虚構の国のアリス達

はじめアキラ

文字の大きさ
上 下
27 / 31

<第二十七話・魔女達の夜会>

しおりを挟む
『み、美亜ちゃんすごいのね。よく家庭科室の鍵なんて……』

 おどおどとした大人しそうな少女が尋ねる。前に見た時よりも、取り巻きの数が確実に増えてるな、と有純は思った。一番最初に晒し上げを行っていた時は三人程度だったのが、今では男子も含めて七人くらいになっているではないか。
 特に今発言したおさげの少女は、前回から見かけたメンバーの一人であるようだ。確か聡子、と呼ばれていただろうか。

『ちょっと工夫すれば、これくらい簡単に手に入るのよ』

 聡子の発言に、美亜は得意気に笑う。

『此処には先生もそうそう見に来ない。放課後の活動をやってるクラブとかもないしね、外の校舎裏とかよりよっぽど安全なの。雨でも充分に“話し合い”できるし、“いいもの”も揃ってるしね』
『いいもの?』
『それは、後のお楽しみ、ね?』

 何だろう。一見すると上品で笑顔の可愛い美少女なのに――美亜がそうやって言葉を発するたび、妙な寒気が有純の背筋を走るのだ。嫌悪感とも違う。違和感に似ているがそれだけでもない。
 恐らくわかってしまうからだろう。彼女は何一つ、本心から言葉を語っていないということが。心からの笑顔では断じてないということが。

『えっと、此処で何をするんだ?秘密の相談?』

 口を開いたのは、新顔の男子生徒だった。体が大きく、いかにも乱暴者という印象である。

『あ、拓雄君は知らないんだっけ、そういえば』
『まだ“仲間”になって日が浅いものね、しょうがないよ』
『私達会議してるんだよ、いつもここで』
『会議?』
『そうなのー』

 一見すると子供らしく無邪気な会話に見える。――そう、市川美亜という少女の本性と、バックグラウンドさえ知らなければ。

『美亜ちゃんはね、クラスを“良くする”活動を、学級委員として毎日頑張ってるの。私達でそれを応援してあげたくて、時間がある時はこうして放課後に集まって相談するのよ。……今のクラスを“ダメ”にしてるのは、誰なのかっていう話を』

 何となく流れで察したが、あの聡子という少女は結局的に美亜を誉めておだてたり、空気を読んだ質問をして議論を先に進める役目を担っているらしい。なんとまあわかりやすいこと、と有純は呆れる。

「クラスをダメにしてるのが誰かって?そいつだそいつ!お前の目の前にいる性悪女だろーが」
「気持ちはわかるけど静かにしてようか有純。話が聞こえないし、ツッコミ入れたところで向こうには聞こえないんだから」
「聞こえないから突っ込むくらいしかできないんだっつーの!」

 プンスコする有純の隣で、夏騎は妙なほど冷静だ。彼を不登校になるほど追い詰めた元凶の集団が、目の前に存在しているというのに。
 怖いとか、苦しいとか、憎たらしいとか――そういうものを抱いたりはしないものなのだろうか。あるいは、どうせ過去のビジョンだからと彼も彼で割りきっているのか?

――くそっ……俺がキレても仕方ないのはわかってるけど!

 確かなことは一つだろう。
 市川美亜とその取り巻き達は、こうやって秘密の会議をして、毎回新しい狼とその“追い詰め方”を相談していたのだ。

『あたし一人じゃなかなか難しいの。一人でクラス“全体”の問題を見るのって本当に難しいから』

 いけしゃあしゃあと宣う美亜。

『だからみんなの意見がとっても大事。久保田君もそろそろ反省して“優しい羊さん”になってくれると思うんだよね。だから、そろそろ次に移ってもいい頃合いだと思うの。みんなは、このクラスの和を乱してるのは“誰”だと思う?』

 恐らくこうして集まることは、新入り以外にはわかりきっていたことなのだろう。新入りの何人かは戸惑った様子で考え込んだが、それ以外の古参達は次々と自分の意見を言い始めた。
 矢継ぎ早に、待っていましたと言わんばかりに。

『佐々木さんは?美亜ちゃんがお願いしてもいっつも反応が遅いし、みんなで集まってナニかをしようって時もものすごく非協力的よ!』
『太刀川とかどうだよ。あいつ美亜の悪口言ってたって聞いたぞ』
『それよりも私は中川さんが我慢できないんだけど。空気読めてなさすぎるよね。この間なんかせっかく美亜ちゃんが買い物に誘ってくれたのに、塾があるからーって断ってきたんだよ?そんなものより、美亜ちゃんのショッピングの方がずっと大事に決まってるじゃない、塾なんか一日くらいサボったってバレやしないのに!』
『菜々枝ちゃんもなんとかならないかなぁ。この間のドッジボール酷かったよね。運動神経悪いのわかってるなら、せめて避け続けるとかもっと貢献すればいいのに。ボールを拾ってもぐずぐずしてるからテツ君に取られちゃうんだし!』
『なら、そのテツの奴も問題じゃね?秋津からボール奪ってさっさとポイント取りに行くし!しかも美亜に当てやがった!わざとじゃないとか謝ってきたけどだからって許せるものでもなくね?』
『そ、それなら興津さんもさ……』

 なんだこれは、と有純な愕然とする。自分は一体、彼らに何を聞かされているのだろうかと。
 誰も彼もが必死で、自分と取り巻き達以外の誰かの名前を挙げて“狼”にしようとお粗末なプレゼンテーションを繰り広げている。そうしなければ、相応しいターゲットがいなければ自分がその立場に追いやられてしまうと言わんばかりに。
 やがて空気に飲まれて、新入りのメンバーも議論に参加していく。そこにあったのは小さな地獄だった。取り巻きとして、美亜の軍門に下った者達の現実さえこれなのだと悟らざるをえない。彼らは安全な立場を勝ち取るためにそこに自ら甘んじたはずだったのに――誰もが作り笑いばかりを浮かべて冷や汗をかいているのだ。
 その下にある、恐怖と焦りを必死で圧し殺そうとするように。

『みんな、たくさん意見を出してくれてありがとう。とっても参考になるわ』

 そんな彼らを、にこにこと眺めている美亜。何が参考になるだ、と有純は彼女を睨む。飛び交ったのは全て偏りに偏った主観に満ちた、しょうもない悪口ばかり。やれ少し態度が悪かっただの誘いを断っただのドッジボールで美亜にボールを当てただの。
 聞けば聞くほどどれもこれも、さほど本人の非とは思えぬようなものばかり。こんなもののどこが“クラスを良くするため”に役立つのかさっぱりわからない。

『じゃあ、あたしの意見を言うね』

 そして、美亜は。

『五十嵐夏騎君は、どうかな?みんな、どう思う?』
「!!」

 一瞬、場の少年少女達が静まり返る。そして有純も思わず夏騎の方を見ていた。
 夏騎も一時期は“狼”だったと知っている。まさかそのターンが、ここで回ってきたというのか。

『そ、そうよ』

 そして真っ先に、美亜の言葉に賛同する聡子。

『わ、私達肝心なこと忘れてた……そうよ、五十嵐君がいたじゃない!』
『え、な、夏騎?なんでだ?』
『拓雄君それも知らないの?しょーがないなぁ、ほんと』

 教えてあげる!と古参の少女の一人が胸を張った。

『夏騎君はね、一番やっちゃいけないことをしたの!美亜の心を踏みにじったのよ!!』

 すると、美亜がわざとらしく濡れた声を出し、目元を覆って見せた。

『それはいいの、麻知。あたしもいきなりすぎたもの、いきなり付き合ってほしいなんて、そんなこと言うべきじゃなかったの……いくら夏騎君がかっこいいからって、ちょっとデートしてほしかっただけだからって』
『全然良くない!良くないよ美亜ちゃん!』
『うわ……マジか、夏騎……』
『女の子の気持ちを踏みにじるとか男としてサイテー!いくらちょっとカッコイイからって許せることじゃないし!!』
『ていうか美亜ちゃんみたいに頭も良くて優しくて美人で?そんな女の子振るとかまじで有り得ない。なんで?他に好きな子でもいたの?美亜ちゃんより可愛い女の子とか存在しなくない?無理じゃない?』

 好き勝手に言い続ける集団。夏騎、と思わず横の彼に声をかければ。

「……美亜が苛めの主犯なんてことくらい、わかりきってたさ。断ったら矛先が俺に向くかもしれないってことくらいはな」
「じゃあ、なんで」
「決まってる。……何で好きでもない奴と付き合わなきゃいけないんだ。…………がいるのに」
「?」

 後半は、彼らしからぬ小さな声で殆ど聞き取ることができなかった。何?と聞き返したが――夏騎はそっぽを向いてしまう。
 何にせよ、彼が標的にされた理由はあまりにも単純でくだらないものであったとはっきりしたわけである。フラれたのを苛めで返すなんて、最低以外の何物でもないではないか。

『人の心の痛みがわからない、女の子を傷つけて平気な奴がいるなんて許せない……そうは思わない?よく考えたら五十嵐君ってみんなと全然遊ばないし、一人でいてばっかりだし、そういう意味でも和を乱してると思う!』

 一人の少女が言えば、みんながそうだ、その通りだと囃し立てる。最初は戸惑っていた拓雄も段々と当てられて、それが正しいと洗脳されていく。
 これが美亜のやり方なのか、と有純は絶句するしかなかった。結局全て彼女の思い通りだ。彼女が気にくわない相手から狼に決まっていく。

『決まりね、じゃあ次の狼は“五十嵐夏騎”で!』
『賛成ー!』

 こんな簡単に。こんな理由で。
 人の心が踏みにじられ、壊されていく。こんなことがあっていいのか、許されるのか――有純は拳を握った。そして。

『五十嵐君にするのはいいけど、私としてはもう一人制裁するべきだと思うの』

 予想外に続いた聡子の言葉に、ぎょっとさせられることになるのだ。

『他のクラスだけど。……私は、中野有純も気に入らない』
しおりを挟む

処理中です...