7 / 35
3-1 濃霧が覆い
窓辺の凹みに灰皿を置き、火のついた煙草を指に挟んで、カキアはぼんやりと室内に目を向けていた。
内心、少し困っている。
最初、カキアはソファで日報を書いていた。その隣にシャワーを浴びて出てきたロエが、髪も乾かしきらない内から座って、テレビを見始めた。思い切って導入した最新家電はそこそこ稼働している。
それから日報を書き終えて、テーブルに置いていた煙草とライターを手に取って──カキアはロエの視線に気付いた。目を合わせて、ロエは加えて灰皿も持って窓辺に寄った。数日前、煙草嫌いか?と問えば嫌いだと即答されたことを覚えていたからだ。自宅にも関わらず不自由だが、ロエの過去を知ってから、カキアはロエの意思を聞くようにしていた。気分は情操教育だ。主張で世界が変わりうることを教えると思えば業務として致し方ない。
だから窓辺で力まで使って煙を外に出していることは、特に問題でも何でもない。開いた上げ下げ窓の上側から、紫煙は逃げていく。
問題は。
『決闘だ』
テレビの中で、西部劇のガンマン達が酒場から外に出ている。それをロエは真剣にみている様子だ。頭にタオルをかぶったまま、動きを止めている。
そんな状況だがカキアはできたらバスルームに行きたい。洗濯物がたまってるのを忘れていた。夜遅くで近所迷惑になる前に回しておきたい。
けれど、動線はロエとテレビの間になる。遮るのも悪いと思ってるうちに、結構時間が経ってしまった。もはや番組が終わるまで待つか、今更堂々と目の前を横切るか。
どうするかと悩んで、カキアは第三の選択肢を見つけた。
テレビの後ろだ。残念ながら急に導入した最新家電を置くには、家具の配置が不適合だった。今この家のテレビの後ろは部屋の隅で、壁に寄せるとソファが遠かったため、通ろうと思えば通れるほどの空間を空けて前に出してある。
煙草を灰皿に押し付けて、火を消す。窓も閉める。
『いいか、三歩進んだらだ』
そっと、没入を邪魔しないように後ろを通る。
『一、二』
そぉっと。
『三──』
ザァーと不快な雑音を、テレビが立てる。
テレビの頭から伸びた二本のアンテナの片方が、カキアの服に引っかかっていた。
顔を上げたロエと、カキアは目を合わす。
※ ※ ※
「悪かったって」
へそを曲げたロエがソファに寝転がっている。腹の辺りにすき間を見つけ、カキアは腰を下ろして、謝罪した。
あの後大急ぎでアンテナの調整をしたが、画面が映った頃にはエンディングテーマが流れていた。見逃した場面は、録画機能のない時代、再放送を待つしかない。
呆然とするロエを置いて洗濯機を回してきたが、帰ってくるとこの調子だ。共感は一つも働いていないが、こうした方がいいのはカキアも長年の経験から分かる。
「西部劇、好き?」
最近のカキアは、簡単な文章であれば英語だけで話すことにしていた。
「《……速さだけの勝負ってところがよく分からなくておもしろい》」
「《戦争してた俺らからしたら馬鹿馬鹿しくておもしろいか》」
ロエが聞き取るようになったからだ。特に繰り返す、好き嫌いの問いかけは聞き取る。
タオルをかぶったまま倒れ込んでいるので、ロエの表情は隠れて見えない。
「《詫びに何かしたいこと叶えてやる。何したい?》」
あまりに警戒なく、カキアはその言葉を放った。
途端に素早くロエが上半身を起こす。その勢いが良すぎて、カキアは思わず身を引いて片手をソファの座面についた。
「料理!」
急にちゃんとした英語で繰り出された全力の要望に、カキアは渋面を作った。
内心、少し困っている。
最初、カキアはソファで日報を書いていた。その隣にシャワーを浴びて出てきたロエが、髪も乾かしきらない内から座って、テレビを見始めた。思い切って導入した最新家電はそこそこ稼働している。
それから日報を書き終えて、テーブルに置いていた煙草とライターを手に取って──カキアはロエの視線に気付いた。目を合わせて、ロエは加えて灰皿も持って窓辺に寄った。数日前、煙草嫌いか?と問えば嫌いだと即答されたことを覚えていたからだ。自宅にも関わらず不自由だが、ロエの過去を知ってから、カキアはロエの意思を聞くようにしていた。気分は情操教育だ。主張で世界が変わりうることを教えると思えば業務として致し方ない。
だから窓辺で力まで使って煙を外に出していることは、特に問題でも何でもない。開いた上げ下げ窓の上側から、紫煙は逃げていく。
問題は。
『決闘だ』
テレビの中で、西部劇のガンマン達が酒場から外に出ている。それをロエは真剣にみている様子だ。頭にタオルをかぶったまま、動きを止めている。
そんな状況だがカキアはできたらバスルームに行きたい。洗濯物がたまってるのを忘れていた。夜遅くで近所迷惑になる前に回しておきたい。
けれど、動線はロエとテレビの間になる。遮るのも悪いと思ってるうちに、結構時間が経ってしまった。もはや番組が終わるまで待つか、今更堂々と目の前を横切るか。
どうするかと悩んで、カキアは第三の選択肢を見つけた。
テレビの後ろだ。残念ながら急に導入した最新家電を置くには、家具の配置が不適合だった。今この家のテレビの後ろは部屋の隅で、壁に寄せるとソファが遠かったため、通ろうと思えば通れるほどの空間を空けて前に出してある。
煙草を灰皿に押し付けて、火を消す。窓も閉める。
『いいか、三歩進んだらだ』
そっと、没入を邪魔しないように後ろを通る。
『一、二』
そぉっと。
『三──』
ザァーと不快な雑音を、テレビが立てる。
テレビの頭から伸びた二本のアンテナの片方が、カキアの服に引っかかっていた。
顔を上げたロエと、カキアは目を合わす。
※ ※ ※
「悪かったって」
へそを曲げたロエがソファに寝転がっている。腹の辺りにすき間を見つけ、カキアは腰を下ろして、謝罪した。
あの後大急ぎでアンテナの調整をしたが、画面が映った頃にはエンディングテーマが流れていた。見逃した場面は、録画機能のない時代、再放送を待つしかない。
呆然とするロエを置いて洗濯機を回してきたが、帰ってくるとこの調子だ。共感は一つも働いていないが、こうした方がいいのはカキアも長年の経験から分かる。
「西部劇、好き?」
最近のカキアは、簡単な文章であれば英語だけで話すことにしていた。
「《……速さだけの勝負ってところがよく分からなくておもしろい》」
「《戦争してた俺らからしたら馬鹿馬鹿しくておもしろいか》」
ロエが聞き取るようになったからだ。特に繰り返す、好き嫌いの問いかけは聞き取る。
タオルをかぶったまま倒れ込んでいるので、ロエの表情は隠れて見えない。
「《詫びに何かしたいこと叶えてやる。何したい?》」
あまりに警戒なく、カキアはその言葉を放った。
途端に素早くロエが上半身を起こす。その勢いが良すぎて、カキアは思わず身を引いて片手をソファの座面についた。
「料理!」
急にちゃんとした英語で繰り出された全力の要望に、カキアは渋面を作った。
あなたにおすすめの小説
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
後宮に咲く美しき寵后
不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。
フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。
そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。
縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。
ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。
情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。
狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。
縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。