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<38・浄罪>

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「な、何これ……なんなのこれっ!?」

 魔女ジェシカが、初めて慌てたような声を上げた。それも仕方のないことではあるだろう。彼女の両手、両足に次々と真っ白な光の矢が突き刺さり、動きを封じてゆくのだから。

「何が起きてるの……なんで、なんであんたが生きてるのよ、サミュエル・ヘイズ!」

 そう、彼女の視点からでは、何が起きたのかさっぱりわからないだろう。優理は振り返った。そこには、魔女が死んだとばかり思い込んでいたであろう少年――サミュエルの姿があったのだから。

「これからラスボス戦だってのに、何の予想も対策も立てないで勝負に挑むような真似すると思う?」

 もう、“演技”は必要ない。優理はゆっくりと立ち上がった。蹴られた胸と踏みつけられた頭が痛むが、まあ折れていたりするわけではなさそうなのでなんとかなるだろう。

「坂田たちにチートスキルを与えたのがお前だって知ってたなら、その能力をあんたが全部使えると思うのは至極当然のこと。まあ、鮫島るりはの能力はついさっき知ったばっかりなんだけどね。それでも、お前がそれらの能力の上位互換を使いこなしてくるし、俺達を精神的に追い詰める意味でもあえて使ってくるだろうってのは予想してたよ。お前みたいなドSはそういうのが好きなんだろうしさ」

 だからこの部屋に来た瞬間、サミュエルにはこっそり言っておいたんだ、と続ける優理。

「相手が幻を使ってきたら、こっちも幻で対抗するようにって。幻を見せる魔法があるってこと、魔女のお前なら知ってるはずだろ」
「“Phantom-single”かっ……!」
「そういうこと。どうせ俺達の能力なんか全部知ってるんでしょ。ならわかるはずだ、サミュエルが下級魔法なら全属性、全方向で使えるってことは」

 ゆえに、サミュエルは土壇場でジェシカの幻影の魔法を見せることで攻撃をかわしたのだ。そしてその場で倒れたフリをして、様子を伺っていたのである。勿論、幻影魔法をかけられたのは魔女だけなので、他のメンバーには魔女がどんな幻影を見せられているのかはわからないわけだが――ありがたいことに、ジェシカ本人がべらべらと状況を喋ってくれたおかげで、状況を察するのはなんら難しい事ではなかったのである。
 あとは、時間を稼ぐだけ。
 勝利を確信しているからこそ、ジェシカは慌てて残るメンバーを殺す必要がない。ましてや優理の心が折れたともなれば、性格上優理を言葉で責める方を優先するだろうとは思ったのだ。なんせ、最初のオーガを召喚したところから、魔女が本気を出していないことなど明らかなのである。自分が圧倒的強者であり、ナメプ全開でも問題ないと思っている人間ほど転がしやすいものはない。

――魔女は、能力を一つずつしか使ってこなかった。多分、同時に複数の能力を使うことは難しいんだろう。ただし、能力を一つずつ切り替える速度が速い。その隙を突くのは難しい。

 これは、事前に皆と相談していたことでもある。
 魔女はきっと、自分が転生者達に与えたチートスキルを使いまわしてくる。そのスキルを使って自分達を絶望させるやり方を取る可能性が高そうだ、と。勿論相談した時点で魔女ジェシカとは顔を合わせていなかったわけだが、彼女がこの世界でやってきた行為を考えるのであれば、なんとなくその性格に想像はつこうというものである。己の楽しみのためならば、回りくどいやり方をやることを取るのも厭わないだろう、ということは。
 能力と能力を切り替える隙を狙うのが王道。それが第一の作戦。
 けれどその隙が非常に小さくて難しかったり、想像以上に魔女の力が強くて圧倒された時は、奥の手を使う、と。つまり。

『サミュエルの“Phantom-single”を使って魔女の動きを止める。ただし、向こうも幻影魔法をサミュエルが使えるのは知ってるはずだし、そのまま使っても見破られる可能性が高い。というか、生半可の幻なんか見せてもまず動きを止めることはできないと思う。……だから、これは本当に奥の手。いつ使うか、いつ使えば相手を油断させられるのか……多分土壇場で俺が指示するのは難しいと思う。だから』

 サミュエルに一任したのだ、タイミングを。
 彼はやってのけた。己が魔女にやられたフリをすることで、魔女が勝利を確信するように仕向けたのだ。ジェシカもよもや、幻影の魔法をそのような方向で使って来るとは思ってもみなかったことだろう。察した優理達が揃って絶望の演技をしたら、あっさり引っかかってくれたのだから(まあ、ポーラの演技はちょっとクサかった気がしないでもないし、光が演技をしたかは微妙なところだが)。
 あとは、時間を稼ぐだけ。そう。

『それなら、もう一つ僕からいいですか。……未完成ですが、試したいことがあるんです。いつもの僕の魔法と違って、リロードに非常に時間がかかるので……本当に大きな隙が相手にないと当てられないでしょうけど』

 これもサミュエルから提案されていたこと。
 初級魔法しか使えない、コンプレックスの塊だった彼がずっと一人で訓練していた、とある大きな魔法だ。そう。
 もし。攻撃系の魔法、全属性を同時に放つことができたなら。例え初級魔法であっても、絶大な威力になるのではないか、と。

――サミュエルは必ず、撃ってくれる。だからあとは俺達がサミュエルを信じて、時間稼ぎに徹すればいい。

 魔力充填完了。
 ここまでくればもう、外さない。

「やれ、サミュエル!魔女をぶっとばせ!」
「お、おのれ!おのれっ!」

 じたばたと手足を動かして逃げようにも、魔力の矢で縛られた魔女は動くどころか、己の魔力を十分に巡らせることも叶わない。その彼女の眼前に、大地を蹴ったサミュエルの姿が迫る。
 さあ、今こそ。絶望を打ち砕き、勝利を得る時だ。



「“Judgment-Ray”」



 サミュエルの背中に、魔方陣で出来た光の翼が展開される。そこから雨あられのように光の弾丸が降り注ぎ――文字通り断罪するかのごとく、魔女・ジェシカを引き裂いたのだった。



 ***




「あ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 これは何かの夢か、悪い幻か。頭から爪先までを焼き焦がす断罪の雨に、魔女・ジェシカは絶叫した。

――あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない!わ、私はまだ、本来の力の半分も出してないわ、やりたいことも殆どできてないわ、それなのに……それなのにこんなニンゲンごときに負けるっていうの!?

 魔法の属性とは、恐ろしい数に上るのだ。
 光、闇、水、火、風、土、雷、氷。それらの攻撃魔法に比べて、幻影魔法や、麻痺の魔法、毒の魔法に魔力を吸収する魔法や体力を吸収する魔法、声を奪う魔法や混乱させる魔法などなど。文字通り、初級魔法だけ数えても多岐に渡るのである。本来、それらを全属性、同じ威力で打ち放つことができるなど異世界を渡る魔女の世界でさえ稀なことだと言える。サミュエル・ヘイズが魔法の天才であるのは紛れもなく事実だと、実際ジェシカもそこは認めていたのだ。だからこそ、真っ先にサミュエルを始末しに動いたのだから。
 それでも、いくら初級とはいえ――それらを全て一つに束ねて同時に撃ち放つなど、本来できることではない。
 実際サミュエルは年相応の不安定さと未熟さがあって、初級魔法しか使えないような状態だったのだ。それが唯一にして最大の弱点であったはず。それがまさか、初級魔法を全部まとめてぶっ放して一つの大きな魔法にするなんて、そんなあり得ない発想を持ってくるなんてどうして想像できようか。しかも彼は、それが己なら出来ると思ったからこそ実行に移したのである。

――あり得ない、そんなことできるわけない!できるはずないのに……!

 何故、ニンゲンごときが、魔女の自分にもできないような魔法の使い方ができるというのか。確かにリロードが異様に長いので、実戦で使える場面は限られていただろう。それでもたかが十二歳のガキごときにこの自分が出し抜かれるなんて、そんなことあっていいはずがなかった。しかも。
 幻影の魔法は、自分にしか効いていないはず。それなのに全てを察して、時間稼ぎをする脇役に徹したというのか、園部優理は。それとも、こういうシチュエーションさえ、予め想定していたとでも?

「あ、が、があっ……」

 全身に毒と麻痺が回り、体内を巡る魔力そのものが焼き尽くされていく。まずい、と全身が警鐘を鳴らしていた。一刻も早く、この世界を離脱して逃げなければ。これ以上戦闘を継続するのは無理だ、とにかく異次元に逃げることを優先させなければ、本当に殺されてしまいかねない。

――この、私が……逃げを、選択させられるなんて、そんなの、そんなの!

「ゆ、許さない……お前だけは、お前らだけはぁぁぁl!」

 こうなったら、撤退前に一矢だけでも報いてやる。全身を火傷の苦痛で切り刻まれながらも、ジェシカは血を吐きながらトライデントを振りあげた。狙うは、一番至近距離にいる少年、優理。

「お前だけは、殺してやるっ……殺してやっ」

 刹那。
 トライデントを持つ腕に、さらならる痛みが上書きされ。あまりの激痛にジェシカを全身を硬直させていた。

「あ、がああああああああああ!」

 何が起きたというのか。どうにか首を傾けた魔女は見た。壁際で呆然としていたはずの少年が、よろよろと対違ってこちらに向かってくる。自らの腕を、ナイフで切り刻みながら。

「もう、終わりにしよう……るりは」

 ジェシカは気づいた。光の両腕にハマっていたはずの、魔封じの腕輪がない。恐らく、最初にジェシカが彼を攻撃した時の衝撃で壊れたのだろう。
 故に、彼の攻撃が発動可能になったのだ。“激痛共有ファントム・ペイン”。ジェシカが光に与えておきながら、自分では使おうとも思わなかったその能力を。

「……悪かったな、園部優理。お前と岸本を追い詰めたこと、動物を虐待したこと、この世界でやったこと全部……謝罪する。間違っていたのは、俺達の方だった。お前は正しい。今、それがはっきりとわかったよ。……俺も同じだ。圧倒的な力なんかいらない。どれほどそれによって虐げられることがあったとしても……折れない心と、誰かに寄り添う心があれば、それはいつか必ず報われる。少なくとも、そう信じていた方が、ずっと幸せでいられる」

 ふらつきながらも光はジェシカの方に近づいてきて、そして言ったのだ。

「るりは、一緒に帰ろう。俺と一緒に償おう。……どんなチート能力なんかよりも俺は……大事な人と、一緒に生きられる未来の方が、欲しい。お前も、本当はそうだったんだと信じてる」

 何をふざけた世迷言を。ジェシカは痛みに震える腕を無理やり動かし、光にトライデントの矛先を向けようとした。しかし。
 体が、動かない。
 何かがジェシカの意識を、肉体の操作を邪魔している。そう、ジェシカの一部だと思っていた、何かが。

『……光を、傷つけないで。その子は、私のものよ。あんたのものじゃないわ』

――さ、鮫島るりは!私の、私のたかが分身の分際でっ……!

『そうよ、私はあんただった。あんたは私だった。ずっとそう思ってたし、同じ理想を追いかけていたつもりだった。……現代日本に来て、光に会うまでは。力よりも大切なものを、見つけてしまうまでは』

 残念ね、と。ジェシカの中のるりはが笑う。
 諦めたように、呆れたように――それでもどこか、幸せそうに。



『私達は、負けたのよ。あらゆる意味で、こいつらに』



「くそ、くそくそくそくそくそくそくそがあああああああああああああああああああああああああああああ!」

 こんなことがあっていいはずがない。
 あるべきではない、そのはずだ。まさか己の分身にまで、逆らわれるなんて。

「ふざけるな、ふざけるなあああああああああああああああ!」

 そして。
 ジェシカは最後の力を振り絞り――己の魔力を解放したのだった。
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