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<39・終着>

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「!?」

 がばりと体を起こしたところで、優理はそこがさっきまでの円形の部屋ではないことに気づいた。辺り一面、真っ暗な闇だ。最初に自分がサトヤに呼ばれた空間によく似ている――そう思いながら、ひとまずすぐ傍に倒れていた空一を揺り動かす。

「岸本君!きーしーもーとーくーんっ!」

 近くにいるのは彼だけ。他の仲間達はどこに行ったのかわからないし、正確には魔女ジェシカもどうなったのか不明だ。ただなんとなく、優理は確信していた。みんな生きている。そして自分達は確かにジェシカに勝ったのだ、と。

「ほぎゃぶっ!?」

 空一は慌てたように跳ね起きて、周囲をきょろきょろと見回した。そして一言。

「きょ、巨大怪獣はどこっ!?」
「ハイ?」
「きょ、巨大怪獣が、“俺の味噌汁が食えねえとは何事だあああ!”ってビルなぎ倒しながら僕のこと追いかけて来てたんだよっ……あ、あれ?夢?」
「むしろどうしてそれが現実だと思ったの!?」

 どんな夢なんだ、と優理は顔を引きつらせるしかない。そういえば、昔からプロポーズの常套文句として“俺の味噌汁を作ってくれor食べてくれ”というのがあるらしい。もしや、巨大怪獣にプロポーズでもされていたのだろうか。話し方からしては、どっちかというと酔っぱらいに絡まれた可哀相な部下みたいな空気になっているが。

「あー……漫才してるとこ悪いが、いいか?」
「!」

 どんなシチュエーションなんだ、と真剣に悩んでいると声がした。闇の中から、黒いローブ姿の魔女(男)が姿を現す。おう出たな変態、と思わず身構えてしまう優理。最初に出逢った時の態度を自分は忘れていないのだ。

「久し振りだね、変態」
「流れるように変態言った!……とりあえず言っておく、おめでと。魔女ジェシカは倒されました、めでたしめでたしってな。一緒に来た連中も全員生きてるよ」

 睨みつけてやれば、ややびびったように引き攣った声を出すサトヤ。魔女なのに、ジェシカと違って威厳の欠片もない。コレがあのジェシカに恐れられた魔女って本当なのだろうか、とついつい勘ぐってしまう優理である。こうして観察しても、ルックスだけはいい変質者(マイルドな表現)にしか見えないというのに。

「ジェシカは死んだの?」

 それはそうとして、思わず責めるような口調になってしまった。仮に死んだとしたら、それをやったのは自分達である。サトヤに対してどうこう言うことはできない。彼女がやったことは許せないと思ったし、倒さなければあの世界の人々を救うことはできないと、自分の信念の上で行った事であるのは事実だ。けれど、だからといって、誰かの死を笑いながら語るようなことはしたくないのが本心だった。
 どんな悪役だったとしても、事情はあるし彼等には彼等なりの正義がある。ジェシカはあまりにも身勝手な思想の持ち主だったが、それでも逃げのびるために力を欲する気持ちは理解できなくはない。ただ、その結果自分達が直接の迷惑を被ったから敵対せざるをえなくなっただけである。それを、安易にめでたしめでたし、だなんて言って欲しくはなかったのだ。

「んー、これは最初に説明しておくべきだったな」

 サトヤはぽりぽりと頭を掻いて言った。

「そもそも論。お前らが、異世界に渡る魔女や魔術師の類を完全に殺すってのは、ほぼ不可能だと言っていい。肉体が滅ぼされたところで魂だけでも動けるのが俺らだし、というかその肉体だって不老不死であることが殆どだからな。倒されても蘇るか、そもそも完全に死ねない体である場合が殆どなんだ」
「と、いうことは」
「お前らによって肉体が崩壊する寸前まで追い詰められた上、自分の中の鮫島るりはに内側からも攻撃されて奴は相当参ってた。このままじゃマジで魂にもダメージが来ると判断して、あの世界からスタコラサッサと逃げ出したわけだ。……ま、本当にギリギリのギリギリで無理やり逃げた形だから、少なくとももうあの世界に来ることはできないだろうよ。殺しちゃいないが、倒したのは間違いない。おめっとさん、でもってありがとな、依頼をこなしてくれて」
「そうなんだ」

 情けないと思われるかもしれないが、少しだけほっとしてしまった。魔女だろうと、誰かを殺すなんてことできれば避けたかったに決まっているのだ。たとえ、放置すればするだけ、多くの人に被害を齎す魔女であったとしても――自分はまだ、人を殺せるだけの強さもなければ、弱さも持っていないのだから。

「ジェシカが生きててほっとするとか、園部君ってほんとお人よしだよね」

 そんな優理に気づいてか、空一が苦笑しつつ言う。

「お伽噺のハッピーエンドとか、いつも納得できないタイプでしょ。桃太郎で鬼を倒して万々歳より、鬼と和解してみんなで幸せに暮らしましたエンドの方がいいって本気で思うタイプ」
「……あーうん、まさにそれ。バレバレかあ」
「バレバレだよ。……それが、園部君のいいところでもあるんだけど」

 そう言って貰えるなら、優理としても嬉しくはある。己の理想は、どこまでも理想であり、厳しい現実を知る多くの者達にとっては甘えと言われても仕方ないものであることは優理自身よくわかっているのだ。
 それでもどうにか最後まで戦い抜けたのは、あくまで自分なんかについてきてくれた者達がいたおかげに過ぎないのである。

「その、サトヤ。……鮫島さんはどうなったの?」

 他の仲間達は生きているらしい、とさっき言っていた。ならばやはり気になるのはこの点だ。

「それと、俺達はこのまま元の世界に帰れるってことでいいの?他の、雉本君たちと一緒に?」
「そうだな、元の世界には俺が責任を持って返してやるし、その前にポーラたちに挨拶する時間もやるからそこは安心してくれ。で、鮫島るりはのことだが……」

 サトヤの言葉に。今度こそ、優理は眉間に皺を寄せることになったのだった。



 ***



「町々の復興を手伝うって、正気か?それまで元の世界に帰らないって」

 光の言葉に、まだ牢屋に入っている坂田は声を上げた。隣では安生が、同じように困惑してた様子で光と坂田を見比べている。
 まあ戸惑うのも当然だよな、と光は思った。少し前の自分からは考えられない言葉だろう。なんせ、るりはのためなら誰が傷つこうが苦しもうが関係ないと本気で信じていたのだから。

「サトヤ、とかいう魔女から許可は貰ってる。お前らにも手伝って貰うからな、坂田、安生」
「ま、マジかよ」
「なんでそんな、いきなり」
「いきなりも何も。俺らが自分の目的のために暴れて、散々迷惑かけたんだ。殺した命は戻らないが、それでも示すべき誠意はある。とりあえず謝罪して殴られるところからスタートになるけどな」

 殴られる、という言葉にものすごく酸っぱい顔をする二人。もとより、どちらも苛められっ子であり、暴力にトラウマがあったからこそるりはを盲信していた少年たちだ。いくら自分で撒いた種とはいえ、いい気分がしないのはよくわかるというものである。
 が。それでも冷静に考えれば、一発殴られる程度で本来済むはずがない罪を自分達は犯していることを自覚しなければならないはずだ。
 チートスキルを振り回し、とにかく“強い者こそ正義”というるりはの言葉を信じて暴走し続けた。だが、最後の戦いでやっと、光は己が間違っていたことに気づいたのである。
 自分が一番欲しいのは、どんな強大な力でもなかった。物理的な強さでも、屈強な肉体でも、誰も邪魔できないチートスキルでもなかったのだ。

「俺は、るりはが強いから、るりはと一緒にいれば強くなれるから……誰にも傷つけられないから一緒にいるんだと思ってた。それが、いつの間にか本気でるりはを愛して、愛されたいと願うようになってた。……よくよく考えてみれば、俺達最初から矛盾に気づいてたはずなんだよな。だってるりはは、屈強な大男でもなければ、誰にも負けない喧嘩スキルを持った番長でもないだろ。それでも従ったのは、力とは別にあいつの強さを実感してたからだ、違うか?」
「そ、それは……」
「俺らは無自覚に、無意識に、あいつの心の強さに魅かれてたんだ。本当は、それこそが一番の強さだって知ってたんだよ。でもって……そんなあいつが望むならなんだってしようと思ったのは、あいつの力に怯えてたからじゃない。あいつの役に立ちたかったから……愛されたかったからだ、違うか」
「…………!」

 坂田と安生は、判で押したように同じ顔をして黙り込んだ。
 ひょっとしたら、彼等も薄々分かってはいたのかもしれない。自分達が本当に欲しかったものは力ではなく、愛であったということが。

「……いつから、ジェシカの分身だったはずのるりはに、自分の意思がはっきり生まれたのかはわからない。きっと最初は俺のこともお前らのことも、ただ利用するつもりだったんだろうさ」

 一番よく覚えているのは、一年生の時のこと。高校生と派手な喧嘩をした光は大怪我を負って、長期入院を余儀なくされたのである。結果、授業やテストに参加することなどできるはずもなく、やむをえずダブりをする羽目になったのだ。なんて情けないザマだ、と怪我もあいまってあの時は相当ヘコんでいた。そんな時、ずっと傍に寄り添ってくれたのが他でもないるりはであったのである。



『私を守るために、全力で立ち向かってくれたんでしょ?名誉の負傷じゃない、誇りなさいよ、私の為に』



 しかも、彼女はなんと――どういう手品を使ったのか、一緒に留年することを選択したのだ。光と離ればなれにならないように、寂しくないように。
 それがどれほど、光の心の支えになったことか。

「でも、いつの間にかそれだけじゃなくなって。だから最後に……俺の為に、ジェシカに抗ってくれた。そんなあいつを、俺は信じてるし……多分一生愛し続ける」

 こっぱずかしいことを言っている、とは思わなかった。
 どれほど言葉を選んでみたところで、結局結論は何も変わらないのだから。

「誰かを本気で愛したいなら、そして愛されたいなら。俺らも、誰かを愛する努力をしないといけないんだよ。……お前らだっていつか、最高のカノジョやらなんやらを見つけて幸せになりたいだろ?だからこそ、間違いを認めて償うことは必要だ。他でもない、自分自身のために」
「……すげえ、針の筵だろ、それ」
「だからこそ意味があるんだよ。全員チートスキルは使えるまま残ったんだし、できることはあるだろうが」

 まだ気が進まない顔をしている坂田だが、いざとなったら光は無理にでも手伝わせるつもりでいたし、彼等もついてきてくれるだろうと確信していた。
 何故なら彼等は、傷つけられたくなくて、そのために傷つける手段を選んでしまった人間だから。
 きっと心から、誰かを傷つけることを楽しめるような人間ではないのだから。

「……その、鮫島さんだよ」

 安生が恐る恐ると言った様子で口にする。

「ジェシカに取り込まれたまま、異世界に逃げたんだろ。それでもお前は、諦めてないのか」

 何を当たり前な質問をするのか。光は肩を竦めて言った。

「当たり前だろ。……俺はサトヤと契約することに決めたからな。元の世界に帰っても、情報が出てきたら必ず俺はジェシカを追いかける。るりはをそこから、救い出すために」
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