夜明けのエンジェル

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<第三話>

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 ミリーは、ホープ・コードの第四世代として生まれたアンドロイドである。
 ホープ・コードは、ご主人様が見つかるまで、そしてご主人様に許されるまで肉体的・精神的性別をどちらかに寄らせることが許されていない存在ではあるが――それでも個性がある以上、どうしても“男っぽい”“女っぽい”とされる者は存在している。
 ミリーは名前もさることながら、内面的に見ても明らかに“女の子”に偏った存在だった。ミリー自身は、自分を男の子だと思ったこともないし、女の子だと思ったこともないのだが――傍から見ると、自分はどう見ても“大人しい女の子”に見えるらしい、ということは理解している。
 原因は明確だった。女の子っぽいというより――男らしい要素が微塵もないのだ、自分には。

『うわああん!ごめんなさいいいい!!』

 アンドロイドたちは全て、製作されてから必要な機能をインストールされ、データを随時更新されていくのだが。少しでも人間らしさを再現するためには、普通のコンピューターのようにデータを流し込むだけでは足りないのが実情だった。
 つまり、人間のような訓練が必要になってくるというわけである。
 基礎データを元に、人間の生態系やこの国の生活習慣などを学び、家事や戦闘を実践して自分のものにしていく。個性を出すために、それらは全て“完璧”に近い出来が実践できるものの、微妙な差異が出るように調整されていく。例えば同じ野菜炒めを作っても、少ししょっぱく作る者もいれば、甘めの味付けをする者もいる、という具合にだ。なんせ自分たちにはそれぞれ味覚があって好みがある。基礎データがあっても、完全に同じ料理ができるはずがない。
 それらの差異を顕在化させ、個性を作る作業といってもいいのが、人間のような実用訓練というわけなのだが。
 ミリーはこの、訓練が壊滅的にへたくそなアンドロイドだった。
 もともとそういう設定がされているのか、はたまた個性のせいなのか、それこそバグなのかなんなのか定かでないが――とにかく、ミリーは料理も苦手だし、戦闘訓練なんてもっと苦手という、いわば落ちこぼれのような存在だったのである。
 おかげで他のアンドロイド達にいじめられるわ、人間の職員達からは白い目で見られるわと散々な目に遭ってきた。――開発者である雄大だけだ。ミリーを落ちこぼれ、と蔑まなかったエンジニアは(まあその雄大が、自分をこんな性格に設定したのかもしれないと思うと、少々複雑ではあるのだけれど)。
 ミリーがどうにか、対面日に参加できるまで成長できたのは、雄大と――一部の理解ある仲間達がいたからである。
 一人目がクリス。少々乱暴者で元気のよすぎるクリスだが、ミリーがいじめられていると持ち前の正義感でいつも助けてくれていた。
 二人目がシオン。博識で、アンドロイド達の中でも極めて優秀な技量を持つ人物だ。ミリーに関してネチネチと嫌味を言ってくるような輩はいつもシオンが撃退してくれていた。腕力などはないものの、シオンに口で勝てる者はいないのである。
 そして、三人目が。

「高橋さん。……シェルは、大丈夫なのかな」

 ミリーが尋ねると、雄大はわかりやすく苦い顔をした。この男は良い意味で技術職らしくない人物である。本人は自分はコミュ障だなどというが、実際友人も多いし、チームでも頼りにされている存在だ。喜怒哀楽が激しく、アンドロイドである自分たちのことも製作者として精一杯愛してくれていると知っている。他のエンジニアや人間たちに苦手意識を持っているホープ達も、雄大のことだけは信頼しているという者が少なくない。まあ、酒に弱かったりお人よしすぎたり、ちょいちょい遅刻してくるなど社会人としてはどうなんだという面もあるにはあるのだが。
 とにかく、彼がこういう顔をするのは、彼が心底、シェルのことを心配してくれているからだと知っている。
 シェル。彼ないし彼女は――ミリーにとってはある意味絶対の存在、だった。絶対的な憧れであり、保護者のようなものである。自分のことを話しているとわかったのだろう、ミリーが顔をあげると背中ごしに目があった。シェルはいつものように壁に背を預けて、じっと本を片手に佇んでいる。
 ミリーと同期のホープ・コードにして、“冷徹人形”と人間たちに揶揄される存在。それがシェルだった。
 外見は文字通り完璧という他ない。自分でも、ボキャブラリが貧困すぎるとは思うのだが、他になんと形容すればいいのかわからないのが実情だった。後ろ髪が少し長い銀髪のショートカットは少し癖があるものの、光を浴びてキラキラと輝く様はまるで星屑をまとっているかのよう。肌は某グリム童話のお姫様もかくやというほどの透き通る白さ。切れ尾の眼は少々きつい印象を与えはするものの、長い睫毛とルビーをはめ込んだような真紅の色が恐ろしいまでの美を表現している。
 また、体格も。自分たちの中では背が高く(身長170cm代と聞いている)、細身の男性ともスレンダーな女性ともとれるような均整のとれた体つきをしている。こうして壁に背を向けて立っているだけで、その場所が絵画を切り取ったかのように華やかになるのだから凄い話だ。
 つまり、要約するなら。
 シェル、というアンドロイドは。非の打ち所のない、それどころか人外じみたまでの美貌を誇る人物なのだった。美しかったり可愛らしかったりが基本のホープ・コード達の中にあっても目立つ存在なのである。どんなTVを見ても、本を読んでも、シェルほど美しい存在をミリーは見たことがない。
 また、技量の面でも彼ないし彼女は完璧だった。料理を作らせれば誰よりも効率よく美味しいものを作り、戦闘訓練においては歴代最高の成績を叩き出す。知識面においても、秀才のシオンに唯一筆記で勝ったのがシェルだった。シオンも最初はライバル視していたものも、今ではシェルを“私が唯一尊敬できる存在です”と言って認めている様子である。歴代最高にして、同胞達のカリスマ。それがシェルだった。
 ただし。シェルには致命的な問題がある。――簡単に言ってしまうと、性格がひねくれているのだ。いや、ひねくれているというより、もはや複雑骨折していると言った方がいいような気がするレベルである。

「……シェルはさ、あの見た目だから来た人はみんな惹きつけられると思うんだけど、その……人間のご主人様と、うまくやっていけるのかなあって」
「だよなあ……」
 ミリーの言葉に、雄大はがくりと肩を落とした。

「整備不良で返品交換されたホープは前にもいたけどよ。性格の不一致で返品されたやつなんで今までいないからなあ。シェルがその第一号になったらどうしてくれよう……」

 カリスマ的存在、ではあるが。
 シェルにはコミュニケーション能力というものが、致命的に欠けていた。クリスでさえ黙る場面で空気を読まず(読めないのか読まないのか定かではないが)爆弾発言をし、普段は誰に対しても愛想の欠片もなく、嫌いなものは嫌いとハッキリ口にする。そのくせ普段は無口で何を考えているのかわからない。むしろとても不機嫌そうな顔ばかりしている。みんなでやる遊びにも参加したがらないし、ミリー達以外に誰かと慣れあうということを一切しない。
 それでも皆がシェルを嫌ったりしないのは、シェルが言う言葉が大抵正しいからであり、自分たちが言えないことも代わりにばしばし突っ込んでくれるあたりが爽快だからであり、やれ物が壊れただの勉強が分からないだのもシェルにかかれば大抵すぐ解決できてしまうからでもあった(ただし、コミュニケーション能力が要求される類を除く)。

「ていうか、前の時はむしろ対面日の段階でフられて良かったというべきかね……。俺たちはマジで胃が痛かったけどな。つか穴があいたけどな……!」
「えっと……なんていうかその、ごめん……」
「お前が謝る必要はないだろ、ミリー……」

 実はシェルが対面日に参加するのは初めてではなかった。前の参加の時はその――指名されたというのに、土壇場になって引き取り先にキャンセルされたのである。
 相手はお金持ちのお嬢様だったのだが、引き取られる直前にシェルが言ってしまったのだ。

『可哀想な奴だな、貴様は。誰かを見下さないと自分の魅力を表現できないのか?いくら厚化粧で誤魔化しても醜い本性は隠し切れないぞ、莫迦め。そんなにつつましく努力する人間が嫌いか?努力して成功する者が妬ましいのか?そうだろうな、貴様には努力する勇気も根性もないだろうよ。努力して失敗することが怖いんだろう?実に結構、そのまま永遠に臆病者でいるがいい。親が死んで金が尽きたらそのまま惨めに喚いて破滅するだけだ、貴様に似合いの最期だろう?』

 当然、お嬢様は激怒した。彼女は彼女が持ち得るあらゆる言葉でシェルを罵倒し(まあその言葉も実に貧困で幅の狭いものではあったが)、契約をキャンセルした。ミリーはその後のことは詳しくないが、間違いなく本社にクレームの電話をかけまくってきたことだろう。きっと雄大達も上層部に滅茶苦茶叱られたはずだ。ミリーからすれば申し訳なくて仕方ない。――シェルがここまでキレた原因は、他ならぬミリーにあったのだから。
 前回の対面日には、ミリーも参加していたのである。その時ミリーは誰にも指名を受けなかったのだが、アピールタイムで何度も失敗したミリーを、シェルを指名していたお嬢様が露骨に馬鹿にしたのだった。
 なんと言われたのか、正直ミリーはあまりよく覚えていない。確か、クズだとかノロマだとか不良品だとか、その程度でシェルの友人を気取ってるなんて似合わないだとか――まあそんなことであったような気がする。いかんせんそのあとのシェルの剣幕がインパクトありすぎて、彼女の言葉などろくに記憶に残らなかったのだ。
 結果、前回シェルは婿入りの機会を完全に逃してしまい、雄大は胃に穴を空ける羽目になり、本社は財閥のクレーム対応に追われて大わらわになったのだった。後にも先にも、あんな事件が起きたのはあの一度だけという。――それもこれも、シェルにあんな性格を設定した雄大達の自業自得では?と言われてしまえばそれまでなのだが。

「俺は、シェルにも幸せになってほしいんだけどな。いつまでもここに置いてやるわけにはいかないし……」

 雄大はぽつりと言った。いつまでもここにいるわけにはいかない――それはミリーにも当然あてはまることである。ぎゅう、と胸が締め付けられるような思いだった。次の機会で、指名される可能性があるのはシェルだけではないのだ。

――幸せ、か。

 素敵なご主人様を見つけ、番になり、ともに家庭を築いていくこと。それが自分たちホープ・コードの唯一にして最大の幸福である、と。自分たちはそう教えられてきたし、信じている者も多い。きっと雄大もそういうのだろう。なんせ自分たちはこの国の未来を支えるため、新たな命を生み出すため、若者たちを助けるためにこうして存在しているのだから。
 でも、ミリーはどうしても想像がつかないのである。クリスが、シオンが、雄大が――そしてシェルがいない、未来。そこで、見ず知らずの誰かと生活し、築いていく幸せというものが。イメージが沸かないと同時に、にわかに信じがたいのである。
 そんな場所が、そうして幸せになれる場所が、果たして自分にあるのだろうか。満足に自分の世話さえもできない、出来そこないで弱虫の人形に。

――怖いよ、シェル。ねえシェルは、どうなの?

 今でも思うことがある。
 ひょっとしたらシェルは、ここから卒業していくのが嫌で――わざとキャンセルされるように、あのようなことを言ったのではないのだろうか、と。

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