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<4・ヒジュツ。>
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「秘術?ああ、そんな話もあったわね」
夕餉の片づけをしながら、映子がそれとなく話題を振ると。康子は苦笑しながら語った。
「元々、秘術というものが実在してたことは確かであるようよ。あるいは、現代のこの国にはないような、特別な科学力であるという説もあるのだけれど。何でも、大昔はこの世界には、まるで魔法のような不思議な秘術や技術に溢れていたという伝説があるから」
「かつて、この世界を収めていた神様が持っていた力、ですよね」
「そうそう。さすが、そのあたりはよく勉強しているわね、映子さん」
それは、教養ある貴族ならば皆知っている話だった。
自分達が今生きている世界は、実のところ三千年よりも前の歴史がすっぱりと記録から消失している。何かが三千年前に起きて、かつて生きていた人類がごっそりと消失、その時までにあった高度な文明の数々がその“災厄”によって失われることになったのではないかというのだ。
何が起きたのか、今を生きる人々が遺跡を探索したり化石を発掘したりと調べを進めているものの、その調査は一向に進展を見せていないという。見つかるものの殆どが、二千年前よりもあとの記録ばかりだというのだ。
わかっているのは、生き延びた僅かな人類が、今この北皇国がある大陸に逃げ込んできたということ。それが自分達の祖先となり、現在の四つの国の始祖になったということくらいである。北皇国の始祖、北極。西皇国の始祖、西声。東皇国の始祖、東歐。南皇国の始祖、南巨である。彼等は僅かに生き延びた自分と身内、知り合いで僅かに寄り集まり、この大陸を開拓して四つの国を作り上げた。現在の四大国の始まりである。この四つの国から後に小さな小国が分裂し、現在の四つの大国と十二の小国という状態になったというわけだ。
彼等はこの大陸に逃げてくる前に何があったのか、自分の子孫達に語り継ごうとはしなかった。一族の者がいくら問いただしても、王達は恐怖を露わにして口を閉ざすばかりであったのだという。
僅かに残っている記述は、東皇国の始祖である東歐が残した僅かな文章のみ。
『秘術と科学に満ち溢れ、人類はどこまでも栄華に覚えていた。
遠くの人と話せる機械、空を飛ぶ鉄の鳥、どんな牛車や馬車よりも早く走ることのできる鉄の車、人の姿や形を遠くの者にまで送ることができる魔法の箱。ああ、このように記すことが限界だろう。かつての文明について語り過ぎれば、私もきっと神の怒りに触れてしまう。
人類は愚かであった。
どこまでも、どこまでも、どこまでも愚かであったのだ。
故に神の怒りに触れ、罰を受けた。我々が生き延びたのは、我々が選ばれたわけではない。ただただ、どこまでも神に平伏し許しを乞い続けたがゆえに、神が気まぐれに好機を与えてくださったに他ならないのだろう。
我々はその御恩を忘れてはならぬ。
神の怒りからは、何人たりとも逃れることはできない。
それは、数多くの遺跡が証明していることだろう』
まるで夢のような文明があり、それらが全て神とされる者によって滅ぼされ、大幅に退行した。それが現在の世界であるらしい。
実際、この大陸の外に新天地を求めて何度も船が出されたが、この大陸以外に人の存在を確認することはできなかったのだという。動植物が自生する島などは確認できたが、大きな大陸に至っては動物さえまともに生息していないことも少なくなかったのだそうだ。
あるのは、どのようにしたらここまで破壊し尽くせるのか、と思えるほどの壊れ果てた建物の残骸ばかりであるという。
「神様の声を聴くことができる者。……四つの国の皇族たちは皆そう呼ばれている。それはかつて神様に見逃されて生き延びたことが証明している……でしたよね。まあ、東歐様の手記によれば、自分達は選ばれた存在だったわけではない……とのことでしたが」
「そうね。少なくとも私達一般の人間が、神様の姿を見たことなどないわ。それを信じる宗教はいろいろと存在しているけれど」
「はい。……どちらかというと、その東歐様の手記に書かれていた内容に、多くの人々が胸躍らせ、まるで神が力を授けたようだと感じたのではなかったでしょうか。空高く飛ぶ、鉄の鳥だとか。馬車や牛車よりも早く走れる車なんて、それこそ魔術か何かを見るようでしょう」
「本当にね。そんなものがあったのだとしたら、私達の生活もどれほど便利になることか」
はあ、と康子はため息をついた。
「手紙を出しても、隣国からお返事が来るまでだけで一週間はかかるでしょ?北皇国のお妃様達は、昔から親しくしている南皇国とはよく手紙のやり取りをされているそうだけれど、本当に届くまで時間がかかるし、場合によっては事故で手紙そのものが紛失することもあるものだから。央覇山を越えていかなければならないのが問題なのよね。空高く飛び、人を運ぶことができる鉄の鳥のようなものがあれば、あのような山など簡単に飛び越えることができるでしょうに」
央覇山というのは、この大陸の中央に聳えたつ巨大な火山である。東と西に行くよりも、南北の移動が困難とされるのはまさにこの央覇山があるためだった。冬は時折雪崩を起こすほどに雪が積り、それでいて夏は蒸し焼きになりそうなほど暑くなる山。この山を越えない限り、南北の国は直接行き来することができず、西か東を経由する羽目になるのである。が、二つの国で手続きを取っていると、許可を得るまでに非常に時間がかかることになってしまう。この山を切り崩して道路を開通するという話も何度か出たが、そのたびに崩落事故が起きるので結局頓挫している状態だと聞いた。自然とは恐ろしいものである。
東歐の手記は短い物ではあったが、その内容から教養ある貴族達の間では色々と妄想を膨らませられる――一種の歴史浪漫として語られることが少なくないのだった。
現在二千年前にあった世界について想像した小説の類が、この大陸にはいくらでも溢れている。人間の想像とは実に逞しいもの。空を自由に駆けることができる、翼の生えた靴の物語とか。猫や犬といった動物と人語で会話できるようになる魔法の薬の話だとか。そういった物語は映子も何度も好んで読んだことがあるのだった。
「確かに、考えるだけで心踊る話です。実際にどのような文明が花開いていたか、今のこの世界ではできないことがどれほどできていたのか……空想小説にしたくなるのも頷けるというもの」
皿の数を丁寧に数えながら棚へと収納していく。小鉢などは割れやすいから、重ねる時は慎重に行わなければいけない。つい先日、別の女官が一枚割ってしまって、雷のようなお叱りを受けたばかりである。
「しかし、そのような秘術や科学は、この大陸には一切残っていないのでは?」
「表向きはそうなってるわね。……でも、実際このあたりがだいぶ曖昧だという話よ」
食器をしまうのみならず、管理をも徹底するのが女官の仕事である。特に、皿の荒い残しなどはけしてあってはならない。康子は話ながらも、丁寧に一枚一枚を検めて行く。
「例えば、四つの大国はそれぞれが定期的に大陸の外に調査団を送っているでしょう?で、外の大陸や島の決まった範囲を調べて帰ってくる。多くの調査団はいくつか遺物を持ち帰っては来るけれど、その正体については明らかにならないことも殆ど……外の世界で辛うじて見つかった書物やら石版の文字やらも、大抵が古代語で書かれていて現代人には解読不可能となっている。進展があれば国際調査機構の元に、全ての情報を集約して共有するという条約を全ての国で結んではいるんだけど……」
まさか、と映子は眼を見開く。
「……本当は有用な情報を持ち帰っているのに、それを秘匿としている、と?表向きはどの国も結果が出せていないことにして?」
「むしろ、毎回毎回“何の成果も得られませんでしたぁ!”の方が不自然だと思わない?……そう思っている人は、多分貴族にも庶民にも、そして外国にも少なからずいると思うわよ。で、主に国の上層部だけがその情報を占有している為に、一般人にはなんの話も伝わってこないってやつね。それと、実は民間人にもこっそり大陸の外に渡って無許可で調査を行っている団体はいるって話。……そういう人達は、何かを見つけてもまず国に報告なんかしないでしょう」
で、ここまでが話の前提なんだけど、と彼女は続ける。
「この大陸では失われた、とある秘術。それを外から書物として持ち込んだ者がいるらしいのよ。少なくとも、現在の帝であらせられる北郷様は、その在り処を把握していないのだけど。……だからこそ、その書物を熱心に探してらっしゃる、とかで」
なるほど、そこに話が繋がるというわけらしい。映子はもやもやもやー、とあの北郷の顔を思い浮かべた。いかにも堅物そうで、空想小説など読みそうにもない中年男性(失礼)という印象の強い北郷だが、そのような浪漫追い求める心があったのだろうか。
が、どうやらそういう話ではないらしく。
「その求めている秘術というのがね。医療に纏わるものではないかという話なの」
「医療?どなたかお体が悪いのですか」
「まあ、そうなんでしょうね。その秘術を、第一妃でいらっしゃる蓮花様に使いたかがっているという話だから」
「蓮花様に……?」
思いがけないところで、彼女の名前が出てきた。確かに、映子が秘術なるものの存在を思い出したのも、彼女の発言ゆえだったが。自分が見ている限り、蓮花に何か体調不良の兆候があるようには見られない。いつも部屋でゴロゴロしているし、廊下や中庭に出たと思ったらドタドタと品もなく早足で歩きまわっていたりするし、一目もはばからず煙管をふかしているし。
『単純なこと。私は嫌われ者で構わぬし、誰かに好かれようなどとは微塵も思っていない。そして、この国の行方さえ興味はない。……どうせ願っても祈っても、私の思うままになることなど何一つないのだから。……帝が、愚かな秘術を求め続けていることも含めてな』
その上、蓮花のあの物言い。まるで、秘術を探されることが迷惑であるかのような。
「蓮花様、いつもお元気でいらっしゃるように見えますが」
「でしょうね。今日も我儘に振り回されたのでしょ?せっかく捜してきた帯なのに、使いもせずに棚に置きっぱなしだったというじゃないの。……まあ病気とかいうわけではないんじゃないか、って噂ではあるわね。北郷様は、とにかく蓮花様との間にお子が欲しいようだから」
その言葉で、なんとなく察してしまった。
人の体は摩訶不思議なもの。それぞれの体に見えない欠陥があることで、子供ができないなんてこともありうると聞く。よもや、蓮花の体には何かしらの問題があるのだろうか。
「蓮花様が、御子を授かれるように……秘術の力を借りたいと?」
映子の言葉に、康子はやや底意地が悪そうな笑みを浮かべたのだった。
「医療ではなく、秘術に頼るというのがまた……陛下も存外、夢想家であったのかもしれないわね」
夕餉の片づけをしながら、映子がそれとなく話題を振ると。康子は苦笑しながら語った。
「元々、秘術というものが実在してたことは確かであるようよ。あるいは、現代のこの国にはないような、特別な科学力であるという説もあるのだけれど。何でも、大昔はこの世界には、まるで魔法のような不思議な秘術や技術に溢れていたという伝説があるから」
「かつて、この世界を収めていた神様が持っていた力、ですよね」
「そうそう。さすが、そのあたりはよく勉強しているわね、映子さん」
それは、教養ある貴族ならば皆知っている話だった。
自分達が今生きている世界は、実のところ三千年よりも前の歴史がすっぱりと記録から消失している。何かが三千年前に起きて、かつて生きていた人類がごっそりと消失、その時までにあった高度な文明の数々がその“災厄”によって失われることになったのではないかというのだ。
何が起きたのか、今を生きる人々が遺跡を探索したり化石を発掘したりと調べを進めているものの、その調査は一向に進展を見せていないという。見つかるものの殆どが、二千年前よりもあとの記録ばかりだというのだ。
わかっているのは、生き延びた僅かな人類が、今この北皇国がある大陸に逃げ込んできたということ。それが自分達の祖先となり、現在の四つの国の始祖になったということくらいである。北皇国の始祖、北極。西皇国の始祖、西声。東皇国の始祖、東歐。南皇国の始祖、南巨である。彼等は僅かに生き延びた自分と身内、知り合いで僅かに寄り集まり、この大陸を開拓して四つの国を作り上げた。現在の四大国の始まりである。この四つの国から後に小さな小国が分裂し、現在の四つの大国と十二の小国という状態になったというわけだ。
彼等はこの大陸に逃げてくる前に何があったのか、自分の子孫達に語り継ごうとはしなかった。一族の者がいくら問いただしても、王達は恐怖を露わにして口を閉ざすばかりであったのだという。
僅かに残っている記述は、東皇国の始祖である東歐が残した僅かな文章のみ。
『秘術と科学に満ち溢れ、人類はどこまでも栄華に覚えていた。
遠くの人と話せる機械、空を飛ぶ鉄の鳥、どんな牛車や馬車よりも早く走ることのできる鉄の車、人の姿や形を遠くの者にまで送ることができる魔法の箱。ああ、このように記すことが限界だろう。かつての文明について語り過ぎれば、私もきっと神の怒りに触れてしまう。
人類は愚かであった。
どこまでも、どこまでも、どこまでも愚かであったのだ。
故に神の怒りに触れ、罰を受けた。我々が生き延びたのは、我々が選ばれたわけではない。ただただ、どこまでも神に平伏し許しを乞い続けたがゆえに、神が気まぐれに好機を与えてくださったに他ならないのだろう。
我々はその御恩を忘れてはならぬ。
神の怒りからは、何人たりとも逃れることはできない。
それは、数多くの遺跡が証明していることだろう』
まるで夢のような文明があり、それらが全て神とされる者によって滅ぼされ、大幅に退行した。それが現在の世界であるらしい。
実際、この大陸の外に新天地を求めて何度も船が出されたが、この大陸以外に人の存在を確認することはできなかったのだという。動植物が自生する島などは確認できたが、大きな大陸に至っては動物さえまともに生息していないことも少なくなかったのだそうだ。
あるのは、どのようにしたらここまで破壊し尽くせるのか、と思えるほどの壊れ果てた建物の残骸ばかりであるという。
「神様の声を聴くことができる者。……四つの国の皇族たちは皆そう呼ばれている。それはかつて神様に見逃されて生き延びたことが証明している……でしたよね。まあ、東歐様の手記によれば、自分達は選ばれた存在だったわけではない……とのことでしたが」
「そうね。少なくとも私達一般の人間が、神様の姿を見たことなどないわ。それを信じる宗教はいろいろと存在しているけれど」
「はい。……どちらかというと、その東歐様の手記に書かれていた内容に、多くの人々が胸躍らせ、まるで神が力を授けたようだと感じたのではなかったでしょうか。空高く飛ぶ、鉄の鳥だとか。馬車や牛車よりも早く走れる車なんて、それこそ魔術か何かを見るようでしょう」
「本当にね。そんなものがあったのだとしたら、私達の生活もどれほど便利になることか」
はあ、と康子はため息をついた。
「手紙を出しても、隣国からお返事が来るまでだけで一週間はかかるでしょ?北皇国のお妃様達は、昔から親しくしている南皇国とはよく手紙のやり取りをされているそうだけれど、本当に届くまで時間がかかるし、場合によっては事故で手紙そのものが紛失することもあるものだから。央覇山を越えていかなければならないのが問題なのよね。空高く飛び、人を運ぶことができる鉄の鳥のようなものがあれば、あのような山など簡単に飛び越えることができるでしょうに」
央覇山というのは、この大陸の中央に聳えたつ巨大な火山である。東と西に行くよりも、南北の移動が困難とされるのはまさにこの央覇山があるためだった。冬は時折雪崩を起こすほどに雪が積り、それでいて夏は蒸し焼きになりそうなほど暑くなる山。この山を越えない限り、南北の国は直接行き来することができず、西か東を経由する羽目になるのである。が、二つの国で手続きを取っていると、許可を得るまでに非常に時間がかかることになってしまう。この山を切り崩して道路を開通するという話も何度か出たが、そのたびに崩落事故が起きるので結局頓挫している状態だと聞いた。自然とは恐ろしいものである。
東歐の手記は短い物ではあったが、その内容から教養ある貴族達の間では色々と妄想を膨らませられる――一種の歴史浪漫として語られることが少なくないのだった。
現在二千年前にあった世界について想像した小説の類が、この大陸にはいくらでも溢れている。人間の想像とは実に逞しいもの。空を自由に駆けることができる、翼の生えた靴の物語とか。猫や犬といった動物と人語で会話できるようになる魔法の薬の話だとか。そういった物語は映子も何度も好んで読んだことがあるのだった。
「確かに、考えるだけで心踊る話です。実際にどのような文明が花開いていたか、今のこの世界ではできないことがどれほどできていたのか……空想小説にしたくなるのも頷けるというもの」
皿の数を丁寧に数えながら棚へと収納していく。小鉢などは割れやすいから、重ねる時は慎重に行わなければいけない。つい先日、別の女官が一枚割ってしまって、雷のようなお叱りを受けたばかりである。
「しかし、そのような秘術や科学は、この大陸には一切残っていないのでは?」
「表向きはそうなってるわね。……でも、実際このあたりがだいぶ曖昧だという話よ」
食器をしまうのみならず、管理をも徹底するのが女官の仕事である。特に、皿の荒い残しなどはけしてあってはならない。康子は話ながらも、丁寧に一枚一枚を検めて行く。
「例えば、四つの大国はそれぞれが定期的に大陸の外に調査団を送っているでしょう?で、外の大陸や島の決まった範囲を調べて帰ってくる。多くの調査団はいくつか遺物を持ち帰っては来るけれど、その正体については明らかにならないことも殆ど……外の世界で辛うじて見つかった書物やら石版の文字やらも、大抵が古代語で書かれていて現代人には解読不可能となっている。進展があれば国際調査機構の元に、全ての情報を集約して共有するという条約を全ての国で結んではいるんだけど……」
まさか、と映子は眼を見開く。
「……本当は有用な情報を持ち帰っているのに、それを秘匿としている、と?表向きはどの国も結果が出せていないことにして?」
「むしろ、毎回毎回“何の成果も得られませんでしたぁ!”の方が不自然だと思わない?……そう思っている人は、多分貴族にも庶民にも、そして外国にも少なからずいると思うわよ。で、主に国の上層部だけがその情報を占有している為に、一般人にはなんの話も伝わってこないってやつね。それと、実は民間人にもこっそり大陸の外に渡って無許可で調査を行っている団体はいるって話。……そういう人達は、何かを見つけてもまず国に報告なんかしないでしょう」
で、ここまでが話の前提なんだけど、と彼女は続ける。
「この大陸では失われた、とある秘術。それを外から書物として持ち込んだ者がいるらしいのよ。少なくとも、現在の帝であらせられる北郷様は、その在り処を把握していないのだけど。……だからこそ、その書物を熱心に探してらっしゃる、とかで」
なるほど、そこに話が繋がるというわけらしい。映子はもやもやもやー、とあの北郷の顔を思い浮かべた。いかにも堅物そうで、空想小説など読みそうにもない中年男性(失礼)という印象の強い北郷だが、そのような浪漫追い求める心があったのだろうか。
が、どうやらそういう話ではないらしく。
「その求めている秘術というのがね。医療に纏わるものではないかという話なの」
「医療?どなたかお体が悪いのですか」
「まあ、そうなんでしょうね。その秘術を、第一妃でいらっしゃる蓮花様に使いたかがっているという話だから」
「蓮花様に……?」
思いがけないところで、彼女の名前が出てきた。確かに、映子が秘術なるものの存在を思い出したのも、彼女の発言ゆえだったが。自分が見ている限り、蓮花に何か体調不良の兆候があるようには見られない。いつも部屋でゴロゴロしているし、廊下や中庭に出たと思ったらドタドタと品もなく早足で歩きまわっていたりするし、一目もはばからず煙管をふかしているし。
『単純なこと。私は嫌われ者で構わぬし、誰かに好かれようなどとは微塵も思っていない。そして、この国の行方さえ興味はない。……どうせ願っても祈っても、私の思うままになることなど何一つないのだから。……帝が、愚かな秘術を求め続けていることも含めてな』
その上、蓮花のあの物言い。まるで、秘術を探されることが迷惑であるかのような。
「蓮花様、いつもお元気でいらっしゃるように見えますが」
「でしょうね。今日も我儘に振り回されたのでしょ?せっかく捜してきた帯なのに、使いもせずに棚に置きっぱなしだったというじゃないの。……まあ病気とかいうわけではないんじゃないか、って噂ではあるわね。北郷様は、とにかく蓮花様との間にお子が欲しいようだから」
その言葉で、なんとなく察してしまった。
人の体は摩訶不思議なもの。それぞれの体に見えない欠陥があることで、子供ができないなんてこともありうると聞く。よもや、蓮花の体には何かしらの問題があるのだろうか。
「蓮花様が、御子を授かれるように……秘術の力を借りたいと?」
映子の言葉に、康子はやや底意地が悪そうな笑みを浮かべたのだった。
「医療ではなく、秘術に頼るというのがまた……陛下も存外、夢想家であったのかもしれないわね」
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