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<3・唖然とする少女>
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「あ、あ、あの!あのさ!」
我ながら、みっともないくらい声がひっくり返っている。一時間目の国語が終わったところで、クラスメートたちに囲まれていた少女――にしか見えない外見の少年、刹那の元へと走った。
「青海君、だよね?この間の土曜日にさ、電車の中で私と逢ったよね?」
見間違えるはずがない。日本人離れした明るい髪色に、青い目。女の子にしか見えないような可愛らしい顔立ち。いわゆる男の娘、と呼ぶのも違和感があるようなその姿は、一度見たら絶対忘れられない類のものである。あの時名前を聞きそびれてそのままだったが、まさかこんなところで再会するなどとは思ってもみなかった。
ちょっと運命を感じてしまう、のは妄想入っているだろうか。
しかもいいな、と思ったその子は本当は男の子であったというオチなわけで。
――人って、服装で全然印象変わるんだなあ。
あの時刹那は、白のスモックブラウスに濃紺のブーツカットジーンズ、青のキャップという出で立ちだった。ユニセックスというより、正確には“ボーイッシュな女の子”っぽい服装だったと言える。もっと言えば、小学生より中高生が着ることが多い服装だろう。身長はあかるより低いだろうが、足が長いので非常に似合っていたと言える。
一方、今の刹那はハーフパンツにTシャツで、しかもホームルームの時はランドセルを背負っていた。要するに、いかにも“男子小学生”らしい小学生の服装だったわけである。あまり似合っているとは思わなかったが、ちゃんと小学生らしい小学生に見えるのは間違いなかった。
「土曜日?」
あかるの言葉に、刹那は首を傾げる。自分の見た目はそんなに印象に残るものではないかもしれないが(精々ちょっとデカい女だな、くらいだろう)それでもあんな強烈な出来事を忘れるとは思えない。
「ほら、電車の中でさ。痴漢見つけた時にさ……」
あかるが言い募ると周囲の男子達が“何々なんの話?”とわいわい騒ぎ始めた。そんな面白がって話すような内容じゃないわい、とあかるがやや憮然としていると。
「……ごめん、なんのこと?土曜日に電車なんて乗ってないよ、俺」
「…………ハイ?」
「なんだよー、緑の勘違いかよ!誰と間違えたんだっつーの!」
「え、ちょ、ええええええ!?」
さすがにその反応は、予想外が過ぎるだろう。あかるは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。まさか、つい二日前のことをもう忘れてしまったのか?本当に人違い――いや、ない。あるわけがない。こんな変わった外見の人間、見間違えるはずがない。実は双子の兄弟がいたとか、そういうオチもあるのだろうか?双子でなくてもお姉さんがいたとか――いや、でも声もめちゃくちゃ似ているような気がするのだけど。
それとも、すっとぼけているだけなのだろうか。こうして見れば、顔は同じでも服装は大きく違うわけであるし。
――で、でも。ホームルームでこっちちらっと見て、驚いた顔したように見えたんだけど……!?な、なんで知らないフリするのさ!
「あ、わかった、逆ナンってやつだろ!」
そして混乱しているあかるに、クラスの男子の一人がいらんことを言い始める。
「メンクイだもんな、緑は!女ゴリラのくせによ!」
「OKわかった、北島お前殴られたいんだな?ちょっと表出ろやゴラ」
「ほーらすぐそうやって暴力に走るううう!お前に勝てるわけねーじゃん、退避退避!」
「待てやごらぁあああ!」
残念ながら、煽り耐性が低いという自覚はあるのだ。あかるは廊下にどっぴゅー!と走り出した北島少年を反射的に追いかけて、教室を飛び出していたのだった。当初の目的をすっかり忘れて。
ついでに言うなら、一時間目と二時間目の間は五分しか休憩時間がないわけで。
そのままうっかり二時間目の授業開始に遅れてしまい、元凶と一緒に先生にお叱りを受けたのは言うまでもないことである。
***
「ちっくしょう、なんであいつ他人のフリなんかするんだよー……」
「何やら面白そうな気配を察知」
「察知ィ!」
「……キミたちねえ」
二十五分休み。机の前でぶつぶつとぼやいていたあかるの隣に、すすすす、と近づいて来たのは親友の二人だった。赤木麻乃と、黄島ユイである。特に麻乃の方は、幼稚園時代からの腐れ縁とも言うべき仲であったりする。あかるのも大概だが、麻乃も昔から相当な女ジャイアンで、男子達と喧嘩して泣かせてばっかりの常習犯なのだった。体は小さいのに腕っぷしがハンパないからである。今はまあ、だいぶ女の子らしくなって喧嘩の数も減ったようだが。
「だってさ、すっごい可愛いじゃないですかー青海君さ!」
ニコニコ、というよりニヤニヤ笑いながら言う麻乃。
「その青海君が転校してくる前に逢ってたってそれはどういうことかなーって気になるのは普通のことかと思いまして!で、質問。一体どの“土曜日”とやらに何があったのか詳しく聞いてもよろしくてー?」
彼女のよくわからない丁寧語?モドキな喋り方は母親の影響らしい。彼女の母はおっとりしたお嬢様がそのまま大人になったような人物だった。天然ボケでドジっ子属性なので、おぼんとか持たせられないんですよねえ、と麻乃が死んだ目で語っていたのは記憶に新しい。
「そうそう、気になっちゃう」
同じく、面白がる気満々なのがユイである。彼女は麻乃よりもさらに輪をかけて小柄なのだが、とにかく強かなのである意味麻乃よりも敵に回したくないタイプなのだった。うちの学校随一の情報通、とももっぱら評判である。油断しているとあっさり弱みを握られる、知られたくない情報も知られる。そして怒らせるとそれを使って、ある意味物理的な暴力よりよっぽど恐ろしい制裁を化してくる。一昨年あたりに、一切血を見ることもなく強引にいじめっ子を黙らせるという偉業を成し遂げたのが彼女だったりする。あれは今でも身内の語り草だった。
「可愛い転校生君の弱て……じゃなかった、新鮮な情報ってやっぱり入手しておいちゃうべきだよね!さーあかるちゃん、どんどん私達に話しちゃって!」
「……あ、悪用はやめてよ?悪い奴じゃないんだし」
「あかるちゃんのこと無視した件に悪意がないならねー」
悪意。それはない、と思いたいけれど。
「……誰にも言うなよ?男子に知られたらまたうっさいし」
あかるはそのまま二人に、土曜日の午後電車の中であった出来事について話した。さっき素知らぬふりをされた時は少しカチンと来たが、今思うと刹那は学校外の出来事をクラスのみんなに知られたくなくて誤魔化したのかもしれないと気づいたからだ。いつもと雰囲気が違っていたし、驚いていたということはあかるとこんなところで再会するのは完全に予定外だったということだろう。
もしそうなら、少し悪いことをした、のかもしれない。真相は本人に直接訊いてみないことにはどうしようもないが。
「おおー!」
あかるが一連の出来事を語ると、二人は揃ってぱちぱちと拍手をした。
「さっすがあかるちゃん!マジかっこいいです!ただの喧嘩上等小学生じゃなかった!」
「そんなもん名乗った覚えないわい!」
どういう褒め方だ。思わず麻乃の額の中心をデコピンするあかる。彼女は大袈裟にのげぞり、暴力反対っ!と額を押さえて嘘泣きをしてくる。なんでこう毎回毎回オーバーリアクションなのやら。
「いや、でも痴漢を捕まえちゃった女子小学生って!表彰されちゃう?されちゃう?うん、それくらいあってもおかしくない!」
いいなあ、私もパワフルになりたい、と言い出すユイ。やめてくださいマジで、と思わず真剣な顔を見合わせてしまうのがあかると麻乃である。いやほんと、ただでさえ怖い情報通のユイに、物理的な腕力までついたらたまったものではない。女番長なんて嬉しくもない呼称もあっという間に奪われることになるだろう――とまあ、それはむしろ奪われた方がいいような気がしないでもないが。
「私はその、普段から柔道やってるし、他の格闘技のワザもそこそこできるし。……勝てる見込みもあるから、犯人追いかけたってだけでさ……」
褒められれば褒められるほど、少し居心地が悪いような気がしてしまう。あの時の出来事はトラウマとかショックだったとか黒歴史だとか、そういうわけではないのだが。それでも、苦い感情を一緒に思い出すには十分な内容ではあったからである。
何故なら、そう。あかるも痴漢に気づいていながら、自分から声をかけるということができなかった人間だからだ。もし、あの時刹那が立ち上がって痴漢を捕まえようとしなかったら、きっとあのまま声さえ上げられなくて終わったことだろう。
「誰かの助けになれる、強い人間になりたいってずっと思ってるんだけど。もっと内面を磨いて、魅力的な女の子っていうの?そういうのになりたいなーってずっと考えてはいるんだけど。……全然ダメなんだよね。あの時だって、私は自分からあの女の人を助けるために動くなんてできなかったんだもん。勇気があったのは私じゃない、あいつの方なんだよ、間違いなく」
勇敢な人間になりたい。
優しい人間になりたい。
強い人間になりたい。
そう理想を並べるのは簡単だ。言葉にするだけなら誰にだってできる。実際は、行動が伴わなければなんの意味もないというのに。
「漫画の世界のヒロインみたいにさ、何もしてないのに何故かモテまくって王子様が迎えに来てくれるなんて、そんなこと現実じゃないんだよね。そういう夢を見たいなら、まず自分が魅力的な人間にならなきゃダメなんじゃないかなって、ずっと悩みっぱなしで。でも全然、うまくいかなくてさ」
こんな風に、愚痴に繋げるつもりなどなかったのに。気づけば暗いつぶやきを漏らしている自分に気づいて、あかるは自己嫌悪に陥った。こんな話されたって、麻乃とユイも困るだけだろうに。
「……いいんじゃないです?」
ぽん、と肩にぬくもり。麻乃だった。
「そうやって悩んで悩んで、我々は大人になっていくというわけなのです。うん、むしろ青春しててとってもいいって気がします!」
「そうだよ、あかるちゃん。無理して一足飛びに、自分を変えちゃう必要なんかない!」
「二人とも……」
「まあ、それはそれとして」
あれ、いい雰囲気だったのに、なんだか空気変わったような。しゅぱっ、と可愛いピンクのメモ帳を取りだしたユイを見てあかるは青ざめる。なんだか、嫌な予感が。
「あかるちゃんは、その一見で青海君に一目惚れしちゃいしました、と。これはスクープになっちゃったってやつ!密着取材をしないと!」
「何でそうなる!?」
初恋。そうなのだろうか。頬に熱が集まるのを感じながら、あかるはちらりと校庭の方を見た。
この短い休みの間でも、彼は外に出て男子達とドッジボールに向かったらしい。残念ながら位置が悪いせいで、ここからでは彼らが遊んでいる様子は見えなかったけれど。
我ながら、みっともないくらい声がひっくり返っている。一時間目の国語が終わったところで、クラスメートたちに囲まれていた少女――にしか見えない外見の少年、刹那の元へと走った。
「青海君、だよね?この間の土曜日にさ、電車の中で私と逢ったよね?」
見間違えるはずがない。日本人離れした明るい髪色に、青い目。女の子にしか見えないような可愛らしい顔立ち。いわゆる男の娘、と呼ぶのも違和感があるようなその姿は、一度見たら絶対忘れられない類のものである。あの時名前を聞きそびれてそのままだったが、まさかこんなところで再会するなどとは思ってもみなかった。
ちょっと運命を感じてしまう、のは妄想入っているだろうか。
しかもいいな、と思ったその子は本当は男の子であったというオチなわけで。
――人って、服装で全然印象変わるんだなあ。
あの時刹那は、白のスモックブラウスに濃紺のブーツカットジーンズ、青のキャップという出で立ちだった。ユニセックスというより、正確には“ボーイッシュな女の子”っぽい服装だったと言える。もっと言えば、小学生より中高生が着ることが多い服装だろう。身長はあかるより低いだろうが、足が長いので非常に似合っていたと言える。
一方、今の刹那はハーフパンツにTシャツで、しかもホームルームの時はランドセルを背負っていた。要するに、いかにも“男子小学生”らしい小学生の服装だったわけである。あまり似合っているとは思わなかったが、ちゃんと小学生らしい小学生に見えるのは間違いなかった。
「土曜日?」
あかるの言葉に、刹那は首を傾げる。自分の見た目はそんなに印象に残るものではないかもしれないが(精々ちょっとデカい女だな、くらいだろう)それでもあんな強烈な出来事を忘れるとは思えない。
「ほら、電車の中でさ。痴漢見つけた時にさ……」
あかるが言い募ると周囲の男子達が“何々なんの話?”とわいわい騒ぎ始めた。そんな面白がって話すような内容じゃないわい、とあかるがやや憮然としていると。
「……ごめん、なんのこと?土曜日に電車なんて乗ってないよ、俺」
「…………ハイ?」
「なんだよー、緑の勘違いかよ!誰と間違えたんだっつーの!」
「え、ちょ、ええええええ!?」
さすがにその反応は、予想外が過ぎるだろう。あかるは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。まさか、つい二日前のことをもう忘れてしまったのか?本当に人違い――いや、ない。あるわけがない。こんな変わった外見の人間、見間違えるはずがない。実は双子の兄弟がいたとか、そういうオチもあるのだろうか?双子でなくてもお姉さんがいたとか――いや、でも声もめちゃくちゃ似ているような気がするのだけど。
それとも、すっとぼけているだけなのだろうか。こうして見れば、顔は同じでも服装は大きく違うわけであるし。
――で、でも。ホームルームでこっちちらっと見て、驚いた顔したように見えたんだけど……!?な、なんで知らないフリするのさ!
「あ、わかった、逆ナンってやつだろ!」
そして混乱しているあかるに、クラスの男子の一人がいらんことを言い始める。
「メンクイだもんな、緑は!女ゴリラのくせによ!」
「OKわかった、北島お前殴られたいんだな?ちょっと表出ろやゴラ」
「ほーらすぐそうやって暴力に走るううう!お前に勝てるわけねーじゃん、退避退避!」
「待てやごらぁあああ!」
残念ながら、煽り耐性が低いという自覚はあるのだ。あかるは廊下にどっぴゅー!と走り出した北島少年を反射的に追いかけて、教室を飛び出していたのだった。当初の目的をすっかり忘れて。
ついでに言うなら、一時間目と二時間目の間は五分しか休憩時間がないわけで。
そのままうっかり二時間目の授業開始に遅れてしまい、元凶と一緒に先生にお叱りを受けたのは言うまでもないことである。
***
「ちっくしょう、なんであいつ他人のフリなんかするんだよー……」
「何やら面白そうな気配を察知」
「察知ィ!」
「……キミたちねえ」
二十五分休み。机の前でぶつぶつとぼやいていたあかるの隣に、すすすす、と近づいて来たのは親友の二人だった。赤木麻乃と、黄島ユイである。特に麻乃の方は、幼稚園時代からの腐れ縁とも言うべき仲であったりする。あかるのも大概だが、麻乃も昔から相当な女ジャイアンで、男子達と喧嘩して泣かせてばっかりの常習犯なのだった。体は小さいのに腕っぷしがハンパないからである。今はまあ、だいぶ女の子らしくなって喧嘩の数も減ったようだが。
「だってさ、すっごい可愛いじゃないですかー青海君さ!」
ニコニコ、というよりニヤニヤ笑いながら言う麻乃。
「その青海君が転校してくる前に逢ってたってそれはどういうことかなーって気になるのは普通のことかと思いまして!で、質問。一体どの“土曜日”とやらに何があったのか詳しく聞いてもよろしくてー?」
彼女のよくわからない丁寧語?モドキな喋り方は母親の影響らしい。彼女の母はおっとりしたお嬢様がそのまま大人になったような人物だった。天然ボケでドジっ子属性なので、おぼんとか持たせられないんですよねえ、と麻乃が死んだ目で語っていたのは記憶に新しい。
「そうそう、気になっちゃう」
同じく、面白がる気満々なのがユイである。彼女は麻乃よりもさらに輪をかけて小柄なのだが、とにかく強かなのである意味麻乃よりも敵に回したくないタイプなのだった。うちの学校随一の情報通、とももっぱら評判である。油断しているとあっさり弱みを握られる、知られたくない情報も知られる。そして怒らせるとそれを使って、ある意味物理的な暴力よりよっぽど恐ろしい制裁を化してくる。一昨年あたりに、一切血を見ることもなく強引にいじめっ子を黙らせるという偉業を成し遂げたのが彼女だったりする。あれは今でも身内の語り草だった。
「可愛い転校生君の弱て……じゃなかった、新鮮な情報ってやっぱり入手しておいちゃうべきだよね!さーあかるちゃん、どんどん私達に話しちゃって!」
「……あ、悪用はやめてよ?悪い奴じゃないんだし」
「あかるちゃんのこと無視した件に悪意がないならねー」
悪意。それはない、と思いたいけれど。
「……誰にも言うなよ?男子に知られたらまたうっさいし」
あかるはそのまま二人に、土曜日の午後電車の中であった出来事について話した。さっき素知らぬふりをされた時は少しカチンと来たが、今思うと刹那は学校外の出来事をクラスのみんなに知られたくなくて誤魔化したのかもしれないと気づいたからだ。いつもと雰囲気が違っていたし、驚いていたということはあかるとこんなところで再会するのは完全に予定外だったということだろう。
もしそうなら、少し悪いことをした、のかもしれない。真相は本人に直接訊いてみないことにはどうしようもないが。
「おおー!」
あかるが一連の出来事を語ると、二人は揃ってぱちぱちと拍手をした。
「さっすがあかるちゃん!マジかっこいいです!ただの喧嘩上等小学生じゃなかった!」
「そんなもん名乗った覚えないわい!」
どういう褒め方だ。思わず麻乃の額の中心をデコピンするあかる。彼女は大袈裟にのげぞり、暴力反対っ!と額を押さえて嘘泣きをしてくる。なんでこう毎回毎回オーバーリアクションなのやら。
「いや、でも痴漢を捕まえちゃった女子小学生って!表彰されちゃう?されちゃう?うん、それくらいあってもおかしくない!」
いいなあ、私もパワフルになりたい、と言い出すユイ。やめてくださいマジで、と思わず真剣な顔を見合わせてしまうのがあかると麻乃である。いやほんと、ただでさえ怖い情報通のユイに、物理的な腕力までついたらたまったものではない。女番長なんて嬉しくもない呼称もあっという間に奪われることになるだろう――とまあ、それはむしろ奪われた方がいいような気がしないでもないが。
「私はその、普段から柔道やってるし、他の格闘技のワザもそこそこできるし。……勝てる見込みもあるから、犯人追いかけたってだけでさ……」
褒められれば褒められるほど、少し居心地が悪いような気がしてしまう。あの時の出来事はトラウマとかショックだったとか黒歴史だとか、そういうわけではないのだが。それでも、苦い感情を一緒に思い出すには十分な内容ではあったからである。
何故なら、そう。あかるも痴漢に気づいていながら、自分から声をかけるということができなかった人間だからだ。もし、あの時刹那が立ち上がって痴漢を捕まえようとしなかったら、きっとあのまま声さえ上げられなくて終わったことだろう。
「誰かの助けになれる、強い人間になりたいってずっと思ってるんだけど。もっと内面を磨いて、魅力的な女の子っていうの?そういうのになりたいなーってずっと考えてはいるんだけど。……全然ダメなんだよね。あの時だって、私は自分からあの女の人を助けるために動くなんてできなかったんだもん。勇気があったのは私じゃない、あいつの方なんだよ、間違いなく」
勇敢な人間になりたい。
優しい人間になりたい。
強い人間になりたい。
そう理想を並べるのは簡単だ。言葉にするだけなら誰にだってできる。実際は、行動が伴わなければなんの意味もないというのに。
「漫画の世界のヒロインみたいにさ、何もしてないのに何故かモテまくって王子様が迎えに来てくれるなんて、そんなこと現実じゃないんだよね。そういう夢を見たいなら、まず自分が魅力的な人間にならなきゃダメなんじゃないかなって、ずっと悩みっぱなしで。でも全然、うまくいかなくてさ」
こんな風に、愚痴に繋げるつもりなどなかったのに。気づけば暗いつぶやきを漏らしている自分に気づいて、あかるは自己嫌悪に陥った。こんな話されたって、麻乃とユイも困るだけだろうに。
「……いいんじゃないです?」
ぽん、と肩にぬくもり。麻乃だった。
「そうやって悩んで悩んで、我々は大人になっていくというわけなのです。うん、むしろ青春しててとってもいいって気がします!」
「そうだよ、あかるちゃん。無理して一足飛びに、自分を変えちゃう必要なんかない!」
「二人とも……」
「まあ、それはそれとして」
あれ、いい雰囲気だったのに、なんだか空気変わったような。しゅぱっ、と可愛いピンクのメモ帳を取りだしたユイを見てあかるは青ざめる。なんだか、嫌な予感が。
「あかるちゃんは、その一見で青海君に一目惚れしちゃいしました、と。これはスクープになっちゃったってやつ!密着取材をしないと!」
「何でそうなる!?」
初恋。そうなのだろうか。頬に熱が集まるのを感じながら、あかるはちらりと校庭の方を見た。
この短い休みの間でも、彼は外に出て男子達とドッジボールに向かったらしい。残念ながら位置が悪いせいで、ここからでは彼らが遊んでいる様子は見えなかったけれど。
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