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<12・O'clock>

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 約束した時間通りに相手が来るかどうか。ゴートンは存外そこを重視している。それだけで、相手がどんな性格なのか想像がつくというものだからだ。
 これは、約束の時間より早く来れば印象がいいというわけではない。
 普通の待ち合わせならともかく、今回のように露骨な逢引目的ならば、待っている側にも都合はある。九時以降と言ったのに、それより早く来る場合は相手の準備を鑑みていないことになる。勿論、かといってものすごく遅く来ればいいなんてことでもないが、殊にこのケースは九時より多少遅く来る方がよほど印象がいいのだ。
 無論、自分を心待ちにしているような相手を長々待たせるのも問題がある。そのような女とはあまり深く関係を結ばないようにしようとゴートンは考えていた。理由は単純明快、そのような女は時間にルーズなだけではなく、相手を焦らして自分の土俵に上げたいという魂胆が透けて見えるからだ。
 ゴートンが焦らしプレイをしたがる時と同じ。あれは、焦らして焦らして、相手が我慢できなくなって音を上げるのを待っているのである。オアズケを食らった女は、どんどん頭の中が快楽を貰うことだけでいっぱいになっていく。それを我慢しても我慢しても与えられないことに絶望し、理性を失っていくのだ。
 そういう女に“もうほしい!”と言わせるのがゴートンにとって至上の快楽であり、楽しみにのである。オアズケされまくった女は多少のリスクは度外視で危険なプレイにも付き合ってくれるし、なんなら相手が敵国のスパイのような存在でも口を割ってくれる。今まで勇者たるゴートンの強さの秘密を知ろうと、下心ありで接近してきた女達はいくらでもいた。しかしゴートンはチート能力のみならず、自慢の手管を持ってきてそれらの女を陥落し我がものとしてきたのである。
 自分に落とせない女などいない。
 それこそ仲間だから遠慮してるだけで、その気になればサリーやマリアンのような者達も自分の奴隷にできるだろうと思っている。それこそあの美しい女神を我が物とすることも可能かもしれない。――まあ、サリーに手を出した時点でゾウマの制裁が飛んでくるだろうからヤリたくても出来ない、というのも正しいのだが。なんといっても自分の能力は女にしか効果がないのである。

――ま、男に効いたらキモいしな。野郎に迫られても嬉しくもなんともねー。

 かつて――前世で夢見た世界がここにはある。
 己の醜い容姿と太りやすい体格に関してはもう諦めた。むしろ、現実世界の傲慢な女どものためにダイエットしてやることもバカらしく、早々に放棄したとも言う。
 子供の時からそうだったのだ。ゴートンが近づくと、さながらばい菌のように毛嫌いする女ばかり。何が“人を見た目で判断するな”なのか。どいつもこいつも、人の容姿だけ見て中身などけして見ようとしない。ゴートンがどれほど勉強を頑張っても、下手なりに球技大会で貢献しようと努力しても、それを見てくれる人間なんて一人もいやしなかった。特に女どもは、イケメンばかりにきゃーきゃー言って自分を褒めることなど考えもしない。そのくせ小さなミスをすればそれを挙げ連ねて罵倒する。
 もううんざりだった。何故そんな醜い連中に自分が足並みを揃えてやらなければいけないのか。
 そこそこの四年生大学を出て就職しようとしたものの、今時女がゼロな業界はあまりにも少ない。体力勝負の肉体労働の現場くらいしかなく、そんなところでやっていけるとは到底思えなかった。現実の女など見たくもないのに、奴らはどこにでもゴキブリのように湧いて出て自分を見、侮蔑の目で傷つけてくるのである。
 結局面接をする勇気が出た会社は少なく、その会社たちも軒並み落ちたせいでやる気を失った。どんなに頑張っても認められない、助けてもらえない現実なんて用はない。そんなゴートンが逃げ込んだのが、ゲームの世界だったのである。

――RPGゲームの世界なら。ちゃんと敵を地道に倒せばレベルが上がる。目に見えた成果が出る。……悪いやつをやっつければ、ヒロインが俺を認めてくれる。

 そして、ハーレム系のゲームでは。女の子たちはみんな、当たり前のように“俺”のことを愛してくれるのだ。ツンデレっぽい子もいるが、少し興味を引くような選択肢を選べばみんな頬を染めて好意を寄せてくれるようになる。エッチ系のゲームなら、最終的にベッドにも誘ってくれる。現実の女の子がけして見せてくれないような優しい言葉や愛の言葉をかけてくれ、自分にしか見せない顔を見せてくれるのだ。

『ああっ、ああんっ!……すき、すきぃ……!』

 好き、なんて。両親にしか言ってもらったことがない。
 自分がこの世界の住人だったら。液晶画面を超えて、この主人公になれたなら。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、数え切れないくらい夢に見た。そして、現実との落差に絶望してきたのだ。
 本当は、引きこもりになんてなりたくない。真っ当に働いて、胸を張れる人生を送りたい。でも学生時代で散々挫けてしまった心は折れて、もうもとになど戻らなくなっていた。過去のトラウマを、自分を馬鹿にした女子によく似た女が凌辱される系AVを見て慰めるしかないほどに。

――だから。俺の上に立とうとする女なんかに、用はねえ。

 ゴートンは追憶から戻ってくる。昼に話した印象では、ジニーはまだ娼婦として仕事を始めたばかり、恥じらいの残る初々しい乙女に見えた。ゴートンのことも、容姿を見て気持ち悪いという顔をしなかった。まだスキルを使っていなかったのに、金目当てとはいえ己の見た目を馬鹿にしなかったことには好感が持てるというものだ。
 しかし、まだ油断はならない。自分の見た目が好きだと言いながら実はスパイだった女も過去にはいたのだから。
 今夜絶対、ジニーをモノにする。
 彼女が実はスパイの類であったとしても関係ない。それならそれで、容赦なく蹂躙できようというものだ。

「お」

 さて、彼女は“どっち”か。ドアをじっと見つめていたゴートンは、九時の鐘が鳴ったと同時に回ったドアノブに目を見開いた。驚いた、まさか九時ピッタリ、に来ようとは。

「あっ!」

 彼女は一瞬顔を覗かせて、慌てて一度ドアを締めた。僅かに見えたその顔は、ゆでダコのように真っ赤になっていたように見えた。

「ごごごごごご、ごめんなさい!わ、私、ノックもせずに!!」
「……あ、いやその。気にしなくていい。入っていいぜ」
「すみません。失礼な真似を……ありがとうございます」

 ちょっと拍子抜けしてしまった。何を気にしたのかと思ったらそんなことだったらしい。確かに本来ならば、ノックをしてから入るのが筋だったことだろう。過去にホテルで逢った女などには、ノックもせずいきなり入ってくるタイプもなかったわけではないからだ。
 しかし、どうやらこの女はわざとやったわけではないらしい。ガチャリ、と再びノブが回って入ってきた女は昼間と同じ踊り子の衣装を着ていて、しかもガチガチに緊張している。視線が定まっていないし、顔は真っ赤に染まっている。

「あ、ああ、あ、あの!改めまして私、じ、ジニーと申します。今夜、お、お、お招き頂き誠にありがとうございます!」
「何でそんなに緊張してるんだよ。そりゃ、男の部屋で二人きりだからって……来るって決めたのはお前だろ?それに、初めてじゃないだろうが」

 暗に“慣れてるんじゃないか”と言えば。彼女は湯気が出るほど真っ赤な顔をぶんぶんぶんぶん!と横に振った。

「ちちちちち違うんです!い、いやその、初めてじゃないのは本当だけどあんまりたくさん経験があるわけじゃなくてその、あの……ま、まさか私のような下々の人間が、勇者様にお招き頂けるなんて思ってもみなくて。し、失礼がないようにと思っていろいろ考えてきたのですけどわ、私、なんといっても文字もろくに読めないので調べることもままならず……」

 文字が読めない。その言葉にゴートンは眉を顰める。
 自分の前世は令和時代の日本人だった。日本という国は、世界的にみても識字率が高いことで有名である。義務教育が徹底しているし、貧富の差がないこともないが文字が読めない子供はごく僅かに留まるはずだ。もしくは、学校に行けなかった一部の高齢者くらいなものだろう。

「俺は……この世界に転生してきて二年くらいしかいねぇからな。この世界の情勢にそこまで詳しいわけじゃないが。この国は身分制度の影響が大きいんだっけな」

 ゴートンが言うと、はい、と俯くジニー。

「貴族の皆様方と違って……私達のような労働者階級の者には、お金がありませんから。国は義務教育を定めていますが、学校に行くための補助が出るわけではいけません。小学校から学費は払わなければいけませんし……何より、子供は大切な働き手ですから。私はまだいいのです。両親が旅の一座の人間で、幼い頃から歌や踊りでお客様を楽しませれば生きていくことができましたから。世の中には、子供の頃から身売りをしなければならない子もいます。男の子も女の子も、関係なく」
「……階級制度に不満なんかはないのか?」
「ない、と言えば嘘にはなりますが。それでも、私よりずっと苦しい思いをしている人はたくさんいます。二十歳になるまで両親に助けて貰うことができ、犯罪に手を染めずにここまで来られた。それだけで、私は充分幸せ者です。何より……」

 ふわり、と花が咲くように微笑む彼女。

「何より、世界を救う勇者であらせられる……ゴートン様のような方にお目通り頂いた上、このように気遣って頂けて。私はそれだけで、充分すぎるほど満たされているのです。嬉しすぎて……そ、そのせいで少し早く来すぎてしまって、しかも礼儀を忘れてしまったのは本当に申し訳なく思いますが……!」
「…………」

 ジニーが嘘を言っているようには、とても見えなかった。もう少し若いかと思ったら、以外にも二十歳にはなっていたらしい。きっと童顔なのだろう。

「そ、それに」

 ジニーはチラチラとゴートンの方に視線をやりながら言う。

「ご、ゴートン様はその、かなり閨事に長けてらっしゃるように見えて。私のような拙い者が満足させられるのか心配で、心配で……」
「……そんなこと、気にしなくていい」

 不思議な気分だった。場合によっては即チートスキルを使うつもりでいたし、何なら彼女が来てすぐベッドに連れ込むつもりでいたのである。あくまで自分の目的は性欲を満たすため。彼女と話がしたくて招き入れたわけではないのだ。
 今までの女達もそうだった。ホテルに呼んだらやることといえば精々シャワーを浴びるかどうかくらい。大抵、即座にベッド・インして抱き潰すのが常だった。ピロートークなんてものを考えたこともない。ゴートンの体に溺れて愛され尽くした女は気絶したように眠ってしまうのが常だったし、ゴートンもゴートンで興味があるのは女の見た目とカラダの相性だけ。身の上話など聴こうとも思ったことがなかったのだから。
 だけど、とジニーと接してふと思ったのである。
 ひょっとしたらそれは、前世で心無い女達が自分にしてきたことと同じになってしまうのではないかと。相手の見た目だけを見て中身に興味がない、なんて。そんなことをしているようでは、本当に自分が欲しいものは手に入らないのかもしれないと。

「……なぁ」

 冷蔵庫から酒を出してきて、ゴートンは丸テーブルの上に置く。このメリーランドタウンの名産品であるワインだ。

「お前、酒は飲めるのか?……ちょっとばかし、話をしねえか」

 まだ夜は長い。彼女を抱くにしても、前後不覚になってしまう前に話をしてみたい。こんな気分にさせられたのは初めてだった。

「……私で良ければ、喜んで」

 ジニーは嬉しそうに、ゴートンが勧めた椅子に腰掛けたのだった。
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