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<22・七不思議の真実>
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「悪いものを封じ込めて、みんなを守る……」
お世辞にも綺麗とは言えないその文字をなぞるように、英玲奈が復唱した。そういうことだ、と梟は頷く。
「おまじないが大好きな女の子達。怖いものを面白がる男の子達。子供達の怪談が、この土地に悪いものを封じ込めることに一役買ってたんだ。……よくよく考えると、俺は七不思議を先生から聴いてるし、先生から話を聞いて知ったって子も少なくないんじゃないか?」
「そういえば、私もお喋りする中で、先生から聞いたやつもあった気がする……」
「だろ?」
恐らくは、七不思議の存在感が薄れるたび、先生達の口から子供達にそれとなく噂を流して“結界”を補強していたということなのだろう。この学校のシステムは、大人達が理解していなければ成り立たない。赴任してきた時点で、先生達も職員達もみんなこの七不思議の秘密を知らされた可能性が高いだろう。
「七不思議そのものにも制約があるけど……子供達が実際に危険な目に遭うようなことがあってはいけない。だから、七不思議に変えられた“鬼”達は……って、便宜上この土地に流れ込んできていた悪いものをひっくるめてそう呼ぶけど。鬼達は、相当弱体化させられていたんだと思う。実際、最近までほとんど七不思議絡みの謎の失踪なんか起きてなかったんじゃないか?昔のことは、遡って調べてみないことにはわからないけれどさ」
旧七不思議は、確かに恐ろしい内容のものがほとんどだった。
男女二人で空き教室に入ると、嫉妬して襲ってくる“首吊りのマリコさん”とか。
いじめられた子の復讐をするべく、保健室の奥のベッドを使おうとカーテンを開けた子供を無作為に襲うという“ルリ子先生の保健室”だとか。
階段下の倉庫にこっそり隠れて遊んでいた子供が、落ちてきた鎌で手首を切断する大怪我を負って以来、少年が一人で倉庫に入ると自分の体だと思い込んで襲いかかってくる“階段下の右手”とか。
封印が強固であった時、これらの七不思議は条件を満たしても、おそらく大きな惨事にはならなかったということなのだろう。悪霊が出てきてちょっと生徒を脅かす、程度であったのかもしれない。そもそもこの七不思議がこのような語られ方をしたのは、生徒をその場所から遠ざける目的もあったものと思われる。空き教室を勝手に使う生徒が出ないように。保健室の奥のベッドに先生の許可なく隠れないように。階段下の倉庫で、かくれんぼなどしないように。
七不思議が知られれば、子供達はその噂を広めれば広めるほど、面白半分の子以外は怖がって近寄らなくなるだろう。きっと、それも狙いだったに違いない。
「封印の要であったのが、“よりしろ”……よりしろって?」
「説明難しいんだけど……依る代と書いて“依代”。心霊が依り憑くものってことだな。御神体だったり、あるいは神域だったり……場合によっては人を指すこともある。ほら、イタコさんとかって知らないか?霊を自分に憑依させて、死んだ人と会話できる人。微妙に違うけど、あれに近いんじゃないか。聖なるもの、逆に魔なるものを卸すことのできる存在を総じて依代と言っていいんだって、俺は解釈してるんだけど」
「えっと……」
「……うん、ごめん、ちょっと説明下手だった。反省」
依代となっているもの、御神体の類などは、大抵見れば梟にはざっとわかるものである。とにかく見た瞬間に“何かいるな”とわかるのだ。ただしその感覚を、どう解釈するのが正しいのかがイマイチよくわからないのである。
その道具や人間だけ妙に“冷たい”ような気がする時もあるし、逆もある。本物は得てして他の存在と自己を隔絶させ、独特の境界を周囲に引いているものなのだ。その役目は人々の偶像崇拝のためであったり、人々と心霊の意思の疎通を図るためであったり、あるいはその存在を鎮めて無害化するためであったりするが――さておき。
「ここでは、封印の要となる特別な神様の類を降ろした存在、だと俺は思ってる。……七番目の七不思議、今で言うところの“災厄を招く青い服の人形”がそれに当たるんだろう。昔は“幸運を呼ぶ赤い服の人形”だった。その人形を七不思議の中心に据えて安定させることで、七不思議に変化させた“鬼”達をさらに弱めて、ほとんど無害なものにしていたんじゃないかな。人形に関するタブーがきついのも多分そのためだ。人形を拾ってどっかに持って行かれてしまうと、封印が脆くなってしまうってことだったんだろう」
だから、今までは恐ろしいことが何も起きなかったのではないだろうか。
人形の場所は、巧妙に隠されていたはずだ。よほど運が良くないか、条件を満たさなければ見つけられないほどの。怪異が暴走しては大変なことになるから、そのへんは先生達も必死でルールを守らせてきたはずである。
では何故、自分達は今このようなことになっているのか。
原因があるとしたら――その人形に他ならない。
「……誰かが、人形の場所をズラしてしまった?」
「俺は、そう考えている。そして昔と比べて、人形による結界が脆くなりやすかった可能性もあるんかなって」
「というと?」
「今の七不思議が、昔と比べて随分可愛いものになっちゃたからさ」
梟は考える。何故、七不思議は父の代と自分達の代で変化したのか。
これも想像でしかないが。大人の誰かが、こう考えたのではないか。ひょっとしたらどこからかクレームでも入ったのかもしれない。七不思議のせいで、怖い思いをする子が出たからなんとかしてくれ――と。
「七不思議にすることで弱体化させていた鬼達を、もっと弱くしようと思ったえらい人がいたんだと思うぜ。で、ある時を堺にそれを実行した。元の物語はそのままに、悪霊達が一切悪さをしないような七不思議に書き替えたんだ。みんなの願いを叶えてくれる、良い幽霊や精霊にしようと考えたんだな」
一見すると、それの何がいけないのか?と思うかもしれない。
だがこう考えれば分かるはずだ。――六つの点でひとつの重量を支えるのと、一つの点で同じ重量を支えるの。どちらの方が、柱への負担が大きいのか?と。
「元々は封印を施さないといけないほど、凶悪な意思の鬼達なんだぞ?そんなおまじないみたいな、自分の意思にそぐわぬ可愛い真似事をさせられて腹立たないわけがあるか?」
「た、確かに……」
「そもそも、今までは悪意を七不思議のうち六つに分散させることによって封印させられていた七不思議なのにさ。新しい方の七不思議は、お人形以外に怖い七不思議がない。大きな悪意を、人形一つで支えているようなもんだと俺は思う。人形、つまり依代にかかる負担がどどーんと大きくなっちまってもおかしくはないと思うんだよな」
七不思議の意味がひっくり返ったから、人形の意味も反転した。
幸運を呼ぶ赤い服の人形から、災厄を招く青い服の人形に変化せざるをえなかったのである。
だが、無理に悪意を善意にねじ曲げようとした代償は、安いものではなかったということだろう。善霊に強引に変えられようとした鬼達の不満はかえって膨れ上がることとなり、依代となった人形はそれを支えられなくなり――結界が剥がれるきっかけを作ってしまった、のではないだろうか。
「このまま何もしないでいたら、私達が此処から出られないだけじゃない。鬼達が、学校の外まで溢れ出して……藤根宮の町そのものが大変なことになるのかもしれない……!」
「そういうこと。だから俺達は何がなんでも、結界を修復しないといけないんだ」
英玲奈も理解が追いついてか、青ざめた表情で結論を口にした。
彼女もわかったことだろう。この件に解決に、いつまでも時間をかけている余裕はないということが。食料などの問題だけではない。あのマリコさん、の姿がおぞましいものに変化しつつあるのは、彼らが本来の鬼としての力を取り戻しつつあるからということではないだろうか。
同時に、封印を元に戻すための行動を行っている自分達に、激しく怒りを感じている。此処から出て行ったらまた、さらにゾンビ的なものに進化した彼女とご対面することは避けられないことだろう。
――一つ、救いがあるとすれば。奴らは一枚岩じゃなさそうってことだ。……多分、このトイレにいる限り、俺達はマリコさん“には”遭遇しないんじゃないか?
先ほど何故、自分が階段下の倉庫から出ることができたのか。あの時はてっきり外から英玲奈が何かをしてくれたのかと思ったが、どうやらそういうわけではなかったらしい。
他に原因があるとしたら、マリコさんが近づいてきていたことだ。
恐らく彼らはまだ互いに、自分達が七不思議であることから開放されたわけではない。だから、己の縄張りを死守する必要があるのだ。マリコが自分達を追いかけてきて縄張りを侵略しかねないと感じたために、“階段下の右手”が慌てて獲物を開放した可能性は充分あると踏んでいた。
実際、彼女は自分達が一階階段の近くに来てから、再度追いかけてくるまで随分と時間がかかっていたように思う。互いに干渉しあい、妨害しあったと考えても問題はないだろう。
裏を返せば、このトイレから逃げる時が問題になってくるわけだが。
――このトイレは、“幸運を呼ぶ双子の鏡”の領域だ。どっちみち、ここで双子に遭遇しないことには、人形を見つけることも不可能だろうし。なんとしてでも、切り抜けないと。
自分達はまだ、階段下の右手、首吊りのマリコさんの二つとしか遭遇していない。残りの七不思議を全て片付けようと思ったら、一つずつに手間をかけている余裕はなかった。
この空間のどこかにいるかもしれない燕のことも心配だ。彼がもし、どこかの怪異にハマって殺されるようなことがあれば――自分は悔やんでも、悔やみきれない。
――そう、あの未来が来る前に……燕が死ぬようなことがあってたまるか!
自分が教えた占いのせいで、燕が自分より先に命を落とすようなことなど絶対にあってはならないのだ。
そんなことになったら自分は、一生己を許すことなどできないだろう。
「人形を見つけるためには、七不思議のうち六つを全部見ないといけないとしたら。ここの双子に遭遇するのも重要だ。五階西端の女子トイレ、此処がその場所で正しいんだろう……マリコさんが入ってこないんだからな。此処には、“幸運を呼ぶ双子の鏡”があるはずだ」
たまたま逃げ込んだような場所だったが、思えばこのトイレが原型を留めていたのも意味あってのことなのかもしれない。
「ここが……」
不安そうに、女子トイレの中を見回す英玲奈。不安でいっぱいなのはお互い様だが、とにかく彼女に心配をかけないようにしなければと必死で笑顔を作る梟。燕の分まで、自分がこの子を守りぬくのだ。なんとかなるさ、と優しい声を作りつつ少女の頭を撫でる。
――全く勝目がないわけじゃない。……俺の能力、あいつらに全く効かないわけじゃなさそうだからな。
マリコさんに二度も物理攻撃がヒットした。クリーンヒットには及ばなかったが、怯ませる程度の効果があったのは確かだ。
多分、己には全く祓う力がないわけではないのだろう。持った道具を投擲すると霊をびびらせる程度の力、でも無いよりはマシだ。
――新しい七不思議では、受験の神様扱いされてたのがこの女子トイレの双子だ。……古い七不思議の方は、確か……。
対抗策を練るべく、梟はその内容へと思いを馳せたのだった。
お世辞にも綺麗とは言えないその文字をなぞるように、英玲奈が復唱した。そういうことだ、と梟は頷く。
「おまじないが大好きな女の子達。怖いものを面白がる男の子達。子供達の怪談が、この土地に悪いものを封じ込めることに一役買ってたんだ。……よくよく考えると、俺は七不思議を先生から聴いてるし、先生から話を聞いて知ったって子も少なくないんじゃないか?」
「そういえば、私もお喋りする中で、先生から聞いたやつもあった気がする……」
「だろ?」
恐らくは、七不思議の存在感が薄れるたび、先生達の口から子供達にそれとなく噂を流して“結界”を補強していたということなのだろう。この学校のシステムは、大人達が理解していなければ成り立たない。赴任してきた時点で、先生達も職員達もみんなこの七不思議の秘密を知らされた可能性が高いだろう。
「七不思議そのものにも制約があるけど……子供達が実際に危険な目に遭うようなことがあってはいけない。だから、七不思議に変えられた“鬼”達は……って、便宜上この土地に流れ込んできていた悪いものをひっくるめてそう呼ぶけど。鬼達は、相当弱体化させられていたんだと思う。実際、最近までほとんど七不思議絡みの謎の失踪なんか起きてなかったんじゃないか?昔のことは、遡って調べてみないことにはわからないけれどさ」
旧七不思議は、確かに恐ろしい内容のものがほとんどだった。
男女二人で空き教室に入ると、嫉妬して襲ってくる“首吊りのマリコさん”とか。
いじめられた子の復讐をするべく、保健室の奥のベッドを使おうとカーテンを開けた子供を無作為に襲うという“ルリ子先生の保健室”だとか。
階段下の倉庫にこっそり隠れて遊んでいた子供が、落ちてきた鎌で手首を切断する大怪我を負って以来、少年が一人で倉庫に入ると自分の体だと思い込んで襲いかかってくる“階段下の右手”とか。
封印が強固であった時、これらの七不思議は条件を満たしても、おそらく大きな惨事にはならなかったということなのだろう。悪霊が出てきてちょっと生徒を脅かす、程度であったのかもしれない。そもそもこの七不思議がこのような語られ方をしたのは、生徒をその場所から遠ざける目的もあったものと思われる。空き教室を勝手に使う生徒が出ないように。保健室の奥のベッドに先生の許可なく隠れないように。階段下の倉庫で、かくれんぼなどしないように。
七不思議が知られれば、子供達はその噂を広めれば広めるほど、面白半分の子以外は怖がって近寄らなくなるだろう。きっと、それも狙いだったに違いない。
「封印の要であったのが、“よりしろ”……よりしろって?」
「説明難しいんだけど……依る代と書いて“依代”。心霊が依り憑くものってことだな。御神体だったり、あるいは神域だったり……場合によっては人を指すこともある。ほら、イタコさんとかって知らないか?霊を自分に憑依させて、死んだ人と会話できる人。微妙に違うけど、あれに近いんじゃないか。聖なるもの、逆に魔なるものを卸すことのできる存在を総じて依代と言っていいんだって、俺は解釈してるんだけど」
「えっと……」
「……うん、ごめん、ちょっと説明下手だった。反省」
依代となっているもの、御神体の類などは、大抵見れば梟にはざっとわかるものである。とにかく見た瞬間に“何かいるな”とわかるのだ。ただしその感覚を、どう解釈するのが正しいのかがイマイチよくわからないのである。
その道具や人間だけ妙に“冷たい”ような気がする時もあるし、逆もある。本物は得てして他の存在と自己を隔絶させ、独特の境界を周囲に引いているものなのだ。その役目は人々の偶像崇拝のためであったり、人々と心霊の意思の疎通を図るためであったり、あるいはその存在を鎮めて無害化するためであったりするが――さておき。
「ここでは、封印の要となる特別な神様の類を降ろした存在、だと俺は思ってる。……七番目の七不思議、今で言うところの“災厄を招く青い服の人形”がそれに当たるんだろう。昔は“幸運を呼ぶ赤い服の人形”だった。その人形を七不思議の中心に据えて安定させることで、七不思議に変化させた“鬼”達をさらに弱めて、ほとんど無害なものにしていたんじゃないかな。人形に関するタブーがきついのも多分そのためだ。人形を拾ってどっかに持って行かれてしまうと、封印が脆くなってしまうってことだったんだろう」
だから、今までは恐ろしいことが何も起きなかったのではないだろうか。
人形の場所は、巧妙に隠されていたはずだ。よほど運が良くないか、条件を満たさなければ見つけられないほどの。怪異が暴走しては大変なことになるから、そのへんは先生達も必死でルールを守らせてきたはずである。
では何故、自分達は今このようなことになっているのか。
原因があるとしたら――その人形に他ならない。
「……誰かが、人形の場所をズラしてしまった?」
「俺は、そう考えている。そして昔と比べて、人形による結界が脆くなりやすかった可能性もあるんかなって」
「というと?」
「今の七不思議が、昔と比べて随分可愛いものになっちゃたからさ」
梟は考える。何故、七不思議は父の代と自分達の代で変化したのか。
これも想像でしかないが。大人の誰かが、こう考えたのではないか。ひょっとしたらどこからかクレームでも入ったのかもしれない。七不思議のせいで、怖い思いをする子が出たからなんとかしてくれ――と。
「七不思議にすることで弱体化させていた鬼達を、もっと弱くしようと思ったえらい人がいたんだと思うぜ。で、ある時を堺にそれを実行した。元の物語はそのままに、悪霊達が一切悪さをしないような七不思議に書き替えたんだ。みんなの願いを叶えてくれる、良い幽霊や精霊にしようと考えたんだな」
一見すると、それの何がいけないのか?と思うかもしれない。
だがこう考えれば分かるはずだ。――六つの点でひとつの重量を支えるのと、一つの点で同じ重量を支えるの。どちらの方が、柱への負担が大きいのか?と。
「元々は封印を施さないといけないほど、凶悪な意思の鬼達なんだぞ?そんなおまじないみたいな、自分の意思にそぐわぬ可愛い真似事をさせられて腹立たないわけがあるか?」
「た、確かに……」
「そもそも、今までは悪意を七不思議のうち六つに分散させることによって封印させられていた七不思議なのにさ。新しい方の七不思議は、お人形以外に怖い七不思議がない。大きな悪意を、人形一つで支えているようなもんだと俺は思う。人形、つまり依代にかかる負担がどどーんと大きくなっちまってもおかしくはないと思うんだよな」
七不思議の意味がひっくり返ったから、人形の意味も反転した。
幸運を呼ぶ赤い服の人形から、災厄を招く青い服の人形に変化せざるをえなかったのである。
だが、無理に悪意を善意にねじ曲げようとした代償は、安いものではなかったということだろう。善霊に強引に変えられようとした鬼達の不満はかえって膨れ上がることとなり、依代となった人形はそれを支えられなくなり――結界が剥がれるきっかけを作ってしまった、のではないだろうか。
「このまま何もしないでいたら、私達が此処から出られないだけじゃない。鬼達が、学校の外まで溢れ出して……藤根宮の町そのものが大変なことになるのかもしれない……!」
「そういうこと。だから俺達は何がなんでも、結界を修復しないといけないんだ」
英玲奈も理解が追いついてか、青ざめた表情で結論を口にした。
彼女もわかったことだろう。この件に解決に、いつまでも時間をかけている余裕はないということが。食料などの問題だけではない。あのマリコさん、の姿がおぞましいものに変化しつつあるのは、彼らが本来の鬼としての力を取り戻しつつあるからということではないだろうか。
同時に、封印を元に戻すための行動を行っている自分達に、激しく怒りを感じている。此処から出て行ったらまた、さらにゾンビ的なものに進化した彼女とご対面することは避けられないことだろう。
――一つ、救いがあるとすれば。奴らは一枚岩じゃなさそうってことだ。……多分、このトイレにいる限り、俺達はマリコさん“には”遭遇しないんじゃないか?
先ほど何故、自分が階段下の倉庫から出ることができたのか。あの時はてっきり外から英玲奈が何かをしてくれたのかと思ったが、どうやらそういうわけではなかったらしい。
他に原因があるとしたら、マリコさんが近づいてきていたことだ。
恐らく彼らはまだ互いに、自分達が七不思議であることから開放されたわけではない。だから、己の縄張りを死守する必要があるのだ。マリコが自分達を追いかけてきて縄張りを侵略しかねないと感じたために、“階段下の右手”が慌てて獲物を開放した可能性は充分あると踏んでいた。
実際、彼女は自分達が一階階段の近くに来てから、再度追いかけてくるまで随分と時間がかかっていたように思う。互いに干渉しあい、妨害しあったと考えても問題はないだろう。
裏を返せば、このトイレから逃げる時が問題になってくるわけだが。
――このトイレは、“幸運を呼ぶ双子の鏡”の領域だ。どっちみち、ここで双子に遭遇しないことには、人形を見つけることも不可能だろうし。なんとしてでも、切り抜けないと。
自分達はまだ、階段下の右手、首吊りのマリコさんの二つとしか遭遇していない。残りの七不思議を全て片付けようと思ったら、一つずつに手間をかけている余裕はなかった。
この空間のどこかにいるかもしれない燕のことも心配だ。彼がもし、どこかの怪異にハマって殺されるようなことがあれば――自分は悔やんでも、悔やみきれない。
――そう、あの未来が来る前に……燕が死ぬようなことがあってたまるか!
自分が教えた占いのせいで、燕が自分より先に命を落とすようなことなど絶対にあってはならないのだ。
そんなことになったら自分は、一生己を許すことなどできないだろう。
「人形を見つけるためには、七不思議のうち六つを全部見ないといけないとしたら。ここの双子に遭遇するのも重要だ。五階西端の女子トイレ、此処がその場所で正しいんだろう……マリコさんが入ってこないんだからな。此処には、“幸運を呼ぶ双子の鏡”があるはずだ」
たまたま逃げ込んだような場所だったが、思えばこのトイレが原型を留めていたのも意味あってのことなのかもしれない。
「ここが……」
不安そうに、女子トイレの中を見回す英玲奈。不安でいっぱいなのはお互い様だが、とにかく彼女に心配をかけないようにしなければと必死で笑顔を作る梟。燕の分まで、自分がこの子を守りぬくのだ。なんとかなるさ、と優しい声を作りつつ少女の頭を撫でる。
――全く勝目がないわけじゃない。……俺の能力、あいつらに全く効かないわけじゃなさそうだからな。
マリコさんに二度も物理攻撃がヒットした。クリーンヒットには及ばなかったが、怯ませる程度の効果があったのは確かだ。
多分、己には全く祓う力がないわけではないのだろう。持った道具を投擲すると霊をびびらせる程度の力、でも無いよりはマシだ。
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