あの世で魔王が勇者の世話係をしています

まっさ

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4-4 あなたが好きなのは?

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 白く霞む夜に、電灯の明かりがぼんやりと等間隔に光る。支柱は霧と夜に隠され、光だけが辺りを包む水の粒子に乱反射し、魔法のように幻想的に映る。
 ただそれを美しいと捉える感性は、カキアにはなかった。魔法とは、奇跡の力とは、超越的な干渉とは、カキアにとって忌まわしいばかりだ。
 風はなく冷えるばかりで、カキアはコートの中で首をすくめた。
「アップルパイ、おいしかったろ? キラちゃん、料理うまいんだよね」
 胸の内と、舌を滑らせる言葉は異なる。ここに在るのは、ゲスト対応室の人間たるカキア。ヘラヘラと軽薄に笑みを結び、口調だけは親しげに語りかける。
 キラを送った帰り、どうしても同行すると言ってきかなかったロエと二人で、夜の道を歩く。
「アップルパイ、おいしかった」
 オウム返しで済む質問は回答しやすく、ロエは間を置かず答える。
 実際、食事の最後に出たアップルパイの衝撃たるや、ロエの今日一日で築いた料理観を吹き飛ばすものだった。サクサクのパイ生地をかじって広がった、調和のとれた甘みと酸味。りんごの食感もわずかに残り、噛むごとに生でも味わえないほどの果汁感で満たされた。本当に上位の料理とはこういうものなのだと思い知らされた。
「でしょうでしょう。まぁ僕じゃ力になれないから、料理に関しては今後も彼女に」
 カキアの誘導はあからさまだ。最初こそ渋々付き合おうとしていたが、キラが話に入ってからはこれ幸いという気配を消しきれていない。多分それはわざとで、その上でロエは不思議に思う。
「なんでウソつく?」
 口にした英語は正しいのか、ロエは少し自信がない。これは嘘なのか。偽りなのは確か。
 いうなれば演技。
「なに、何のこと?」
 発声までの間も、戸惑った素振りも、カキアに淀みはない。
 けれど、ロエは感じられる。
 だから、カキアに手を伸ばす。
「君、急に他人に触れるの止めようね。文化人の距離感じゃないよ」
 手は直前で叩き落とされた。口調ばかり柔らかく、不快は言葉の奥に漂う。
 弾かれた手を見つめ、ロエは口を開く。
「《──何で人間ぶる?》」
 カキアの歩みが止まる。
 合わせてロエも足を止める。
「《食べ物の処理、今大分いっぱいいっぱいだろ。ほぐして分解して放出して、それいちいち考えて摂取した全部にやるって面倒臭くないか? 何でカキアはそこまでして人間ぶるんだ?》」
 それは消化などという無意識下の生命運動ではない。
 カキアは食事をしない。習慣事が嫌いだから食事は別に済まそうなんて、最初の嘘はばればれだ。コーヒーなどの飲み物ぐらいは口にするが、それだけ。
 ロエが推測するに、今カキアの中には高密度の情報がそのままある。風を動かしてもいないのに、今カキアの横は心地良い。エーテルが溢れ、そよぎ、広がっている。カキアの操作は内に向かっている。一つ一つ絡まりをほぐし、ただあまねくあるエーテルに戻すため。
 それは、摂取したハリボテの情報から、ラベルを剥がす作業だ。人間の消化ではなく、情報の処理。人間のように情報が確定していない存在が、己の情報に干渉しないよう捌く行為。
 それを今この時も、意識して行なっている。
「《……見抜いてた癖に、逆にどういうつもりで俺に食わした》」
 こっちを向いたカキアに合わせて、ロエも向き直る。口元に笑みを湛えながらも、カキアに友好の意思はない。
「《食わないから食わしたらどうなるかなって》」
「《興味本位か》」
「《知りたかったから。思ったよりしんどそうで、悪かったかなって》」
 生い立ちに触れてから、カキアはロエを子供のように扱い出した。そういう形がカキアの好みなのかと、ロエは付き合った。けれど今日のキラの過去で判明した。カキアはただキラと同じ枠にロエを落とし込んだだけだ。それはロエの望むところではない。だからちゃんと指摘することにした。
「《そういうの、無理しなくていい》」
 食わなかろうが、眠らなかろうが。
「《俺多分、お前に近い》」
 人でなくとも、そこに恐怖も畏怖もない。
「《平然とここで飯食う癖に何言ってやがる》」
「《ここではそういうものなんだろ? ……なぁ、もう少しちゃんと、この間のできないか》」
 ロエは顔をカキアに寄せた。少し高い位置からの接近に、カキアが身を強張らせる。
 ロエは待った。前髪の影は夜の助けでより暗く、深緑の瞳は見えない。
 しばらくの沈黙の後、カキアは小さく一歩前に動いた。
 厚い前髪を間に挟み、二人は額を重ねた。

「山羊を食す予定もなく殺してはなりません」
 紫色の衣を纏う貴婦人は言い聞かせる。
 血溜まりに蹲る少年は、美しくも無感動な青を輝かせて顔を上げる。その両手は肘辺りまで血と臓物に汚れ、血飛沫は白皙の顔にまで付着している。
「犬も猫も、あらゆる動物は、飼い主がいる可能性があるので勝手に殺してはなりません」
 たまたま通りかかった犬を指せば、即座に反応される。
 少年の指は、次に貴婦人を指す。
「……人間は、私が命じない限り殺してはなりません」

 ロエの生前の記憶に、カキアの近い記憶が重なる。
「駄目だって言われたことは駄目で、やれって言われたことはやる」
 そう、ロエは言った。

 紫色の衣を纏う貴婦人が悲しんでいる。
「こんなにも愛しているのに、なぜあの子は」
 束縛し、閉じ込め、支配する。腹を痛めて産んだ唯一の子に対する強すぎる執着。だから成人した嫡子は母を疎んじて遠ざけた。
 慰みに拾った少年は庇護欲を満たすには異質過ぎて、貴婦人は満たされぬ欲求を嘆く。ただ我が子を守りたいだけだと、この世の危険から遠ざけたいだけだと。
 ならば嫡子が向かう危険に、脅威に、自分が出向けばいいと少年は言う。
「ならば……代わりに、お前が戦場に出なさい」
 少年は、頷いた。

 カキアは勘違いしている。ロエはキラと同じではない。ロエをキラと同じ区分で扱うなど間違っている。
 今日、ロエはキラの思想に納得した。なるほど、憐れむのは高次元を気取る傲慢かと。
 ──ああ、俺が抱いているのは傲慢だったのかと。

「これだけしてやったんだから、感謝ぐらいしろよ!」
 少年は、言われたから言う。
「死にたくない! やだよっ助けて!」
 少年は、言われたから守る。
「今度は何人やられた!? 誰かあの魔王をぶっ殺してくれ!」
 少年は、言われたから殺しに行く。
 少年にだって楽しいことも悲しいこともある。でもすべては流れるがまま、流されるがまま、何にも執着せずに生きた。
 一つの例外だけを除いて。
 自分だけが知る、深緑の瞳。最期の光の奔流と共に心に残る、他と違うもの。

 ロエは、生前を厭うてはいない。
 だって。
 ──人間すべてがただ憐れだと、そう思って願いを叶えていただけに過ぎないのだから。
 弾かれたようにカキアが額を離した。驚愕に、口が薄く開いている。
「《……その精神で、お前、俺に何で執着してる》」
 問いかけに、あぁ今度はきちんと奥まで繋がったと、ロエは満足を笑みに乗せた。
「カキアが好きだから」
 唇から滑り落ちた、淀みのない英語。ここ何週間か、問い続けた好き嫌いの成果。
 純なる想いの告白は、ただただカキアに恐怖と混乱だけをもたらした。
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