暁に散る前に

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<2・アイショウ。>

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 現代の北皇国の皇帝、北郷が非常に面食いなのは知れたことである。
 妃を大量に召し抱えている身でありながら、暇あれば花街に遊びに行ってしまうので部下たちが大変苦労しているらしいということも。――その花街で、特に気に入った娘を妃にすると言って突然連れて帰って来てしまうことも。

「大きな声では言えないのだけれどね。……蓮花様も、元は花街で買った女性だったそうよ」

 康子はやや声を潜めて、映子に教えてくれた。

「本来ならば帝の妃たる者、高貴な家柄の娘から選ばれて然るべきでしょう?しかし、蓮花様だけは……その、女官どころか貴族でさえなく、妾の地位さえもすっ飛ばしていきなり第一妃になられたのよね。しかも、北郷様は花街で蓮花様を買い取ったことを隠しもしていないものだから……第二妃様や、多くの貴族の方々からは大きく反発を受けたらしくって」
「それはまあ……そうでしょうね、としか」
「でしょう?確かにとても美しい方ではあるけれど……孤高、というか。自分付きの女官とも、他の妃の皆様ともまったく親しくされる様子もないものだから、余計に反発が大きくて」

 その声には、少なからず映子への憐憫の情が透けていた。なんせ、入ったばかりの新人がいきなりそんないわくつきの妃付きの女官に任命されてしまったのだ。陛下の気まぐれは珍しくないんだけどね、と康子はため息をついた。

「まあ、貴女も気をつけなさいな。……残念ながら、蓮花様に苛められてこの後宮から逃げ出した女官や、暇を貰う羽目になったお妃様は少なくないようだから。貴女もなかなか美しい見目をしているし、目をつけられないことを祈っているわ」
「はあ……」

 なんとも、いきなり面倒なことになってしまったものだ。映子は頭痛を覚えるしかなかった。
 とにかく、実際に蓮花と会って話してみないことにはわからないことも多い。表向きだけでも当たり障りなく過ごせればいいけれど、と――ややらしくないことも思ってみる映子だった。



 ***



「来るのが遅い」
「――っ!」

 ひとしきり説明を受けて、蓮花の部屋に挨拶に行ったと思ったらこれである。皇帝の傍に控えている時は、もう少し大人しそうに見えたというのに。二人っきりで顔を合わせた途端にこれだ。藍色の豪奢な着物を着た蓮花はギロリと映子を睨みつけて言った。

「第一妃である私を堂々と待たせるとは、いい度胸だな。粗方、康子あたりから私の悪口でも延々聞かされていたんだろうが。どうせ陰口を言うのなら、本人にバレないようにうまくやればいいものを。そんなもので私が参ると思っているのか、あの馬鹿者め」

 予想はしていた、が。蓮花は康子とは相性が悪いということらしい。まあ、好かれていたらあのような噂をわざわざ映子の耳に入れることもしないだろう。実際、最初に仕事の流れを説明される中で、それとなく第一~第十妃の噂やら性格上の問題やらを事細かく説明されたし、特に第一妃である蓮花の話はやたらと長かったのも事実である。
 元々は卑しい身分の娘で、花街に売られて来たのだとか。
 愛想もへったくれもないくせに、その美貌と手管だけで店の頂点に君臨していたらしいとか。
 むしろその毒舌と冷徹な視線がたまらない、だとかで被虐思考を持つ男達を虜にしてきたらしいとか。皇帝にもそういった趣味がおありなのかもしれないだとか。
 特に康子が底意地悪く言ってきたのが、蓮花の身体上の問題である。蓮花が皇帝の妃として迎えられてから既に三年が経過しているのに、一向に子を身ごもる気配がない。にも拘らず、陛下は蓮花にばかり夢中で、他の妃たちを閨に呼ぶ機会が殆どなくなってしまったというのだから困った話である。陛下も既に御年四十八、いい加減世継ぎを真剣に考えなければいけない年だと言うのに――稀に閨に別の妃を呼んでも避妊を徹底してしまうのだとかなんとか。
 まるで、蓮花以外の子供など欲しくないと言わんばかりに。そのせいで、余計蓮花は他の妃たちにも、彼女達付きの女官たちの大半からも恨まれているという。これでせめて可愛げの一つもあれば別であろうに、本人はこの通り歯に衣着せぬ物言いばかりをする人間ときた。

――そりゃ、恨まれもするでしょーよ。……もう少し他の方々と上手くやる努力をすればいいでしょうに。

 ああ、面倒くさい。映子の感情はすっかり顔に出てしまっていたようだった。蓮花は眉をひそめ、はっきりと言ってきた。

「何だ、不満がありそうだな。言いたいことがあるならはっきり言ったらどうなんだ。安心しろ、私は寛大だ、少々毒を吐いたくらいでは陛下に告げ口などせんさ」
「……寛大と仰る方が、他の女官たちを苛めぬくような真似をなさるのですか?」
「ほう」

――あああああ!や、やっちゃった!

 元々、映子の性格はこう、であった。思ったことはなんでもはっきり言ってしまうタイプ。そして、宋家の家族内でも男達が引くほどに気が強い性格である。いつかその地位を蹴落としてやろうと思っている相手に、女官として仕えなければいけないだけで腹立たしいのに、しょっぱなからこの態度。最初の謁見の様子もさることながら、悪い噂もあってとにかく第一印象は最悪に近いのだ。
 要するに、ものすごく機嫌が悪かったのである。宋家のためにも、表向きはニコニコ笑って上手にやり過ごそうと思っていた矢先につい本音が出てしまった。ああ、実際他の女官たちを苛めぬいて病ませたとか自殺させたとか、それらの噂が事実であるのかを確かめたわけでもないというのに。

――ど、ど、どうしましょう……!陛下に告げ口されないとか言ってるけどぶっちゃけ全く信用はないし!せっかく女官の試験に合格して此処にいるのに、初日でまさかやらかすなんててててててて!

 内心冷や汗だらだら、大混乱状態。
 しかしそんな映子に対して、蓮花はにやりと笑って見せるに留まった。

「なるほど、貴様は思ったよりも根性がありそうだ。……表向きニコニコと愛想よく接してくるくせに、裏では悪口三昧でいられるよりよほどマシというもの。実際、私に関して悪い噂が飛び交っているのは事実であるようだしな」
「え、えっと、その……」
「気にするなと言っている。今までの女官も皆そうだったからな。初手で私のことが好きだなんて抜かしてくる奴の方が信用ならん。特に、妃はともかく女官は皆高貴な身分の娘が自分の意思で試験を受けて後宮に入ってくるものだ。最終的に第一妃の座を目指そうと、野心に燃えている者が殆どであるからな」

 その物言いは、なんだか。

「……まるで、蓮花様は望んで後宮に来られたわけではないようですね。卑しい花街の店から、帝が貴女を救って下さったのではないのですか」

 正直に話していいというのであれば、下手な遠慮は無用だろう。まるで帝も妃も馬鹿にしたような物言いに、この国で生まれ育った映子が少々不快感を覚えるのも仕方のないことではなかろうか。
 自分は一際、陛下への忠誠心が強い方だとは思わない。帝には男性しかなれない、女が権力を持ちたいと思ったら妃となって帝の寵愛を受けて牛耳るしかない――なんて皮肉交じりに言われる現状を腹立たしく思っているのは事実である。だが、それとは別に、生まれついて“帝はこの世界の神と対話できる特別な存在である”という教育を受けてきているのもまた事実。どれほど納得がいかなくても、帝は帝、絶対の存在。そしてその帝に愛される妃になれることは間違いなく名誉なことであり、家の繁栄にも大きく関わってくること。そういう認識は、簡単に覆せないのである。
 花街の店にいたといことはつまり、この女性もまた売春婦として男達に体を売っていたということに他ならない。基本的にあのような店には、借金をカタに貧しい家から売られてきた者ばかりが流れ着くと聞いている。欲に塗れた卑しい貴族と庶民に春を売り続ける生活など、いくら衣食住が保障されていたところでおぞましいことに変わりはない。そのような地獄から救い出され、この国の女性で最も栄誉と言われる地位を授かったのだ。それを喜ばないなど、頭のネジが外れているとしか思えないのだけれど。

「卑しい花街、か」

 はっ、と蓮花は鼻で笑ってみせた。

「所詮、恵まれた貴族の娘からはそのような認識よな。あの店にいる人間は皆、自分の意思でそこに流れ着いたわけでもないというのに」
「それは承知しておりますわ。でも、身分が低くてお金がないからそのようなことになったのでしょう?」
「そこが、貴族と庶民の考え方の違いよ。貴様は、たまたま自分が貴族の家に生まれたことを、まるで自分が努力して得た誉れであるかのように語るつもりか?生まれる家は、誰にも選ぶことなどできないというのに。あの者達も私も、何も望んで貧しい家に生まれ、愚かな両親に売り飛ばされたわけではないのだぞ」
「…………」

 そんなことを言われても困る。確かに、貴族に生まれるか庶民に生まれるか、を自分の意思で選ぶことはできないだろう。だが、そもそもこの国ではその生まれは前世の業によって決まっているというのが一般的な考えなのである。つまり、貴族に生まれた者はより国に、神に尽くし、善行を積んだ者。かつて悪行を働き人々を苦しめた者ほど、卑しい身分に身を落とすのだと。

――あんたがもし、自分の生まれを蔑むってなら。それは、あんたが前世でそういうことをしたっただけじゃないの?

 庶民は卑しく、貴族は偉い。それは、この国ではごく当然のことだ。いくら過去貧しい生活をしていた経験があるからといって、妬まれても困るのである。
 黙り込む映子に、もう良いわ、とあっさり蓮花は会話を放り投げた。

「私が貴様に望むことは多くはない。嘘をつくな、私の裸を見るな、それだけだ。私は自分の着替えは自分でするし、湯浴みも一人で行う。その約束だけは絶対に守って貰うぞ。貴様はただ私の要望通りに動き、好きな時に話し相手になればそれでいい。わかったな?」

 約束とは、本来双方の同意によって成り立つものではないのだろうか。一方的に決めつけられて、映子としてもまったく面白くない。

――絶っっっっ対仲良くなんかなれやしないわ、こんな人なんか!

 その時、映子は心の底からそう思った。
 確かにそう、思っていたのだ。
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