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■本編 (ヒロイン視点)

レッスン? -困惑と本気の味-

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「い、い、言って、ください……」
「好きです、せんせ」

 早口にそう言われて、琴香は無言になった。

「……もうちょい、何か……っ、情緒……!」
「すみません、照れます、勘弁してください」

 信じられない気もするけど、口に拳を当てて悶えている彼を見ると、じわじわ実感する。
 同じくらい照れてる。いつも余裕そうにしていた、あの鳴瀬が。

「ふ……ふふ、嘘です、いいんです。……すごく……嬉しくて……」

 感じ入ってしまって、言葉にならない。
 好きな人が、自分のことを好きだって。
 奇跡だ、こんなの。

「本当にうれしい……。好きです、鳴瀬さんっ」
「はい、うん、ありがとう」

 ぶっきらぼうに呟いた鳴瀬は琴香の肩に額を置いて、「あー……」と唸っている。

「タイミング、これでよかったんすかね。先生、これから普通に仕事できます? 俺、たぶん無理っすわ……ニヤける、顔が」
「えっ、で、できる、と思います」
「まじすか……強い……」

 そのまましばらくそっと抱きしめられていた。
 幸せだ。この幸せを表現するトーンとか背景とか、いまはちょっと考えつかない。
 世界が薔薇色に……なんて言うけど、琴香にはそんな色は見えない。自分の肩にのったままの彼の頭を、そっと撫でる。かっこいい、かわいい、好き。頭の中はそれでいっぱいだ。

「ああもう、かわいい。鳴瀬さん」

 よしよしと頭を撫で続ける。『かわいい』は愛だ。今ならわかる。
 鳴瀬は「うーん」と低く唸った。

「やられっぱなしな感じがして、悔しいっすね….…」
「きゃっ」

 琴香を抱きしめたままの鳴瀬が、ソファに倒れる。
 動揺する琴香を見上げて、意地悪くほほえんでいる。

「さっき。……このあと、どう攻めてくれるつもりだったんすか?」
「ど、どう、って……」

 琴香はぐっと唇を引き結んだ。

「い、入れちゃおうと」
「へぇぇ……。過激」

 茶化すように言われて、ムッと眉をひそめた。

「で、できますもん」

(た、たぶん)

 さっきまでの勢いなら、きっとできた。けれど気持ちを伝え合って、感激して夢見心地な今では、半裸な自分の格好にさらに醜態を重ねるのはみっともなく思える。胸元を慌てて隠す。本当に、暴走だった。彼はこんな女、よく受け入れて──、

「それって、こんなふうに?」
「あっ!?」

 ぐりっと押しつけられる熱。腰を抑えつけられて、ほとんど腕力だけで身体を前後に揺すられる。服をへだててもわかる、男性の昂り。その硬さを知らしめるかのように、鳴瀬は琴香の腰をゆすり続けた。

「あっ、やっ、やぁっ」

 いやじゃない、全然いやじゃない。すごくいやらしい。こういうことをして欲しかった。彼に、欲しがってもらいたかった。

「んっ、あっ」

 琴香だって、そこに自分で触れたことがある。気持ちいいところを知っている。そこを攻められている。

 こすれて、こすって、息を乱して。突き上げられているだけでおかしくなりそう。琴香がそこへの刺激に夢中になっていたら、揺れる胸を不意に掴まれた。

「ひぁっ」
「すごい眺め、すね……これ」

 大きさを確かめるように、男の手は大胆に乳房を掴んでやわやわと揉む。

「あっ、あ、もっと……」

 けれどその手はすぐに離れていく。

「あっ、鳴瀬、さんっ」

 やめないで。──最後まで、して!

 焦る琴香をやんわりと押し返して、鳴瀬は苦笑した。

「ごめん、シャワー浴びさして」
「あ……」
「ちゃんと、抱きたいから」
「っ……は、い」

 頬に手が添えられて、上を向かされる。近すぎる距離にとっさに目をつぶった。
 初めて唇どうしが触れる。触れるだけの、優しいキス。

 ──彼から、キスしてくれた。

 ぽーっと頬を染めて夢見心地の琴香に、鳴瀬は照れたようにくしゃりと微笑んだ。

「最初からやり直しましょっか……せんせ」


 金曜日はのこりあと少し。終電にはきっと、間に合わない。



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