神殺しのステイ

はじめアキラ

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<1・神のいる学び舎>

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 ステイ・オルフォード。それがどうやら自分の名前であるらしい。孤児院の前に自分を捨てていった親が唯一残したもの。名前と自分の外見からして、外国人であったのはまず間違いないのだろう。残念ながらなんで外国人がこの国にやってきて子供を捨てていったのかはわからないし、生まれも育ちもこの国である自分は見た目に反して日本語しか喋ることができないけれど。
 たった二つ、この名前で良いと思うことは。ステイ、というのが英語で“此処に居る”という意味であるということ。きっといつまでも生きていて欲しいという意味を与えられたのだろう、と孤児院の先生は言っていた。親に対しては感謝もへったくれもないが、その名前だけは気に入っている。
 もう一つ。この日本人離れした名前のおかげで、人に名前を覚えてもらいやすいというのは有難い。見た目も目立つ。金髪に緑っぽい瞳、というのもそれだけでみんなに記憶してもらえるというものだ。人と話すのが大好きなステイにとっては、それは十分すぎるほどの利点であるのだった。特に、そう。

「ステイー!」

 パタパタと寮の廊下を走ってくる友達。長い黒髪の南方楓みなかたふうと、小柄で茶髪に眼鏡の浅岡享あさおかとおる。この全寮制の高校・宗像誠心学園むなかたせいしんがくえんに通う仲間達だ。彼らと話せるようになったきっかけも、楓と享がこの珍しい見た目に興味を持って声をかけてくれたせいだった。
 人目を引く容姿というのは面倒なことも多い。時にいじめの対象になることもあるとは聞いたことがある。幸いにして、ステイは日本人離れした容姿に加え非常に体格が良かったことに加え、この学校自体の治安が良かったために虐められるようなことは一切なかったわけだが。すぐに友達が多くできたこともあり、今はこの学校で毎日楽しい日々を過ごしているというわけである。
 まあ、少々変わり者が多い上、学校自体にも謎が多いのは事実であるが。

「ステイ、何処行ってたんだ」

 その少女のような綺麗な顔に呆れを滲ませて、楓が告げる。

「早く講堂に来いって。朝礼始まるぞ」
「へ?何言ってるんだよ、朝礼は九時からじゃねーの?」

 ステイが目を瞬かせると、やっぱり忘れてたあ!と享が頭を抱えた。

「ほら、だから言ったじゃん楓、昨日の夜もういっかいステイに言っておこうって!絶対忘れるから!」
「わ、忘れるってだから何を」
「全体朝礼だよ今日は!特に奇数月の全体朝礼は特別なんだよしっかりしなよ!時間は八時四十五分から始まるし、場所は大講堂だから早く行かないといけないでしょ!?」
「げ」

 この学校は全寮制なので、とにかくタイムスケジュールが厳しい。朝の起床時間、食事の時間、授業時間に風呂や就寝時間と細かなところでルールが多いのである。そのうちの一つとして、朝礼というものがある。一時間目は必ず、一番最初の授業を行う講義室で朝礼をしてから授業がスタートするのだ。それはただの挨拶ではない。この学校にいるという“神様”にみんなで祈りを捧げる儀式であるのだという。
 そして奇数月に行われる全体朝礼は、そのお祈りを全学年の全員で一斉に行う――というだけではない。毎回、ある特別な発表があることでも知られているのである。

「お、お前らなんでもっと早く呼びに来ないんだよ!俺普通に一時間目の部屋で待ってたじゃねーか!いや誰も来ないなーとは思ってたけど!」
「そこで何で気づかないかな、もう!」

 大講堂は、普通の授業を行う講義棟から少し離れている。もう残り時間は五分しかない。ステイは楓、享に腕を引っ張られる形で走り始めた。
 奇数月の全体朝礼。そこで発表される特別なこと、それは。

「急げよステイ。今回の神子様は……俺達一年生の中から選ばれる可能性が高いって噂だからな」

 そう、神子様、という役職のこと。
 この学校には、誰も姿を見たことのない“神様”がいる。そしてその神様に特別に仕える存在が――“神子様”と呼ばれる少年なのだ。
 神子様、はとても栄誉な役目であることでも知られている。
 何故なら神子様として任務を立派に果たした人間は、その場でこの学校を卒業し――政府の高官に就いたり、高い給料を約束された特別な仕事を与えられ、一生安泰に暮らせるようになるとされているからだ。



 ***



 この学校にいる神様、というものがどういう存在なのか。ステイは勿論、楓や享といった生徒達は誰も知らないのだという。何故なら神様の姿を見ることができるのは、一部の先生などを除けば神子様としてお仕えすることを許された少年のみであるからだ。
 神子様は、基本的に二ヶ月に一度選定される。二ヶ月という期間が、神子様に与えられた“試練”の時間であるのだそうだ。その期間に神子様としてのお役目を全うし、神様に認められた人間は輝かしい将来が約束されている。その代わり、認められなかった人間はその場で退学。学校を追い出されて、別の訓練施設に行かなければならないという。
 といっても、殆どそれらは入学当初に聞かされたおぼろげな知識と、生徒達の間で噂されていることに限定される。特に、神子様として選ばれなかった生徒がどうなるのか、についてはみんなが知らないから勝手に憶測で喋っているというのが正しいのだ。いずれにせよ神子様に選ばれるのは非常に栄誉である反面、認められても認められなくても二ヶ月で学校を出ていかなければならなくなることでもある。ステイからすると、あまり選ばれたくない役目ではあった。輝かしい将来、なんてものに興味はない。自分は好きな仲間とずっと交流し、できれば一生好きなバスケットボールをしていられればそれでいいという人間なのだから。

「神様って、どんな存在なんだろうなあ」

 大講堂とはいえ、高校生三学年分は全て揃えばかなりの密集地帯が出来上がる。しかも宗像誠心学園は男子校であるから、一部先生を除いて女っ気というものもない。ややむさ苦しい、と感じるのはどうしようもないことではあった。

「宗像誠心ってさ、宗教の学校なんだっけ?孤児院にいた時はそんな話聞かなかったんだけどよ」
「宗教とは違うって聞いたな、俺は」

 楓が携帯電話を見ながら言う。
 この学校は携帯電話の使用も許可されているが、実のところ学校の外に連絡を取ることはできないようになっているらしい。ほとんど、学校内部の友達とメールのやり取りをしたり、許可された一部アプリやゲームをしたりするためだけに使用されている。外部に連絡が取れても連絡を取りたい人が殆どいないステイとしては特に問題はなかったが、インターネットが制限されるのは少々不便であった。学校の課題の調べ物一つ取っても、わざわざ学校の図書室まで足を運ばなければいけないのだから。

「宗教とかじゃなくて、ただこの学校の地下に神様が住んでるんだと。この学校が全寮制で、孤児ばっかり集められてるのってそれが理由なんだって聞いたことがある」
「え、孤児?それ関係あるのか楓?」
「あくまで噂で、俺も詳しいことは知らないからあんまりツッコむなよ。神様、っていうのも他に呼び名がないからそう呼んでるだけじゃないかと俺は思ってる。そもそも、キリスト教の神様ならキリスト様だし、仏教なら仏様だ。どの宗教でも本来神様には“名前”がついているはずなのにこの学校の神様にはそれもない。名前がないか、呼びようがないからか……それとも名前さえ伏せたいのかのどれかなんじゃないのかな」

 案外人間だったりしてな、と。どこか他人事のように楓は言った。自分が神子様に選ばれるとは微塵も思っていない人間の態度である。
 まあ、それも無理はないだろう。実際ステイも、恐らく反対側で生徒手帳をめくっている享も自分がその立場になるとは全く考えていないのだろうから。なんせ、一年生だけに絞っても三十二人のクラスが五クラスもあるのだ。つまり、百六十人。確率はあまりにも低いだろう。
 神子様、に選ばれる条件がどのようなものであるのかは誰も知らない。前任の“神子様”が選ぶというのは知っているし今までにも見たことがあるが、恐らく完全なランダムではないだろうとはステイも思っている。ある程度教員達が候補を絞った上で神子様に選ばせるのではないかと予想しているが、その“候補を絞る”条件がどうであるのか全く予想がつかないのだ。
 まあ、成績が残念すぎる自分は選ばれない、というおかしな自信がステイにはあったが。なんせ、試練を超えたら即卒業して政府高官の仲間入り、ができるなんて凄いお役目だ。即戦力にならない、頭が残念な人間を突っ込むわけにはいかないだろう。

「神様なあ。……すっごく怖い、怪物みたいなのだったらやだな」

 ぶるる、と享が体を震わせる。

「僕は神子様に選ばれたりしないだろうけどさ。万が一ってことはあるだろ?神子様に選ばれたら、何日かに一度夜に神様のところに行って、お役目を果たさないといけないわけで。どんなお役目なのか全く知らされてないけど、相手がおぞましい怪物だったりしたら……傍に行くだけでちびりそう」
「享、ホラー苦手だもんな。あ、久しぶりにホラー映画鑑賞会やりたくなってきた。図書室から借りてくるか!」
「ちょっとステイ!嬉々としてそういうこと言わないでくれる!?本気で部屋で漏らすよ!?」
「それは困るな享。俺とステイは同部屋だ、汚さないでくれ」
「止めるとこおかしくない、ねえ!?」

 いつものノリでぎゃいぎゃいと騒いでいると、唐突にパンパン!と大きく手を叩く音がした。そしてマイクのエコーがかかった女性の声が響く。

「静粛に!今から全体朝礼を始めます!」

 やっとか、とステイは息を吐いた。遅刻寸前で大講堂に三人揃って滑り込んだのに、お咎めを受ける気配が一切なかった理由。それは、予定より十分も朝礼の開始が遅れたせいである。先生達がわたわたと走り回っていたところと漏れ聞こえてきた話から察するに、どうやら神子様にトラブルが起きたのが原因であったらしい。神子様のお仕事が早朝までズレこんでしまったせいで、体調を悪くしてしまったらしいのだ。
 今の神子様、は特に自分達とは交流のない二年生の先輩だった。名前は前回の朝礼の時に発表されたはずだが、よく覚えていない。わりと平凡な名前だった気はするのだけれど、どうだっただろうか。

――夜から早朝までって、どんだけ大変なんだ、神子様の仕事っていうのは。

 神子様のお役目は、神子に選ばれた人間にしかわからない。当然、ステイがその中身を知る由などない。ただ。

「!」

 静かになっていく大講堂。立ちっぱなしで突かれた足首を回していたステイは、ぎょっとさせられることになるのである。
 舞台にゆっくり上がっていく、白装束の神子。その役目を課された少年の顔は。
 明らかに目が落ち窪み、青ざめ――やつれ果てた様子であったのだから。
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