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<24・Noel>

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 本当に、自分はいつまでこんなことを続けているのだろう。

「はあ……」

 居酒屋にて、ノエルは一人ちみちみとお酒を飲んでいた。気分が落ち込んでストレスを発散したくなると、どうしてもお酒に走りがちなのが自分の悪い癖である。ただ、他に趣味らしい趣味もないのでどうしようもない。煙草に手を出すくらいならきっとお酒の方がマシだろう、というのがノエルの本心だった。まあ、前世ではお酒も煙草も嗜んだことなどなかったわけだが。
 今回も、マリオンに無理やり引っ張ってこられる形でメリーランドタウンまで来たが。結局やっているのはいつもと同じ、彼女のお守である。否、体のいいパシリとでも言えばいいのか。前世とやっていることが殆ど変わらない。この世界に来て自分も変わることができるかと思っていたが、残念ながらそんな簡単な話ではなかったようだ。まあ、生まれ変わっても性格や内面が何も変わらないのだから当然と言えば当然なのかもしれないが。
 ノエルが前世で死んだのは、高校生の時だった。
 受験に失敗して行くことになったのが、地元でも少々治安の悪い学校である。大人しく、かつ学校で一番の成績(非常に偏差値が低い学校だったからであって、ノエルが特に勉強ができたからではない)で、まじめに授業を受けるノエルはそれだけで目をつけられる存在だったのだ。
 その学校には、令和のご時世には珍しい、昔さながらのヤンキーが多い学校だった。
 ノエルは入学早々、クラスのちょっと突っ張ってる男たちのパシリにされるようになってしまった。言うことを聞かなければすぐ拳が飛んでくるような野蛮な連中である。高校一年生の時は、本当に良い記憶が何もない。常に不良軍団の目にびくびく怯えて、彼らの機嫌を損ねないように損ねないようにと立ち回ることしか考えられなかったのだから。
 二年生になって彼らとは違うクラスになり、監視の目から少しだけ逃れられるようにはなったが。それでも状況が大きく変わったわけではない。電話で突然呼び出されることは珍しくなく、結局前のクラスと同じようにパシリにされるばかりの日々。
 違ったのは――そのクラスで、一人の少年に出会ったことだった。
 彼もまた、不良軍団に苦しめられている一般人の一人だった。ノエルと違ったのは、彼がその状況を打破しようと決意していたことである。

『このままじゃ、ダメだ。お前もそう思うだろ』

 彼はノエルよりも小柄で非力だったが、それでもノエルよりずっと強い意志を持っていた。
 あの連中と一緒に戦わないか、とノエルを誘ってきたのである。

『俺達、どっちも弱い人間だけど……でも、二人ならきっとできることもあると思うんだ。それこそ、あいつらからちゃんと逃げる勇気を持つってだけでいいと思うんだよ。本当に俺達が戦わなくちゃいけない相手は、きっと自分自身の弱さだと思うから』

 彼は高校においてはじめての親友となった。
 呼び出されても応じない勇気を、放課後につかまりそうになってもちゃんと逃げる勇気を持てるようになったのは彼のおかげだと言っていい。もとよりいじめっ子連中とは別のクラスになれていたので、以前よりも捕まりにくくなっていたというのはあるのである。
 彼と一緒なら変われるかもいれない。楽しい学校生活が送れるようになるかもしれない。
 そう思っていた矢先だったのだ――通りがかった工事現場横の道、崩れてきた資材の下敷きになる羽目になったのは。

――確かに、あの世界にはつらいこともたくさんあった。夢とか希望とか、魔法とか勇者とか、そういうものにあふれていたわけでもなかった。でも……。

 本音は死にたくなかったし、異世界転生もしたくなかった。何故自分だったのだろうと今でも思う。異世界転生がしたくてたまらない連中なんていくらでもいるのに、何故自分が、と。
 ノエルがこの世界で女神に従っている理由はただ一つ。最後に願いを叶えて貰って元の世界に帰る、そのためだけだ。
 きっと家族も、あの優しい親友も、自分の死に悲しんで苦しませてしまっている。生きて帰って彼らを救いたい。そして今度こそ親友とともに人生を変えたいのだ。

――……でも。本当に僕は、そんなことできるんだろうか。結局、この世界でもパシリにされているばっかりなのに。

 二年。もうこの世界で、二年も過ぎてしまった。サリーたちが魔王を倒したと聞いたので、これで終わってすぐに帰れるはずだとばかり思っていたのに。
 魔王を倒しても、世界は平和にならなかった。そればかりか、本当に生きているかどうかもわからない残党を狩って、ヴァリアントという名の脅威を止めろというのである。無茶がすぎるという話だ。せめてその残党がどこにいるのか教えてくれればいいものを。
 そもそも、ノエルは段々と“本当に魔王が元凶だったのか”について疑問を持つようになってしまっている。サリーが言う通り、その可能性については本来考えない方が自分のためではあるのだろうけれど。

――わかってる、僕だって。魔王が諸悪の根源でなければ困るのは……僕たちも同じだってことくらいは。だって。

 そうでなければ、認めなければいけないことになるのだから。自分達が二年前、何の罪もない人たちを殺したのだ、という事実を。
 それを受け止められるほどの強さなんてないのだ。自分も、きっとほかの仲間たちも。

「はあ……」
「憂鬱そうですね」
「!?」

 突然声をかけられて、ノエルは驚いて顔を上げた。
 いつからそこにいたのだろう?丸テーブルの向かい側に、一人の女性が座っている。栗色のボブカットに赤い瞳が美しい女性だ。にこにこと微笑みながら“空いていたから座ってしまいました”と言った。

「ご一緒してもうよろしいですか?ル……私、一人で飲むのが寂しくって」
「え、ええ……どうぞ」
「ありがとうございます」

 男の性。思わず彼女の胸元の方へ視線をやってしまう。というのも彼女は、胸元が大きく開いた色っぽい白いワンピースを着ていたからだ。驚くほど豊かな胸が、テーブルの上にずっしりと乗っている。女性の胸ばかり観察するのは失礼にあたるとわかっているが、ついついチラチラと視線がそちらに向いてしまうのは止められない。
 なんせ、ノエルは前世でも現世でも童貞なのだ。
 かわいい女の子に興味はあるものの、気弱な性格が災いして学校ではほとんどまともに女子と話せたことがなかった。女子も女子で、自分のように超地味系草食男子になんぞ興味はなかったことだろう。特に嫌われた覚えもないが、反面名前も覚えてもらえていないなんてことが珍しくなかったのである。
 この世界で、大人の容姿のイケメンにしてもらったのは、少しでも自分に自信を持ちたかったからなのだが。結局、この世界でも内向的な性格は変わりなく、なんだかんだと彼女を作る勇気を持てていない状況である。確かにイケメンにしてもらったことで女性から声をかけられる頻度は爆増したのだが、だから付き合う度胸があるかどうかは別問題なのだ。そんな自分を、サリーやマリオンなんかは“そんなんだからアンタはドーテーなのよ”とよく笑ってくるのだけれど。

「この町の人ではない、ですよね?見かけない顔なので」

 栗毛の女性は、やや心配そうにノエルの顔を覗きこんでくる。

「疲れた顔をしてらっしゃいますね。何か、心配事でもおありですか?」
「ああ、まあ……」

 見知らぬ女性。そして、多分これ一回きりの邂逅。そう思うとかえって気楽に思えた。グラスの中の氷を揺らしながらノエルは言う。

「僕、王都ラミカルシティから来たんです。このメリーランドタウンにちょっと用があって……。そ、その。異世界から来た勇者の一人、なんですけど」
「まあ!ごめんなさい、お顔を存じ上げなくて」
「いえ、いいです。僕、あんまり新聞とかにも写真載らないし」

 それは事実だ。というか、基本的に写真が出るのはサリーとゾウマが殆ど、マリオンが時々といったくらいなのである。自分とゴートンはほとんど映像でも画像でも出ることがない。それはそのまま、勇者内の地位の低さを示してもいる。
 自分達はいつも、目立つ彼女らの引き立て役でしかないのだ。別に承認欲求から勇者をやってる身ではないノエルとしては、そこに深く突っ込むつもりもないのだけれど。

「僕、ノエルっていうんですけど。……その、あんまり仲間たちとうまくやれてない、っていうか。パシリ、みたいな扱いされてて。それがちょっともやもやする時があるっていうか」

 勇者とは理想であるべき。皆の英雄であるべき。そういう風潮が強いことは知っているし、実際そうであるべきとしてヒーローを演じようとしている者もいると知っている。ノエルもいつもなら、もっとヒーローらしく堂々とした振る舞いをしようと心がけたはずだ。まあ、実際できているかどうかは別として。
 でも今は、ちょっとだけ心が弱くなってしまっていた。
 一緒に来たはずのマリオンは一人でジニーに会いに行ってしまうし(そして、邪魔だからついてこないで!と言われた。一体何をあんなにイライラしていたのか)、ゴートンも紹介前に受け入れて貰えなかったことがショックだったのかどこかにいなくなってしまうし。で、完全に見知らぬ街で一人置いてけぼりを食らっている状態なのである。
 それでいて、そのうちマリオンから“買い物するから荷物持ちやって!”とかいう用件で呼び出されるオチもわかっているのだ。というか、むしろほとんどそれ目的だけで自分を連れて来たようなものだろう。外見年齢が幼い彼女が一人で出歩ける場所が限られているというのもあるだろうが。

「僕の能力が、戦いにおいてそんなに役に立ってないことはわかってるんです。だからどうしても勇者としても目立たないし、感謝されないんだろうなって」

 ノエルのチートスキルはずばり、どんな怪我でも治せる治癒能力だ。この世界での勇者活動に乗り気ではなかったこと、とにかく保守的な性格で“死んだら嫌だ”という理由から治癒スキルを取ったはいいが、その結果活躍できる場面が少ないという状況に陥っているのである。無論、治癒能力は戦闘において必要なものに違いないのだが、いかんせんサリーとゾウマが強すぎてほとんど怪我をしないのだ。まかり間違って敵の攻撃が飛んできても、マリオンが全部防いでしまうから尚更に。
 目立ちたいというわけではない。わけではないけれど、その結果存在を重視されないというのはいかがなものかと正直思ってしまうのである。

「だからか、勇者仲間の間でもあんまり大事にされてる感じがしないというか。……自分はこのままでいいのかな、なんて思ってて。今も仲間に置いてけぼりを食らってる状態で……」
「……お仲間とうまく行っていないんですね」
「うん」

 こんな話、見知らぬ女性にそうそうしていいものではない。でも酒が入っているせいか、どうしても止めることができなかったのだ。

「だったらノエルさん、どうしてそのお仲間の方と一緒にいるのです?……見たところ、あまり戦いがお好きな印象ではないし、勇者というお仕事がお好きであるようにも見えないんですが」

 ずいぶんとストレートに言ってくれる。ノエルは苦笑いして、どうだなあ、と告げた。

「お酒の席だから、少しだけ愚痴聞いてくれます?愚痴というか……何で僕が、勇者をやっているのかって話なんですけど」
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