婚約破棄される前にNTRばよいのでは? 悪役令嬢ですのでカタブツ殿下にワルいことしちゃいます

紺原つむぎ

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 ランスロット王太子殿下。
 小説での彼は真面目でストイックかつ美麗な黒髪王子様ヒーローで、年若い読者の初恋泥棒とまで言われた人気キャラクターだった。
 そんな彼が、数日間意識を混濁させていた私を見舞ってくれたのだ。
 忘れもしない、あれはデートの約束を反故にしてから数日後、天気のよい昼下がりのこと。

「体調は大丈夫か?」

 私の寝室を訪れたランスロット王子は開口一番にそう言った。

「もっと早くに見舞おうと思っていたのだが、予定の調整に手間取ってしまった。すまない」

 寝室の窓から入る初夏の風がランスロットの前髪を揺らす。髪色は艶やかな黒で、瞳は濃い青色だ。前世の記憶の、表紙イラストの彼が小さくなってすぐそばにいると、内なる自分が喜んでいる。

(でもこんなエピソード、原作では描かれてなかったわよね……?)

 王家の令息にふさわしい洗練された装いをしている彼も、私と同じ8歳のはず。婚約者を見舞うなんてイベントはおそらく人生初だろうに、堂々としたものだった。

(王子様なんて、なんてお声がけしたらいいのやら……いや、今の私はミレーヌなんだから、普段通りやればよくて……ミレーヌの普段通りって、どんな……!?)

 まだ意識がミレーヌとなじんでいない私は、前世の庶民感覚にひきずられたまま王子様と話すことになってしまった。

「こちらを、ミレーヌ」

 そう言って彼は腕に抱えていた薔薇の花束をこちらに差し出した。

「ずいぶん寝込んでいただろう。外はもう初夏の薔薇が見頃だよ」

 私は身を起こして慌ててガウンの前をかきあわせた。手渡された花束の重さにびっくりする。薔薇の花束なんて、今世でも、おそらく前世でも初めてもらった。なんていい香りなんだろう。

「これは……殿下が用意してくださったのですか?」

 失言だとすぐに気づくも、口に出したあとだ。社長とか貴族とか王族とか、身分が高い人ほどこういうものは自分で用意しないものだろうに。
 だからといって贈り物に気持ちがこもっていないわけじゃない。素直に受け取ればよかったのに私ったら、と思っても、後悔さきにたたず。

「……侍従が選んだ。僕じゃない」

 その表情で、彼が素直で優しい男の子なんだということはすぐにわかった。
 私の期待を裏切ったのかもしれないと、気を落としてしまったのだろう。

 そして、この身体は喜んでいた。

 彼が来てからというものそわそわとして落ち着かない。本当はこんな寝姿を見られるのが嫌でシーツをかぶってしまいたいという気持ちと、彼に会えてうれしいという気持ちが体の中であばれている。

 きっとミレーヌはすでに、彼に恋をしていたのだろう。自分自身を客観視しているような状態だからこそわかった。贈り物がなんであっても、きっと彼が来てくれるだけでミレーヌは喜んだに違いない。

「あの……殿下、ありがとうございます。お顔を拝見できて、嬉しかったです」

 今度は王子様が目を瞬かせる番だった。幼い王子様のそんな仕草はかわいいなぁと、私はついついお姉さん風を吹かせて笑ってしまう。

「……なんというかミレーヌ、人が変わったようなかんじだな……。それとも薔薇がそんなに好きだったのか?」
「えっ? ど、どうでしょう……たぶん?」
「たぶんって。どういうことだそれは」

 腕を組んでしかめっ面をした彼は、しばらく私の腕の中に収まった花束を眺めてじっと思案していた。

「……明日は来られないが、次は僕が選んだ見舞いの品を持ってくる」

 ぼそぼそとそう言うと、照れくさそうにそっぽを向いた。横顔はほんのり紅色に染まっている。

「……その、早く元気になるといい」
「はい、ええと……ランスロット様」
「ランス、だろ? 先日そう教えたばかりなのに」

 私の胸はますます歓喜に震えた。

「はい、ランス様」

 胸を震えさせる感情は、間違いなく初恋のきらめきによるものだった。
 ――この人の横に並び立って、恥ずかしくない人間になりたい。
 それからの私は、半分くらい<前世の私>の影響を受けつつも、ミレーヌ・イグロードとして生きた。

 自分が、やがてくるヒロインのためのライバルキャラクターだと知っていても、正しい王太子妃候補になるべく血の滲むような努力をして、ランスロット王子の婚約者であり続けた。


 ***


 この世界では貴族の令嬢、令息は13から18歳まで寄宿学校で勉強するのが通例で、私もランスロット王子も13歳の年に予定通り、名門私立ツインタクト学園に入学した。

 前世で読んだ小説の舞台はこの学園で、ミレーヌ・イグロード侯爵令嬢といえば家柄とその美貌で学園中の生徒を牛耳る悪い女であったはず。婚約者ランスロット王子は同級生だ。

 ――でも、私が頑張れば、運命は変えられるかも!

 そう思っていた時期もあった。けれど……。
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