ワケアリ彼氏とイケナイ秘密

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<10・コイを教えて>

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 昔から、どうしても人に合わせて我慢してしまうことが多かったんです、と成都は語った、なんとなくそれは、千愛にも想像がつくところではある。大学時代の彼は、とにかく人に気を使っていつも気を張っている印象があったからだ。それが辛そう、というのではなく。そうやって人の様子を伺うのが、当たり前になっている雰囲気はあったのだ。
 それは悪いことではないのだが、どうにも成都の場合、子供の頃のトラウマに起因しているというのが苦しい点だったのだろう。昔から臆病な子供だったのだ、と彼は言う。クラスでいじめが起きていたり、誰かが酷い目に遭っていても助けてあげることができず、それどころか自分に被害が飛ばないように目立たない人間を演じてしまうことが多かったのだそうだ。
 そんな自分が大嫌いで、変わりたいと願って。高校くらいから、徐々に今の自分を築くようになっていったのだという。積極的に人を話して、意識して困っている人を助けて。そういうことをするようになったら、おせっかいだと言われることもある反面、自分に少しだけ自信が持てるようになったというのだ。
 それでも残念ながら、大きな声で怒鳴るような人間は怖いと感じるし、人の顔色を窺ってしまう癖は治らないけれど、と。

「そういう俺にとって。惣介は、俺とは違って……自信に満ち溢れてて、カッコいいって思ったんです」
「カッコいい?」
「顔がすごくイケメンで、まあ、好みのタイプだったというのもあるんですが。……俺が想像する、とにかく“男らしい男”って、まさにそういうイメージだった、というか」
「……まあ、わからないではないけどさ」

 確かにあれは、ナルシストかと思うほど自信過剰なタイプに見えたけどね、と千愛は心の中で呟く。まあ、引っ込み思案な人間ほど、あれを男らしさと思ってしまうのも分からない話ではない。

「それに加えて。俺は、割と幼い頃から自分の性的趣向が多数派ではないってことを認識してて。……バイセクシャルって一言で言ってもいろいろいるとは思うんですけど、俺は文字通り“男性にも女性にも同じくらい性的な魅力を感じる”んです。男女ごちゃまぜのアイドルグループを見て、誰が一番好み?って尋ねられた時、本当に全員を等しく範疇に入れるというか入るというか。……ってすみません、俺も自分でうまく説明できなくて」

 小学生の時。初恋相手が男子であったのも大きかったという。最初は、同性への憧れだと思っていた。彼はドッジボールが誰よりうまくて、誰より強いボールが投げられて、かけっこもいつも一番で。とにかく、女の子に黄色い歓声を上げられるようなタイプであったからである。背はそこそこ高くても、貧弱なタイプだった成都は。自分も彼みたいになりたい、と彼のような男が理想だと強く思うようになったのだそうだ。
 憧れが強すぎて、近くに行くのも声をかけるのも恥ずかしくて。
 それが恋かもしれないと気づいてしまったのは、彼に女の子が告白しているのをたまたま見かけてしまった時。彼がその答えにイエスと答えたかノーと答えたかはわからない――その前に逃げ出してしまったから。ただ、堂々と告白できる彼女に強く嫉妬した瞬間、嫌でも己の感情の正体に気づいてしまったという。自分は、そういうことができないのに、と。そう、男は女が好きで、女は男が好きなのが当たり前だろういう固定概念があったからこそ、自分の感情の意味に気づくことも受け止めることもできなかったのだ。
 最初は恐怖で夜も眠れなくなるほどだった。そして、自分が同性愛者かもしれない、という事実がクラスにバレたらきっと何もかも終わりだ、いじめられたり気持ち悪がられるに決まっていると思ったのだという。そしてさらに年月が流れ、次に女の子を好きになって安堵してしまったのだそうだ。自分が好きになるのは、男だけではなかったのだと。

「LGBTって存在への認識が広まるようになったといっても、実際多くの人にとっては他人事でしょうし……生理的に受け付けないのを無理に押しつけてくるなという人もいます。……それも、仕方ないことです。俺だって、自分がそうじゃなかったらどういう考え方になっていたかわからないし」

 誰かの役に立つことで、自分は必要な人間なのだという価値観を確立することができるようになり。少しだけ明るい人間になれたのが、千愛と出逢った大学時代のこと。それでも誰かにカミングアウトする勇気はなかったし、それまでも実際には女性としか付き合っては来なかったのだという。
 だから社会人になり、同志がいたのだという事実は成都を大いに安堵させた。そして彼が、自分が秘すべきと思っていたことを堂々と皆に周知している上、それを受け止めてくれている環境に驚かされたのだというのだ。

「確かに、俺様で横暴で自信家なところもあるのは事実で。でも、その時の俺には、そんな惣介さんがどこまでも頼もしく思えたんです。今まで抱えてきた悩みも、惣介さんだけは分かってくれたから。少なくとも、その時はそう思ってたから。……すみません、こんな話本来、梅澤さんにするべきじゃないのに」
「いいって。私が聴きたくて聴いてんだから気にしないでよ。……それに、何となく想像つくもん。自分が苦しんできたのと同じ悩みを共有できる人に初めて会ったら、嬉しくもなるし頼りたくもなるよね」
「はい。その上で、その人は俺よりもずっと堂々と、胸を張って生きているように見えたから」

 最初はただ、相談に乗って貰うだけの相手だったという。それが、いつしか恋人へ発展していくのには時間もかからなかったのだそうだ。そもそも成都にとって彼はとても好みの見た目であったし、憧れるような男らしさと自信を兼ね備えた頼れる人間である。
 酒の勢いもあって、ベッドにもつれこんだ。少なくとも最初の夜は乱暴なこともなく、正直良い思い出しかなかったという。

「なんですかね。……それがなんだか、少しずつ……少しずつズレていくのを感じるようになったというか」

 こうした方がいい、というアドバイスを頻繁にしてくる人だった。それがいつの間にか、アドバイスと言うより命令に変わっていた。お前のためにアドバイスをしてやっているのに、それに逆らうなんて、お前は俺のことが好きじゃないのか――そんな風に言われるようになってしまったら、反対意見などそうそう出せない。彼は自分より、恋愛全般も、男性同士の恋も経験豊富であるはずだ。そして己に絶対の自信がある。自分は間違っていないと繰り返し言う。ならばどれほど心が逆らっても、彼が言うならその意見はきっと正しいはずだと思うようになっていたという。
 それに迎合できない、自分がきっと間違っているのだ、と。彼の意見を正しいと思えない自分を正していかなければ、と。
 とにかくベッドの上の技術が巧みで、逆らう気持ちもモヤモヤも一度抱かれると全部忘れさせられてしまうから、そのせいで流されることも少なくなかったそうだ。気づけばちゃんと話をしたりデートをすることより、セックスの数ばかりが増えていった。何か大切なことを誤魔化されていると感じ始めた時、ある現場を目撃してしまうことになるのである。
 それは、今年のバレンタイン。
 成都にチョコを渡した総務部の女性社員が、惣介に言い寄られているのを見たこと。先に言うが、その女性社員は何も成都だけに渡したわけではない。ほぼ総務部の男性全員、それから他にも世話になった社員数名に平等に義理チョコのようなものを配って回っただけだ。この会社では、お土産を配る人と同じ感覚でそういうことをする人が少なくなかったので、珍しい光景でもなんでもなかった。ついでに言うなら、他の女性社員からも成都はチョコを貰っている。
 それなのに、惣介はその社員だけを会社のビルの裏に呼び出して叱責していたのだった。誰かに見られても構わない、というのが透けた行動だった。でなければあんな、他の社員が通りかねない場所で露骨な行動などしないだろう。話していた内容の全ては聞き取れなかったが、恐らく千愛が惣介に言われたのとほぼ同じような内容だったというのだ。
 その女性社員が千愛と違うところは、けして気が強いタイプではなかったということ。彼女はその場で泣きだしてしまって、それでもなお惣介に詰られていた。流石に成都は止めに入ったが――その直後に彼女は逃げ出してしまい、慰めることも謝ることも叶わなかったのだという。

『なんであんなこと言うんですか!彼女がチョコ配ったの俺だけじゃないし、俺にチョコくれたの彼女だけじゃないですよ!?』

 牽制を通り越して、あれは完全に脅迫だった。成都が惣介に詰め寄ると、彼は反省どころか“俺様が悪いとでも言うわけ?”と眉を跳ね上げたのである。そして、こう言ったそうだ。

『あいつが一番美人で若いじゃん。だから駄目、あり得ない。お前もそれくらい気を使えよ、俺様の恋人名乗りたいならさあ』

 その晩は、ほぼ折檻に近い仕打ちを受けた。まるで、成都と彼女が悪いような物言い。成都は理解してしまった。彼女は見せしめに使われたのだ――ただ他の女性社員より若くて美人だったというだけで。成都に近づいたら、他の女もみんなこうなるぞと脅すために。実際、その翌日にはもう噂は広まっていて――その社員はそれから数日もしないうちに、会社に辞表を出していたのだった。ひょっとしたらもっと前から彼女は、惣介になんらかの脅しを受けていた可能性もある。
 無関係な人を傷つけて、苦しめて、迷惑をかけて。それでもこれは貫くべき恋なのか。その事件が全てではないが、それが成都に疑問を抱かせるきっかけになったのは事実だったという。

「俺は本当にこの人が好きだったのか、それとも頼れる同じバイの仲間が欲しくて憧れていただけなのか。なんかもう、それもわからなくなってしまって。……悩んだ末に、別れることを決めました。というか、ほぼ一方的に通告して、異動願いを出しました。本当は会社をやめるべきなんじゃないか、っていうのも凄く迷ったんですけど……俺はまだ此処で、やりたいことがあるなと思ったから」
「そう、だったんだ」
「はい。……元々俺、梅澤先輩のことは信頼してたんですけどね。この間の居酒屋で話を聴いて貰って、それでもっと……安心してしまったというか。ああ、俺のことを考えてくれる人は、惣介さんだけじゃなかったんだって。むしろ……惣介さんより分かってくれる人も、いるんじゃないか、って」

 それで、と彼は続ける。

「本当の恋愛を教えてくれると、梅澤先輩は言いました。俺も教えて欲しいって、そう思って……ご厚意に甘えてしまったんです。ごめんなさい、結局恥ずかしい姿、晒しただけになってしまって」

 全てが繋がった瞬間だった。そっか、と頷きつつ千愛はビールを一口飲む。苦い、と思うのは自分の心境のせいなのか。それとも氷が解けてぬるくなってしまっただけなのか。

「……エラそうなこと言っておいてなんだけど、私もお世辞にも恋愛経験豊富、なわけじゃないよ?」

 千愛は口を開く。

「でもって、LGBTに理解はあるつもりだけど、そういうことについて誰かさんほどちゃんと分かってるかというと、多分そんなこともない。だから、知らないせいで、傷つけちゃうことはたくさんあると思う。でもって……私もまだ、本物の恋ってわかっているとは言い難い、というか。あの時は全力でレクチャーしてやるぞーくらいな気持ちで浮かれてたけど」
「つまり、本心ではあったんでしょ?」
「うん」
「なら、充分です」

 そっと、グラスを握っていた千愛の手に、彼の手が伸びてくる。骨ばっていて、きちんとした男性の手だ。それでも指は細くて綺麗で、爪もちゃんと整っている。そっと指と指が触れあっただけで、時分ではない熱が伝わってきて――ああ、このドキドキを、なんと言葉にすればいいのか。
 こんなの大人の恋愛というより、初めての恋をする中学生にでもなったかのようではないか。

「……教えてくれませんか、本当の恋。……もし、梅澤さんが……迷惑でないのなら」

 迷惑。それは、また蓮見惣介の妨害が入るかもしれないことを指しているのだろう。それこそもっと堂々と嫌がらせをしてくることもあり得る。ここで千愛が、怖い、と一言でも言ったら。きっと彼は即座に、あの日のことは忘れて下さいと頼んでくるに違いない。
 それでも、千愛は。

「じゃあ、提案、なんだけど」

 あんな男なんぞに負けたくないし、この人を渡したくもない。

「今度の土曜日あたり、遊びに行こっか。近場でもいいから」
「え」
「デート、しよ?居酒屋だけじゃなくて、もっとそれっぽいの」

 笑顔を作って、そう告げるのである。
 本物の恋が知りたいのは、千愛も同じであるのだから。
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