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<第二十二話>
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それが、猫の鳴き声だと理解するまで暫くの時間を要した。そして次に俺は思い出していたのだ。本気で興奮したり、怒った時の猫の声は――人間の子供の声に非常によく似ているのだ、ということを。
だから動画などでは、猫の鳴き声に空耳で台詞を入れた謎動画がアップされていたりするわけで――いや、今はそんなことはどうでもいい。
「ひっ……!?」
慌てて振り向いた俺は、見た。
明かりの留まらぬ倉庫。真っ暗な闇の中に爛々と輝く――幾つもの金色の眼があるのを。
あまりにも数が多いせいで、それは目玉というよりも無数の光る虫のようだった。なんせ、俺達人間の眼は暗闇に慣れるのに本当に時間がかかるし、慣れたところで限度がある。真の闇の中で動き回るのは容易なことではない。――しかし、連中は違うのだ。
シャァァァァ――。
まるで、蛇が威嚇するような声。それが、次々何重もに重なりあい、不協和音となって俺の聴覚を包み込んでくる。
シャァァァァ――。
シャァァァァ――。
シャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――!
「あ、わわ……」
じり、と後ずさる俺。姿も見えぬ猫の集団が、それに呼応するように一歩近づいてくるのが見えた。
猫の知識なんぞに疎い俺にだってわかる。こいつらは怒っている――否、激怒している。俺のことを獲物と見なし、食い殺そうとしているのだ。
俺は今更のように、猫の親戚が何であるのかを思い出していたのだ。そこにいるのは、血に餓えた小さな肉食獣達だ。涎をだらだら垂らし、小さな猫達が百獣の王の眼つきで俺を狙っている姿を幻視していた。全身から冷たい汗がこぼれ落ちる。股間がきゅうっと縮み上がるのを感じる。
こんなはずがない、と思った。
俺は、人間だ。人間は猫よりずっと大きくて強いのだ。この俺が、猫なんかに脅かされるなど、そんなことあるはずがない。これは何かの間違いだ、そうだろう?
そして俺は、廃工場の中にばかり気をとられ過ぎていて失念していた。――最低でも一匹、俺の後ろに座っていたということを。
「にゃぁん」
猫が、鳴いた。甘えるような声で。
足が何かに触れたと、そう思った瞬間。
「どわぁぁぁ!?」
尻に何かがぶつかってきて、俺は思いきりつんのめっていた。ビリリ、と布地の破れるような音がする。俺のケツに体当たりしてきたとおぼしき白猫は、ズボンの布地をかじりながらニャアニャアと不快な声で嗤っている。
「て、てめぇ!なにすっ……があっ!」
飛びかかろうとした瞬間、何かに足を引っ張られて今度は思いきり転倒した。汚い廃工場の地面に思いきりキスをする羽目になる。口のなかに砂が、鉄錆が入った。不快どころではない。おまけに強打した鼻から激痛が突き上げ、頭がぐわんぐわんと揺さぶられる始末。たまったものではなかった。一体何が起きたというのだ?
「こ、このぉっ……!?」
鼻血をダラダラ垂らし、痛みに涙を浮かべながら見てみれば。俺のスニーカーを強引に爪で引っ掻けて脱がした猫どもが、紐を咬み千切り靴底で爪とぎをしと好き勝手やってくれているではないか。
「おい、なにしやがんだ!それ俺の靴だぞ、高かったんだぞ!てめぇらが触っていいもんじゃねぇんだぞっ!!」
何が最悪って、そのスニーカーを取り返そう立ち上がろうとした瞬間、ずぽっと残ったもう片方の靴も脱がされて奪われていったということである。
「あああっ!?」
こいつらに、靴を履くだの使うだのという知識もなければ認識もないはずである。使えもしないものをなんで奪っていくのか。こいつらが持っていても、高いスニーカーはゴミにしかならないというのに!
「返せつってんだろ、泥棒どもっ!!」
俺が叫ぶと、猫達は一斉に――さも愉快と言いたげに鳴き声で斉唱すると、スニーカーをくわえて一目散に走っていってしまった。どちらも工場の外へ走っていく。このまま見逃すわけにはいかない、本当に高価な靴だったのはもちろん、家に帰るまで靴下だけで汚いコンクリートの上を走って帰るなど冗談ではなかった。
――ゆ、ゆ、許さねえ……!あいつらクズどもが俺のモノを盗むなんざありえねえ!!
絶対に捕まえてやる。一匹残らず取っ捕まえて、生きたままバラバラに切り刻んでやるしかあるまい。そうだ、最近公開された有名なホラー映画の最新作があったではないか。拉致された人間達が次々残酷なゲームに巻き込まれて死んでいくヤツだ。丁度いい、猫どもで可能な限り実践してやろうじゃないか。
人間を殺したら最悪死刑になるが、猫なら何匹殺したところで極刑は免れられるはずである。所詮こいつらは人権なんぞない存在。器物破損――モノと同じように扱ってかまわない存在だと法律が保証してくれているではないか。なら、その通りに正義を実行することの何が間違いだというのだろう?
「殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅ!」
俺は怒りで眼をギラつかせながら、スニーカーをくわえて逃げた猫を追いかけようとして、すぐに自分が靴下であることを思い出した。このまま走って追いかけたら怪我をするかもしれないし、何より汚れてしまう。そもそも自分の足で逃げる連中に追い付けるものなのかどうか。
優秀で回転の早い俺の頭はすぐに答えを出していた。そうだ、自転車でここまで来たのである。やつらは広い道を走って逃げているし、今なら自転車で追えるだろう、なんならこのまま轢いてやるのも悪くはない。
悪くはないと、思ったのだが。
「ぎぃぁっ!?」
ドンガラガッシャン!なんて音。コメディアニメ以外で初めて聞いた気がする。俺がサドルに股がった途端、自転車がバラバラに分解されてしまったのだ。
最悪なことは。転ぶ瞬間、外れたサドルの棒に股間を強打してしまったことである。
「ぎいいいいいいいいいいいいいっ!!」
下半身が潰れるかと思うほどの激痛に、俺はのたうち回ることになった。いつもなら、こんなに強く握ったらそれだけ相当痛いはずだというのに。股間でぶら下がるものをジーパンごしに握りしめ、ごろんごろんとコンクリートを転がる俺。みるみる服も肌も砂まみれになるが、それさえも気にしてはいられなかった。
幼い頃に、遊具でぶつけた時以来である。本気で種無しになるかと思うほどの激痛に、涙がぽろぽろ溢れて止まらない。
そう、涙がぽろぽろ、と――。
「ぶべえっ!?」
横たわる俺の眼前に現れる、もふもふっとした何かの毛。さっきの白猫だろうか、白い毛が目の前に、そして何らかの液体が顔に――。
「や、やべろっ!やべろっ!お、おでは、便所じゃねえっ!!」
独特の臭いと、ほかほかとした生温い液体の温度。俺の顔面に気持ちよく排尿していったそいつは、おまけと言わんばかりに後ろ足で思いきり砂までかけていった。砂が、小便が、目に顔にと入り悲惨な有り様になっていく。
「ニャーァ!ニャーァ!」
猫の言葉などわからないが。馬鹿にされたのは明白だった。俺は痛む股間を押さえながらよろよろと立ち上がる。もうスニーカーをくわえて逃げていった猫達の姿はない。靴を取り返すのは諦めるしかないのだろうか。
いや、もうそれだけの問題じゃない。この俺が、クソ害獣どもにナメられて砂をかけられ、便器のように扱われたのである。ここで逃げるなど有り得なかった。もはやこれは全面戦争だ。猫どもは一匹残らず、駆逐してやらねばなるまい!
「駆逐だ、駆逐だぁぁぁ!!」
どこぞの有名漫画の主人公のような台詞を叫びつつ、俺は鼻血と砂と小便まみれの顔をシャツで拭うと、走り出した白猫を追いかけだしたのである。報復してやらなければ気がすまない。――俺はいつも、正しいことをしてきたはずなのだから。
***
「まあ、アンタが考えてることは大体わかるし、全部間違いだとは言わねーよ」
屋根の上から一部始終を見ていたあたしは、ふよふよと尻尾を揺らしながら鼻で嗤ってみせた。
「お前ら人間のが体はデカいし根本的には力も強い。クロコに予め教わってなけりゃ、あたしら猫に自転車を短時間でバラバラに解体するなんて真似はできなかったろうさ」
人間の方が器用だし、ずっと頭がいいことは間違いないだろう。人間の言葉が大体わかる猫はいても、クロコのように文字まで読めて、かつ人間が使う乗り物や道具にまで詳しい猫はそうそういないものである。
それを、猫の方が馬鹿で脳みそが詰まってないせいだと言われてしまえば反論は出来ない。だが。
「お前の敗因教えてやろうか、デブ男。……それはな、傲ったってことだよ。猫なんか所詮その程度だって見下して、あたしらのことまるで知ろうとしなかったってことさ」
真っ白なモチは、夜にあってはより目立つ。よろよろと追いかけるデブ男を引き離しすぎない距離を保って上手に逃げているようだ。我が弟ながら見事である。――まあ、ションベンをひっかけている時が一番楽しそうにしてた、なんてことは見なかったことにしよう、うん。
「でもって。……あたしらみたいに仲間がいなかったってこと。あたしらは一匹一匹は小さくて弱いかもしれねーか、集団になったら誰にも負けねーんだよ、ばーか」
「首尾はうまくいっているようですね、アザミ」
ぴょん、と屋根の上に飛び乗ってきたのはイリスだ。早く姉のところに行きたいのだろう彼は、そわそわしながら向こうの光景を見ている。
「これがうまく行けば、モチと貴女も幹部昇格ですかね。おめでとうございます」
「まだ勝ったわけじゃねーけどな。……イリス、姉貴のところに伝令に言っていいぜ」
「勿論です、では」
大好きな姉以外にはあまりにもそっけないイリスは、屋根と屋根を軽やかに飛び越えながら決められた地点へと駆けていく。あのシスコンぶりさえなければイケメンなのになぁ、とあたしは苦笑するしかない。
――さあ、頼むぜモチ。ひっかき回してくれよ。
自分の役目は、逃げるモチと追うデブ男を、高い場所から見張りつつ尾行することである。幸いこの近辺には戸建てが多い。屋根を伝って走るのはそうそう難しいことではない。
――なんてったって、お前の働きにかかってるんだからよ。リコを助けられるかどうかはな。
だから動画などでは、猫の鳴き声に空耳で台詞を入れた謎動画がアップされていたりするわけで――いや、今はそんなことはどうでもいい。
「ひっ……!?」
慌てて振り向いた俺は、見た。
明かりの留まらぬ倉庫。真っ暗な闇の中に爛々と輝く――幾つもの金色の眼があるのを。
あまりにも数が多いせいで、それは目玉というよりも無数の光る虫のようだった。なんせ、俺達人間の眼は暗闇に慣れるのに本当に時間がかかるし、慣れたところで限度がある。真の闇の中で動き回るのは容易なことではない。――しかし、連中は違うのだ。
シャァァァァ――。
まるで、蛇が威嚇するような声。それが、次々何重もに重なりあい、不協和音となって俺の聴覚を包み込んでくる。
シャァァァァ――。
シャァァァァ――。
シャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――!
「あ、わわ……」
じり、と後ずさる俺。姿も見えぬ猫の集団が、それに呼応するように一歩近づいてくるのが見えた。
猫の知識なんぞに疎い俺にだってわかる。こいつらは怒っている――否、激怒している。俺のことを獲物と見なし、食い殺そうとしているのだ。
俺は今更のように、猫の親戚が何であるのかを思い出していたのだ。そこにいるのは、血に餓えた小さな肉食獣達だ。涎をだらだら垂らし、小さな猫達が百獣の王の眼つきで俺を狙っている姿を幻視していた。全身から冷たい汗がこぼれ落ちる。股間がきゅうっと縮み上がるのを感じる。
こんなはずがない、と思った。
俺は、人間だ。人間は猫よりずっと大きくて強いのだ。この俺が、猫なんかに脅かされるなど、そんなことあるはずがない。これは何かの間違いだ、そうだろう?
そして俺は、廃工場の中にばかり気をとられ過ぎていて失念していた。――最低でも一匹、俺の後ろに座っていたということを。
「にゃぁん」
猫が、鳴いた。甘えるような声で。
足が何かに触れたと、そう思った瞬間。
「どわぁぁぁ!?」
尻に何かがぶつかってきて、俺は思いきりつんのめっていた。ビリリ、と布地の破れるような音がする。俺のケツに体当たりしてきたとおぼしき白猫は、ズボンの布地をかじりながらニャアニャアと不快な声で嗤っている。
「て、てめぇ!なにすっ……があっ!」
飛びかかろうとした瞬間、何かに足を引っ張られて今度は思いきり転倒した。汚い廃工場の地面に思いきりキスをする羽目になる。口のなかに砂が、鉄錆が入った。不快どころではない。おまけに強打した鼻から激痛が突き上げ、頭がぐわんぐわんと揺さぶられる始末。たまったものではなかった。一体何が起きたというのだ?
「こ、このぉっ……!?」
鼻血をダラダラ垂らし、痛みに涙を浮かべながら見てみれば。俺のスニーカーを強引に爪で引っ掻けて脱がした猫どもが、紐を咬み千切り靴底で爪とぎをしと好き勝手やってくれているではないか。
「おい、なにしやがんだ!それ俺の靴だぞ、高かったんだぞ!てめぇらが触っていいもんじゃねぇんだぞっ!!」
何が最悪って、そのスニーカーを取り返そう立ち上がろうとした瞬間、ずぽっと残ったもう片方の靴も脱がされて奪われていったということである。
「あああっ!?」
こいつらに、靴を履くだの使うだのという知識もなければ認識もないはずである。使えもしないものをなんで奪っていくのか。こいつらが持っていても、高いスニーカーはゴミにしかならないというのに!
「返せつってんだろ、泥棒どもっ!!」
俺が叫ぶと、猫達は一斉に――さも愉快と言いたげに鳴き声で斉唱すると、スニーカーをくわえて一目散に走っていってしまった。どちらも工場の外へ走っていく。このまま見逃すわけにはいかない、本当に高価な靴だったのはもちろん、家に帰るまで靴下だけで汚いコンクリートの上を走って帰るなど冗談ではなかった。
――ゆ、ゆ、許さねえ……!あいつらクズどもが俺のモノを盗むなんざありえねえ!!
絶対に捕まえてやる。一匹残らず取っ捕まえて、生きたままバラバラに切り刻んでやるしかあるまい。そうだ、最近公開された有名なホラー映画の最新作があったではないか。拉致された人間達が次々残酷なゲームに巻き込まれて死んでいくヤツだ。丁度いい、猫どもで可能な限り実践してやろうじゃないか。
人間を殺したら最悪死刑になるが、猫なら何匹殺したところで極刑は免れられるはずである。所詮こいつらは人権なんぞない存在。器物破損――モノと同じように扱ってかまわない存在だと法律が保証してくれているではないか。なら、その通りに正義を実行することの何が間違いだというのだろう?
「殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅ!」
俺は怒りで眼をギラつかせながら、スニーカーをくわえて逃げた猫を追いかけようとして、すぐに自分が靴下であることを思い出した。このまま走って追いかけたら怪我をするかもしれないし、何より汚れてしまう。そもそも自分の足で逃げる連中に追い付けるものなのかどうか。
優秀で回転の早い俺の頭はすぐに答えを出していた。そうだ、自転車でここまで来たのである。やつらは広い道を走って逃げているし、今なら自転車で追えるだろう、なんならこのまま轢いてやるのも悪くはない。
悪くはないと、思ったのだが。
「ぎぃぁっ!?」
ドンガラガッシャン!なんて音。コメディアニメ以外で初めて聞いた気がする。俺がサドルに股がった途端、自転車がバラバラに分解されてしまったのだ。
最悪なことは。転ぶ瞬間、外れたサドルの棒に股間を強打してしまったことである。
「ぎいいいいいいいいいいいいいっ!!」
下半身が潰れるかと思うほどの激痛に、俺はのたうち回ることになった。いつもなら、こんなに強く握ったらそれだけ相当痛いはずだというのに。股間でぶら下がるものをジーパンごしに握りしめ、ごろんごろんとコンクリートを転がる俺。みるみる服も肌も砂まみれになるが、それさえも気にしてはいられなかった。
幼い頃に、遊具でぶつけた時以来である。本気で種無しになるかと思うほどの激痛に、涙がぽろぽろ溢れて止まらない。
そう、涙がぽろぽろ、と――。
「ぶべえっ!?」
横たわる俺の眼前に現れる、もふもふっとした何かの毛。さっきの白猫だろうか、白い毛が目の前に、そして何らかの液体が顔に――。
「や、やべろっ!やべろっ!お、おでは、便所じゃねえっ!!」
独特の臭いと、ほかほかとした生温い液体の温度。俺の顔面に気持ちよく排尿していったそいつは、おまけと言わんばかりに後ろ足で思いきり砂までかけていった。砂が、小便が、目に顔にと入り悲惨な有り様になっていく。
「ニャーァ!ニャーァ!」
猫の言葉などわからないが。馬鹿にされたのは明白だった。俺は痛む股間を押さえながらよろよろと立ち上がる。もうスニーカーをくわえて逃げていった猫達の姿はない。靴を取り返すのは諦めるしかないのだろうか。
いや、もうそれだけの問題じゃない。この俺が、クソ害獣どもにナメられて砂をかけられ、便器のように扱われたのである。ここで逃げるなど有り得なかった。もはやこれは全面戦争だ。猫どもは一匹残らず、駆逐してやらねばなるまい!
「駆逐だ、駆逐だぁぁぁ!!」
どこぞの有名漫画の主人公のような台詞を叫びつつ、俺は鼻血と砂と小便まみれの顔をシャツで拭うと、走り出した白猫を追いかけだしたのである。報復してやらなければ気がすまない。――俺はいつも、正しいことをしてきたはずなのだから。
***
「まあ、アンタが考えてることは大体わかるし、全部間違いだとは言わねーよ」
屋根の上から一部始終を見ていたあたしは、ふよふよと尻尾を揺らしながら鼻で嗤ってみせた。
「お前ら人間のが体はデカいし根本的には力も強い。クロコに予め教わってなけりゃ、あたしら猫に自転車を短時間でバラバラに解体するなんて真似はできなかったろうさ」
人間の方が器用だし、ずっと頭がいいことは間違いないだろう。人間の言葉が大体わかる猫はいても、クロコのように文字まで読めて、かつ人間が使う乗り物や道具にまで詳しい猫はそうそういないものである。
それを、猫の方が馬鹿で脳みそが詰まってないせいだと言われてしまえば反論は出来ない。だが。
「お前の敗因教えてやろうか、デブ男。……それはな、傲ったってことだよ。猫なんか所詮その程度だって見下して、あたしらのことまるで知ろうとしなかったってことさ」
真っ白なモチは、夜にあってはより目立つ。よろよろと追いかけるデブ男を引き離しすぎない距離を保って上手に逃げているようだ。我が弟ながら見事である。――まあ、ションベンをひっかけている時が一番楽しそうにしてた、なんてことは見なかったことにしよう、うん。
「でもって。……あたしらみたいに仲間がいなかったってこと。あたしらは一匹一匹は小さくて弱いかもしれねーか、集団になったら誰にも負けねーんだよ、ばーか」
「首尾はうまくいっているようですね、アザミ」
ぴょん、と屋根の上に飛び乗ってきたのはイリスだ。早く姉のところに行きたいのだろう彼は、そわそわしながら向こうの光景を見ている。
「これがうまく行けば、モチと貴女も幹部昇格ですかね。おめでとうございます」
「まだ勝ったわけじゃねーけどな。……イリス、姉貴のところに伝令に言っていいぜ」
「勿論です、では」
大好きな姉以外にはあまりにもそっけないイリスは、屋根と屋根を軽やかに飛び越えながら決められた地点へと駆けていく。あのシスコンぶりさえなければイケメンなのになぁ、とあたしは苦笑するしかない。
――さあ、頼むぜモチ。ひっかき回してくれよ。
自分の役目は、逃げるモチと追うデブ男を、高い場所から見張りつつ尾行することである。幸いこの近辺には戸建てが多い。屋根を伝って走るのはそうそう難しいことではない。
――なんてったって、お前の働きにかかってるんだからよ。リコを助けられるかどうかはな。
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