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しおりを挟む――どう足掻いたって、未来は決まっているのかもしれない。
『ミレーヌ、君との婚約を解消したい。心から愛する人ができたんだ。彼女にもあなたにも、不誠実なことはしたくない……だから』
いつだって冷静なあの人が、皆の前で愛を告げるなんて派手なことをするのは私のためじゃない――。
そういう未来がくることを、私は知っている。
(それでも私は……何がしたい?)
私、ミレーヌ・イグロードは目を開けて、鏡に映る自分の身体をまじまじと見た。
(完璧よ、ミレーヌ。さすが小説のキャラクター、18歳とは思えない色気だわ……自分でもドキッとするんだもの)
鏡の中の私の潤んだ大きな瞳はこちらをまっすぐに見返し、口紅を塗らずとも赤い唇は何か言いたげに薄く開かれている。
ほっそりとした四肢と豊満な胸を包むのは、透けたピンクシフォンのネグリジェ。
下着と同じピンク色の腰まである長い髪はゆるく波打ち、室内照明を反射してつやつやと輝いている。細い首筋からむっちりした胸の谷間へは金鎖の細いネックレスが流れる。
ウエストは見事にくびれていて、恥ずかしい部分をほとんど隠せていないレースのショーツは、すぐにほどけてしまいそうな紐で腰に結ばれている。
――これならイケる。
ミレーヌ・イグロードの色香をもってさえすれば男を手玉に取ることぐらい造作もない、はず。相手があのカタブツ王子、ランスロットだとしても。
今夜、私はあの人の初めてのオンナになるのだ。
(大丈夫、ランス様だってただの男よ。がんばれ、ミレーヌ! いけるわ! 私なら!)
震える身体を隠すようにガウンを羽織った。
目指すは彼の部屋。
私は夜空にぽっかりとうかぶ丸い月にともをさせ、夜の廊下を足早に走った。
***
私が、前世で愛読していた小説のキャラクター、ミレーヌ・イグロード侯爵令嬢に転生したのだと気づいたのは今から10年前、私が8歳のとき。
私は、婚約者ランスロット王太子殿下と初めてのデートにでかける直前だった。
「お嬢様、楽しみでもお走りになってはいけませんよ」との侍女の言葉に「わかっております」と返事をするつもりだった。
けれどそれよりもはやく、私は知らない声に呼び止められた。
『ミレーヌを、私たちで……幸せに……』
(――何?)
突然、脳裏にざざっと乱れた映像が流れ込んできた。
膝におかれた厚い本。かたわらで微笑む人の気配……それらは一度に押し寄せ、やがてあっけなく消えてしまった。
これは魂、ひとつ前の自分の記憶。
それらをいっぺんに思い出した私は、流れ込む情報量に耐えきれず意識を失って倒れてしまった。
寝室で再び目覚めてからは、自分の身体なのに自分のものではないような感覚でひどくつらかったのをおぼえている。
(つまりこの世界は、前世の人生で出会った小説の世界……なの?)
なんとか整理した記憶をつなぎ合わせると、そういう結論に至った。
剣と魔法の国、アスタリタ王国。
ミレーヌ・イグロードはわずか8歳でありながらすでに貴族令嬢としての誇りを持った立派な少女。
そんな彼女に転生した私の前世は、平々凡々な人間だったようだ。
(作り物の世界に生きているってこと……? 私は、私たちは、用意された『キャラクター』? そんなことって)
にわかには信じられなかった。
(でも私、たしかにあの部屋を思い出した……あそこで読んだ小説も。私のこのピンク色の髪も、お人形みたいな顔も……私が私になる前から、知っていたんだわ……)
たとえるなら後天的な二重人格に近い。この世界に生きていたミレーヌの意識のなかに、大人の視点が無理やり入り込んできて、半分くらいのっとったかんじだ。
(どうしてこんな事が? たしか気を失う前、誰かに声をかけられたような気がしたけど、その内容ももう思い出せないし……ああ、悪夢より変な感じ……)
すごく混乱した。とくに言動が以前と一致せず、ミレーヌらしいときもあれば前世の人格が強く出てしまうこともあって、家族にも非常に心配をかけたものだ。熱まで出して、屋敷中が上を下への大騒ぎになってしまった。
そんななか、私にとって最も重要な人物との出会いがあった。
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