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■本編 (ヒロイン視点)

8.修羅場中の朝ごはんはお土産スイーツ

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 どうやって帰って来たのか覚えていないほど、琴香の頭はめまぐるしく働いていた。

 髪をヘアバンドであげ、ジャージに着替える。昼間の浮ついた気持ちはメイクと一緒に洗い流してしまう。コンタクトを外して愛用の眼鏡を身に着けたら、これこそいつもの琴香だ。

 作業机の上にスケッチブックを開いて、鉛筆でざっとページを割る。急いでいるときはアナログの方がはかどる。
 ストックしてあったいくつかのネタと、帰宅途中に考えついたストーリーを組み合わせて、まず1本目のプロットをメモする。
 その世界に飛び込むつもりで、目を閉じる。もっと深く、ひとつのシーン、そのときのキャラの表情に思いを馳せていく……。

(幼馴染の純愛で、古臭くないもの……女性にウケて、売れそうなもの……ううん違う……私が本当に描きたいもの。それから、読者さんに伝えたい気持ちは何か……)

 時間がとけるように過ぎていく。ふと気が付いて、部屋の電気をつけた。空腹は感じなかった。自分がいま、とてもハイな状態にいるのがわかる。

 できればこのまま、最後まで集中がもってほしい。何徹したっていい、間に合わせたい。

 体力の続くかぎりペンを握って、机の上でうとうとして、朝を迎える。

 朝ごはん代わりに、お土産のバウムクーヘンをつまんで食べた。
 バウムクーヘンの断面の美しさは、職人の努力のたまものだ。ふっくらふわふわの薄層と、焼き色のついたさくさくの層でできた繊細な年輪を作るには高い技術がいる。しかも店によって食感も味も個性がある。どれだけ食べ歩いても食べ飽きない魅力、それがバウムクーヘンだ。
 パティスリーMoonlightのバウムクーヘンは、噛むごとに変わる食感の違いが楽しい。焼きたてはもっとふわふわしていたけれど、今は生地が落ち着いてしっとりまとまっている。

(焼きたても今もどちらも、とても美味しいけど……)

 やっぱり1人では、なにかが少し、物足りない。



 翌週になって、作業はいよいよ佳境になる。

 けれど、目と肩の疲れがひどくなってくるにつれて、気持ちまでもが弱気になってきてしまう。

(面白いかどうかわからない……それでも、描かないと間に合わない……)

 ぐしゃぐしゃとペンタブ画像を塗りつぶす。

 なんで、こんな思いをしているんだろう。何を描いたって、通らないときは通らない。今回はあきらめて──いや、次はないかもしれない。

 エチプチでデビューしてから、いつも意識していること。
 漫画家としての終わり。

 それが今日なのか、明日なのか、来月なのか。努力は報われるのか、自分は誰に、何に負けるのか。
 せめて、自分自身にだけは負けたくないんだけど。

(私が筆を置くのは、いつだろう……)

 救いのない思考のループに落ちそうになったとき。

 ──ぴーんぽーん。

(……なんで、来客?)

 琴香は室内インターホンの映像を見て飛び上がった。


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