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4-1 ミートローフ
「お邪魔いたします」
「はいはい、気兼ねなく。あ、それは受け取ろうか」
「アップルパイです、本日のデザートにでも。お口に合えば良いのですが」
「ご丁寧にどうもどうも。重いだろうに、ごめんねぇ」
ホールサイズの茶色い紙袋を受け取れば、予想通り器と菓子の重さがそれなりにある。片手に抱えながら内開きの扉を体で押さえ、カキアはキラを招き入れた。勝手知ったる足取りで、キラはリビングへと足を進める。待ち構えていたロエは、両手を何か受け取ろうとする形に掲げている。言葉はなくともピンと着て、キラは脱いだコートと帽子を手渡した。
「ありがとうございます、紳士様」
「どーいたしまして」
若干間延びしたカキアに似た英語で返し、ロエは受け取った二つをコート掛けへと収めて戻る。目を合わせて次に言った言葉は、キラには聞き取れなかった。
「今何と?」
「かわいいって。普段よりお好みだそうよ、お姫様」
後ろからの補足を受けて、キラは温度差に曇った眼鏡の奥で目を見張った。
いつも一つに束ねるだけの髪は今日、編み込まれてアップスタイルになっている。服装もスーツではなく、厚手ウールの七分袖ワンピースだ。ワインレッドの裾は綺麗なフレア型に広がっている。
「わたくしには過分な言葉で」
「キラちゃーん」
名を呼ぶだけの制止に、キラは続けるつもりだった言葉を見失う。少しまごまごと視線を彷徨わせて、それから眼鏡を外してロエと向き合った。
「光栄です」
反応は言葉よりも明確に、はにかんで笑う顔でロエに伝わった。笑顔で見つめ合う若人二人に、カキアは少々居心地悪く感じる。今から用事でも作って、バックレようかと遠い目になる。
「食材はご用意いただけるとおっしゃっておられましたが、いかがですか?」
「大体冷蔵庫にぶちこんであるよぉ。後、賞味期限切れてた調味料も新調済みです」
とはいえキラの言葉は複雑な表現が多く、通訳として堪えようと思ったところで。
「かしこまりました。では、なるべく平易な英語を心がけ、ロエ様と調理を行います。室長代理は」
キラが眼鏡を装着する。
鞄から取り出された書類に、げっとカキアは声を上げた。
「先日の始末書の差し戻しです。『勝手についてきて溺れました』は駄目です。どうぞ、こちらにご専念くださいませ」
無情な宣告が下った。やっぱ逃げときゃ良かったと、カキアは渋々書類を受け取った。
※ ※ ※
「さてロエ様。料理の基本は、素材、分量、時間です」
持参の白いエプロンを纏ったキラは、頭一つ分以上高いロエと向き合っていた。言葉ごとに並べた食材、時計、はかりを指差す。
「そして、それを教えてくれるのがレシピです」
最後に持っていたレシピ本を掲げみせた。
「だからレシピに従って作る。これが一番失敗しません。ここです。素材、量、時間」
ペラとめくってみせたページの中で、キラは言葉に合わせて指で項目を指してみせた。
伝わる内容に、ロエは小さく何度も頷きを返す。
「今日作るのはこれとこれとこれ。三品です。頑張りましょう」
メニューの選択には理由がある。この三つの料理の手順を経験する。その後他のレシピを見る。すると作った三品のレシピと見比べて、何となくそのレシピがどのような料理か想像がつくようになる。そういう効果を狙ったものだ。
この時代のレシピ本は写真が少なく、カラーページもコスト問題でろくにない。レシピにイラストが付いていれば良い方で、それさえもなくまさに材料、分量、手順のみのレシピもままある。
せっかく興味を抱いたのならば、できれば続けられるよう支援する。オフの時間でも、キラのゲスト対応室としての精神は揺らぎない。
「最初はこれ、ミートローフです。お肉です」
花形の定番料理ゆえイラストがあって、ロエにも分かりやすい。
キラが下の扉付き棚の中からボウルを出した。けれど表面を確認して、シンクで素早く洗い始め、布巾で拭いてからようやく台に置いた。
「材料はこの順に書いています。横の数字に合わせてボウルに入れて行きましょう」
ボウル横に縦に並べた材料を指さした後、同じようにレシピの材料欄を指でなぞる。ロエの確認が追いつく頃に、一番上のひき肉を取る。
「牛ひき肉一ポンド」
ホントは誤差があるのを誤魔化しつつ、一ポンドちょうどのようにボウルに入れる。この含んでいい誤差の説明は難しいので、後ほどカキアに通訳を頼もうと頭の片隅に置いておく。
「パン粉」
次は指差すだけに留め、ロエを見る。ロエがパン粉の容器を取った。
「二分の一カップ。カップ半分です」
カップを引き出しから取り出して、やはり一度洗ってからわたす。ロエはキラをうかがいつつカップ半分までパン粉を満たす。
キラは親指と人差指で丸を作った。ロエが止まった。矯めつ眇めつ、キラの作った指をいろんな角度で見ようとしてくる。
「良いです、問題ありません。入れましょう」
言語同様、ジェスチャーにも歴史の差はあって、キラの言葉での補足で、ようやくロエはパン粉をボウルに入れた。
「では次を」
促しながら、横手で沸かしていた熱湯にキラは生卵を投入した。
「はいはい、気兼ねなく。あ、それは受け取ろうか」
「アップルパイです、本日のデザートにでも。お口に合えば良いのですが」
「ご丁寧にどうもどうも。重いだろうに、ごめんねぇ」
ホールサイズの茶色い紙袋を受け取れば、予想通り器と菓子の重さがそれなりにある。片手に抱えながら内開きの扉を体で押さえ、カキアはキラを招き入れた。勝手知ったる足取りで、キラはリビングへと足を進める。待ち構えていたロエは、両手を何か受け取ろうとする形に掲げている。言葉はなくともピンと着て、キラは脱いだコートと帽子を手渡した。
「ありがとうございます、紳士様」
「どーいたしまして」
若干間延びしたカキアに似た英語で返し、ロエは受け取った二つをコート掛けへと収めて戻る。目を合わせて次に言った言葉は、キラには聞き取れなかった。
「今何と?」
「かわいいって。普段よりお好みだそうよ、お姫様」
後ろからの補足を受けて、キラは温度差に曇った眼鏡の奥で目を見張った。
いつも一つに束ねるだけの髪は今日、編み込まれてアップスタイルになっている。服装もスーツではなく、厚手ウールの七分袖ワンピースだ。ワインレッドの裾は綺麗なフレア型に広がっている。
「わたくしには過分な言葉で」
「キラちゃーん」
名を呼ぶだけの制止に、キラは続けるつもりだった言葉を見失う。少しまごまごと視線を彷徨わせて、それから眼鏡を外してロエと向き合った。
「光栄です」
反応は言葉よりも明確に、はにかんで笑う顔でロエに伝わった。笑顔で見つめ合う若人二人に、カキアは少々居心地悪く感じる。今から用事でも作って、バックレようかと遠い目になる。
「食材はご用意いただけるとおっしゃっておられましたが、いかがですか?」
「大体冷蔵庫にぶちこんであるよぉ。後、賞味期限切れてた調味料も新調済みです」
とはいえキラの言葉は複雑な表現が多く、通訳として堪えようと思ったところで。
「かしこまりました。では、なるべく平易な英語を心がけ、ロエ様と調理を行います。室長代理は」
キラが眼鏡を装着する。
鞄から取り出された書類に、げっとカキアは声を上げた。
「先日の始末書の差し戻しです。『勝手についてきて溺れました』は駄目です。どうぞ、こちらにご専念くださいませ」
無情な宣告が下った。やっぱ逃げときゃ良かったと、カキアは渋々書類を受け取った。
※ ※ ※
「さてロエ様。料理の基本は、素材、分量、時間です」
持参の白いエプロンを纏ったキラは、頭一つ分以上高いロエと向き合っていた。言葉ごとに並べた食材、時計、はかりを指差す。
「そして、それを教えてくれるのがレシピです」
最後に持っていたレシピ本を掲げみせた。
「だからレシピに従って作る。これが一番失敗しません。ここです。素材、量、時間」
ペラとめくってみせたページの中で、キラは言葉に合わせて指で項目を指してみせた。
伝わる内容に、ロエは小さく何度も頷きを返す。
「今日作るのはこれとこれとこれ。三品です。頑張りましょう」
メニューの選択には理由がある。この三つの料理の手順を経験する。その後他のレシピを見る。すると作った三品のレシピと見比べて、何となくそのレシピがどのような料理か想像がつくようになる。そういう効果を狙ったものだ。
この時代のレシピ本は写真が少なく、カラーページもコスト問題でろくにない。レシピにイラストが付いていれば良い方で、それさえもなくまさに材料、分量、手順のみのレシピもままある。
せっかく興味を抱いたのならば、できれば続けられるよう支援する。オフの時間でも、キラのゲスト対応室としての精神は揺らぎない。
「最初はこれ、ミートローフです。お肉です」
花形の定番料理ゆえイラストがあって、ロエにも分かりやすい。
キラが下の扉付き棚の中からボウルを出した。けれど表面を確認して、シンクで素早く洗い始め、布巾で拭いてからようやく台に置いた。
「材料はこの順に書いています。横の数字に合わせてボウルに入れて行きましょう」
ボウル横に縦に並べた材料を指さした後、同じようにレシピの材料欄を指でなぞる。ロエの確認が追いつく頃に、一番上のひき肉を取る。
「牛ひき肉一ポンド」
ホントは誤差があるのを誤魔化しつつ、一ポンドちょうどのようにボウルに入れる。この含んでいい誤差の説明は難しいので、後ほどカキアに通訳を頼もうと頭の片隅に置いておく。
「パン粉」
次は指差すだけに留め、ロエを見る。ロエがパン粉の容器を取った。
「二分の一カップ。カップ半分です」
カップを引き出しから取り出して、やはり一度洗ってからわたす。ロエはキラをうかがいつつカップ半分までパン粉を満たす。
キラは親指と人差指で丸を作った。ロエが止まった。矯めつ眇めつ、キラの作った指をいろんな角度で見ようとしてくる。
「良いです、問題ありません。入れましょう」
言語同様、ジェスチャーにも歴史の差はあって、キラの言葉での補足で、ようやくロエはパン粉をボウルに入れた。
「では次を」
促しながら、横手で沸かしていた熱湯にキラは生卵を投入した。
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