みかげさまのこえがする。

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<第三十二話・裁>

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 何かが起きている。
 いや、本当は最初から全ては起こっていて、自分達はただ見てみぬフリをしていただけであったと知っていた。
 本当の悪魔など、地獄の鬼など、誰も見たことなどなかったというのに。

「な、なんだ?」

 慌てたように父が玄関の方を振り返る。しかし、美樹は何も言わずただその場で座り込むしか出来なかった。
 もう、何もかも終わりだと分かっていた。
 琴子が生贄になった後から妙な気配はしていたのだ。彼女の儀式が執り行われているであろう時間。自分達勝木の家の仕事は生け贄を運んで台座に乗せるところまでなので、直接儀式には参加していないが。
 予兆はあった。神棚が燃えているように見えたからだ。それは赤い炎ではない。正確には赤く燃え盛っているように見えるものの、全く別の類いの炎だった。穏やかに、されど冷たく燃え盛る焔。何かを訴えかけるような焔。――見えないものが揺らぎ、この地の地盤を大きく震わして鳴動するのを美樹は感じ取っていたのである。
 見えるのだ、“みかげさま”が。
 神棚だけではない。正確には“みかげさま”に捧げられた生け贄の若者達が、何をしていても美樹の後ろに立つようになったのである。琴子の儀式が中盤に差し掛かったであろう時間帯から徐々に増えていった。鏡に立てば後ろに血だらけの少女がいる。風呂の水面を覗けばそこにずぶ濡れの女性が映る。ふと見れば見慣れたはずの案山子が、首のない青年に変わっている――など。
 彼ら、彼女らは何かを訴えようとしている。
 今まで“迎え役”以外のみかげさまが目の前に現れたことなどなかったのに、これは異常だ。どう見ても、歴代の複数の生け贄達が幻視できてしまっている。まるで、何か外れてはいけない箍が外れてしまったかのように。
 理不尽に生け贄に捧げられた彼らの怒りを体現するかのように。

――許してくれ、そんな風に願ってしまったのが間違っていた。



『それを、お前が言えた義理か』



 わかっている。
 父が言う通りだ、今さら被害者面などできるはずがない。



『琴子ちゃんを連れていく仕事はしたくせに、それが美園になったら拒むのか。よその子は良くて、自分の姪だから駄目?そんな理屈がまかりどおると本気で思っているのか。どんな子にだって親がいて、家族がいて、もしかしたら恋人だっているのかもしれないのに、だぞ』



 自分は、廊下に倒れていた琴子を洞窟に連れていき、台座にくくりつけた。勝木の仕事を全うしてしまった。美園が危ないからといって、彼女だけ助けようだなんて虫がよすぎる。そんなことをして美園が喜ぶとも思っていない。そもそも前回の時だってそう。親友のように仲が良く、眩しい笑顔を見せていた姉妹を眠らせて連れていったのは自分である。
 言い訳の余地などない。
 父を責める権利などない。
 自分は罪を犯した。直接殺していなくてもその手伝いをして平然としていたのだから同罪だ。それなのに、仕方なかっただなんて言い訳して罪から逃れるというなら、犠牲になった者達の苦しみや怒りは一体どこへ行けばいいというのだろうか。

――こんなことを続けていていいはずがない。悪しき風習は終わらせなければいけない。だから俺は……見合いを断り、結婚をしないことで跡継ぎを拒んだ。これ以上、呪われた勝木の家を繋げてはいけない。こんなことに関わってはいけないと……でも。

 それそのものが、結局のところ自己満足でしかなかったのも事実だろう。それこそたとえ自分が、自分達の家がこの村を抜けることができたとしてもだ。自分達がいなくなれば、誰かが跡を継いで暴虐を繰り返すだけなのである。本当の意味で終わりになどならない。
 そうやってこの村を出ることを選んだ妹夫婦の娘か、結局運命から逃れられずに生け贄として選ばれてしまったように。

――崩れる。……愚かな村が築き上げてきた礎が……堰が。

 カタカタ、と神棚が揺れた。供えてあった水の入ったガラスのコップも揺れている。水面に波紋が浮かび、やがて今にも水が零れそうに大きく波打ち始める。

「なんだ、何が起きてるんだ……?」

 不吉なものを感じ取ったのは父も同じだろう。玄関まで行きかけた正孝は、自分と同じように呆然と神棚を見上げている。
 息子が生まれた時点で、勝木の家の男といえど父の霊能力は大部分が失われているはずだが。それでも何もわからないわけではないのだろう。現にその目に浮かぶのは明らかな恐怖、そして戸惑いだ。

「あ、あぁ……」

 そして、そんな自分達が見ている前で。ガラスコップの透明なはずの中身は、ゆっくりと赤黒く染まり始めた。
 まずい、と反射的に尻餅をついたまま後ずさる美樹。次の瞬間コップは神棚から落下し――畳に、赤黒く染まった液体をぶちまけていた。

「ひっ」

 硝子が砕ける派手な音。だからそれよりも問題は――畳に広がった真っ赤な染みが、ぐにゃり、と生き物のように波打ったことである。

「お、おい美樹!これはなんだ、なんなんなんだ……!」

 パニックになりかけている父が叫ぶが、美樹には答える余裕などあるはずがない。見ればわかるだろう、としか言えなかった。
 自分達を恨み、憎んでいるものが誰であるのかなど。火を見るよりも明らかなことである。

――来る……“みかげさま”が、来る……!

 真っ赤な染みは黒々と盛り上がり、やがて髪の長い人影になった。靄の中から手が生え、足が生え、やがてぎょろんとした眼が覗く。
 指の無い掌がずるんと突きだされるのが見えた瞬間にはもう、正孝が絶叫していた。

「や、やめ……やめてくれ!やめてくれえええ!」

 操られるように突きだされる父の両腕。千切れんばかりに伸ばされるその両の指。
 いや、千切れんばかりに、ではない。
 千切るつもりなのだ、彼女は。――自分がそうされたように!

「やめ、や……ぎゃああああああぁぁぁぁ!!」

 ぶちぶちと生々しい音。正孝の十指の筋が引きちぎれ、血が噴き出し、白い骨が覗くのを見た時、美樹の足は反射的に動いていた。腰が抜けそうになりながらも立ち上がり、逃げることを選んでいたのである。

――父さんごめん……ごめん……ごめん、俺は、俺はっ!

 醜く浅ましい、生への執着心。生存本能は父を助けることよりも、己が生きることを優先させていた。

「!」

 靴も履かずに玄関を飛び出し、逃げた美樹は眼にすることになる。見慣れた家の前の道、黒いコンクリートが見えなくなるほど地面を覆い隠すものを。
 真っ白な無数の手の群れと、それに捕まれてもがいている何人もの人々の姿を。

「痛い……痛い痛い、痛いぃぃ!」
「離して、た、す、けてぇ……!!」
「ぐるじぃ……ぐるじぃぃっ!!」
「ぎいいいいいいいいいいいいいいだいいいいいいいいいいいいいいやだぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ママ……ママァ……助けてぇ……」
「いやぁ!誰かっ、誰かぁぁぁ!」
「うごごごごごごごおおおおぉぉおぉおおぉぉぁぁぁっ!」
「痛いよう……痛いよう……」

 老若男女問わず、白い手に絡み付かれて血まみれになった村人達が、悲鳴や苦悶の声をあげてもがいている。そこには地獄があった。文字通り、自分達が見てみぬフリをしてきた全ての罪を裁くための、地獄。
 何もかも遅かったのだ、と美樹は悟り、その場に座り込んだ。父の悲鳴はいつのまにか消えているが、家の中の気配はまだそこにある。篠崎秋乃に殺されるか、あるいはあの無数の生け贄達に食われるか、自分の未来は二つにひとつなのだろう。

――みかげさまは……解放を、望まれたのだ。自分の役目からの解放を……そして、自分に捧げられた同胞達の解放を……!

 美樹は理解する。彼女は結局のところ、地獄の蓋が実在するのかがわからなかった。この村の者達のことは恨みに思っても、この世界を滅ぼしたいとは思えなかったのだろう。
 だから“手を打った”。自分達が解放される代わりに――村人達全員を人柱にすれば、仮にこの場所が本当に呪われた場所であっても、きっと埋め合わせには足りると見込んで。

――俺達が、最後の……生け贄。

 次の瞬間。血だらけで苦しんでいた人々が一気に焔に包まれた。焦げた風に吹かれながら、美樹は知るのである。
 次は自分の番である、と。



 ***



「琴子!頑張って!」

 美園の言葉に、琴子は小さくうん、と頷いたようだった。だがその声は消え入りそうなほどに小さい。後部座席に寝かせ、包帯をぐるぐる巻きにはしているが、既に失った血の量が多すぎる。
 絶望的であるのは、誰の眼から見ても明白だった。

「シートベルトだけはしっかり絞めておけ、安全運転はできないからな」
「はい、お願いします……っ」

 村の外れに止めてあった黒い焔の車に乗り込み、美園は、繰り返し頷いた。とにかく琴子の容態は一刻を争う。幸いなことは、車に乗っても発進しても、何故だか追っ手が全く来なかったことだろうか。

「あの村はもう終わりだ」

 その答えは、美園が尋ねる前に焔から語られた。

「“みかげさま”は選んだんだろう。地獄の蓋があってもなくても対応できるやり方を。自分達が抜けた穴の埋め合わせを村の住人にさせることをな」
「それじゃあ、お祖父ちゃんや叔父さんは……」
「諦めろ、自業自得だ。喩えそれがお前の親戚であってもだ。……罪は裁かれなくちゃいけない。それが法に任せられないなら、相応しい者の手で。どちらにせよ、俺達に出来ることはもう何もない。お前も……ただ“予感”が“見える”だけの俺にもな」

 なんとなく、その言葉で彼の能力がどのようなものであるのかを察した。同時に、彼が何故霊能力者を自ら名乗らないのかも。恐らくは自分が深く追求して尋ねたところで、到底理解が及ぶものではないのだろうということも。
 答えがわからないものに、はっきりとした名前をつけることは難しい。
 そして名付けてしまえばそれは、幻想であっても現実に変わってしまう。笹下が長らく、作られた悪夢から逃れることができなかったように。

「美園」

 村が見えなくなった頃、唐突に後部座席から琴子の声がかかった。死にかけているとは思えないほどしっかりした声で、彼女は。

「ありがとね」

 ただ、それだけをはっきりと告げた。あまりにも突然だったので面食らい、美園は思わず後ろを振り返る。

「な、何琴子?藪から棒に。縁起でもないんだけど」

 車内にはただ、車の走行音が無情に響き渡るばかり。
 琴子から、返事が返ることは――無かった。
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