上 下
7 / 18

<7・封印。>

しおりを挟む
 異世界というと、夢や希望に溢れたものを想像する人が多い。しかし、実際はもっと邪悪で、人間が見ただけ触れただけで発狂してしまいかねないような冒涜的な世界もたくさんあるという。

「覗くだけで精神を破壊される世界、一歩踏み込めば空間そのものに肉体を呑みこまれてしまう世界。異世界にはそんなものがゴロゴロしている。確かに、ライトノベルで描かれるような剣と魔法の世界もどこかにはあるんだろうが……そういう世界はごくごく一部でしかないんだ。多くの世界は、この世界の人間が生きるのに全く適したものではない。宇宙において、地球人が住める惑星が他に見つからないのと同じ理屈だ」

 なるほど、その例えはわかりやすい。花火は頷く。宇宙空間において、地球人が生きることができる惑星が他にないかという議論はたびたび出現するが。少なくとも現在の技術では非常に厳しい、というのは理科の授業でもやったしユーチューブの動画でも見たことがある。
 例えば金星なんかは、気温がバカ高い上、常に硫酸の雨が降っているので非常に危険な惑星だと言われている。とても人間が住むどころの話ではないのだろう。
 また、一番まともな環境と言われる火星は地球より相当寒いことに間違いはなく、しかも大気に酸素がないという大問題がある。遠い未来に移住計画が実現する時があるかもしれないが、現状の科学技術ではテラフォーミングなど夢のまた夢なのだと言っていい。
 木星や土星に至っては放射能がヤバすぎて近寄れもしない上、そもそもガス惑星なので大地がなく、住む以前の問題である。――そう考えると、今の地球人が住めるこの地球という惑星が、いかに奇跡的な環境で成り立っているのかわかるというものだ。

「……わかりやすいかも。地球は、いくつもの条件が幸運で重なって、やっと今の条件になったって授業とかで言ってたよ」
「だろ。地球が今でも火山ぐつぐつの火の惑星だったら、今の人類はない。あるいは、そのアツアツの環境でも生きられるようにアップデートされた別の生命が進化していたはずだ」

 同じことが異世界でも言えるんだ、と夜空。

「そのセカイの人間は、そのセカイに生まれると決まった時点でそのセカイで生きやすいように肉体と魂が設定される。生まれつきみんなが魔力を持っているような世界では魔力を持って生まれるし、水の中で生きられるような生命は生まれつきエラ呼吸ができたりする……ていう具合だ。地球の人類は、地球でのみ生きやすいように進化した肉体と魂を持っている。地球の人間が、水が一切ない乾いた砂のセカイに転移して生きられるか?気温マイナス1200度のセカイに転移して生きられるか?答えはノーだ。世界の壁を越えられないのは、そのセカイに生きる人々の命を護る為でもあるんだ」
「肉体的にはわかったけど、魂っていうのは?」
「正確には、魂が持っている記憶といった方がいいか。実は死んだ後魂が別の世界に転生することそのものはなくはないんだが、ライトノベルのように前世の記憶を思い出すようなことはまずならないんだ。理由は単純明快、前世の記憶を持っていることで世界の干渉ルールを破ってしまうから。場合によっては、それだけで発狂してしまうこともあるからだ」
「?」

 なんだか、頭がこんがらがってきた。どういうこと?と頭痛を覚えながら花火は尋ねる。

「そうだな、例えば」

 どう説明したものか、と迷っているのは夜空も同じであるらしい。彼は顎に手を当ててしばし考え込んだ後に。

「……一面闇で包まれた世界があるとしよう。その世界の住人は、闇の中で生きるのが当たり前だ。生まれつき何も見えず、音だけを頼りに生活しているとする。そういう住人が、何も見えない環境を怖がったり怯えたりすると思うか?」
「や、それはないだろ。生まれた時からずっと真っ暗な世界なんだぜ?何も見えないのが普通なんだから、見えないことに慣れてるだろ」
「そうだ。では、そんな世界に転生した人間に、地球の記憶が蘇ったらどうなる?しかも地球では、健康的な体を持ち、目が見えていて、ごくごくありきたりな一生を終えたものだと仮定すれば」
「え?あ……あー……」

 それは、確かに怖いことかもしれない。何も見えないことが急に恐ろしくなるのではないか。なんとか、光を灯そうと躍起になってしまうかもしれない。その行動は、暗黒が当たり前の住人達からは非常に奇異なものとして映るだろう。
 そもそも、多くの地球の人間は真っ暗闇の中で一生を終えることに慣れていない。人によっては、それだけで発狂しかねないはずだ。

「わかるだろう?前世の記憶というのはつまり、そのセカイにおける常識なんだ。それを持ち越すことで、よそのセカイの調和を乱すのはもちろんのこと、自身の健康を害することもある。バケモノだらけの世界の住人は己がバケモノであることを恐ろしいとは思わないが、その住人に地球の人間が記憶を持ったまま転生したらどうなるか……考えるだけで恐ろしいはずだ」

 なるほど、だから基本的には“異世界転移”も“異世界転生”もあってはならないと言いたいらしい。干渉するだけで、恐ろしい惨劇を招きかねないから、と。

「ってことは、その異世界の存在が……門とやらを使ってこの世界にやってくるっていうのは。相当まずいこと、だよな?」
「ああ」

 夜空は頷いた。

「中には、地球人が見るだけで発狂してしまうようなおぞましい姿の者も存在する。本人に悪意はなかったとしても、吐く呼吸が毒を含んでいるような生物ならばこの世界に来る行為だけで害になる。……ゆえに、異世界を繋ぐ門は、そういうモノがこちらにやってくる前に塞がなければいけないんだ」
「それはわかったけど、七不思議とどう関係あるのさ?」
「大ありだ。門が開いて異世界の存在が来てしまうと、そいつらは怪談として語られることが少なくないからだ。何故なら、人間は得体のしれないものを、自分達がわかる常識で説明しようとするものだからな。お前だって、七不思議に出てくるあの少女は“幽霊”だと思ってたんじゃないのか?」
「え?まあ……」

 そこで、なんとなく理解が追い付いた。異世界からやってきた存在に、地球の常識は通用しない。その存在に悪意があろうがなかろうが、常識の範疇外の行動をしてこの世界の住人をトラブルに巻き込んでしまうことは少なくないだろう。
 例えば、遊びたいという理由で生き物を手当たり次第自分の異空間に放り込んでしまう異世界人がいたとしたら。そいつがやらかした事件は、神隠しとして語られる可能性が高いはずだ。つまり、神様だとかアヤカシだとか幽霊だとか、元々この世界に存在した人外の行動だ、と。
 なるほど、それらの事件を元に怪談が作られ、語られるようになるというのは珍しくなさそうだ。まさか、異世界人の仕業だなんて誰も思うまい。

「また、少し知恵のある異世界生物ならば、元々ある怪談を利用して擬態することもある。擬態して、その怪談の幽霊やら妖怪やらのフリをしてこの世界の人間に危害を加えようとしたり、侵略行動に出たりする。……先ほどの体育倉庫裏の少女なんかはこちらのパターンだな。多分七不思議の存在に擬態したから、あの姿だったんだろう」
「う、うん。七不思議に出てくる女の子そのものだったよ」

 正確には、花火が想像した少女の姿そのままだったと言えばいいか。思えばその時点でちょっとおかしいと思うべきだったのだが。

「先ほどの少女は、異世界の侵略者が擬態して、七不思議の一角になりすましていたわけだ。七不思議のふりをしておけば人間達は、起きた事件をこの世界の幽霊や妖怪の仕業だと思ってくれるからな。……では、何故。そこまで手間暇をかけて、異世界の奴らがこの世界にやってこようとしているのか?しかも七不思議にフリをしてまでこの世界の人間に危害を加えようとしているのか?」

 それは、と夜空は険しい顔で言った。

「奴らが、前にもこの世界に来て、追い返されたことがある連中だからだ。……お前は聞いたことがないか。この学校に、怨霊が封印されているという噂を」
「え?う、うん。そんなものもあったような」
「俺が耳にしたのもその噂だ。その上で強い力の気配を感じたので、この学校に転校してきた。……かつて、この学校にイービル・ゲートが開いて、悪意ある異世界人が侵入してきて害を齎した。ゆえに、先人の退魔師がその異世界人を異世界へと追い返し、その出入口である門を封印したんだ。その封印の方法というのが……これ。その門の上に、学校のような人の集まる施設を建てるということ」
「は!?」

 思わずぽかーんと口を開けてしまう花火。なんだろう、つい最近似たような話をどこかで聞いたような。
 そして自分は、こんなツッコミをしたような。

「……ナンデ!?そんな危ない場所に学校なんか建てたら、生徒が危険にさらされるじゃん!」

 実際、その異世界人が再び現れて被害を受けているのはこの学校に通う自分達である。そんな危ない土地だとわかってんなら学校なんか建てないで更地にしとけや!としか思えない。
 というか、何も知らないで通っている大多数の生徒が気の毒すぎるではないか。

「気持ちはわかる。でもそれが、封印として効果的だったんだ」

 夜空は手で、ドアをノックするようなポーズをした。

「よくある怪談でもあるだろう?わざわざ家のドアや窓をノックしてきて、家人に開けさせて侵入してくる系怪異。あんな手間かけるくらいなら、さっさと自分でドア開けて入ってくれないいと思うだろ、普通」
「ま、まあそれは確かに?」
「あれは、そうする必要があってしている。ドアを家人に開けさせる=招かせることをしないと中に入ることができない、弱い力しかもたない怪異だからだ。生きている人間の生命エネルギーは、お前が思っているよりずっと強い。無意識に人は命のバリアを張って自分を守っている……弱い浮遊霊や魔物が近寄れないほどに。だから、それを何十人、何百人と集めれば、それだけで門を抑える蓋の役割を果たすんだ。学校という場所はそういう意味で最適なんだよ。特に東京埼玉神奈川大阪……みたいな人が多い都道府県の中心地に近い場所の学校なら、早々過疎になって廃校になる心配もないからな。同じような形で封鎖された門が、この日本には大量に存在している。上にある建物は学校だけとは限らないが」

 さて、ここからが本題。彼は座り直して、まっすぐに花火を見つめ。
 とんでもないことを言いだしたのだった。

「お前も察してるだろうが、この学校の門は既に開きかかっている。かつて人々に危害を加えた異世界の魔物が、恨みをもってこちら側に戻ってこようとしているんだ。それを追い返し、門を封じなければいけない。……デカ女、お前も協力しろ」

しおりを挟む

処理中です...