11 / 42
<11・女王様の庭にて>
しおりを挟む
す、と手を差し出せば。すぐ様そこに落とされる、薔薇色の唇。己にどこまでも従順な美青年の態度に、東の女神に呼び出された勇者――アヤナは心底気分を良くした。
やはり、男という存在はこうでなくてはいけない。自分の意思にどこまでも忠実で、この美貌に陶酔し、どんな命令であっても当然のように聞き入れてくれる人形。全ての男は、自分を飾り立てるアクセサリーであって然るべきなのである。それが、己を馬鹿にしてきた全ての男たちへの正しく復讐になりうるのだから。
東の地に建てられた、アヤナとその選ばれた従者だけが住まう豪奢な屋敷。今日も謁見の間で、アヤナは選りすぐりの美貌の男たちから報告を受け取るのである。
「そう、やっぱり……あとの二人の“男”を討ち取るのには、かなりの準備が必要ってことね」
「左様でございます、アヤナ様」
アヤナの能力は、“どんな男でも自分に惚れさせ、奴隷にすることができる”というチートスキルである。アヤナが望めば、アヤナの虜にならない男はいない。それは前世で、男運が無いばかりか恐ろしく不遇であったアヤナの、願望と報復によって目覚めた力といって良かった。
どれほど妻に一途な男も、熟練の夫婦の夫も、それこそ可愛らしい幼い息子でさえも。アヤナが“欲しい”と言えば、手に入らない男などひとりもいない。ただ眼と眼を合わせて呪文を唱える、それだけでいいのだ。彼らがかつて愛した存在は、その瞬間彼らの脳から一気に消え失せることになる。彼らの眼に映るのは、この世の誰よりも美しく可憐なアヤナという少女ただひとりだけ。なんという快感であろうことか。彼らはアヤナが望めば靴も舐めるし全裸でストリップも踊る、それまで愛していたはずの妻や家族を殺せと言えば簡単に殺してくれるのだ。
欲しいものは、この能力一つあればいい。それだけで、十分。だから、アヤナは好き勝手やっているようでいて、一応は自分を転生させた女神・メリッサには感謝しているのである。こちらの都合もお構いなしに死なせて、異世界転生なんてものをさせるなんてと思わなくもなかったが。どっちみち、未練のない人生であったのだ。むしろ、望むように美しい容姿とチートスキルを授けてくれたのだから、万々歳としか言い様がない。
故に。アヤナは女神への感謝の印として、彼女が望むように“他の地域への侵攻と統一”を一応は成し遂げてやろうと考えていた。最近は東の地の男性のめぼしい男を全員虜にしてしまったことで、少々やりすぎだと苦言を呈されることはあるがそれはそれ、である。
自分が魅力的で、こんな能力をもっているからこそ起きた結果だ。一体どうしてそれを非難されるいわれがあるのだろうか。彼らだって、退屈でブサイクな妻や子に縛られているより、美しいアヤナの奴隷になった方が幸せな人生を送れるに決まっているのである。自分はただ、能力を使って彼らに真の欲求を開放させてやっただけにすぎないのというのに。
「まず、西の勇者“マサユキ”ですが。奴は、自ら勇者の務めを果たす気は全くないようです。ただ可愛い女子を囲って、まったりと農業を過ごして過ごす生活を続けたいだけであるようで」
それだけ聞くと、マサユキは一見無害な勇者とも見えるうことだろう。しかし、アヤナは知っている。この男も“勇者”だ。チート能力をもっている。自分が言うのもなんだが、どんな種類の能力であれチートである以上、大きな騒ぎを起こしたり問題を起こすことはまぬがれられるものではないのだ。
そう、例えば一見平和に見える“スローライフを実現させるためならばどんな無茶を通す”力であってもだ。自分のスローライフに邪魔と判断したものを、問答無用で除外できる力と解釈すれば――十分脅威になりうるのである。
「先遣隊のうち数人は、マサユキに発見されて怒りを買い、その場でひき肉にされたという報告がありました。そして、そのまま畑の肥料にされた、と」
「ぞっとする話ね。……一体どういうことで揉めたのかわからないけど、先遣隊ってアレでしょ。ダーナの小隊よね。西の国軍にいた精鋭部隊じゃないの。普通の、異世界転生しただけの平凡なオジサンに太刀打ちできる相手とは思えないけど」
「ええ、普通に戦ったなら制圧は容易かったはずです。ですが、その行動が“スローライフの邪魔になる”と解釈された場合、彼の存在は一気に脅威になるということが証明されました。方法があるとすれば、完全な不意打ちで仕留めるか、説得するかですが……彼のテリトリー内では不意打ちさえも不発に終わる可能性が高く、説得も彼の性格の難解さを思うと極めて厳しいものがあるでしょう」
「なるほどねえ」
渡された資料にしっかりと眼を通しながら、アヤナはため息をつく。お前が言うな、と言われそうだが。勇者として呼ばれる人間は、軒並み性格が複雑骨折を起こしている傾向にある。直接話したことはないが、あのマサユキという人間もその例に漏れない存在であったようだ。
説得した時の記録によれば、彼は“自分の農園の拡大と運営をを邪魔しないこと”“そのための労働力(可愛い女の子の提供)を邪魔しないこと”が約束できなければ協定には応じないとある。残念ながら、西の土地を全て制圧したい身としては、イエスとはいえない条項だった。彼は最終的には、世界全てを己の農園にしたいという野望もあると見えるから尚更である。自分は、彼の労働力になってやるつもりもなければ、彼に土地を提供してやる気もサラサラないのだ。なんせ、最終的には“大陸全ての土地を東の女神のものにする”が女神メリッサの望みであり、“大陸全ての男を自分の虜にして望む理想郷を作る”がアヤナの願いであるのだから。
「同じ勇者とはいえ、私と同格の存在なんてものがいていいはずがない。……最終的には、奴も私の奴隷にする、これは確定事項。あの男の農地も奴隷も全部私のものにするんだもの、要求なんか聞けるはずないわよね」
要求を聞いたフリをする、ことは可能だ。しかし彼のテリトリーで嘘をつくこと、そのものがマサユキの能力に引っかかってくる可能性はゼロではない。
自分が直接男と対峙して暗示さえかけられれば、必ずやこちらの能力が上を行くことだろう。あの男を奴隷にしてしまえば全ては解決するはず。ただ、そこまで到達するまでが問題だ。あの男の農地に入って、男と真正面から対峙するまでに拒まれてしまったら――どうにもならないわけで。
「……ただし、あの男にも弱点がないわけではありません」
忠実な部下たる美貌の青年――アースは。光の無い眼で、じっとアヤナを見つめた。虹色の羽を持つという、不死鳥の一族の血を引く青年。彼には将来を誓い合った恋人がいたようだが、そんなくだらない絆などアヤナの手にかかれば引き裂くのはあまりにも容易いことだ。アヤナが暗示をかければ、そのチート能力の前に強靭な肉体と魔力を持つはずの種族も容易く膝を折るのである。
彼を真っ先に手に入れることができたのは、アヤナにとって最大の成功の一つと呼んで良かった。彼自身の魔力と人脈を使えば、他の地のことであっても調査は容易いものあったからである。
「あの男は、自分を召喚した女神・マーテルの言うことも全く耳を貸していないようです。そして、農地を広げるために西の地の住人に迷惑をかけることを全く省みていない。能力ゆえに無敵ではありますが、現地の人々からは恐れられ煙たがられ、孤立の一途を辿っているようです」
「ああ、だから西の地からどんどん人が逃げ出してるのね。宗教の違う、東の地にまで難民が来たっていうからよっぽどのことだと思ってたら。……なら、そのうち自滅してくれる可能性も少なくないのかしら?」
「全ての勇者が現状そうであるように、勇者の力は加護を受けた女神の土地でのみ有効という実情があります。西の土地を使い尽くしてしまえば、マサユキは完全に手詰まりになる。同時に、北の地の“魔王・アーリア”が西の勇者討伐に動いているらしいという情報もあります。暫くは静観するのが吉かと」
「ふうん……魔王、アーリア、ねえ」
ぺろり、とアヤナは唇を舐める。彼のパーソナルデータ、及び写真は既に見ている。金色のキラキラとした美しい髪、抜ける青空のように澄んだ大きな青い瞳に、白い肌。人形にするのにはもってこいの美しい青年だった。少々顔立ちが幼すぎるがそれはそれだ、同じタイプの美青年ばかり傍にいてもつまらないわけで、それはそれで問題ない。
加えて、多くの北の地の住人に、特殊なチート能力も持たずに慕われているというあの人望。彼を手に入れて傀儡にすれば、これからの仕事のハードルがどれほど下がるかは想像に難くないことである。
いずれ彼も、手に入れたいところだ。むしろ、西の地の方の状況に彼がカタをつけたら、こちらを先に攻めてみるのも面白いかもしれない。なんせ、彼は他の勇者達のような恐ろしいスキルなどないのだ。ただ人望があるだけの“普通の人間”を、勇者たる自分が恐るに足る理由はないのである。たとえ名目上、彼が“勇者と女神に仇なす魔王”とされていたとしても、だ。
「アーリアに関しても、引き続き情報を集めて頂戴。……あとは、南の勇者だけど。こっちもこっちで、なかなか難航しているようね?」
「は」
アースを押しのけるように、もうひとりの青年が駆け寄って来る。そして差し出される、資料の束。データでやり取りされることが多いこの世界で、わざわざ紙の資料を要求しているのはアヤナの好みの問題だった。それは多分、アヤナが“紙で資料のやり取りがされる”世界からやってきたというのが大きいだろう。
元々アヤナがいた世界でも、データ通信というものは存在してはいたが。それでもテスト用紙は紙であったし、FAXもまだ紙の資料を印刷してから送っていた。そのせいか、なんとなく紙の形で資料が残っていないと落ち着かないのだ。データを信用していない、というわけではないけれど。
「南の勇者リオウは、“どんな相手と対峙しても、その者を上回る力を得て倒すことができる”能力を持っています。戦闘になれば実質……無敵と呼んで差し支えないでしょう」
まさにチートです、と担当者の青年。彼の場合は、自らを召喚した女神であるラフテルさえもその能力で完全に支配下に置いているということであるらしい。現状、最大の脅威と呼んでも過言ではないだろう。幸い彼の能力も、女神の加護のある土地でのみ有効であるため、東の地にまで侵攻してくる気配はないのだが。
いずれ、自分達もあの土地を支配下に置かなければいけない身。東の地でいつまでもまったりと構えているわけにはいかない。向こうも向こうで、ホームグラウンドからそうそう動いてくれるとは思えないのだから。
「複数人で同時に攻撃を仕向ける、ということも試しましたが。その場にいた“最も能力が高い戦士”に能力値を合わせて上昇させてくるため、やはり効果がありません。結局、差し向けた部隊は全て全滅してしまいました」
「厄介ね。女神さえ手懐けるような人間が、南の地だけ手に入れて満足するとは思えないし。西の土地は一旦魔王に任せてみるとして南の方は……早急に対策が必要だわ。……うちの女神は?」
「すみません、現在聖域に引きこもっているのか、連絡が取れる状態ではないので」
「はあ、まったくもう」
女神との連絡は、勇者ならいつでも取ることができる。ただし、女神が聖域に閉じこもってシャットアウトしている時でない限りは。
こちとら、男達を愛でるだけでも忙しいのだ。あんな不愉快な姿の女神なんぞに会うために、聖域まで足を運んでやる気は微塵もないのである。
――信者とでもお喋りしているのかしら。ほんと、ちゃんと仕事して欲しいわね。こっちは世界統一のために、真剣に考えてるっていうのに!
本当に、今更ながらどうしてと思わずにはいられない。
呼び出された勇者が、チートなのが自分ひとりであったなら――ライトノベルにあるように、容易く無双してハッピーエンドにすることもできたのに、と。
やはり、男という存在はこうでなくてはいけない。自分の意思にどこまでも忠実で、この美貌に陶酔し、どんな命令であっても当然のように聞き入れてくれる人形。全ての男は、自分を飾り立てるアクセサリーであって然るべきなのである。それが、己を馬鹿にしてきた全ての男たちへの正しく復讐になりうるのだから。
東の地に建てられた、アヤナとその選ばれた従者だけが住まう豪奢な屋敷。今日も謁見の間で、アヤナは選りすぐりの美貌の男たちから報告を受け取るのである。
「そう、やっぱり……あとの二人の“男”を討ち取るのには、かなりの準備が必要ってことね」
「左様でございます、アヤナ様」
アヤナの能力は、“どんな男でも自分に惚れさせ、奴隷にすることができる”というチートスキルである。アヤナが望めば、アヤナの虜にならない男はいない。それは前世で、男運が無いばかりか恐ろしく不遇であったアヤナの、願望と報復によって目覚めた力といって良かった。
どれほど妻に一途な男も、熟練の夫婦の夫も、それこそ可愛らしい幼い息子でさえも。アヤナが“欲しい”と言えば、手に入らない男などひとりもいない。ただ眼と眼を合わせて呪文を唱える、それだけでいいのだ。彼らがかつて愛した存在は、その瞬間彼らの脳から一気に消え失せることになる。彼らの眼に映るのは、この世の誰よりも美しく可憐なアヤナという少女ただひとりだけ。なんという快感であろうことか。彼らはアヤナが望めば靴も舐めるし全裸でストリップも踊る、それまで愛していたはずの妻や家族を殺せと言えば簡単に殺してくれるのだ。
欲しいものは、この能力一つあればいい。それだけで、十分。だから、アヤナは好き勝手やっているようでいて、一応は自分を転生させた女神・メリッサには感謝しているのである。こちらの都合もお構いなしに死なせて、異世界転生なんてものをさせるなんてと思わなくもなかったが。どっちみち、未練のない人生であったのだ。むしろ、望むように美しい容姿とチートスキルを授けてくれたのだから、万々歳としか言い様がない。
故に。アヤナは女神への感謝の印として、彼女が望むように“他の地域への侵攻と統一”を一応は成し遂げてやろうと考えていた。最近は東の地の男性のめぼしい男を全員虜にしてしまったことで、少々やりすぎだと苦言を呈されることはあるがそれはそれ、である。
自分が魅力的で、こんな能力をもっているからこそ起きた結果だ。一体どうしてそれを非難されるいわれがあるのだろうか。彼らだって、退屈でブサイクな妻や子に縛られているより、美しいアヤナの奴隷になった方が幸せな人生を送れるに決まっているのである。自分はただ、能力を使って彼らに真の欲求を開放させてやっただけにすぎないのというのに。
「まず、西の勇者“マサユキ”ですが。奴は、自ら勇者の務めを果たす気は全くないようです。ただ可愛い女子を囲って、まったりと農業を過ごして過ごす生活を続けたいだけであるようで」
それだけ聞くと、マサユキは一見無害な勇者とも見えるうことだろう。しかし、アヤナは知っている。この男も“勇者”だ。チート能力をもっている。自分が言うのもなんだが、どんな種類の能力であれチートである以上、大きな騒ぎを起こしたり問題を起こすことはまぬがれられるものではないのだ。
そう、例えば一見平和に見える“スローライフを実現させるためならばどんな無茶を通す”力であってもだ。自分のスローライフに邪魔と判断したものを、問答無用で除外できる力と解釈すれば――十分脅威になりうるのである。
「先遣隊のうち数人は、マサユキに発見されて怒りを買い、その場でひき肉にされたという報告がありました。そして、そのまま畑の肥料にされた、と」
「ぞっとする話ね。……一体どういうことで揉めたのかわからないけど、先遣隊ってアレでしょ。ダーナの小隊よね。西の国軍にいた精鋭部隊じゃないの。普通の、異世界転生しただけの平凡なオジサンに太刀打ちできる相手とは思えないけど」
「ええ、普通に戦ったなら制圧は容易かったはずです。ですが、その行動が“スローライフの邪魔になる”と解釈された場合、彼の存在は一気に脅威になるということが証明されました。方法があるとすれば、完全な不意打ちで仕留めるか、説得するかですが……彼のテリトリー内では不意打ちさえも不発に終わる可能性が高く、説得も彼の性格の難解さを思うと極めて厳しいものがあるでしょう」
「なるほどねえ」
渡された資料にしっかりと眼を通しながら、アヤナはため息をつく。お前が言うな、と言われそうだが。勇者として呼ばれる人間は、軒並み性格が複雑骨折を起こしている傾向にある。直接話したことはないが、あのマサユキという人間もその例に漏れない存在であったようだ。
説得した時の記録によれば、彼は“自分の農園の拡大と運営をを邪魔しないこと”“そのための労働力(可愛い女の子の提供)を邪魔しないこと”が約束できなければ協定には応じないとある。残念ながら、西の土地を全て制圧したい身としては、イエスとはいえない条項だった。彼は最終的には、世界全てを己の農園にしたいという野望もあると見えるから尚更である。自分は、彼の労働力になってやるつもりもなければ、彼に土地を提供してやる気もサラサラないのだ。なんせ、最終的には“大陸全ての土地を東の女神のものにする”が女神メリッサの望みであり、“大陸全ての男を自分の虜にして望む理想郷を作る”がアヤナの願いであるのだから。
「同じ勇者とはいえ、私と同格の存在なんてものがいていいはずがない。……最終的には、奴も私の奴隷にする、これは確定事項。あの男の農地も奴隷も全部私のものにするんだもの、要求なんか聞けるはずないわよね」
要求を聞いたフリをする、ことは可能だ。しかし彼のテリトリーで嘘をつくこと、そのものがマサユキの能力に引っかかってくる可能性はゼロではない。
自分が直接男と対峙して暗示さえかけられれば、必ずやこちらの能力が上を行くことだろう。あの男を奴隷にしてしまえば全ては解決するはず。ただ、そこまで到達するまでが問題だ。あの男の農地に入って、男と真正面から対峙するまでに拒まれてしまったら――どうにもならないわけで。
「……ただし、あの男にも弱点がないわけではありません」
忠実な部下たる美貌の青年――アースは。光の無い眼で、じっとアヤナを見つめた。虹色の羽を持つという、不死鳥の一族の血を引く青年。彼には将来を誓い合った恋人がいたようだが、そんなくだらない絆などアヤナの手にかかれば引き裂くのはあまりにも容易いことだ。アヤナが暗示をかければ、そのチート能力の前に強靭な肉体と魔力を持つはずの種族も容易く膝を折るのである。
彼を真っ先に手に入れることができたのは、アヤナにとって最大の成功の一つと呼んで良かった。彼自身の魔力と人脈を使えば、他の地のことであっても調査は容易いものあったからである。
「あの男は、自分を召喚した女神・マーテルの言うことも全く耳を貸していないようです。そして、農地を広げるために西の地の住人に迷惑をかけることを全く省みていない。能力ゆえに無敵ではありますが、現地の人々からは恐れられ煙たがられ、孤立の一途を辿っているようです」
「ああ、だから西の地からどんどん人が逃げ出してるのね。宗教の違う、東の地にまで難民が来たっていうからよっぽどのことだと思ってたら。……なら、そのうち自滅してくれる可能性も少なくないのかしら?」
「全ての勇者が現状そうであるように、勇者の力は加護を受けた女神の土地でのみ有効という実情があります。西の土地を使い尽くしてしまえば、マサユキは完全に手詰まりになる。同時に、北の地の“魔王・アーリア”が西の勇者討伐に動いているらしいという情報もあります。暫くは静観するのが吉かと」
「ふうん……魔王、アーリア、ねえ」
ぺろり、とアヤナは唇を舐める。彼のパーソナルデータ、及び写真は既に見ている。金色のキラキラとした美しい髪、抜ける青空のように澄んだ大きな青い瞳に、白い肌。人形にするのにはもってこいの美しい青年だった。少々顔立ちが幼すぎるがそれはそれだ、同じタイプの美青年ばかり傍にいてもつまらないわけで、それはそれで問題ない。
加えて、多くの北の地の住人に、特殊なチート能力も持たずに慕われているというあの人望。彼を手に入れて傀儡にすれば、これからの仕事のハードルがどれほど下がるかは想像に難くないことである。
いずれ彼も、手に入れたいところだ。むしろ、西の地の方の状況に彼がカタをつけたら、こちらを先に攻めてみるのも面白いかもしれない。なんせ、彼は他の勇者達のような恐ろしいスキルなどないのだ。ただ人望があるだけの“普通の人間”を、勇者たる自分が恐るに足る理由はないのである。たとえ名目上、彼が“勇者と女神に仇なす魔王”とされていたとしても、だ。
「アーリアに関しても、引き続き情報を集めて頂戴。……あとは、南の勇者だけど。こっちもこっちで、なかなか難航しているようね?」
「は」
アースを押しのけるように、もうひとりの青年が駆け寄って来る。そして差し出される、資料の束。データでやり取りされることが多いこの世界で、わざわざ紙の資料を要求しているのはアヤナの好みの問題だった。それは多分、アヤナが“紙で資料のやり取りがされる”世界からやってきたというのが大きいだろう。
元々アヤナがいた世界でも、データ通信というものは存在してはいたが。それでもテスト用紙は紙であったし、FAXもまだ紙の資料を印刷してから送っていた。そのせいか、なんとなく紙の形で資料が残っていないと落ち着かないのだ。データを信用していない、というわけではないけれど。
「南の勇者リオウは、“どんな相手と対峙しても、その者を上回る力を得て倒すことができる”能力を持っています。戦闘になれば実質……無敵と呼んで差し支えないでしょう」
まさにチートです、と担当者の青年。彼の場合は、自らを召喚した女神であるラフテルさえもその能力で完全に支配下に置いているということであるらしい。現状、最大の脅威と呼んでも過言ではないだろう。幸い彼の能力も、女神の加護のある土地でのみ有効であるため、東の地にまで侵攻してくる気配はないのだが。
いずれ、自分達もあの土地を支配下に置かなければいけない身。東の地でいつまでもまったりと構えているわけにはいかない。向こうも向こうで、ホームグラウンドからそうそう動いてくれるとは思えないのだから。
「複数人で同時に攻撃を仕向ける、ということも試しましたが。その場にいた“最も能力が高い戦士”に能力値を合わせて上昇させてくるため、やはり効果がありません。結局、差し向けた部隊は全て全滅してしまいました」
「厄介ね。女神さえ手懐けるような人間が、南の地だけ手に入れて満足するとは思えないし。西の土地は一旦魔王に任せてみるとして南の方は……早急に対策が必要だわ。……うちの女神は?」
「すみません、現在聖域に引きこもっているのか、連絡が取れる状態ではないので」
「はあ、まったくもう」
女神との連絡は、勇者ならいつでも取ることができる。ただし、女神が聖域に閉じこもってシャットアウトしている時でない限りは。
こちとら、男達を愛でるだけでも忙しいのだ。あんな不愉快な姿の女神なんぞに会うために、聖域まで足を運んでやる気は微塵もないのである。
――信者とでもお喋りしているのかしら。ほんと、ちゃんと仕事して欲しいわね。こっちは世界統一のために、真剣に考えてるっていうのに!
本当に、今更ながらどうしてと思わずにはいられない。
呼び出された勇者が、チートなのが自分ひとりであったなら――ライトノベルにあるように、容易く無双してハッピーエンドにすることもできたのに、と。
0
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
社畜のおじさん過労で死に、異世界でダンジョンマスターと なり自由に行動し、それを脅かす人間には容赦しません。
本条蒼依
ファンタジー
山本優(やまもとまさる)45歳はブラック企業に勤め、
残業、休日出勤は当たり前で、連続出勤30日目にして
遂に過労死をしてしまい、女神に異世界転移をはたす。
そして、あまりな強大な力を得て、貴族達にその身柄を
拘束させられ、地球のように束縛をされそうになり、
町から逃げ出すところから始まる。
1歳児天使の異世界生活!
春爛漫
ファンタジー
夫に先立たれ、女手一つで子供を育て上げた皇 幸子。病気にかかり死んでしまうが、天使が迎えに来てくれて天界へ行くも、最高神の創造神様が一方的にまくしたてて、サチ・スメラギとして異世界アラタカラに創造神の使徒(天使)として送られてしまう。1歳の子供の身体になり、それなりに人に溶け込もうと頑張るお話。
※心は大人のなんちゃって幼児なので、あたたかい目で見守っていてください。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する
namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。
転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。
しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。
凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。
詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。
それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。
「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」
前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。
痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。
そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。
これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる