、さん……?」
「これは……ちょっと、なんというか……」
囁きは低くて、吐息が妙に艶っぽい。男の色気が脳にダイレクトに届く。ネームにはないセリフ。鳴瀬のアドリブだ。
「ひえっ」
ぐいと押し付けられたものに身体をかたくする。
「っ、すみません、つい」
「つ、ついー!? い、いえ! だだだ大丈夫です! 勉強! 勉強ですから!」
「そう、すね……。じゃあ、次のコマにいっても?」
「はいっよろこんでー!」
こうなったら早くに終わらせるのがよさそうだ。琴香は急いでタブレットをスワイプする。後ろから鳴瀬が覗き込んで、小さく呟いた。
「ああ、これか……ヒーローがヒロインを煽るように、胸に触れる場面」
「あっ、ちょっと待って……!」
胸を、布越しにふわりと掴まれ琴香は息をのんだ。
「あ、え? ……先生、もしかして下着」
「すみませんすみませんっ肩が凝るから作業中にブラはしない主義でっ、他意は、他意はないんですうっ」
「て、天然……? まじすか……」
「本当にごめんなさいっ」
鳴瀬の指は、胸を包むように、ただ添えられているだけ。
(でも、その方がかえって……!)
琴香は唇を噛んだ。じゃないと漏れてしまう。呼吸と一緒に、声が。
「っ、ぁ」
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