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<13・Trump>

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 その日から、作戦をくみ上げるための最初のトーリスの“調査”が始まった。
 敵の情報を得るための調査、ではない。味方の戦力を分析するための調査である。

――俺の能力は、味方や敵の能力を分析することはできても……性格や特性まで把握できるものじゃない。そういうものを知らずに作戦なんて立てられない。

 自分は指揮官向きの性格ではない。もっというと、この作戦の指揮を執るのはあくまでクリスであって自分ではない。己は補佐として呼ばれているにすぎない――それくらいのことはわかっている。
 けれど彼を助けるならば、そのために必要な情報は徹底的に集めるべきなのだ。そう、部隊の兵士たち、その性格や得意なことを知るというのもそのうちの一つなのである。
 極端な例で言うのであれば。
 集団において、リーダーをするのが得意な人間と、黙って指示を聞いて動くのが得意な人間がいる。
 自分で何かを決めたり、考えたりするのが好きな人。責任を負うことを重圧と考えないようなタイプはリーダーに向いている。
 逆に、自分で動くより、信頼できるリーダーの元で働く方が好きな人は部下に向いている。プレッシャーに弱いが、影で人を支える地味な仕事が苦ではないというタイプはこの傾向にあるだろう。
 当たり前だがリーダータイプの人間に部下をやらせてもうまくいかないし、部下タイプの人間にリーダーをやらせても右往左往するだけ。どれだけ個人が優秀でも、リーダーばっかりの集団、部下ばっかりの集団が回るはずがない。両方できる人間もいるにはいるが、大抵の者はこのどっちかが得意というのがあるはずだ。
 他にも、最前線で武器を使って戦うのが得意な人間もいれば、後方で戦況分析をするのが得意な人間、あるいは応急手当やみんなのご飯を作って支えるのが得意な人間もいるだろう。
 それらは単に、能力的な得手不得手にとどまらない。一人一人の性格にも大きく影響するものだ。
 そして性格を知るためには――積極的な交流が、必要不可欠なのである。

「久しぶりにやったなー大富豪!おれ、このゲームも結構好きだゼ!」

 バランは楽しそうにトランプを配っている。
 今日は、彼が誘う“飲み会”にトーリスも参加した形だった。ケンスケ、レナ、ポーラといったメンバーもいる。大富豪をやりたいと言い出したのはトーリスだった。配られたお酒をちみちみと飲みつつ(トーリスは自分が酔っぱらうと目的を果たせないので、一杯目のビール以降はノンアルにするつもりだった)、交流を深めつつ、みんなのプレイングから性格分析をしようという目論見である。
 ちなみに大富豪のルールは、住んでいる町や地域によって大きく変わることでも知られている。
 まず、札の強さが違う。
 ジョーカーが最強なのは言うまでもないが、他にもその次点の強さの札を2と定めるか、Aと定めるかで町ごとに違いがあった。バランもトーリスも2が次点最強札だったが、ポーラはAが最強だった町であるらしく最初は戸惑ったという。
 他にも、細かなルールをどれくらい追加するか、でゲームの難易度が変化する。
 四枚同じ札を揃える革命。これを採用するケースとしないケースがある。基本的に採用しないと面白くないので、採用するパターンが多いだろうが。
 同じマークが二度続いて出された場合“しばり”が発生し、以降誰かが“切る”までそのマークの札しか出せなくなるというのもある。
 あとは8切り、階段、などなど。あとは“ジョーカーはどんな札の代わりにもなる”というルールは、採用されたりされなかったりするらしい。これはトーリスも初めて聞いたもので、今回はひとまず不採用となった。ジョーカーを使われると、戦略の幅が広くなりすぎて混乱するためである。

――大富豪ってゲームは、その人の性格がより濃く出るゲームだと思ってる。……手元にある札をどういう出し方をするか、あるいは温存するか。慎重な正確な人間ほど、強い札を温存して弱い札から捌きたがるものだ。

 人数が多いので、一人あたりの枚数が少なくなっている。トーリスは自分の手札を見て少々苦い気持ちになった。ジョーカーが来なかったのは仕方ないとして。2が一枚だけで、あとは絵札さえゼロとはいかに。これはなかなか厳しい戦いになりそうだ。
 と思っていたら、隣に座ったレナが冷や汗だらだらになっている。自分の札を睨み、皆の札を見、もう一度自分の札を睨んでため息。どうやら相当配られたカードが悪かったらしい。

――て、典型的な……思ったことが全部顔に出ちゃうタイプかあ。

 レナは一人で黙々と訓練するのが好きで、いざ敵と対峙すると怖くて逃げてしまうと自分でも言っていた。そしてこの様子。感情のコントロールがあまり得意ではないと見える。当たり前だが、そういう人間は最前線に向いていないし、指揮官にも向いていない。縁の下の力持ちとして部隊を支える役目が彼女は得意ということだろう。
 今回、彼女には非常に重要な任務を担ってもらうことになっている。
 敵の塔を崩壊させるためには、レナのスキルが必要不可欠だ。彼女の力を使って地面の強度を変化させ、トンネルを手作業と小型機械だけで掘り進めていくことになるのだから。まだ正式な作戦内容は彼女に伝えられていないはずだが、その作戦に彼女がまったく向いていなければ話にならない。性格的にそういうことが可能かどうか。それもここでちゃんと見極めるべきなのだ。

「最初は慎重にいきます、ね。えっと、4一枚で」

 ジャンケンで勝ったケンスケが4を一枚ぺろっと出す。序盤は、最も弱い札から出すのがデフォルトだ。もっと言うと、弱くて、かつ二枚や三枚で揃っていない札が望ましい。
 2がジョーカーの次に強い手札だということは、必然的に最弱の手札は3になる。ただし、スペードの3は例外としてジョーカーに勝てるという特殊ルールがあるため、スペードの3は温存される傾向にある。
 同時に、万が一革命が起きた場合、ジョーカー以外の力関係はひっくり返る。つまり、一気に3が、ジョーカーに次ぐ最強の札となるのだ。それを考えて3を温存する人もいなくはないだろう。また、3が二枚、三枚と揃っているケースも温存したくなるはずだ。
 だから4からスタートするというのは、実にオーソドックスである。ケンスケの慎重かつ堅実な性格が見えるというものだ。

「おう、じゃあ俺は一気に10だ!」
「ちょ、ちょっと!何でその間飛ばすのよバラン!?」
「いいじゃねえか、札をどういう順番で出そうが俺の勝手だロ!?」
「ええええ」

 さて、ここでバランが一気に数字を飛ばして10を出してきた。まだ序盤ということを鑑みるなら、バランの手札にもまだまだ弱い“単数の札”があってもよかったはず。それなのに10まで数字を飛ばしたということは、考えられる可能性は二つである。
 一つは、5から9までの札が揃っている(二枚ぞろい、三枚ぞろいになっていたり、階段になっていたり)ためにバラけさせたくなかった可能性。
 もう一つは、一気に高めの数字を出すことによって周囲の手札の良さを見たり、あるいはこの場で主導権を握ろうという考え。バランは果たしてどちらだろうか。
 なお、非難したレナは明らかに困っている。――困るということは、出そうと思えば出せなくはない状況、ということ。絵札か、もしくはA、2、ジョーカーなら出せる場面である。しかしゲームが始まったばかりということを鑑みるならば、この時点で強い札を使ってしまうのは怖いと思うのも心理だろう。
 結果。

「……ぱす」

 はあ、とレナはため息交じりに言った。その隣のポーラは迷うことなくジャックを出す。ちぇえ、とバランが唇を尖らせた。

「10で切れたらすげー楽勝だったってのによー」
「そんな数字で親になんかさせてたまりますか。はい、次出せる人どうぞー」
「出さない出さない。ポーラ、お前が親でいいよ」
「はいはい。あ、トーリスさんは?」
「俺もパスでいい」
「わっかりましたー!」

 面白い。これは実に面白い。まだ一周しただけなのに、みんなの性格が如実に表れている。
 バランは10で親になれたらラッキー、くらいの気持ちだった。序盤だからこそ、積極的に強い札を出してくる人間は少ないと踏んでいたのだろう。実際、ゲーム終盤だったならば、10やジャックで親を取ることなんて難しいはずだ。彼はそこまで考えて、みんなの様子をうかがったわけだ。
 親になれたらラッキー。なれなくても、10くらいならば別に失ってもどうってことはない。彼は無謀なようでいて、最善と次善がよく分かっているタイプだ。意外と冷静、それでいて駆け引きも嫌いじゃないタイプ。意外だった。彼がリーダーに向いていそうなキャラクターだというのは。
 そしてポーラはまったく迷うことなくジャックを出した。それは彼女の手札がものすごく良かった可能性もなくはないが、ゲーム序盤であると考えるならば彼女の札にも弱いカードはあって然りのはず。それでも絵札を出すことに躊躇いがなかったのは、レナが考えている間に自分の選択を決めていたからに他ならない。
 つまり、彼女はタイミングを見逃さないタイプ。時間がある時にしっかり考えをまとめて、落ち着いた判断ができる人間ということ。彼女もバランとは違うが、リーダーとして何かを決めるのに向いていそうである。そして。

――親になった時、どういうカードから出してくるか?これにも性格が大きく反映される。

 ポーラは、今回の作戦で必ずしも必要な人材ではない。たまたま最初の日にトーリスの案内役を任されただけの女の子だ。脚力も体力もかなりあるようだが、腕力はそこまでではない。身体能力も総合的に、他の兵士たちに勝るというほどではない。でも。

――中尉っていう階級の俺に一切物怖じせず、それでいて丁寧語はずっと守ってる。……度胸があるけど、それでいて多分しっかり教育を受けたタイプ。案外いいところのお嬢様なのかもしれない。

「はい、私はこれです。3の三枚揃いー」
「うわあ、地味に嫌なやつ。そしてスペードの3はないのか……手札に温存した?」
「さて、それはどうでしょうねえ」

 ニコニコ笑顔で、三枚の3を並べるポーラ。三枚ぞろいを出された場合は、他の者も三枚ぞろいでないと手札を出すことができない。場にあるのが最弱の3なので、4以上のどんなカードでも三枚揃っていれば出せる、が。
 三枚ぞろいというのは、なかなか手札に来ないもの。そして、四枚ぞろいを持っている人間なら尚更崩したくなくて出したくないもの。もっと言うと、四枚ぞろいの持ち主には革命の権利が与えられる。革命したいと思っている人間も当然、四枚ぞろいは温存するはずである。

――俺の手札にも、三枚ぞろいはないし。

 3の三枚ぞろいで切られるのはなかなかしんどいが、ここはパスしかないだろう。他の者達も同じだったようだ。同時に、ここで全員が頭の中でカウントしたはずである。
 3が三枚出た。4も一枚消えた。ということは、革命が起きた時脅威となるであろう下級札が早々にここで消化された、ということでもあるといことを。3と4が全てなくなれば、革命が起きた時一気に5が脅威になる。ポーラがそれをわかっていた上であっさり3を切ってきたということは。

――度胸があるし、取捨選択が早い。……革命を警戒するより、順当に札を消化しつつ、かつ場の空気を掴むことを優先したわけか。

「はい、じゃあ次は普通に6の一枚ですーどうぞー」
「そっち先に出せヨ!」
「そっち先に出したら親取られちゃうじゃないですか。いーやでーす!」

 バランのツッコミに、笑いながら返すポーラ。仲間たちとの関係も悪くない。そして、みんなもなごみながら札を出していく。ポーラの手札が一気に減った事実を警戒しながら。

――いいな、彼女。

 ポーラのスキルといい、今回彼女を作戦に組み込むかどうか悩みどころではあったのだが。むしろ、彼女は最前線に出てもみんなを冷静に指揮できるタイプかもしれない。実に興味深い。同じ女性だし、レナとの仲も悪くないようだし、ポーラが一緒にいればレナも安心して動けるかもしれなかった。
 こっそりとトーリスは、心の中のメモに追記する。今回のゲームで得られた収穫は、想像以上に大きかったと思いながら。
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