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<第九話>
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姫子が何を言いたいのかは、彼女が印刷してくれた綺羅星サヨの大賞作品『神に愛された娘・ネール』を読んで大体桜にも理解できた。
今度の作品は、十万文字ある構成である。ついたった今、『ミヤコヒメ・セレナーデ』を読んで苦い思いをしたばかりの桜だ。今度もどんな悲惨なものを見せ付けられるかと正直戦々恐々したものである。事件の全容を掴む為には、綺羅星サヨの作品をある程度読んでおく必要があるのはわかっていたが――本を読むのが好き、特にファンタジーの好きな桜が思わず二の足を踏むくらいには、ミヤコヒメという作品が悲惨だったのだ。
よく、全部を読みもしないで批評や感想を書くなんて失礼極まりない!と怒る者がいるが。実際のところ、読者や評価者は全部を読まなかったのではなく、読めなかったケースが大半であるということに彼らは気づいているのだろうか。
作品を全体で評価して欲しい、というのは当然作者としての本音だろう。しかし実際は、読者も読者で小説を読むという行為はそれなりの労力を要求されることになるのである。ましてやそれが読解力を要するものであるのなら尚更そうだ。しかも、読む人間が編集者でもなんでもない、アマチュアの存在であるなら尚更のこと。最後まで読めとはいうが、実際最後まで読む義務があるわけでもないのである。
つまり、読者に小説を読んで欲しいのなら最後まで読ませる技量が作者には必須ということになるのだ。序盤で読者の心を掴み、「先まで読ませたい」と思わせなければいけないのである。その努力と工夫が出来ていないのに、「最後まで読まないなんて失礼!」と怒る作者は、正直なところ筋違いだとしか言い様がない。
桜が何を言いたいのかといえば、簡単だ。ミヤコヒメは、綺羅星サヨは――その技術がないのはもちろん、努力した形跡もない作品を桜にがっつり読ませてくれたというわけなのである。これが仕事でないただの趣味の読書ならば、桜はあっさり序盤数ページ、下手をすれば数行でブラウザバックしていたに違いない。
――今度の作品も、ミヤコヒメと対して設定変わらないっていうし……むしろ焼き直しみたいな感じらしいですし、大不評だったみたいですし。……読むの本当に苦行なんでしょうね。はあ。
しかも今度の『神に愛された娘・ネール』は長い。ミヤコヒメが三万文字であるのに対して十万文字ときている。絶対無理だ、と思って桜は読み始めたわけなのだが。
「……あれ?」
すぐに、違和感に気づくことになるのである。
先ほどのような、とにかく話を理解して想像するだけで苦痛――という感覚が、大幅に緩和されているという事実に。
***
『ネール、そんなの駄目だよ!』
その手を掲げる直前、ネールの腕に縋り着く者がいた。リオンだ。少年はその目いっぱいに涙をためて、ネールに必死でしがみついてくる。
『確かに、ネールがその儀式を行えば……この世界は、侵略者から守られるのかもしれないよ。でも、でも……じゃあネールはどうなっちゃうの?石になって、もう誰ともお話できなくなるんだよ?手をつなぐことも、笑うことも、一緒に本を読むこともできない……僕はもう、そんなの嫌だよ!どうしてネールじゃなきゃいけないの!ネール以外じゃ駄目なの!?』
リオンの言葉に、そうだそうだと周囲の者たちも騒ぎ出す。嗚咽混じりの声は怒号のような渦となり、ネールを止めるべくその空間に満ち溢れていた。これこそが民衆の意思なのだと、そう言わんばかりに。
『そうとも、今までネールを虐げてきたあの女ども……奴らの命を生贄に捧げるのでは駄目なのか!?』
『そうだそうだ!』
『ネールが死ぬなんて嫌、嫌です!』
『お願い、思いとどまって、ネール!』
『み、みんな……』
思わず動揺するネールの傍で、ひと組の夫婦が膝をついて崩れ落ちた。大柄な夫が、涙にくれて必死で訴えかけてくる。
『ネールが死ぬのなら……そんな世界が救われて何になるというのだろう。生きていけるものか。そんな世界に、価値なんかあるものか、なあ!』
『そうですわ、あなた!ネール、私達の気持ちは同じ……貴女がいない世界なんかで生きていたくない。そんなものを見るくらいなら、死んだ方がマシよ!』
それは、ネールを愛する者たちの声。ネールは俯き、思わず泉に涙を一粒落とした。
湖面に映る、褐色肌に栗毛の髪の少女。神様の使いのように美しい、その宝石のような眼以上に麗しいものはない――そうやって褒めそやされたネールの顔は今、涙でくしゃくしゃに歪んでいる。最高に不細工ね、とネールは思った。こんな有様で、神様の愛娘だなんて失格だわ、と。
自分はこんなにも愛され、心配されている。その実態はただの心の弱い、強がるばかりの少女であるというのに。
『みんな、ありがとう。……本当に、ありがとう』
それでも、自分は言わなければいけない。それが神の愛娘として選ばれた――自分の最後の使命なのだから。
怖くなどない。自分は何も未練などない。そういう気持ちで精一杯の笑顔を振りまいて――儀式を感性させなければならないのだ。
それが自分、ネール・レイソンの産まれた意味なのだから。
『確かに、苦しい思いをたくさんしたのは事実だよ。本当に、どうして私ばっかりって思った。悔しくて、悲しくて……だけどね。その全部に意味をくれたのは、みんななんだよ。みんなが、私に生まれてきた意味をくれた。私を愛してくれた。世界がこんなにも綺麗なものだって教えてくれた。……だからもう、いいの。私はそれで、十分幸せだから』
そう、それで、十分。
そう思わなければいけない。それが聖女としての、自分の義務である以上は。
『ネール、待って、待ってよ!』
リオンの悲痛な声が響く。ネールは歩き出した。もう振り返ることはない。振り返っては、いけない。ここで立ち止まったら最後、もう動けなくなる自分がいることをネールは誰よりも理解していたからだ。
***
「……確かに、話と設定はそっくりですが……え、え?」
思わず、原稿に繰り返し眼を落としてしまう桜。言葉を失うのも当然だ。先ほどの文章と比較すれば一目瞭然。設定が似通っているからこそ、根本的な部分が非常に目に付くというものである。
「わかったでしょ?……不自然なほど、文体が変わってる。かなり読みやすくなってるの」
ぱく、と追加のアップルパイを口に運びながら姫子は言った。
「プロに及ぶようなレベルではないけれど、さっきの『ミヤコヒメ・セレナーデ』と比べれば天と地ほども差があるわ。キャラクターの視点が、主人公一人にしっかり絞られてブレてない。語尾や単語の重複を語句力避けてる。加えて、ネールの容姿も鏡や湖面などを使ってうまい具合に説明しているし……キャラの心情も丁寧になってるのよね」
「……数年後に書いた作品というならわかります。しかし、ほぼ間を置かずに書いたはずの作品だと思うとこれは……不自然だとしか言い様がありません。まるで、別人が代筆したかのようではありませんか」
「代筆したのかもしれないわねえ。そのアルルネシア様、とやらが」
「!」
桜ははっとして、もう一度原稿を見た。この話も、スターライツの裏掲示板では凄まじい叩かれぶりであったと聴く。だが、これは桜の所感ではあるが――今の出来ならば、話の内容こそありきたりであっても、そこまで大不評になるほど酷い作品ではないように思えるのである。キャラクターの心情にも圧倒的に共感しやすくなっている。それは過剰な主人公の『露骨なメアリー・スー描写』や『ご都合すぎる展開やセリフ』が改変ないし緩和さているというのもあると言っていい。
恐らく。元々綺羅星サヨこと宇田川小百合が書いた作品は、前のミヤコヒメとさほど変わらぬ出来栄えであったのだろう。だが、そのままではいくらなんでも長編賞の大賞を受賞させるのには無理がありすぎる。選者の意識をある程度洗脳や改変することができると言っても、書籍化されるともなれば最終的に日本中の人々の眼に触れることになるのは必至なのだ。はっきり言って、こんなものを本にしたのか!というレベルは最低でも脱却させておかなければ話にならないというものである。
アルルネシアが代筆した――かどうかはわからないが。魔法で、自動的に文字がそう再配置されるように動かしたとか、そういうことなのかもしれない。少なくとも発表直前にアルルネシアは原稿が改変されるように手を加えてきたと、そういうことなのだろう。そして、大賞を受賞しても多少は違和感が軽減されるレベルの文章に変化させてきたわけだ。確かに、これならば、受賞に全く説得力がないレベルからはある程度脱却できているだろうが――。
「……元の原稿がどうであったか知らないけど。そこまで改変されたんだとしたらそれはもう……本当に『綺羅星サヨ』の作品だと言えるのかしら。評価されたのが、彼女が望んだ彼女自信の作品、実力だなんて本当に胸を張って言えるのかしらね。……宇田川小百合が、受賞原稿を何度も読み返すタイプじゃないのなら。まだ自分の原稿が、さし変わった上で評価されたなんてことには気づいてないのかも」
「……それは……」
「残酷よねえ。魔女サマの眼から見ても、宇田川小百合の小説はその程度だったってことなんだから。まあ、正しい努力もせずに魔法でラクして書籍化狙った上、何の罪もないライバルを辱めるようなことを願う人間だもの。それはそれで、天罰って気がしないわけじゃないけどね」
さて、と。すっかり綺麗に空っぽになった皿の上にフォークを置きながら、姫子は続ける。
「天罰とは言ったけど、聖也とやらの言葉が正しいのなら。宇田川小百合に下る本当の罰は、これから……よね。それが、対価という形で彼女に要求されることになる。死ぬのか、あるいはそれ以外の重い罰なのかは私には想像がつかない。自業自得だとしか正直思わない。……でも、基樹舞の方はそうじゃない。どっからどう見ても、巻き込まれただけの被害者だわ。この状況、今からどうにかするアテがあるの?」
本当に全部食べきったのか。十箱もあったのに。桜はややひきつり笑いを浮かべつつ空き箱を重ねていく。
「どうするべきか、は一応聖也から言伝を得ています。時間を巻き戻すことはできませんが、それでも手立てはあると。基樹舞のこともそうですが、このまま宇田川小百合が本を持ち続けていたら……次はどんなとんでもない願いを言い出すか、わかったものではありませんから」
宇田川小百合が望んだのは、ある意味人として当然の願いであったのかもしれない。誰だって自分が一番でありたいし、選ばれた存在であると信じていたい。認められたいし、評価されたい。自分よりも褒められる誰かを見れば妬ましく、蹴落としてやりたいと思うのもまた人間であるのだろう。
でも、彼女はやはり、間違っているのだ。仮にそうだとしたなら、彼女は魔法などに頼らず――己の本当の実力で、戦うべきだったのである。その実力を身につけるために、あるべき努力という名の対価を支払うべきだったのだ。
自分の実力以上に思い上がったばかりに、人の不幸ばかりを願う人間に――本当の意味で、望んだ未来など訪れる筈がないのだから。
「本を、私達で回収して処分します。……宇田川小百合の栄光と引き換えに、基樹舞の名誉を取り戻すしかありません」
今度の作品は、十万文字ある構成である。ついたった今、『ミヤコヒメ・セレナーデ』を読んで苦い思いをしたばかりの桜だ。今度もどんな悲惨なものを見せ付けられるかと正直戦々恐々したものである。事件の全容を掴む為には、綺羅星サヨの作品をある程度読んでおく必要があるのはわかっていたが――本を読むのが好き、特にファンタジーの好きな桜が思わず二の足を踏むくらいには、ミヤコヒメという作品が悲惨だったのだ。
よく、全部を読みもしないで批評や感想を書くなんて失礼極まりない!と怒る者がいるが。実際のところ、読者や評価者は全部を読まなかったのではなく、読めなかったケースが大半であるということに彼らは気づいているのだろうか。
作品を全体で評価して欲しい、というのは当然作者としての本音だろう。しかし実際は、読者も読者で小説を読むという行為はそれなりの労力を要求されることになるのである。ましてやそれが読解力を要するものであるのなら尚更そうだ。しかも、読む人間が編集者でもなんでもない、アマチュアの存在であるなら尚更のこと。最後まで読めとはいうが、実際最後まで読む義務があるわけでもないのである。
つまり、読者に小説を読んで欲しいのなら最後まで読ませる技量が作者には必須ということになるのだ。序盤で読者の心を掴み、「先まで読ませたい」と思わせなければいけないのである。その努力と工夫が出来ていないのに、「最後まで読まないなんて失礼!」と怒る作者は、正直なところ筋違いだとしか言い様がない。
桜が何を言いたいのかといえば、簡単だ。ミヤコヒメは、綺羅星サヨは――その技術がないのはもちろん、努力した形跡もない作品を桜にがっつり読ませてくれたというわけなのである。これが仕事でないただの趣味の読書ならば、桜はあっさり序盤数ページ、下手をすれば数行でブラウザバックしていたに違いない。
――今度の作品も、ミヤコヒメと対して設定変わらないっていうし……むしろ焼き直しみたいな感じらしいですし、大不評だったみたいですし。……読むの本当に苦行なんでしょうね。はあ。
しかも今度の『神に愛された娘・ネール』は長い。ミヤコヒメが三万文字であるのに対して十万文字ときている。絶対無理だ、と思って桜は読み始めたわけなのだが。
「……あれ?」
すぐに、違和感に気づくことになるのである。
先ほどのような、とにかく話を理解して想像するだけで苦痛――という感覚が、大幅に緩和されているという事実に。
***
『ネール、そんなの駄目だよ!』
その手を掲げる直前、ネールの腕に縋り着く者がいた。リオンだ。少年はその目いっぱいに涙をためて、ネールに必死でしがみついてくる。
『確かに、ネールがその儀式を行えば……この世界は、侵略者から守られるのかもしれないよ。でも、でも……じゃあネールはどうなっちゃうの?石になって、もう誰ともお話できなくなるんだよ?手をつなぐことも、笑うことも、一緒に本を読むこともできない……僕はもう、そんなの嫌だよ!どうしてネールじゃなきゃいけないの!ネール以外じゃ駄目なの!?』
リオンの言葉に、そうだそうだと周囲の者たちも騒ぎ出す。嗚咽混じりの声は怒号のような渦となり、ネールを止めるべくその空間に満ち溢れていた。これこそが民衆の意思なのだと、そう言わんばかりに。
『そうとも、今までネールを虐げてきたあの女ども……奴らの命を生贄に捧げるのでは駄目なのか!?』
『そうだそうだ!』
『ネールが死ぬなんて嫌、嫌です!』
『お願い、思いとどまって、ネール!』
『み、みんな……』
思わず動揺するネールの傍で、ひと組の夫婦が膝をついて崩れ落ちた。大柄な夫が、涙にくれて必死で訴えかけてくる。
『ネールが死ぬのなら……そんな世界が救われて何になるというのだろう。生きていけるものか。そんな世界に、価値なんかあるものか、なあ!』
『そうですわ、あなた!ネール、私達の気持ちは同じ……貴女がいない世界なんかで生きていたくない。そんなものを見るくらいなら、死んだ方がマシよ!』
それは、ネールを愛する者たちの声。ネールは俯き、思わず泉に涙を一粒落とした。
湖面に映る、褐色肌に栗毛の髪の少女。神様の使いのように美しい、その宝石のような眼以上に麗しいものはない――そうやって褒めそやされたネールの顔は今、涙でくしゃくしゃに歪んでいる。最高に不細工ね、とネールは思った。こんな有様で、神様の愛娘だなんて失格だわ、と。
自分はこんなにも愛され、心配されている。その実態はただの心の弱い、強がるばかりの少女であるというのに。
『みんな、ありがとう。……本当に、ありがとう』
それでも、自分は言わなければいけない。それが神の愛娘として選ばれた――自分の最後の使命なのだから。
怖くなどない。自分は何も未練などない。そういう気持ちで精一杯の笑顔を振りまいて――儀式を感性させなければならないのだ。
それが自分、ネール・レイソンの産まれた意味なのだから。
『確かに、苦しい思いをたくさんしたのは事実だよ。本当に、どうして私ばっかりって思った。悔しくて、悲しくて……だけどね。その全部に意味をくれたのは、みんななんだよ。みんなが、私に生まれてきた意味をくれた。私を愛してくれた。世界がこんなにも綺麗なものだって教えてくれた。……だからもう、いいの。私はそれで、十分幸せだから』
そう、それで、十分。
そう思わなければいけない。それが聖女としての、自分の義務である以上は。
『ネール、待って、待ってよ!』
リオンの悲痛な声が響く。ネールは歩き出した。もう振り返ることはない。振り返っては、いけない。ここで立ち止まったら最後、もう動けなくなる自分がいることをネールは誰よりも理解していたからだ。
***
「……確かに、話と設定はそっくりですが……え、え?」
思わず、原稿に繰り返し眼を落としてしまう桜。言葉を失うのも当然だ。先ほどの文章と比較すれば一目瞭然。設定が似通っているからこそ、根本的な部分が非常に目に付くというものである。
「わかったでしょ?……不自然なほど、文体が変わってる。かなり読みやすくなってるの」
ぱく、と追加のアップルパイを口に運びながら姫子は言った。
「プロに及ぶようなレベルではないけれど、さっきの『ミヤコヒメ・セレナーデ』と比べれば天と地ほども差があるわ。キャラクターの視点が、主人公一人にしっかり絞られてブレてない。語尾や単語の重複を語句力避けてる。加えて、ネールの容姿も鏡や湖面などを使ってうまい具合に説明しているし……キャラの心情も丁寧になってるのよね」
「……数年後に書いた作品というならわかります。しかし、ほぼ間を置かずに書いたはずの作品だと思うとこれは……不自然だとしか言い様がありません。まるで、別人が代筆したかのようではありませんか」
「代筆したのかもしれないわねえ。そのアルルネシア様、とやらが」
「!」
桜ははっとして、もう一度原稿を見た。この話も、スターライツの裏掲示板では凄まじい叩かれぶりであったと聴く。だが、これは桜の所感ではあるが――今の出来ならば、話の内容こそありきたりであっても、そこまで大不評になるほど酷い作品ではないように思えるのである。キャラクターの心情にも圧倒的に共感しやすくなっている。それは過剰な主人公の『露骨なメアリー・スー描写』や『ご都合すぎる展開やセリフ』が改変ないし緩和さているというのもあると言っていい。
恐らく。元々綺羅星サヨこと宇田川小百合が書いた作品は、前のミヤコヒメとさほど変わらぬ出来栄えであったのだろう。だが、そのままではいくらなんでも長編賞の大賞を受賞させるのには無理がありすぎる。選者の意識をある程度洗脳や改変することができると言っても、書籍化されるともなれば最終的に日本中の人々の眼に触れることになるのは必至なのだ。はっきり言って、こんなものを本にしたのか!というレベルは最低でも脱却させておかなければ話にならないというものである。
アルルネシアが代筆した――かどうかはわからないが。魔法で、自動的に文字がそう再配置されるように動かしたとか、そういうことなのかもしれない。少なくとも発表直前にアルルネシアは原稿が改変されるように手を加えてきたと、そういうことなのだろう。そして、大賞を受賞しても多少は違和感が軽減されるレベルの文章に変化させてきたわけだ。確かに、これならば、受賞に全く説得力がないレベルからはある程度脱却できているだろうが――。
「……元の原稿がどうであったか知らないけど。そこまで改変されたんだとしたらそれはもう……本当に『綺羅星サヨ』の作品だと言えるのかしら。評価されたのが、彼女が望んだ彼女自信の作品、実力だなんて本当に胸を張って言えるのかしらね。……宇田川小百合が、受賞原稿を何度も読み返すタイプじゃないのなら。まだ自分の原稿が、さし変わった上で評価されたなんてことには気づいてないのかも」
「……それは……」
「残酷よねえ。魔女サマの眼から見ても、宇田川小百合の小説はその程度だったってことなんだから。まあ、正しい努力もせずに魔法でラクして書籍化狙った上、何の罪もないライバルを辱めるようなことを願う人間だもの。それはそれで、天罰って気がしないわけじゃないけどね」
さて、と。すっかり綺麗に空っぽになった皿の上にフォークを置きながら、姫子は続ける。
「天罰とは言ったけど、聖也とやらの言葉が正しいのなら。宇田川小百合に下る本当の罰は、これから……よね。それが、対価という形で彼女に要求されることになる。死ぬのか、あるいはそれ以外の重い罰なのかは私には想像がつかない。自業自得だとしか正直思わない。……でも、基樹舞の方はそうじゃない。どっからどう見ても、巻き込まれただけの被害者だわ。この状況、今からどうにかするアテがあるの?」
本当に全部食べきったのか。十箱もあったのに。桜はややひきつり笑いを浮かべつつ空き箱を重ねていく。
「どうするべきか、は一応聖也から言伝を得ています。時間を巻き戻すことはできませんが、それでも手立てはあると。基樹舞のこともそうですが、このまま宇田川小百合が本を持ち続けていたら……次はどんなとんでもない願いを言い出すか、わかったものではありませんから」
宇田川小百合が望んだのは、ある意味人として当然の願いであったのかもしれない。誰だって自分が一番でありたいし、選ばれた存在であると信じていたい。認められたいし、評価されたい。自分よりも褒められる誰かを見れば妬ましく、蹴落としてやりたいと思うのもまた人間であるのだろう。
でも、彼女はやはり、間違っているのだ。仮にそうだとしたなら、彼女は魔法などに頼らず――己の本当の実力で、戦うべきだったのである。その実力を身につけるために、あるべき努力という名の対価を支払うべきだったのだ。
自分の実力以上に思い上がったばかりに、人の不幸ばかりを願う人間に――本当の意味で、望んだ未来など訪れる筈がないのだから。
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