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■本編 (ヒロイン視点)
レッスン3 ずるい決意の味 -1-
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***
カタン。
手から落ちたボールペンがダイニングテーブルの上を転がる。
「先生、ペンが」
耳元にふきかかる吐息の甘さに、身体が勝手に震えてしまう。
「ほらメモ。しなくていいんですか?」
「ひゃっ」
「白石先生は、耳が弱い?」
笑うのをこらえたような声。腹部に回された腕が、ぐっと琴香を抱き寄せる。
「やっ……まって、ください! 書きます、書きますから!」
急いで付箋をテーブルの上に貼り付けて、走り書きを残す。文字は震えて不格好、頭もあまり働いていない。
それでも一応『勉強』の体裁を保つために必死に書いた。
もうほとんど描き終わったシーンだ。いちいち確認しなくても、頭の中ですべて覚えている。
再会した幼馴染に無理やり抱かれるシーン……お互いに誤解をしていて、最後は、ヒロインのほうから強気にベッドへ誘うのだ。
(漫画みたいに、うまくいくわけない、けど……でも……)
自分の描いたヒロインが勇気をくれる。
琴香とは全然違う、強くてきれいなヒロインだ。彼女みたいな容姿やテクニックがあれば、もっとスマートに告白できたかもしれないけど、現実は厳しい。
琴香がやったことといえば結局、みっともなく声を震わせて、彼の好意につけこんだだけ。
(これで本当に、後悔しない?)
自分でもまだ判断できない。
悩んでいるあいだにも、事態は琴香の描いたネーム通りに進んでいく。
「──うん、良いと思います。では次のシーンに行きましょうか。ネームではたしか、ソファの場面でしたね。ほら、先生、寝転んでください。俺が覆いかぶさるので」
かなりきわどいシーンの連続だから、彼がどこでストップをかけるのかが気になる。
どこかで止めないと。正しい思考はそう忠告してくる。
(だってもうこれは、私は、勉強なんかじゃなくて……)
「先生?」
鳴瀬の声を、視線を、甘く感じてしまう。
卑怯でずるい方法で、彼の時間を奪っている。
(でも、……してほしくて……)
今夜を逃せばこんなチャンスなんて一生ないかもしれない。大げさだけど、そう思う。
それなら一夜を思い出にするくらい、駄目だろうか。駄目だろうな。
ぼうっと見惚れている琴香を、スーツのネクタイを緩めた鳴瀬がソファに押し倒した。
視界いっぱいに、男の胸板がある。ああ、これ、この構図いいな。この人に強く求められてる気がする。それってすごく──ときめくし、興奮する。
もじ、とひそかに膝をこすりあわせた。どこかに触れられるたび、身体は過剰に反応してしまう。好きな気持ちを隠さないといけないのに、これじゃいつバレてもおかしくない。
腕まくりをした腕が、ソファに倒れた琴香の顔の横に沈む。顔が近い。目元にかかる前髪、そこから覗く少しだけ伏せられた目が何を考えているのか、琴香にはさっぱりわからない。わからないけど、
(……うう、かっこいいよぉ……)
全部をじっくり見たい。でも見ていられない。
メモを取るひまもなく、鳴瀬の身体の重みが覆いかぶさってくる。
「あれ、……先生。なにかいい匂いがしますね」
「え……に、におい?」
言われて、くん、と鼻をひくつかせる。
淹れたてのキャラメル珈琲の香り。それと一緒に、種類の違う甘い香りを、たしかに琴香も感じとった。
「あ、ボディクリーム……? 汗、かいちゃったからかも……ごめんなさい、匂いますかっ」
「いや……? なんか、パンケーキみたいな香りっすね……うまそうだ」
「あっ、な、鳴瀬さんっ……? ちょっ、それ、ネームと違いま、あっ、やぁっ……」
首筋に顔を埋められて、琴香は息をのんだ。
「や、だめ……くすぐったいっ。な、鳴瀬さん……?」
「はぁ、困った」
鳴瀬は小さく頭を振った。
「この間よりやばいかもしれません、俺」
どきっと、心臓が跳ねた。
やばいって、つまり。
もっとはっきり言うと。
尋ねなくても、ぐりっと腿に押し当てられたものがわかれば、察せられた。
「そ、そんな」
願ったり叶ったりじゃないか。誘惑、大成功じゃないか。
なのに心から喜べない。……彼の気持ちがついてこないからかもしれない。
「仕事、仕事って言い聞かせてるんですよ、……これでも」
自嘲気味につぶやく鳴瀬と、至近距離で視線が絡まる。
どうしようどうしよう、──これは恋人設定の演技だ。
でも、琴香にとっては本気の恋なのだ。
気持ちが釣り合わないまま抱き合っていいのだろうか。思い出にしていいのだろうか。
理性は訴えかけてくる。ここらが潮時なんじゃない、と。
(でも、でも私……、鳴瀬さんと、最後まで、したい……!)
熱っぽい顔を隠そうとする琴香の腕を、鳴瀬は両手でソファに縫い付けた。
「や、やめて、見ないで……!」
「あー、これはまずいっすよね……わかってるんですけど……いい加減、俺もちょっと……我慢の限界っていうか……」
彼は目を伏せて、琴香の耳元に顔を埋めた。
「続き、してもいいですか、先生……?」
カタン。
手から落ちたボールペンがダイニングテーブルの上を転がる。
「先生、ペンが」
耳元にふきかかる吐息の甘さに、身体が勝手に震えてしまう。
「ほらメモ。しなくていいんですか?」
「ひゃっ」
「白石先生は、耳が弱い?」
笑うのをこらえたような声。腹部に回された腕が、ぐっと琴香を抱き寄せる。
「やっ……まって、ください! 書きます、書きますから!」
急いで付箋をテーブルの上に貼り付けて、走り書きを残す。文字は震えて不格好、頭もあまり働いていない。
それでも一応『勉強』の体裁を保つために必死に書いた。
もうほとんど描き終わったシーンだ。いちいち確認しなくても、頭の中ですべて覚えている。
再会した幼馴染に無理やり抱かれるシーン……お互いに誤解をしていて、最後は、ヒロインのほうから強気にベッドへ誘うのだ。
(漫画みたいに、うまくいくわけない、けど……でも……)
自分の描いたヒロインが勇気をくれる。
琴香とは全然違う、強くてきれいなヒロインだ。彼女みたいな容姿やテクニックがあれば、もっとスマートに告白できたかもしれないけど、現実は厳しい。
琴香がやったことといえば結局、みっともなく声を震わせて、彼の好意につけこんだだけ。
(これで本当に、後悔しない?)
自分でもまだ判断できない。
悩んでいるあいだにも、事態は琴香の描いたネーム通りに進んでいく。
「──うん、良いと思います。では次のシーンに行きましょうか。ネームではたしか、ソファの場面でしたね。ほら、先生、寝転んでください。俺が覆いかぶさるので」
かなりきわどいシーンの連続だから、彼がどこでストップをかけるのかが気になる。
どこかで止めないと。正しい思考はそう忠告してくる。
(だってもうこれは、私は、勉強なんかじゃなくて……)
「先生?」
鳴瀬の声を、視線を、甘く感じてしまう。
卑怯でずるい方法で、彼の時間を奪っている。
(でも、……してほしくて……)
今夜を逃せばこんなチャンスなんて一生ないかもしれない。大げさだけど、そう思う。
それなら一夜を思い出にするくらい、駄目だろうか。駄目だろうな。
ぼうっと見惚れている琴香を、スーツのネクタイを緩めた鳴瀬がソファに押し倒した。
視界いっぱいに、男の胸板がある。ああ、これ、この構図いいな。この人に強く求められてる気がする。それってすごく──ときめくし、興奮する。
もじ、とひそかに膝をこすりあわせた。どこかに触れられるたび、身体は過剰に反応してしまう。好きな気持ちを隠さないといけないのに、これじゃいつバレてもおかしくない。
腕まくりをした腕が、ソファに倒れた琴香の顔の横に沈む。顔が近い。目元にかかる前髪、そこから覗く少しだけ伏せられた目が何を考えているのか、琴香にはさっぱりわからない。わからないけど、
(……うう、かっこいいよぉ……)
全部をじっくり見たい。でも見ていられない。
メモを取るひまもなく、鳴瀬の身体の重みが覆いかぶさってくる。
「あれ、……先生。なにかいい匂いがしますね」
「え……に、におい?」
言われて、くん、と鼻をひくつかせる。
淹れたてのキャラメル珈琲の香り。それと一緒に、種類の違う甘い香りを、たしかに琴香も感じとった。
「あ、ボディクリーム……? 汗、かいちゃったからかも……ごめんなさい、匂いますかっ」
「いや……? なんか、パンケーキみたいな香りっすね……うまそうだ」
「あっ、な、鳴瀬さんっ……? ちょっ、それ、ネームと違いま、あっ、やぁっ……」
首筋に顔を埋められて、琴香は息をのんだ。
「や、だめ……くすぐったいっ。な、鳴瀬さん……?」
「はぁ、困った」
鳴瀬は小さく頭を振った。
「この間よりやばいかもしれません、俺」
どきっと、心臓が跳ねた。
やばいって、つまり。
もっとはっきり言うと。
尋ねなくても、ぐりっと腿に押し当てられたものがわかれば、察せられた。
「そ、そんな」
願ったり叶ったりじゃないか。誘惑、大成功じゃないか。
なのに心から喜べない。……彼の気持ちがついてこないからかもしれない。
「仕事、仕事って言い聞かせてるんですよ、……これでも」
自嘲気味につぶやく鳴瀬と、至近距離で視線が絡まる。
どうしようどうしよう、──これは恋人設定の演技だ。
でも、琴香にとっては本気の恋なのだ。
気持ちが釣り合わないまま抱き合っていいのだろうか。思い出にしていいのだろうか。
理性は訴えかけてくる。ここらが潮時なんじゃない、と。
(でも、でも私……、鳴瀬さんと、最後まで、したい……!)
熱っぽい顔を隠そうとする琴香の腕を、鳴瀬は両手でソファに縫い付けた。
「や、やめて、見ないで……!」
「あー、これはまずいっすよね……わかってるんですけど……いい加減、俺もちょっと……我慢の限界っていうか……」
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「続き、してもいいですか、先生……?」
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