みかげさまのこえがする。

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<第十五話・焼>

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 今すぐ逃げろ――その言葉に添えられた、美園と琴子の名字。
 本名をバラすなどご法度であるはずのツニッターに書き込まれたそらは、身バレさえ辞さぬほど事態が切迫していることを示しているかのようだった。
 しかも、サークル部長、ということは。

――この書き込み……新倉部長、ってこと?え、なんで……!?

 わけがわからない。美園は混乱する。何故このアカウントが琴子のものだとわかったのか。
 いや、それ以上に一体何をもってして“逃げろ”というのか。そもそも部長の書き込みの前の、意味不明なバグったような文字の羅列と、迎えにいくという一言は一体なんなのか。いくらなんでも悪趣味がすぎる。いや。

――それとも、本当に……悪霊か何か、ってこと?篠崎秋乃って、誰……?

 ぞわぞわと足元から這い上がってくるものを感じる。そうだ、そもそもこんなところに携帯を置いて、琴子本人は一体どこに消えたというのか。充電が完了しているということはつまり、携帯を差してから相当時間が過ぎているはずである。なんといっても琴子の充電コードは購入時についていた通常仕様のもの。出力は1A。消耗していたであろう琴子のスマホを高速充電できる機能などない。

「琴子!琴子どこ、どこにいるの!?」

 声を張り上げようとしたが、二日酔いが祟って掠れた声しか出なかった。自分はもしかしたら、とんでもない過ちを犯したのではないか。何かとても、恐ろしいことに琴子を巻き込んでしまったのではないか。
 何かのドッキリだとか、悪戯でしかないと信じたい。だが、そもそもスマホ中毒気味の琴子がスマホを充電マックスで放り出していることそのものがおかしいのである。
 重たい体を引きずり、倒れそうになりながら障子を開いて廊下に出る。途端、誰かにぶつかりそうになって尻餅をつく。立っていたのは祖母だった。その顔色は、目に見えて青い。

「み、美園ちゃ……」

 きっと、美園を呼びに来たのだろう。彼女はやや逡巡した後、意を決したように告げた。

「急いで荷物をまとめなさい。今すぐ、この村を出て……!」
「え……?」
「わかってるの。お役目を考えるならそれじゃダメだってこと。選ばれているかもしれない人間をこんな形で追い出すなんて……勝木の家の嫁失格だってことは。でも、やっぱり私にはできないよ。できるわけないわよ。可愛い孫を、あんな形で差し出すなんてこと、いくら世界の為だって言われても……!」
「ま、待ってよおばあちゃん!何言ってるのかさっぱりわかんないわよ!出てけってどういうこと!?琴子は!?」

 言い募れば、真知子は心底もうしわけなさそうな顔で――ゆっくりと首を振った。

「琴子ちゃんは……いなくなった。あんたじゃ探せない。探すのはおじいちゃんや、美樹に任せるんだ。あんたはもう二度とこの村に来ちゃ行けない……なんなら私が家まで送るから、お願い。あんたはまだ、まだ助かるかもしれないから……!!」

 何でそんなことを言うのかさっぱりわからない。唖然としている美園をよそに、真知子は勝手に部屋に入り込むと散乱していた服やら荷物やらをバッグに詰め込み始めた。どらが美園のものでどれが琴子のものかも見分けがついていないだろうに、それはもうおざなりに投げ込んでいく有り様である。比較的几帳面な祖母とは到底思えない。
 だからこそ、察した。祖母のこの様子は尋常ではない。自分は思っていた以上に、危機的状況にあるらしいということを。
 ひょっとしたら――琴子は、もう。

――嘘だよね?そんなの……ないよ、ね?

 だが、首を振った祖母の表情が――すべてを指し示しているように思えてならないのだ。

「美園、ここから先なにがあっても、“あの神様”の名前は口にしちゃいけない。この村であの名前を口にした“余所者”は、選ばれたことになる。それが代々、笹下村の掟なの。あんたも気づいてるんじゃないかい、笹下村の語源が“捧げ”村だってこと。だって、そういうことを調べに来たんだもんね?」
「お、おばあちゃ……それって……」
「琴子ちゃんは、来て早々その名前を口にしてしまったからもう駄目だった。でも美園、あんたは違う。私達が必死で、あんたにその話をさせないように気を付けてたからまだなんとかなる……なんとかなるはずなのよ……だから!」

 彼女はがしっと皺だらけの手で美園の肩を掴むと、泣き出しそうな声で告げた。

「お願い……言うことを、聞いて……!」

 必死どころか、鬼気迫る祖母の有り様に。一体美園が、どう抗うことができただろうか。



 ***



 しゃん、しゃん、しゃん。

 錫の音が、響く。遠くから、地面を叩く音と共に――規則的に響いて、列をなし、こちらに向かってくるのがわかる。

――これは、何……?

 琴子は唖然とその光景を見つめた。両手両足の自由がきかない。バッテン印のように、斜め上に磔られた両腕と、斜め下に固定された両足。だが、奇妙なことにその手足は琴子の見覚えのある衣服を着ていなかった。
 真っ白な着物だ。これはどこかで見たことがある――そう思ってぎょっとさせられた。確か、死装束というものは、こんな感じの着物を着させられるのではなかっただろうか。

――これ……違う。あたしじゃ、ない……!

 琴子は気づく。ちらりと見えた自らの右手首に、見覚えのない大きな痣があることに。まるで蝶々のような形の痣だ。琴子の体にあるものではない。そして両手足全て、よく見れば本来の自分のものよりずいぶんと華奢で小さいではないか。
 だが、痛みは感じる。ぎちぎちと締め付ける縄が痛くて思わず呻いた――呻いた声は、想像以上に高く転がるようなものだった。これは幼い子供だ、と直感する。自分はどうやら、小さな子供の夢か何かを見ているということらしい。僅かだが胸元に膨らみがあるような気がするので、多分女の子なのだろう。その、“小さな女の子”になった琴子の近くに、錫杖のようなものを持った白装束の集団が次々と近寄ってくる。
 どうやら、此処は洞窟であるらしい。暗い上、松明に照らされる範囲しかわからないのですぐには判断できなかった。大きく開いた空洞の中心に琴子は縛り付けられ、そして謎の神官のような者達に取り囲まれているらしかった。

『御決断下さり、誠にありがとうございます……御影様』

 一番偉い人物、なのだろう。冠を被った老人が一歩前に出てきて、うやうやしく琴子の前で一例をして見せた。

『この地はあの世とこの世の境。悪しき力が集まり、飽和せんとしている今……守られるべき境はいよいよ壊れ、崩れようとしております。その境を守るためには、大きな堰を作り、悪しきものの流入を防がなければなりません。しかし、今の我々神官に、それほどの力はございませぬ。……出来るとしたらそれは。この地に遣わされた現人神たる……御影様、ただお一人にございます』

 しゃん、と再び錫が鳴る。
 一人の男が、注連縄を巻かれた木造の箱のようなものを持ってきた。神官のリーダーは頷き、その天井に開かれた穴に手を差し入れる。まるで籤引き――いや、もっと言えば御神籤を引く箱に似ているような気がする。老人は中に差し入れた手をゆっくりとかき混ぜているようだった。彼の腕が動くたび、がさごそと紙が触れあう音が聞こえてくる。

『人柱にて、堰を封じる儀式は、神話の時代から脈々と受け継がれてきたものです。しかし、此度の堰はいくら強大な力を持つ御影様であっても、封じることはあまりにも困難……ゆえに、さらに霊力を高めた上でお役目に着いて頂かなくてはならないのです。つまり、気を高める儀が、首括りの前に必要となりまする。つまり……』

 がさり、と男が籤の箱から手を引き抜いた。その指には念入りに降りたまれた、一枚の白い紙が捕まれている。彼はゆっくりとその紙を広げ始めた。どうやら想像よりもかなり大きな紙であったらしい。広げて、こちらに見せる神官。少々距離は離れていたが、書かれていた文字を読み取るには充分だった。
 そこには、達筆で真っ赤な筆文字で、一つ。



『焼』



 そう、書かれていた。

『此度の文字は……“焼”。清められた籤により決められた文字に沿って、御影様には儀式に臨んで戴くことになりました。気を高める方法は一つ……過酷な苦痛に耐える修行をこなして戴くことでございます。想像を絶する責め苦こそ、あらゆる魔をも凌駕するほどの霊力を手に入れる、唯一無二の手段なのです』

 まさか、と琴子は青ざめる。あまりにもストレートな、その一文字。何をされるかなどあまりにも明白ではないか。
 唖然とする琴子を無視して作業は進められることになる。磔は少し高い位置に直され、琴子の足にはぐるぐると布のようなものが巻かれ始めた。べったりと湿っており、嫌な臭いがつんと鼻につく。
 油だ、とすぐにわかった。何のためかなど言うまでもない――燃えやすくするために決まっている。そう。

――嘘でしょ……!?

 琴子の足を生きたまま焼こうというのだ、この連中は。
 ぞっとし、暴れて逃げようとする琴子。しかし、体は小刻みに震えるばかりでまるで動いてくれる気配はない。悲鳴の代わりに発せられたのは、幼子のしっかりとした声だった。

『それは、とても苦しいことなのだな』
『左様にございます、御影様。しかしこの役目は御影様にしか果たせぬことなのでございます』
『そうか……御影にしか、出来ぬことなのか……』

 少女の感情が、伝わってくる。琴子は心の中で叫んだ――何故、何故“貴女”はそのように諦めてしまうことができるのだ、と。

――駄目よ!駄目だってば!だって今から殺されるんだよ!?生きたまま、滅茶苦茶痛い思いをして殺されるの!!それなのになんで、そんな風に受け入れることができるわけ!?震えてるくせに……本当は怖いくせに!!

 琴子の声は、伝わらない。誰かに届くことも、ない。
 やがて琴子と一体化している少女の足先に、松明の火が近付けられた。これは夢のはずだ。しかし、熱さは夢とは思えぬほどリアルに感じる。逃げられない――逃げる手段はない。
 琴子の目が目一杯開かれた、その刹那。

『ぎっ……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 突き刺すような激痛と絶叫が、全身から迸ったのだった。
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