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◾︎本編その後
手を振るあなた2
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***
「鳴瀬くーん? 東京の第三文芸の池野さんからお電話でーす」
(池野?)
なんで池野がと思いつつも、新しい部署では違和感を感じる人間は鳴瀬のほかにいない。ひとまず内線をまわしてもらって、社内用PHSをとった。
「お疲れ様です、鳴瀬で」
「新幹線! 乗せましたから!」
キィンと耳に響いて慌てて受話音量を下げた。
音割れするほどデカい声を出すな。しかも、なんだって?
「新幹線?」
「琴ちゃん先生です!」
池野はどうやら外にいるらしかった。ごぉっと空気を震わせるノイズが電話から聞こえる。発車アナウンスのような音も。なるほどこれ、駅の中でかけているのか。
「って、なんで先生が?」
「今日打ち合わせで! もうっ、鳴瀬さんしっかりしてください! 先生のほうがよっぽどしっかり考えてるじゃないですか私泣いちゃいましたよ、一緒にっ! ちゃんと琴ちゃん先生のこと引き取ってくださいね、そして末永く爆発しろ」
「な、なにがあったんだ全然わからん、おい池野……!」
「21時ジャストに新大阪着ですからね! ちゃんと迎えに行ってあげてくださいよ! スマホの充電器持たすの忘れてました! 充電たぶんやばいっす!」
「は!? まじで先生、こっち来て……いや、時間、まってメモ……!」
「よろしくお願いしますね、では! ご武運を! 報告待ってまーーーーす!」
「池野……!?」
電話は沈黙する。鳴瀬は愕然としてPHSの画面を見つめた。
(な、なにが……? なにがどうなっているのかは知らんが琴香が新幹線にのってこっち来てるってのだけは伝わった……)
「鳴瀬くん、今日も呑みあるけど参加で良かった?」
鳴瀬はあっと顔をあげて、あわてて笑顔を取り繕った。
「すみません、今日は……彼女がこっち来ることになってて」
わっと周囲の視線が集まるのがわかる。
──こういうの詮索されるの、苦手ではあるんだけど。
仕方ないかと腹をくくる。大したことじゃない風を装ってパソコンディスプレイを向いた。
新しい部署のメンツは鳴瀬のプライベートに興味津々な様子だ。彼女がどこのだれで、どのくらいの付き合いで、どうやって知り合って、いまどういう状況なのかを大いに知りたがって、周囲に人が集まる。
「あーっと、そうすね。……うーん、めっちゃ可愛い子すね」
「まじかー! 若い?」
「年下っす」
「おぉお~、やるね~さすが」
なにがさすがなのかさっぱりわからないけれど、こういうときは逆にとことんノロけると相手のほうから引いていくものだ。
可愛くて、年下で、社会人で、今日こっちに来ることになっている、と。そこまで言えば先輩たちはそれぞれいいなぁとか、俺も今日はうちに帰ろうかなぁとか言いながらデスクに戻っていった。
(よし……! 仕事……!)
混乱を引きずりながらも鳴瀬は高速でキーボードを叩いた。この資料さえ提出すればもうあとはどうにでもなる。
「すみません、お先に失礼します……!」
「おうおう、早く帰って爆発しやがれー」
「はは、ありがとうございます」
20時をとうに過ぎている、急がないと。
支社ビルを出て、地下鉄の入り口に駆ける。いつもより人通りが多いのは夜を楽しむサラリーマンが多いからだろう。
ここ3週間ばかりで鍛えた土地勘が、新大阪に21時着ならほどよく間に合うはずだと告げている。検索しようとスマホ画面をタップしたら、ちょうど琴香からのメールを受信したところだった。
『急にこんなことになって、本当にごめんなさい、しかもスマホ電池切れそうで』
何があったか知らないけど、わざわざ大阪までやってくるんだから、相当な話があるのだろう。
「大丈夫。新大阪ついたら、ひとまず構内で待ってて。たぶん中央口でいいと思う。迎え行くから」
『わかりました』
メールの文面からは異常は感じ取れない。いや、自分がわかっていないだけで、彼女はかなり思い詰めているのではないか。
(そういや電話もメールもだいぶ頻度が下がって……うわー、やっばい。なんだなんだ? まさかマジで別れ話とか……いや池野のテンションそんな感じじゃなかったよな? うわーめっちゃ緊張してきた)
ぐらり、車体が揺れてあわてて吊り革をつかむ。まだ慣れない関西の路線は、東京に比べて昼も夜もにぎやかな気がする。週末の喧騒のなかで鳴瀬一人だけが焦っているような気がしてならない。
(どうした、なんの話で……ああ、会いたいのに会うのがこわいって、ひどい矛盾だな……)
電車は暗いトンネルを走り続ける。
「鳴瀬くーん? 東京の第三文芸の池野さんからお電話でーす」
(池野?)
なんで池野がと思いつつも、新しい部署では違和感を感じる人間は鳴瀬のほかにいない。ひとまず内線をまわしてもらって、社内用PHSをとった。
「お疲れ様です、鳴瀬で」
「新幹線! 乗せましたから!」
キィンと耳に響いて慌てて受話音量を下げた。
音割れするほどデカい声を出すな。しかも、なんだって?
「新幹線?」
「琴ちゃん先生です!」
池野はどうやら外にいるらしかった。ごぉっと空気を震わせるノイズが電話から聞こえる。発車アナウンスのような音も。なるほどこれ、駅の中でかけているのか。
「って、なんで先生が?」
「今日打ち合わせで! もうっ、鳴瀬さんしっかりしてください! 先生のほうがよっぽどしっかり考えてるじゃないですか私泣いちゃいましたよ、一緒にっ! ちゃんと琴ちゃん先生のこと引き取ってくださいね、そして末永く爆発しろ」
「な、なにがあったんだ全然わからん、おい池野……!」
「21時ジャストに新大阪着ですからね! ちゃんと迎えに行ってあげてくださいよ! スマホの充電器持たすの忘れてました! 充電たぶんやばいっす!」
「は!? まじで先生、こっち来て……いや、時間、まってメモ……!」
「よろしくお願いしますね、では! ご武運を! 報告待ってまーーーーす!」
「池野……!?」
電話は沈黙する。鳴瀬は愕然としてPHSの画面を見つめた。
(な、なにが……? なにがどうなっているのかは知らんが琴香が新幹線にのってこっち来てるってのだけは伝わった……)
「鳴瀬くん、今日も呑みあるけど参加で良かった?」
鳴瀬はあっと顔をあげて、あわてて笑顔を取り繕った。
「すみません、今日は……彼女がこっち来ることになってて」
わっと周囲の視線が集まるのがわかる。
──こういうの詮索されるの、苦手ではあるんだけど。
仕方ないかと腹をくくる。大したことじゃない風を装ってパソコンディスプレイを向いた。
新しい部署のメンツは鳴瀬のプライベートに興味津々な様子だ。彼女がどこのだれで、どのくらいの付き合いで、どうやって知り合って、いまどういう状況なのかを大いに知りたがって、周囲に人が集まる。
「あーっと、そうすね。……うーん、めっちゃ可愛い子すね」
「まじかー! 若い?」
「年下っす」
「おぉお~、やるね~さすが」
なにがさすがなのかさっぱりわからないけれど、こういうときは逆にとことんノロけると相手のほうから引いていくものだ。
可愛くて、年下で、社会人で、今日こっちに来ることになっている、と。そこまで言えば先輩たちはそれぞれいいなぁとか、俺も今日はうちに帰ろうかなぁとか言いながらデスクに戻っていった。
(よし……! 仕事……!)
混乱を引きずりながらも鳴瀬は高速でキーボードを叩いた。この資料さえ提出すればもうあとはどうにでもなる。
「すみません、お先に失礼します……!」
「おうおう、早く帰って爆発しやがれー」
「はは、ありがとうございます」
20時をとうに過ぎている、急がないと。
支社ビルを出て、地下鉄の入り口に駆ける。いつもより人通りが多いのは夜を楽しむサラリーマンが多いからだろう。
ここ3週間ばかりで鍛えた土地勘が、新大阪に21時着ならほどよく間に合うはずだと告げている。検索しようとスマホ画面をタップしたら、ちょうど琴香からのメールを受信したところだった。
『急にこんなことになって、本当にごめんなさい、しかもスマホ電池切れそうで』
何があったか知らないけど、わざわざ大阪までやってくるんだから、相当な話があるのだろう。
「大丈夫。新大阪ついたら、ひとまず構内で待ってて。たぶん中央口でいいと思う。迎え行くから」
『わかりました』
メールの文面からは異常は感じ取れない。いや、自分がわかっていないだけで、彼女はかなり思い詰めているのではないか。
(そういや電話もメールもだいぶ頻度が下がって……うわー、やっばい。なんだなんだ? まさかマジで別れ話とか……いや池野のテンションそんな感じじゃなかったよな? うわーめっちゃ緊張してきた)
ぐらり、車体が揺れてあわてて吊り革をつかむ。まだ慣れない関西の路線は、東京に比べて昼も夜もにぎやかな気がする。週末の喧騒のなかで鳴瀬一人だけが焦っているような気がしてならない。
(どうした、なんの話で……ああ、会いたいのに会うのがこわいって、ひどい矛盾だな……)
電車は暗いトンネルを走り続ける。
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