ジャクタ様と四十九人の生贄

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<20・作戦。>

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 この状況下で、見知らぬ人間を信用するのは危険がすぎる。特に、あのアナウンスをした御堂茅と同じ御堂性の人間とあっては。
 姉からの紹介とはいえ、電話がかかってきた時に亜林はどうしても警戒してしまっていた。そう。

『亜林君だね?……信用されてないとは思うが単刀直入に言う。少しでも早くその場所を脱出した方が良い。そちらに、複数の使者が近づいている』
「は?」

 話の内容が、極めて緊急性が高いものでなければ。
 勿論、亜林と陸と麻耶はまだ、使者なるものを見たことがない。でも。



『結界を修復するためには、正規の手順を踏む必要がございます。即ち、慣例に倣って四十九人の生贄を捧げる必要がある、ということです。今から村全体を箱庭とし、四十九人の生贄を捧げる儀式を始めたいと思います。既に、ジャクタ様が“使者”を放ってらっしゃいます。生贄は、この箱庭の中で死んだ物全てが数えられます。使者に殺されるのも、他殺も自殺も事故死も全てが含まれます』



『六十年前にも、結界が壊れてジャクタ様が目を覚ましてしまった。そして、村ではジャクタ様にもう一度眠ってもらうための儀式が行われ、四十九人の村人が使者となってジャクタ様のいる常世に旅立っていったんだ。しかし、使者とならずに現世に残った村人にも役目がないわけじゃあない。残った村人達は、現世からジャクタ様をお守りし、信仰を強固なものとする祭司の役目を司るんだ』



 それでも、アナウンスで御堂茅が言った言葉は聴いているし、あのトチ狂った斉藤権蔵の言葉も聴いている。
 使者というものは、実在することになっている。
 それがあの世の存在、ゾンビか悪霊のようなものであるということも。

「……御堂茅とかいうばあさんは、ジャクタ様が使者を放ったとか言ってた。そいつらは、生贄を殺すんだと」
『そうだ』
「そして、今外で……自分達の前に出てきて生贄になれとか言ってる麻耶のじいさんは、この場所で死ぬと使者になってジャクタ様のところに行くんだと言っている。使者ってのは、死人のことなのか?そいつらは本当のゾンビみたいに人を襲ってるのか?俺達はまだ遭遇してないんだけども」
『それは運がいいな。……そして君は頭がいい。無用な問答をしなくていいのは非常に助かるよ』
「それはどうも」

 無用な問答。貴方は誰だ、とか。本当に姉の紹介なのか、とか、どういう関係なのかとか。猶予のある状況ならば、それをきっちり訊くのが筋だったことだろう。
 だが、今はいつ自分達は狂信者たちに見つかるかもわからない状況。見つかったら即座に殺されるのがほぼほぼ見えている状態であるわけで。その問答に手間取っていたら、時間がいくらあっても足らない。
 ましてや、向こうは緊急だと思しき用件でかけてきている。彼を信用できるかどうかは、その話を聴いてからでもいいはずだと判断したのである。
 そもそも、どちらにせよ自分達だけで脱出するには相当な無理をしなければならなかったところだ。それこそ、もう一度亜林が囮になるくらいしかなかっただろう。二度通用するほど甘い相手ではないだろうが。

『そもそもこの儀式の目的は、ジャクタ様のところに使者を送ることだ。今、箱庭となっているこの村で死ぬことで、死んだ人間は使者になる。使者となって送られた人間は、常世でジャクタ様の話相手になるんだ。退屈を紛らわせるための世話係になるようなものだと言っていい。ジャクタ様という神様は、何もない常世とい世界で退屈しているからな。……と、一応常世と呼ばれてはいるが、恐らく一般的に言うあの世とは少し違う次元だろうと私は予想している』

 ああ、そういうことなのか。亜林は頭が痛くなった。権蔵の話で多少予想していたが――本当にジャクタ様という神様は“聞き分けのない、淋しがり屋の子供”みたいな存在であるらしい。
 その存在の話し相手になってもらうためには、とにかく自分のところにたくさんの人に来て貰うしかないということなのだろう。そのための方法が、この儀式。四十九人生贄を贈られたことで話し相手が増え、ジャクタ様は満足して眠りにつくというわけだ。村人たちにとってははた迷惑極まりないことに。

『この村が、村と呼ぶには人口がやや多いこと。というか、六十年前の儀式の後に移住者が増えて、死んだ人間を補うほどに人口が増えたこと。……そして今回結界が壊れたこと。全て、ジャクタ様が“いつか自分のところに使者を送り込むに足るように”と働きかけた結果だと思えば筋が通る』
「……そこまで人の無意識に働きかけることができる力を持ってるってわけか。しかも、村の外の人間にも影響を与えることができる、と」
『その通り。唯一の幸いは、ジャクタ様本体が現世に出て来れないってことなんだろうな。間接的に影響を与えたり、祟りで人を殺したりということはできたとしても。……この手の神様は、実際に目にするだけで人間の精神を破壊することができるほど醜い姿をしていたりする。来られたら即、SAN値直葬になりかねない』
「ああ、確かに。クトゥルフ神話TRPGだと思えば想像つくなあ……」

 まあそういう神格の世界にルートを作る方法が確立されていたり、逆に人間を呼び込む方法があるから問題なのだが、とは心の中だけで。
 クトゥルフ神話の名前を出されたことで、一気にイメージがしやすくなってしまった自分がいる。彼もそういうゲームをする人間なんだろうか、と思ったらこんな状況なのに少しだけ笑えてしまった。

『儀式が早々に終わるのはジャクタ様も望むこと。だから、自分のところから既に使者になったものを送り込んで、現世で人を殺して“連れ去る”ということを繰り返すわけだ。……ちなみに、死者に殺された者は肉体的には死ぬが、魂は使者となって常世に行く。そして、使者にトドメを刺されずに一定時間放置された者は、その場で起き上がって使者となり、まだ生きている生者を襲いに行くから注意が必要だ』
「げ」
『つまり、時間の経過と共に使者は増える可能性があるし、生き残るのが難しくなるということ。使者となって起き上がった者は肉体的に死亡しているので、生贄の残りカウントには入る。……使者は人間が集まっているところに引寄せられるから、まだたくさん人間が残っているという住宅地の方に集まっていくのは自然な流れだ。そもそも、私は御堂家の力によって使者の気配を多少察知する力がある。……何か質問は?』
「使者を倒す方法はあるのか?使者はどんな姿をしている?能力の特徴は?」

 まだ自分達は使者なるものに遭遇していないから、外見さえわかっていない。
 もし生きた人間に完全に化けるようなタイプなら、既に見かけている可能性もないわけではない。それこそ、あのトチ狂っているように見える斉藤権蔵達が既に使者と言う可能性もあるだろう。

「そして、俺達はどうすればいい?何が何でも、今傍にいる陸と麻耶だけは助けたい」

 怖い、という気持ちがないわけではない。
 でも自分の傍で震えている小さな子供達の存在が、亜林を奮い立たせる。己が怯えて考えることをやめたならば、彼等を守ることができないと。

『……君は本当に、小学生とは思えないほど落ち着いているな。質問が端的で的確だ。お姉さんも頼りにしていることだろう』

 心の底から感心したとでもいうように、御堂雫という男性は息を吐いた。

『使者は黒い筋肉質で無性別な猿のような体に、灰色の長い髪、真っ赤な目を持っている。一目で人外と分かる姿で、生きた人間に化けるようなことはない。人間と言葉も交わさないし、知性も大部分が失われている……稀に使者になったばかりの人間には、ニンゲンの意識が残っていることもあるみたいだけどな。そして使者を倒すことは基本的に不可能だと思ってくれていい。私には倒すための切り札はあるが、簡単に抜くことのできない諸刃の剣だ、あまりアテにしないでくれ』
「OK。それで?」
『君達の脱出を最優先にする。……君達がいる住宅地の中には、御堂の家だけが知っている地下通路がある。それを使えば、学校の近くまで……少なくとも人間に遭遇することなく来ることができるはずだ。君達が今いるのは何処だ?』
「稲田古書店っていう店。店主がいなかったから、店の中に隠れている。場所は……五番地の近くだ」
『なら、かなり山に近いところにいるんだな。そのまま住宅地を抜けるにはリスクが高そうだ。さらに山のすぐ奥、六番地の方へ行け。マツバヤシビルというビルの隣に小さな空地がある。その空地のマンホールを使えば、ほぼ一本道で学校の近くまで行ける。正面の“イタリアンレストラン・クニキダ”を入力すれば、グーグルマップで道を探すこともできるはずだ』
「…………」

 これは賭けだな、と亜林は思った。彼の指示通りにするならば、学校とはさらに逆方向に進むことになる。しかも、六番地は住宅地の最奥。ここで追い詰められたら、逃げることは難しくなる。

『私が、使者を誘導して暴れている人間達と鉢合わせになるように仕向ける。そうすれば、連中は大混乱になって君達を追いかけるどころではなくなるはずだ。……その隙に移動しろ。できるか?』
「その作戦を取るってことは、麻耶のおじいちゃん達の命は保証できないってことか」
『……そうなる。すまない』

 すまない。
 その言葉に、亜林はずっと沈黙している麻耶を振り返る。心の底から申し訳なさそうな響き――人を殺して回っている狂信者だと彼も気づいているのだろうに、本当は殺したくないというのが透けている。
 悪い人ではないと、そう思った。

「麻耶」

 だから、亜林は電話を切らないまま麻耶に尋ねた。

「今から、ここから逃げるための作戦が始まる。使者ってやつらが、この住宅地に集結し始めているからそれを利用するらしいんだけど。……麻耶のおじいちゃんと、従姉の二人の命は保証できないらしい。……それでも納得してくれるか」

 残酷なことを言っているのはわかっている。事後承諾の方がマシなのかもしれないと、少しだけそう思ったが話すことにした。
 子供にはわからないかもしれない、理解できないかもしれない。
 そう決めつけて、何もかも話さないまま決断しようというのは――大人のエゴだ。

「……わかった」

 意外にも。麻耶は泣きそうな顔で、それでも頷いたのだった。

「説得は、できないんだよね。……麻耶も、駄目かなって、思ってたの」
「ごめんな、麻耶」
「いいよ。……ありがとね、麻耶のために、いろいろ考えてくれて」

 賢くて、強い子だ。亜林が彼女の頭をぽんぽんと撫でると、陸も麻耶の背中を黙って撫でた。
 残酷な選択をさせている。それでも、隠して偽るよりはいいと思った。
 それもまた、自分達のエゴなのだとしても。

「……麻耶の了解は取った。危険な役目だと思うが……頼む、やってくれ」

 意を決して、亜林は電話の向こうに告げたのだった。
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