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■本編 (ヒロイン視点)
レッスン3 ずるい決意の味 -2-
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「つ、続き、つづきって……、あっ」
首筋を、鳴瀬の吐息がかすめる。ぞくぞくっと背筋をかけのぼる、なにか。
「はっ、……ん」
自分の甘い喘ぎにすら感じてしまう。
二人の周りだけ、部屋の空気がしっとりと甘くなった気がする。
「……せんせ、」
掠れた声で呼ばれて薄目を開けたら、鳴瀬と目が合う。少しひそめられた眉、熱っぽい瞳に、物言いたげに薄く開いた唇が目前に……。
「ひぇっ! なにこれすごい、コレやっぱ、だめですっ!」
「ぶっ!?」
びたん! と琴香の平手が鳴瀬の顔面に炸裂する。
「ってぇ~~……」
「ひぃぃごめんなさいごめんなさいっ鳴瀬さん、でも聞いてください~っ、私、わたし、これもう勉強じゃないんです……!」
琴香は顔を覆って、なんとか呼吸を落ち着けようと努力した。手をどけたら、すぐそこに鳴瀬の顔がある。無理だ、直視できない。
溢れそうになる言葉を何度か飲み込んで喘ぐ。
パンケーキの匂い。キャラメルの匂い。それから、鳴瀬の体温と、自分の鼓動。ぜんぶが頭の中でぐるぐるとまざりあったものがあまりに甘い。
「白石先生?」
最後に、大好きな声が耳元で琴香を呼ぶものだから。
(も、限界ぃ……!)
気持ちが、あふれて。
「ごめんなさいッ、わたし鳴瀬さんのことっ、好きです……!!」
琴香を見下ろしていた鳴瀬の目が、徐々に見開かれる。
「──……え?」
「好きに、なっちゃいました……! だからもう、親切心で私にお付き合いするの、やめてください……! 鳴瀬さんの人のよさにつけこんでるんです私は! しかも最後に誘惑しちゃえぇとか思ったんです、けど! 良心の呵責に耐えられないッ……強気なヒロイン役、私には無理でしたぁっ」
「え……いや、え?」
琴香の突然の暴露を、鳴瀬はぽかんとして聞いている。
「え、ええと……?」
体を起こして、二人はソファの上で向き合った。琴香は顔を覆ったまま。鳴瀬は困惑したふうに頬をかきながら。
「……俺、これ、いま、先生に告白をされた、んすか」
「そうっ、そうです。でも正直、黙っとけばよかったァー! とも思ってて! だって振られたくないじゃないですかこんな仕事立て込んでる時に恋愛にうつつぬかして心乱されたくないじゃないですか! 仕事っ、人生っ、かかってるんですよ!?」
「そ、そうっすね、わかります」
「なので返事とかいりません! 落ち着いてから、いずれ! いずれ再チャレンジするんで、どうか、どーかっ、今の告白は心の奥底にしまっておいて欲しいんです忘れろとは言わないんで! あーもーなんで言っちゃったかな……あと、こないだからほんと生殺しなので私、今日こそ、して欲しいんです! 最後まで! そこのところは変わってなくてですね! いま私の気持ち伝えたんで、正々堂々と誘惑するのは許されますか? ますよね? こここ告白のあとなら大人として大丈夫ですよね?」
「え、え?」
返事も聞かず、琴香はふわもこルームウェアのボタンに手をかけた。
「鳴瀬さん、おっぱい好きですか?」
さっきから「え」としか言えていない鳴瀬が「は?」と目を瞬く。
「これで誘惑、されてくれませんか? ちょっとでもその気に……なってくれたら嬉しいし、そしたら私も、罪悪感なく『教えて』もらえますから……!」
震える手で、上からひとつずつボタンを外していく。今日もブラはしていない。ふわもこ上着のなかは、素肌だ。
「ちょっ、先生……!? じょ、冗談は……いや、そうじゃなくて、本気……? え、いや、せんせ、なんでこんなことに」
何やってるんだろうと思う。なんでこんなことにって。
(本気、だからじゃん……!)
本気で、好きだから。仕事とか勉強とか、そんな建て前、今はどうでもいい。恋心で沸騰した頭と身体が、暴走をしている。
「好き、だからです! でも、どうやったら好きになってもらえるかわからないからっ……」
結った髪を下ろして、眼鏡も床に放る。カシャン、眼鏡が床を滑る音がして、視界が悪くなって、鳴瀬からの視線もわかりづらくなる。
これならたぶん大丈夫。どれだけ恥ずかしいことをしても、鈍感になれる。
ボタンを外し終えた上着を、そっと肩から落とす。寒さではなく、身体が震える。
「私のこと、見て、ください」
呆けている彼の手を取って、胸に導く。心臓はドキドキしていて、触れればその鼓動が簡単にわかるはずだった。
「も、息できないくらいどきどきしてるんですっ、好き、なんです……!」
彼の指が意志を持って肌に触れた、気がした。
「んっ……『初めて』は、好きな人とって、鳴瀬さんが言ったんですよ……!」
ぐい、と男の身体を押し倒して、腹の上に馬乗りになる。彼がどんな顔をしているか、見れない。でももう言っちゃったし、やっちゃった。
このあと、どうしたらいいんだろう。そっか、もう、入れちゃえばいいんじゃない。
「……好きな人とだから……いいですよね……?」
琴香がズボンに手をかけて、ようやく我にかえった鳴瀬があわてた。
「ちょっ、せ、せんせ」
「鳴瀬さんが教えてくれないなら、自分で学ばせていただきますっ」
「まままま待ちなさいって、俺の話を聞きなさいって、こら、あわわわわ」
あ、目を覆って見ないようにしている。
「鳴瀬さん! ほらちゃんと見て! Eカップ!」
「見ませんよ、見ませんって! 俺は何も……! もぉ、先生はほんと……走り出したら勢いが……」
「このかっこ、恥ずかしいんです! ほら早く見て!」
「俺だって恥ずかしいすよ。何がどうなってこうなったんすか……せめてもうちょっと説明……ていうか」
目を覆ったままため息。
「……俺だって、もうちょいかっこつけさせて欲しかったっす……」
「かっこいいです素敵です……鳴瀬さんのことばっかり考えてて……、締切、間に合わなかったらどうしてくれるんですか……こんなに優しくされて……こんなに好きに……」
支離滅裂な言葉を紡ぐ琴香を、抱き寄せる腕がある。ひっ、と身体に力が入る。がちがちな背中を、大きな手がそっと撫でてくれる。
「優しくしますよ、そりゃ」
「……好きな漫画家だからでしょ」
「そう。そんで、かわいいですもん」
「かわ……」
「かわいいっすね。めちゃくちゃテンパって、でも一生懸命なとこ……若さが眩しい。この仕事も、一緒にいて合うなと思ってたし。俺だってこの場所、他のやつに譲りたくなかったです。信頼されて、慕われて……」
彼のため息が重い。
「だから俺がそれを壊しちゃいかんだろって」
ああ、やっぱりダメか。泣きたくなった。だってそれは、琴香も考えていたことだ。
恋より優先することが、二人にはある。
「……でも、先生の方から、こえてきてくれるなら」
向き合った彼と視線が交わる。眼鏡を外した視界でも、彼の声から伝わってくる真剣な、本当の気持ち。
「俺も応えていいんですかね。『好きな漫画家さん』じゃなくて……好きな人って、言っていいんですか」
「は、……はわわ……」
頬が熱い。声が、身体が、予感に震える。
首筋を、鳴瀬の吐息がかすめる。ぞくぞくっと背筋をかけのぼる、なにか。
「はっ、……ん」
自分の甘い喘ぎにすら感じてしまう。
二人の周りだけ、部屋の空気がしっとりと甘くなった気がする。
「……せんせ、」
掠れた声で呼ばれて薄目を開けたら、鳴瀬と目が合う。少しひそめられた眉、熱っぽい瞳に、物言いたげに薄く開いた唇が目前に……。
「ひぇっ! なにこれすごい、コレやっぱ、だめですっ!」
「ぶっ!?」
びたん! と琴香の平手が鳴瀬の顔面に炸裂する。
「ってぇ~~……」
「ひぃぃごめんなさいごめんなさいっ鳴瀬さん、でも聞いてください~っ、私、わたし、これもう勉強じゃないんです……!」
琴香は顔を覆って、なんとか呼吸を落ち着けようと努力した。手をどけたら、すぐそこに鳴瀬の顔がある。無理だ、直視できない。
溢れそうになる言葉を何度か飲み込んで喘ぐ。
パンケーキの匂い。キャラメルの匂い。それから、鳴瀬の体温と、自分の鼓動。ぜんぶが頭の中でぐるぐるとまざりあったものがあまりに甘い。
「白石先生?」
最後に、大好きな声が耳元で琴香を呼ぶものだから。
(も、限界ぃ……!)
気持ちが、あふれて。
「ごめんなさいッ、わたし鳴瀬さんのことっ、好きです……!!」
琴香を見下ろしていた鳴瀬の目が、徐々に見開かれる。
「──……え?」
「好きに、なっちゃいました……! だからもう、親切心で私にお付き合いするの、やめてください……! 鳴瀬さんの人のよさにつけこんでるんです私は! しかも最後に誘惑しちゃえぇとか思ったんです、けど! 良心の呵責に耐えられないッ……強気なヒロイン役、私には無理でしたぁっ」
「え……いや、え?」
琴香の突然の暴露を、鳴瀬はぽかんとして聞いている。
「え、ええと……?」
体を起こして、二人はソファの上で向き合った。琴香は顔を覆ったまま。鳴瀬は困惑したふうに頬をかきながら。
「……俺、これ、いま、先生に告白をされた、んすか」
「そうっ、そうです。でも正直、黙っとけばよかったァー! とも思ってて! だって振られたくないじゃないですかこんな仕事立て込んでる時に恋愛にうつつぬかして心乱されたくないじゃないですか! 仕事っ、人生っ、かかってるんですよ!?」
「そ、そうっすね、わかります」
「なので返事とかいりません! 落ち着いてから、いずれ! いずれ再チャレンジするんで、どうか、どーかっ、今の告白は心の奥底にしまっておいて欲しいんです忘れろとは言わないんで! あーもーなんで言っちゃったかな……あと、こないだからほんと生殺しなので私、今日こそ、して欲しいんです! 最後まで! そこのところは変わってなくてですね! いま私の気持ち伝えたんで、正々堂々と誘惑するのは許されますか? ますよね? こここ告白のあとなら大人として大丈夫ですよね?」
「え、え?」
返事も聞かず、琴香はふわもこルームウェアのボタンに手をかけた。
「鳴瀬さん、おっぱい好きですか?」
さっきから「え」としか言えていない鳴瀬が「は?」と目を瞬く。
「これで誘惑、されてくれませんか? ちょっとでもその気に……なってくれたら嬉しいし、そしたら私も、罪悪感なく『教えて』もらえますから……!」
震える手で、上からひとつずつボタンを外していく。今日もブラはしていない。ふわもこ上着のなかは、素肌だ。
「ちょっ、先生……!? じょ、冗談は……いや、そうじゃなくて、本気……? え、いや、せんせ、なんでこんなことに」
何やってるんだろうと思う。なんでこんなことにって。
(本気、だからじゃん……!)
本気で、好きだから。仕事とか勉強とか、そんな建て前、今はどうでもいい。恋心で沸騰した頭と身体が、暴走をしている。
「好き、だからです! でも、どうやったら好きになってもらえるかわからないからっ……」
結った髪を下ろして、眼鏡も床に放る。カシャン、眼鏡が床を滑る音がして、視界が悪くなって、鳴瀬からの視線もわかりづらくなる。
これならたぶん大丈夫。どれだけ恥ずかしいことをしても、鈍感になれる。
ボタンを外し終えた上着を、そっと肩から落とす。寒さではなく、身体が震える。
「私のこと、見て、ください」
呆けている彼の手を取って、胸に導く。心臓はドキドキしていて、触れればその鼓動が簡単にわかるはずだった。
「も、息できないくらいどきどきしてるんですっ、好き、なんです……!」
彼の指が意志を持って肌に触れた、気がした。
「んっ……『初めて』は、好きな人とって、鳴瀬さんが言ったんですよ……!」
ぐい、と男の身体を押し倒して、腹の上に馬乗りになる。彼がどんな顔をしているか、見れない。でももう言っちゃったし、やっちゃった。
このあと、どうしたらいいんだろう。そっか、もう、入れちゃえばいいんじゃない。
「……好きな人とだから……いいですよね……?」
琴香がズボンに手をかけて、ようやく我にかえった鳴瀬があわてた。
「ちょっ、せ、せんせ」
「鳴瀬さんが教えてくれないなら、自分で学ばせていただきますっ」
「まままま待ちなさいって、俺の話を聞きなさいって、こら、あわわわわ」
あ、目を覆って見ないようにしている。
「鳴瀬さん! ほらちゃんと見て! Eカップ!」
「見ませんよ、見ませんって! 俺は何も……! もぉ、先生はほんと……走り出したら勢いが……」
「このかっこ、恥ずかしいんです! ほら早く見て!」
「俺だって恥ずかしいすよ。何がどうなってこうなったんすか……せめてもうちょっと説明……ていうか」
目を覆ったままため息。
「……俺だって、もうちょいかっこつけさせて欲しかったっす……」
「かっこいいです素敵です……鳴瀬さんのことばっかり考えてて……、締切、間に合わなかったらどうしてくれるんですか……こんなに優しくされて……こんなに好きに……」
支離滅裂な言葉を紡ぐ琴香を、抱き寄せる腕がある。ひっ、と身体に力が入る。がちがちな背中を、大きな手がそっと撫でてくれる。
「優しくしますよ、そりゃ」
「……好きな漫画家だからでしょ」
「そう。そんで、かわいいですもん」
「かわ……」
「かわいいっすね。めちゃくちゃテンパって、でも一生懸命なとこ……若さが眩しい。この仕事も、一緒にいて合うなと思ってたし。俺だってこの場所、他のやつに譲りたくなかったです。信頼されて、慕われて……」
彼のため息が重い。
「だから俺がそれを壊しちゃいかんだろって」
ああ、やっぱりダメか。泣きたくなった。だってそれは、琴香も考えていたことだ。
恋より優先することが、二人にはある。
「……でも、先生の方から、こえてきてくれるなら」
向き合った彼と視線が交わる。眼鏡を外した視界でも、彼の声から伝わってくる真剣な、本当の気持ち。
「俺も応えていいんですかね。『好きな漫画家さん』じゃなくて……好きな人って、言っていいんですか」
「は、……はわわ……」
頬が熱い。声が、身体が、予感に震える。
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