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4-3 アップルパイ
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ケチャップを塗った表面の照りが見事なミートローフ。フライドオニオンの香りが食欲をそそるインゲン豆のキャセロール。素材の鮮やかさをこれでもかと見せつけるゼリーサラダ。
リビングのローテーブルに、ロエがここに来て以来、見たことがないぐらいの御馳走が並んでいる。それが自分の手を介して出来上がったことに、ロエはご満悦だ。
「お土産のアップルパイは後でお切りしますね」
取り皿を置き、カトラリーを並べ、キラと手分けして準備を進める。
「はいはい。戦力外の僕はこれで勘弁ね」
料理が出揃ったところでキッチンの方から、椅子一脚とワイン、それから不揃いなグラスを手にカキアが戻ってくる。キラが慌ててグラスを受け取った。
「すっごい豪華だねぇ。いやぁ、《よくできてる》」
すべての準備が済んで、進んでカキアはローテーブルとは高さの合わない椅子に腰かけた。キラとロエはソファに間を置いて座る。
カキアがワインの満ちる、普段使いと変わらないグラスを持ち上げた。
「では良き休日の夜に、乾杯。《乾杯》」
揃いのワイングラス二つと、足つきですらないグラスを合わせ、晩餐は始まった。
あからさまな二人の視線に苦く笑いながら、カキアは遠いのでテーブルから皿を持ち上げた。白い皿の上、切り分けられたミートローフの断面は、少し下気味にゆで卵の二重丸がある。そこには言及せず、フォークで口に入れる。
「うん、ジューシー感もあって、いい出来じゃない。《上出来》」
カキアの言葉を端緒に、二人もミートローフにフォークを入れた。
「おいしい!」
「素晴らしい出来です。ロエ様は料理に向いてらっしゃいますよ」
慎重を期してフォークの穴だらけになっていたじゃがいもを思い浮かべ、キラはロエを褒めた。一通り味わう他の料理も、見た目的な粗さはあれど味に問題はない。これもひとえに、分量を守った結果だ。
思い出して、キラはフォークを置いてカキアを窺う。
「お手数ですが、室長代理に通訳していただきたい言葉が」
「はいはい、どうぞぉ」
食べる手は止めないままの間延びしがちな返事を受け、キラは背筋を伸ばしてロエに向き直った。空気感に、ロエもまたフォークを皿に置いて目を合わせる。
「今回、レシピ通りに作成いたしました。これが基本で、それがこのおいしさです。ただ許容される誤差はあります。分量に関しては十パーセント以内であれば、勢い余って少し調味料を入れ過ぎただとか、買ったお肉を使い切りたいだとか、そういう時は構いません」
「《量は大体でいいって》」
「《ホントに言ってるか、それ》」
「本当に通訳してくださっていますか、それ」
あからさまに短くなった言葉に、二人から猜疑の目が向けられた。カキアは咥えたフォークを抜いて、口を開く。
「え?」
心底心当たりがないカキアだが、視線は一向に優しくならない。
「絶対に省略なさいましたね」
「カキアは、めんどくさがり、おおざっぱ。掃除しないし、洗濯忘れる」
「お変わりないようで……」
「いきなりちょっと流暢に告げ口するの、止めてもらっていいかなぁ。えっと《レシピ通りが基本で、うまい。ただ一割ぐらい分量がぶれてもいける》。ほら、あんま変わんない……わけじゃないのかぁ」
冷たい眼差しに、カキアは折れた。
「ほら僕戦力外だからそういう細かいの分かんないんだって」
「《開き直りはかっこ悪い》」
「一番の原因は向上心をお持ちでない、そういうところだと分析いたします」
「仲良しになり過ぎじゃない、君達」
怖い怖いと嘯いて、おもむろにカキアは立ち上がった。キッチンから戻った時、その手には水の入ったガラスピッチャーがあった。テーブルのロエのワイングラスの横に、カキアはそれを置いた。
「ありがとう」
「どぉいたしまして」
会話を切るような行為を疑問に思っていたキラは、その行動に納得した。ワインの進みが悪いロエに気づいたのか。そういうことに目敏い細かやさはあるのに。少し納得いかないキラの横で、おもむろにロエはワインが入ったままのグラスに水を注いだ。
思わず視線を引っ張られ、キラは目を丸める。
「昔の習慣的な話でね」
説明は、問わずともされる。
「お二人が、生きておられた時代の?」
「そう。今のワインとじゃ質も味も、なんなら製法まで全然違うだろうけど。アルコール度数でも気になった? 《酒、キツすぎたか?》」
乾杯後に口をつけていなかったロエは、ワインの濃度を微調整しつつ、言葉を探した。
「悪くなる」
結局見つからず、単純な英語で何とか表現を試みる。
「頭が悪くなる」
「だいじょぶ、元からわりと悪い。正確に言うと、頭おかしい」
「室長代理」
「冗談です。《酔いが回りそうってことか?》」
ロエは大きく頷く。
「《酔う》、酔う、だな。酔いそうって。まぁ、自分で制御できるのはいいことじゃない」
求めていた単語が教えられ、ロエは舌の上で繰り返してみる。
「英語、この一ヶ月ほどで随分上達されましたね」
「喋る方はまだまだだけど、聞く方は大分雰囲気察するよね。テレビ効果? 《テレビ役立ってるか?》」
「ドラマ、料理、まあまあ。ニュース、駄目」
「あ、君の料理チャレンジ、テレビのせいか」
すべての発端に、今更気付いたカキアだった。
リビングのローテーブルに、ロエがここに来て以来、見たことがないぐらいの御馳走が並んでいる。それが自分の手を介して出来上がったことに、ロエはご満悦だ。
「お土産のアップルパイは後でお切りしますね」
取り皿を置き、カトラリーを並べ、キラと手分けして準備を進める。
「はいはい。戦力外の僕はこれで勘弁ね」
料理が出揃ったところでキッチンの方から、椅子一脚とワイン、それから不揃いなグラスを手にカキアが戻ってくる。キラが慌ててグラスを受け取った。
「すっごい豪華だねぇ。いやぁ、《よくできてる》」
すべての準備が済んで、進んでカキアはローテーブルとは高さの合わない椅子に腰かけた。キラとロエはソファに間を置いて座る。
カキアがワインの満ちる、普段使いと変わらないグラスを持ち上げた。
「では良き休日の夜に、乾杯。《乾杯》」
揃いのワイングラス二つと、足つきですらないグラスを合わせ、晩餐は始まった。
あからさまな二人の視線に苦く笑いながら、カキアは遠いのでテーブルから皿を持ち上げた。白い皿の上、切り分けられたミートローフの断面は、少し下気味にゆで卵の二重丸がある。そこには言及せず、フォークで口に入れる。
「うん、ジューシー感もあって、いい出来じゃない。《上出来》」
カキアの言葉を端緒に、二人もミートローフにフォークを入れた。
「おいしい!」
「素晴らしい出来です。ロエ様は料理に向いてらっしゃいますよ」
慎重を期してフォークの穴だらけになっていたじゃがいもを思い浮かべ、キラはロエを褒めた。一通り味わう他の料理も、見た目的な粗さはあれど味に問題はない。これもひとえに、分量を守った結果だ。
思い出して、キラはフォークを置いてカキアを窺う。
「お手数ですが、室長代理に通訳していただきたい言葉が」
「はいはい、どうぞぉ」
食べる手は止めないままの間延びしがちな返事を受け、キラは背筋を伸ばしてロエに向き直った。空気感に、ロエもまたフォークを皿に置いて目を合わせる。
「今回、レシピ通りに作成いたしました。これが基本で、それがこのおいしさです。ただ許容される誤差はあります。分量に関しては十パーセント以内であれば、勢い余って少し調味料を入れ過ぎただとか、買ったお肉を使い切りたいだとか、そういう時は構いません」
「《量は大体でいいって》」
「《ホントに言ってるか、それ》」
「本当に通訳してくださっていますか、それ」
あからさまに短くなった言葉に、二人から猜疑の目が向けられた。カキアは咥えたフォークを抜いて、口を開く。
「え?」
心底心当たりがないカキアだが、視線は一向に優しくならない。
「絶対に省略なさいましたね」
「カキアは、めんどくさがり、おおざっぱ。掃除しないし、洗濯忘れる」
「お変わりないようで……」
「いきなりちょっと流暢に告げ口するの、止めてもらっていいかなぁ。えっと《レシピ通りが基本で、うまい。ただ一割ぐらい分量がぶれてもいける》。ほら、あんま変わんない……わけじゃないのかぁ」
冷たい眼差しに、カキアは折れた。
「ほら僕戦力外だからそういう細かいの分かんないんだって」
「《開き直りはかっこ悪い》」
「一番の原因は向上心をお持ちでない、そういうところだと分析いたします」
「仲良しになり過ぎじゃない、君達」
怖い怖いと嘯いて、おもむろにカキアは立ち上がった。キッチンから戻った時、その手には水の入ったガラスピッチャーがあった。テーブルのロエのワイングラスの横に、カキアはそれを置いた。
「ありがとう」
「どぉいたしまして」
会話を切るような行為を疑問に思っていたキラは、その行動に納得した。ワインの進みが悪いロエに気づいたのか。そういうことに目敏い細かやさはあるのに。少し納得いかないキラの横で、おもむろにロエはワインが入ったままのグラスに水を注いだ。
思わず視線を引っ張られ、キラは目を丸める。
「昔の習慣的な話でね」
説明は、問わずともされる。
「お二人が、生きておられた時代の?」
「そう。今のワインとじゃ質も味も、なんなら製法まで全然違うだろうけど。アルコール度数でも気になった? 《酒、キツすぎたか?》」
乾杯後に口をつけていなかったロエは、ワインの濃度を微調整しつつ、言葉を探した。
「悪くなる」
結局見つからず、単純な英語で何とか表現を試みる。
「頭が悪くなる」
「だいじょぶ、元からわりと悪い。正確に言うと、頭おかしい」
「室長代理」
「冗談です。《酔いが回りそうってことか?》」
ロエは大きく頷く。
「《酔う》、酔う、だな。酔いそうって。まぁ、自分で制御できるのはいいことじゃない」
求めていた単語が教えられ、ロエは舌の上で繰り返してみる。
「英語、この一ヶ月ほどで随分上達されましたね」
「喋る方はまだまだだけど、聞く方は大分雰囲気察するよね。テレビ効果? 《テレビ役立ってるか?》」
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